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秘湯めぐりの峠越え:第1回 土湯峠編

 (『遊ROAD』1993年2月号 所収)

土湯峠下の土湯温泉
 1992年11月13日。
 福島西ICで東北道を降り、土湯峠に向かって、国道115号を走る。今回の峠越えの相棒はスズキDR250Sだ。
 正面には奥羽山脈の山々が紫色のシルエットになって連なっている。初冬の夕空を背にしてくっきりと浮かび上がった山々の姿は、ぼくの目の底に焼きついた。

 右手に吾妻山、左手に安達太良山。夕日を浴びて、吾妻山、安達太良山の山頂周辺の雪が薄紅色に染まっている。雪をいだいた吾妻山と安達太良山の間は、ガクッと大きく落ち込んでいるが、その奥羽山脈鞍部を越える峠が土湯峠だ。阿武隈川流域の福島盆地と、猪苗代湖、阿賀川流域の会津盆地を結ぶ国道115号の峠だ。
 土湯峠をバイクに乗りながら眺めてていると、たまらない気分になってくる。
「これから、あの峠を越えていくのだ。あの峠の、向こうの世界へ行くのだ」

 福島盆地を抜け、奥羽山脈の山裾に入る。
 福島西ICから10キロ走り、土湯峠下の土湯温泉に着く。
 土湯峠周辺は、日本でも有数の温泉天国で、いくつもの温泉が点在している。それも、秘湯、名湯が多い。その中にあって、山あいの渓流沿いに20軒ほどの温泉ホテルや旅館が建ち並ぶ土湯温泉は、最大の温泉地になっている。
 土湯温泉では、共同浴場の「中ノ湯」(入浴料50円)に入る。無色透明の熱い湯。湯量の豊富な土湯温泉らしく、湯はふんだんに流れ込み、湯船から溢れ出ている。ここにはもう一軒、「こけしの湯」という共同浴場もある。

 湯から上がると、温泉街をプラプラと歩いて、ひとまわりした。
 土湯温泉は宮城県の鳴子温泉などと同じように、東北有数のこけしの名産地。温泉街の案内図を見ると、“こけし工人の家”が何軒もある。みやげもの店をのぞいても、こけしが目についた。
 旧土湯村(現在は福島市)の土湯温泉は、聖徳太子のお告げによって発見されたという伝説が残るほど歴史の古い温泉地。これから向かう土湯峠の峠名にしても、この土湯温泉に由来している。福島盆地側の人たちにとっては、土湯温泉から登っていく峠だから土湯峠だし、会津盆地側の人たちにとっては、土湯温泉に下っていく峠だから土湯峠なのだ。

カモシカがやってくる不動湯温泉
 今晩の宿は、不動湯温泉。
 土湯温泉の温泉街から山道を登り、舗装路からダートに入り、最後は逆さ落としのような急坂を下ってたどり着く一軒宿の温泉。土湯温泉から4キロほどの距離。木造2階建ての温泉宿「不動湯温泉」は、まさに秘湯の宿の趣。
 部屋に入ると、さっそく浴衣に着替え、湯に入りにいく。まずは、谷底の露天風呂。渓流の流れ落ちる音を聞き、暮れてゆく冬枯れの山の景色を眺めながら湯につかる。落ち葉が何枚も、湯に浮かんでいた。
 露天風呂に身をひたした瞬間がたまらない。湯をとりまく自然の中に、自分自身の体がスーッと溶けこんでいくかのようだ。この自然との一体感が何ともいえないし、自然の贈り物の温泉のありがたさを実感できる瞬間だ。

 不動湯温泉周辺の山々にはニホンカモシカが多く生息している。
 ニホンカモシカは露天風呂のすぐ近くまでやってきて、気持ちよく湯につかっている人間の姿を好奇心にあふれた目つきでジーッとみつめるという。
 露天風呂のあとは、内風呂の檜風呂と岩風呂に入る。これら3湯はすべて泉質の異なる湯で、露天風呂は硫黄泉、檜風呂は単純泉、岩風呂は単純鉄泉。不動湯温泉というひとつの温泉に入りながら、3湯をはしご湯したような、得した気分を味わうのだった。
 これらの3湯はすべて混浴。そのほか女性専用の婦人風呂(明礬泉)と、家族風呂(炭酸鉄泉)があり、不動湯温泉には全部で5つの湯がある。
 夕食後、もう一度、3湯に入る。温泉効果は抜群で、ぐっすりと眠れた。

 翌朝は、夜明けとともに目覚め、すぐさま湯に入る。ぼくはこの目覚めの湯が大好きなのだ。露天風呂では、山の夜明けの空気をたっぷり吸い込みながら湯につかり、檜風呂では、東京からの出張のついでに来たというサラリーマン氏と“湯の中談義”をしながら湯につかった。
 東京のサラリーマン氏は、
「私はここが好きで、福島への出張というと、ここに泊まるようにしているんですよ」
 というほどの不動湯温泉ファンだった。

土湯峠へ、秘湯群を総ナメにする
 朝風呂を存分に楽しみ、部屋まで運んでくれた朝食を食べ終わると出発だ。不動湯温泉から土湯温泉に戻り、いよいよ、土湯峠を目指して登っていく。
 土湯峠への途中にある秘湯群を総ナメにするのだ。
 土湯温泉を出ると、すぐにつづら折りの峠道になる。樹林の間からは、土湯温泉の温泉街を見下ろす。さすがに福島と会津若松を結ぶ幹線国道だけあって、大型トラックがジーゼルのエンジン音を山肌にぶつけて、次々と峠道を登っていく。

 突然、センターラインの引かれた2車線の山岳ハイウェーに変わる。国道115号の新道に入ったのだ。大きな弧を描いて長大橋が谷をまたぎ、登り勾配も、旧道に比べればゆるくなっている。吾妻連峰の吾妻小富士が目の前だ。
 国道115号の新道は、全長3360メートルという長いトンネルで抜けているが、その手前で旧道に入り、土湯峠へと登っていく。この土湯峠への旧道沿いには、点々と秘湯がつづく。

 第1湯目は野地温泉。一軒宿「野地温泉ホテル」(入浴料500円)の湯に入る。内風呂の檜風呂「千寿の湯」は乳白色をした湯。湯屋の梁の上には、立派な金精さまがまつられている。露天風呂の「鬼面の湯」も乳白色をした湯。泉質は硫化水素泉。ともに気分よくつかれる湯だ。
 第2湯目は新野地温泉。一軒宿「相模屋旅館」(入浴料500円)の湯に入る。内風呂と露天風呂ともに、野地温泉と同じような乳白色をした湯の色。泉質は硫黄泉。湯量豊富な温泉だ。

 第3湯目は、旧道をわずかに下ったところにある赤湯温泉。ブナ林に囲まれた一軒宿の「好山荘」(入浴料500円)の湯に入る。“赤湯”の名前どおりに、内風呂の湯は赤い色をしている。いかにも体に効きそうな湯の色なのだ。それに対して、露天風呂の湯は白っぽい色をしている。内風呂と露天風呂では、泉質が違う。赤湯は炭酸泉で、白湯は硫黄泉なのである。
 第4湯目は鷲倉温泉。ここも、やはり一軒宿の温泉で、「鷲倉温泉高原旅館」(入浴料500円)の湯に入る。大浴場とかわいらしい露天風呂。泉質は含明礬緑礬泉だ。
 おもしろいのだが、これら野地温泉、新野地温泉、赤湯温泉、鷲倉温泉の4湯は、わずかな距離の間にある温泉だが、それぞれに泉質が違う。

 4湯のあと、土湯峠のすぐ手前を右折し、第5湯目の幕川温泉へ。土湯峠の周辺では、一番といっていい秘湯だ。
 山道を3キロほど走ると2軒の温泉宿が隣りあっている。「元湯・水戸屋旅館」と「元祖・吉倉屋旅館」。
「さーて、どちらの湯に入らせてもらおうかな‥‥」
 元湯と元祖で一瞬迷ったが、何軒かの温泉宿があったら、元湯を選ぶというのがぼくの温泉の入り方なので、「元湯・水戸屋旅館」(入浴料500円)に入った。

 大浴場は木の湯船。そこでは、地元の福島市内からやってきたというお年寄りと一緒になったが、裸同士で同じ湯にはいると不思議なもので、すぐに打ちとけて話をすることができる。これも温泉のよさというものだ。
「いい湯に入って、湯の中で知り合った人と話すのが、私のなによりもの薬。これが、とってもよく効くのだよ」
 お年寄りはそういって喜んでくれた。
 幕川温泉は、冬期間の閉鎖を目前にして、あわただしかった。宿がふたたび営業をはじめるのは、半年後の5月中旬のこと。すっぽりと雪に覆われる土湯峠の冬は長く厳しい。

冬が間近な土湯峠
 幕川温泉を後にし、標高1224メートルの土湯峠に到着。福島県内の奥羽山脈の峠の中では、一番高い峠だ。
 福島市と猪苗代町の境の土湯峠は、太平洋に流れ出る阿武隈川の水系と、日本海側に流れ出る阿賀野川の水系を分ける中央分水嶺の峠になっている。
 峠にDR250Sを止め、展望台に登る。会津側の眺望が抜群の土湯峠だ。冬が間近な峠には、人影はまったくない。峠のドライブインもすでに冬期休業に入っており、シャッターを下ろしていた。

 日本海側からうなりをあげて吹きつけてくる風が冷たい。肌を突き抜けていくようだ。身体をギュッと縮めて、会津の山々を眺める。会津のシンボル、磐梯山がひときわ目立っている。峠周辺はすでに紅葉も終わり、冬枯れの風景だ。
 土湯峠から分岐する磐梯吾妻スカイラインも冬期閉鎖が間近。紅葉の季節の、押し寄せる車の長い列がまるで幻想ででもあったかのように、ぼくが峠にたっていた15分ほどの間に、1台の車も通らなかった。
 冬が目前の土湯峠を下り、峠下の横向温泉では「ホテルマウント磐梯」(入浴料500円)の湯に入る。ここの大浴場はすごい。渦湯、泡湯、寝湯、打たせ湯、歩行湯‥‥と、8つの湯船がある。それを称して“会津8湯”といっているが、横向温泉の“会津8湯”の湯、ひとつづつに入るのだった。

 土湯峠をさらに下り、土湯トンネルを抜ける新道に合流する。
 土湯峠越えの温泉めぐりの最後は、中ノ沢温泉と沼尻温泉。
 国道115号を左折し、母成峠の方向に向かってわずかに行ったところに中ノ沢温泉がある。ここでは、「花見屋旅館」(入浴料500円)の大浴場と大露天風呂に入った。そこから山手に上がった沼尻温泉では、「田村屋旅館」(入浴料500円)の大浴場と大露天風呂の湯に入った。中ノ沢温泉も沼尻温泉も、ともに湯量豊富な温泉だ。
 こうして土湯峠の温泉三昧を終え、猪苗代の町に向かっていったが、前方にはまっ赤に燃える夕焼け空を背にして磐梯山がそびえ立っていた。

 晩秋の日暮れは早い。
 あっというまに日が落ち、暗くなる。すっかり暗くなったころ、猪苗代の町に着いた。 猪苗代からは国道49号で会津若松へ。ここからは夜の峠越え。国道121号で山王峠を越えて栃木県に入り、国道400号で尾頭峠を越え、東北道の西那須野塩原ICから東北道をひた走って東京に戻った。
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テーマ : 温泉
ジャンル : 旅行

秘湯めぐりの峠越え:第2回 長峰峠(長野・群馬)

 (『遊ROAD』1993年4月号 所収)

地蔵峠は冬期閉鎖中
 1993年2月13日。松本盆地の塩尻から国道19号で鳥居峠を越え、木曽福島へとスズキDJEBEL250を走らせた。
 木曽路の中心といってもいい木曽福島の町に着いたのは午後。すばらしくよく晴れていた。木曽福島といえば、中山道では碓井関と並ぶ福島関で有名だが、まずは関所跡と関所資料館を見学した。
 今回の峠越えでは、一晩、木曽路の秘湯、釜沼温泉に泊まったあと、国道361号で長峰峠を越え、岐阜県の高山に向かうつもりにしていた。長峰峠は、北アルプスの峠の中では唯一、冬期間でも越えられるのだ。

 スコーンと抜けたような青空をみていると、急に木曽のシンボル御岳山を見たくなった。
「ソレ、行けー!」
 とばかりに、DJEBELを走らせ、国道361号の旧道で地蔵峠を登っていく。地蔵峠は御岳山を眺めるのには、絶好の展望台になっている。
 だが峠道は冬期間は閉鎖。バイクならば走れるのではないかと峠道をのぼっていくと、ツルツル滑るアイスバーンになり、深い雪道になり、たてつづけに転倒。
 その拍子に左足をバイクにはさまれ、
「アイテテテ‥‥」
 と悲鳴を上げる。これは無理だと地蔵峠を断念し、来た道を木曽福島へと引き返した。 快晴の夕空を背に、西日を浴びてそびえ立っているであろう、木曽の霊山、御岳山を見損なってしまった。

釜沼温泉の心やさしいご夫妻
 木曽福島に戻ると、御岳街道を数キロ走り、左に折れ、釜沼温泉の一軒宿「大喜泉」に行く。釜沼温泉はまさに木曽の秘湯。その湯は天保年間(1830ー1844)の記録に残るほどで、歴史は古い。
 やさしさがそのまま顔に出ている宿の奥さんに部屋に案内され、荷物を置くと、さっそく檜風呂の湯につかる。雪道の転倒でパンパンに腫れあがってしまった足をよくもみほぐす。釜沼温泉の重炭酸鉄泉の湯は、アトピーなどの皮膚病によく効くとのことで、浴室の脱衣所の壁には、治ったお礼の手紙のコピーが何通も貼られてあった。

 アッと驚いたのは、夕食である。
 ヤマメの塩焼き、豆腐の味噌田楽、カモ鍋など、全部で13種類もの料理が出たが、馬刺しやイナゴの佃煮、ハチノコ、アンズの砂糖漬けなどは、信州を強く感じさせてくれたし、ヤマイモの実のムカゴや澱粉たっぷりのユリ根などは、かつての日本人の食生活を偲せてくれるものだった。これらは、宿のご主人の心のこもった手づくりの料理なのだ。

 夕食後、ご主人の田口修さんに、いろいろとお話を聞かせてもらうことができた。
 田口さんは20年間、大手機械メーカーのエンジニアをしていたが、昭和54年に退職すると、奥さんともども「大喜泉」を受け継いだ。180度の人生の大転換。さぞかし、ご苦労も多かったことだろう。
 田口さんは大のオートバイファン。ピカピカのハーレーを乗り回し、今では幻の名車になっているカワサキのW1にも合わせて乗っている。還暦を過ぎたとは思えないほど若々しく、お元気だ。
 田口さんはまた車も大好きで、ご自分でエンジンを組み立ててしまうほど。オートバイファン、クルマファンにはこたえられない「大喜泉」。いい宿に出会えたな、いい人たちに出会えたなと、うれしくなるような釜沼温泉だった。

地吹雪の御岳山麓をいく
 翌日は天気が崩れ、朝から雪が降っている。あたりは一面の銀世界。田口さんご夫妻の見送りを受けて出発。DJEBEL250で雪の御岳街道を走り、国道19号に出た。
 かつての中山道の難所、“木曽の桟に寄り道し、一軒宿の桟温泉(入浴料500円)の湯に入る。鉄分を含んだ赤茶けた湯。窓をあけると、目の前が木曽川だ。木曽谷にはそのほか、灰沢温泉、かもしか温泉と、ともに一軒宿の温泉があるが、この雪ではどうしようもない。また、次の機会に来よう…。

 木曽福島の町に戻り、いよいよ、飛騨街道の国道361号で長峰峠を目指す。
 鉛色の空からは、あいかわらず雪が降りつづいている。
「うまく長峰峠を越えられるだろうか‥‥」
 前日にひきつづいて、地蔵峠への旧道に入り、2キロほど走ったところにある二本木温泉(入浴料300円)の湯に入る。ここは木曽福島町営の公衆温泉浴場で、入浴、休憩のみ。町起こしで掘り当てた湯だという。湯から上がると、タオルで体をキュッキュッとよくこすり、雪と寒さとの戦いに備える。

 国道361号に戻り、ゆるやかな勾配を登っていく。このあたりの路面には、まだ、雪はほとんど見られない。
 新道は全長1645メートルの新地蔵トンネルで峠を抜けている。トンネルの入口あたりが木曽福島スキー場で、駐車場はスキー客の車で混み合っていた。
 長大な新地蔵トンネルを抜け、木曽福島町から開田村に入る。するとどうだろう‥、いっぺんに積雪量が多くなる。国道361号も、積もった雪で路面はまっ白だ。
 降りしきる雪は激しさを増した。ゴーゴーとうなりをあげて吹きつけてくる風のため、地吹雪の様相だ。
 思わずサハラ砂漠の砂嵐の光景がよみがえる。

 ぼくはサハラ砂漠には心をひかれ、何本かのルートでサハラを縦断したが、砂嵐にも何度か出会った。最初のうちは大蛇がうねるようにして砂が地表を流れていくが、風がさらに激しくなると、空に舞い上がる砂のためにほとんど視界はなくなってしまう。御岳山麓の地吹雪の光景はサハラ砂漠の砂嵐を思い出させるほどにそっくりで、ただ、純白の雪の世界と、赤茶けた砂の世界という色の違いがあるだけだった。

 ゆるやかな下り坂。シラカバ林の中を抜けていく。高原の広々とした風景。御岳山はすぐ近くなのにもかかわらず、まったく見えない。転倒しないように走るので精一杯。雪が深くなったり、滑りやすくなったりすると、両足で路面にタッチしながら走るのだった。
 難所は九蔵峠。雪のない季節ならば、バイクや車で走っていると、気がつかないままに越えてしまうような峠だが、ひとたび雪の峠道になると、ましてやノーマルのタイヤのバイクだとなおさらで、なんとも辛い峠越えになる。タイヤはツルツルと空転し、登りきれずに、何度もバイクを降りて押し上げた。
 やっとの思いで、九蔵峠に到着‥。九蔵峠は地蔵峠に負けず劣らずの、御岳山の展望台になっているが、降りつづく雪のためにその山裾すら見えなかった。

雪の長峰峠に悪戦苦闘
 九蔵峠を越え、開田村の西野に下ったときは、ホッと胸をなでおろした。
 まずは最初の難関を突破したのだ。国道沿いの食堂で、開田名産のソバを食べる。ザル2枚重ねのザルソバで、さすがにソバの本場だけのことはあって、
「これがソバですよ」
 といった色、味、歯ごたえをしている。

 開田高原のソバを堪能したところで、いよいよ、長峰峠に挑戦だ。
 西野を出ると、すぐに峠への登りがはじまり、あっというまに雪が深くなる。車の轍を走ると、ツルツル滑って走れない。そこで、ガードレールスレスレの新雪の中に突っこむことにした。そこだと、まだタイヤはグリップし、なんとか走ることができた。
 それでも登れないときはバイクを降りる。ギアをセコンドに入れ、半クラッチを使い、アクセルを加減しながらバイクを押しあげていくのだ。汗が吹き出してくる。ヒーヒーいいながら、肩で大きく息をする。

 死にものぐるいで峠道を登りつづけ、ついに、長峰峠にたどり着いた。
「ヤッタゼー!」
 と、ガッツポーズだ。
 御岳山北麓の長峰峠は標高1503メートル。北アルプスの南端に位置している。
 峠の茶屋はすっぽりと雪に覆われている。その北の野麦峠や安房峠が冬期間、閉鎖されるなかにあって、唯一、北アルプスの山並みを越えられるのが、この長峰峠なのだ。
 信州の人たちは、長峰峠を越える街道を飛騨に通じているので飛騨街道と呼んでいる。飛騨の人たちは、長峰峠を越えて木曽谷に通じているので木曽街道と呼んでいる。長峰峠は1本の街道を飛騨街道と木曽街道に分けている。

 長峰峠を越え、岐阜県側を下っていくと、すぐにオケジッタスキー場。さらに下っていくと、野麦峠への道とのT字路にぶつかり、そこを左へ。高根村役場のある上ヶ洞の塩沢温泉「七峰館」(入浴料300円)の湯に入ったが、雪の峠道に悪戦苦闘したあとだけになんともありがたい湯。広々とした大浴場の湯船でおもいっきり体を伸ばし、窓越しに雪景色を眺めるのだった。

 飛騨川沿いに走る。高根村から朝日村に入ると、雪はガクッと減った。国道361号は朝日村から美女峠を越えて高山に通じているが、冬期間は閉鎖。そのまま飛騨川沿いに走り、国道41号の久々野に出、高山へと宮峠を越える。
 宮峠は標高775メートル。美女峠と同じように、中央分水嶺の峠になっている。峠を境にして南側は、木曽川の最大の支流、飛騨川の水系で、北側は神通川の上流、宮川の水系になる。名古屋と富山を結ぶ本州縦断の国道41号が越えるだけあって、宮峠はこの周辺の中央分水嶺のなかでは、きわめて越えやすい峠になっている。

 宮峠を下り、高山盆地に入っていく。峠下の飛騨の一宮、水無神社に参拝し、飛騨の中心地、高山に到着。DJEBELのトリップメーターでは、木曽福島から高山まで95キロだった。

テーマ : 温泉
ジャンル : 旅行

秘湯めぐりの峠越え:第3回 天城峠編(静岡)

 (『遊ROAD』1993年6月号 所収)

50㏄バイクで伊豆半島へ
 1993年3月18日、夜明けとともに、50㏄バイクのスズキ・ハスラーTS50で神奈川県伊勢原市の自宅を出発。国道246号を走り出す。目指すのは、伊豆半島の天城峠だ。
 このTS50はまったくのノーマルのバイクだが、ちょっとふつうのバイクとは違う。 というのは1989年に全行程2万キロの日本一周を走り、1990年には全行程2万5000キロの世界一周を走りきった50㏄バイクなのだ(そのときのことはJTB刊の『50ccバイク日本一周2万キロ』と『50ccバイク世界一周2万5000キロ』に書いてありますのでぜひともお読み下さい)。日本一周&世界一周4万5000キロを走ったハスラーはいまだに健在で、快調なエンジン音を響かせる。

 自宅を出てまもなく、伊勢原市と秦野市の境の善波峠を貫く善波トンネルを抜け出る。その瞬間、快晴の夜明けの空を背に、まだたっぷりと雪をかぶっている富士山が目の中に飛び込んでくる。この善波峠を越えたところで見る富士山は、ぼくの好きな富士山のひとつなのである。
 見え隠れする富士山に向かって走り、神奈川県から静岡県に入る。御殿場まで来ると、富士山はもう目の前だ。御殿場は峠のま上の町。富士山と箱根山という2つの大火山の間に位置する広々とした高原状の地形なので誰も御殿場峠などとはいわないが、国道246号を50㏄バイクでゆっくりと走ってみるとよくわかる。

 静岡県に入った駿河小山からは、かなり急な登りがつづき、登りつめた峠のま上が御殿場の市街地ということになる。国道でいうと、国道246号と国道138号の交差点あたりが最高地点になり、そこを過ぎると裾野市へとゆるやかに下っていく。東名高速を走っていても御殿場ICあたりを境に、しばしば天気が変わるが、このあたりが関東と東海の大きな境目になっているからだ。
 裾野で国道246号と分かれ三島へ。伊勢原から65キロの三島に着くと、伊豆の一宮の三島大社に参拝し、国道136号で伊豆半島に入っていった。

中伊豆の温泉ハシゴ旅
 三島を出発点にして天城峠を目指す。終着点は下田だ。
 国道136号で三島市から函南町に入ったところで国道を左折し、第1湯目の畑毛温泉へ。ここには全部で10軒ほどの温泉宿があるが、そのうち「魚屋旅館」(入浴料300円)の湯に入った。33度、38度、42度と湯温の違う5つの湯船に分かれているが、それらひとつづつの湯船に身をひたした。この第1湯目ほど気持ちのいいものはない。
 夏の暑い日に、キューッと飲むビールの、最初のコップ1杯のうまさと同じで、
「クワーッ、たまらん!」
 と、湯につかりながら、思わず声が出てしまうのだ。

 第2湯目は畑毛温泉から1キロほど南に行った奈古屋温泉。
 一軒宿「奈古屋温泉」(入浴料800円)の湯に入る。温めの湯と熱めの湯、2つの湯船。湯の感触がやわらか。肌に絹がまとわりつくような感触なのである。
 第3湯目は、奈古屋温泉から渓流に沿って奥に入ったところにある駒ノ湯温泉。「駒ノ湯源泉荘」(入浴料500円)の湯に入ったが、ここには男女別の露天風呂がある。
 これら畑毛、奈古屋、駒ノ湯の3湯の温泉は国道136号から東に入ったところにあるが、国道沿いの喧騒がうそのような、山裾の静かな温泉地である。

 国道136に戻り、狩野川沿いに南下。
 第4湯目の韮山温泉では「富士屋旅館」(入浴料500円)の湯に入る。
 第5湯目は、韮山で国道を右折し、狩野川を渡ったところにある伊豆長岡温泉。温泉ホテルや旅館が60軒以上もある中伊豆最大の温泉地。「あやめ湯」と「南共同浴場」の2軒の共同浴場に行ったが、ともに閉まっていたので「南共同浴場」に隣あった「ゆもとホテル」(入浴料1000円)の大浴場に入った。ほかに入浴客もなく、大浴場を独り占めにして気分よく湯につかった。
 第6湯目は修善寺温泉。温泉街のまん中にある無料の混浴・露天風呂「独鈷の湯」に入った。観光客がゾロゾロやってくるのでちょっと抵抗感はあるが、修善寺温泉に来て、この「独鈷の湯」に入らない手はない。

 さらに国道136号を南下し、天城峠下の天城湯ヶ島町に入る。「湯の国会館」の前を通り、国道136号と国道414号の分岐点に到着。ここから第7湯目の船原温泉へ。
 船原温泉は土肥峠(船原峠)を越える国道136号沿いの温泉で、「船原館」(入浴料800円)の湯に入った。歴史の古い温泉。近くには源頼朝の狩場があったとのことで、狩りを終えたあと、この湯に入ったのだという。宿の名物は“お狩場焼き”だ。

 国道136号と国道414号の分岐点に戻り、今度は天城峠を越える国道414号を行く。
 月ヶ瀬の食堂で麦とろを食べ、国道沿いの月ヶ瀬温泉に行く。一軒宿の温泉。だがここは、入浴のみは不可。残念‥‥。
 第8湯目は国道414号から1キロほど入った吉奈温泉。高級温泉旅館「さか屋」に行く。入浴料は2000円だといわれ、二の足をふんでいると、宿のおかみさんが旧館の湯に、それもタダで入れさせてくれた。吉奈温泉は“子宝の湯”として知られているが、なるほどと思わせるような人肌のあたたかさの湯で、なおかつ人肌のやわらかさを感じさせる湯だった。
 第9湯目の嵯峨沢温泉では、温泉民宿「喜久屋」(入浴料500円)の湯に入ったが、ペンション風の白い、洒落た建物だ。第10湯目の湯ヶ島温泉では、共同浴場の「河鹿の湯」(入浴料200円)に入った。渓流を目の前にした情緒あふれる温泉だ。

天城峠を越える
 中伊豆の10湯の温泉に入ったところで、湯ヶ島温泉から天城峠を目指し登っていく。このころから天気が崩れ、青空から灰色の空に変わる。峠への途中には、伊豆第一の浄蓮滝。駐車場にハスラーを止め、滝を見にいく。急な石段を下っていくと、高さ35メートルの大滝がドーッと轟音をとどろかせて流れ落ちている。渓流のわきにはワサビ田。ワサビは伊豆の特産品になっている。
 この浄蓮滝の入口には『伊豆の踊子』像が建っている。川端康成の名作『伊豆の踊子』は、いまだに根強い人気を保っているが、物語は天城峠からはじまる。

「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠が近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。私は二十歳。高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。修善寺温泉に一夜泊まり、湯ヶ島温泉に二夜泊まり、そして朴歯の高下駄で天城峠を登ってきたのだった。‥‥」

 狩野川の源流、本谷川に沿って天城峠を登っていくと、『伊豆の踊子』の世界が、身近なものに感じられてくるのだ。
 国道414号は有料の天城トンネルで天城峠を抜けているが、その手前で左に折れ、旧道に入り、ダートの峠道を登っていく。路面はよく整備されている。国道の分岐点から2キロほど登ると旧道の天城トンネル。なんと峠周辺では、雪がチラチラと舞っている。天城峠は標高800メートル。寒いはずである。ハスラーを止めてながめる山々は、春まだ遠い冬枯れの景気だった。
 天城峠旧道のトンネル内は舗装され、灯がついている。峠のトンネルを抜けると河津町に入るが、中伊豆から南伊豆へと世界が変わる。樹相が変わる。路面は若干荒れ、轍の深いところもあるが、乗用車でも十分に走れる道だ。
 5キロほどのダートを走り、国道414号に合流したが、それとともに雪はやんだ。

天城峠下の“温泉天国”の湯三昧
 天城峠を下っていくと、全長1064メートルのループ橋。2重ループを旋回し、下りきったところで国道を離れ、大滝温泉へ。このあたりでは、滝のことを“ダル”といっている。
 大滝温泉の「天城荘」(入浴料1000円)の湯に入る。ここはまさに、“温泉天国”で、露天風呂だけでも10幾つもあるほどのすごさなのだ。
「よーし、体力勝負で、全湯に入ってやる!」
 500円を払ってバスローブを借り、露天風呂三昧を開始する。なぜ、体にひっかけるバスローブが必要なのかというと、河津七滝のうちの最大の滝、大滝見物にやってくる観光客が多いので、裸にタオル一丁というわけにはいかないのだ。

 まず最初は、「子宝の湯」。あやしい雰囲気の、混浴の岩風呂だ。一番奥には、ふくよかな女性が見事な男のシンボルをおしいただているような格好の石像がまつられている。
 2番目は、「秘湯穴風呂」。奥ゆきが30メートルほどもある洞窟風呂。洞窟内はもうもうとたちこめる湯気。男女別々の入口で、中で一緒になる。若い女性たち数人が入っていたが、全員、水着を着ている。
 3番目から8番目までは、高さ30メートルの大滝を間近にながめる「河原の湯」。小屋掛けしてガラス越しに大滝をながめる湯や、丸太小屋の湯、打たせ湯つきの湯などがある。

 9番目から15番目までは「河津七滝・五右衛門風呂」。大滝、出合滝、かに滝、初景滝、へび滝、えび滝、釜滝と、河津七滝の名前をつけた五右衛門風呂があり、それぞれに湯温が微妙に違う。それら五右衛門風呂にひとつづつはいりながら、目の前のループ橋をながめるのだった。
 16番目は小屋掛けした「道祖神の湯」。
 17番目は冷泉の「霊泉蛇湯」。さらに「水車の湯」があるが、女性専用で入れない。最後にもう一度、「子宝の湯」に入ったが、1時間半をかけて18湯を制覇したことになる。体は湯疲れで、もうフニャフニャクニャクニャ状態。そんな体にムチを打って、またハスラーにまたがるのだった。

 天城峠下の湯ヶ野温泉では、「部外者の無断入浴を禁止します」と書かれた共同浴場に地元のみなさんにお願いして入れさせてもらい、最後の蓮台寺温泉では「金谷旅館」(入浴料1000円)の湯に入る。これがすごい! 千人風呂の看板どおりの大浴場で、それも、いかにも日本的な温泉情緒にあふれる湯だった。
 こうして三島から100キロの下田に到着。料理屋で磯料理を食べ、下田を出発。
 国道135号で伊東、熱海と通り、小田原へ。国道1号で二宮に出、伊勢原に戻った。

テーマ : 温泉
ジャンル : 旅行

秘湯めぐりの峠越え:第4回 渋峠編(長野・群馬)

 (『遊ROAD』1993年8月号 所収)

長野道経由で渋峠下の中野へ
 午前5時、神奈川県伊勢原市の自宅を出発。天気は快晴。丹沢の東山麓の道を走り、相模湖ICで中央道に入る。スズキDJEBEL250を走らせ、渋峠下の中野に向かう。 諏訪湖SAで朝食。カソリの定番メニューの豚汁定食を食べる。
 中央道の岡谷JCTから長野道に入っていく。塩尻峠のトンネルを抜け出ると、前方にはズラズラッと残雪の北アルプスの高峰群が並んでいる。青空を背にした残雪の輝きがまぶしい。

 麻績ICを過ぎる。冠着山トンネルを抜け出て目の中に飛び込んでくる風景は圧巻だ。眼下に長野盆地(善光寺平)が広がり、町や村がその中に点在し、千曲川がキラキラ光りながら流れている。
 更埴ICを過ぎると、まもなく更埴JCT。そこから上信越道に入る。
 中央道の岡谷JCTから上信越道の更埴JCTまでが長野道ということになる。 
 須坂長野東ICで上信越道を降り、R403を行く。須坂、小布施と通り、リンゴやブドウの果樹園を見ながら走り、中野へ。長野盆地北端のこの町が、今回の峠、長野・群馬県境の渋峠への出発点になる。

湯田中・渋温泉郷の全湯制覇!
 中野からは国道292号を走り、渋峠を越え、群馬県の長野原へと下っていくのだが、その間では、1湯でも多くの温泉に入ろうと思うのだ。

 まず最初は、中野にほど近い湯田中・渋温泉郷。
 志賀高原山麓の湯田中・渋温泉郷は、横湯川と角間川が合流し、夜間瀬川となるあたりに点在する温泉群の総称。湯田中温泉、新湯田中温泉、星川温泉、穂波温泉、安代温泉、渋温泉、地獄谷温泉、上林温泉、角間温泉と、9湯もの温泉がある。温泉宿も全部合わせると100軒以上になる。どの温泉も湯量が豊富で、信州最大の温泉地になっている。
 長野電鉄の終点、湯田中駅前にバイクを止め、山ノ内町観光案内所で温泉案内の地図をもらい、それを駅待合室でカンコーヒーを飲みながら、じっくりとながめる。

 午前10時、いよいよ、行動開始だ。
 まずは第1湯目の湯田中温泉。ここには「白樺の湯」、「滝の湯」、「大湯」‥‥と共同浴場があるが、どこも鍵がかかっていて、合鍵がないことには入浴できない。
 ショック…。この湯田中・渋温泉郷のすべての共同浴場(上林温泉と地獄谷温泉には共同浴場はない)は、同じようなシステムになっているので、全湯制覇を難しいものにしている。

 だが“温泉のカソリ”、そのくらいのことではくじけない。湯田中温泉の共同浴場「大湯」前の「湯本旅館」で入浴を頼むと、浴室は清掃中とのことで入れない。次に「大湯」のななめ前の「花心屋」に行くと、宿のおかみさんはにこやかな笑顔で、
「いいわよ。さー、どうぞ」
 と、いってくれた。ありがたい。入浴料600円。熱い湯。水をガンガン流し込んで、やっと入れた。体を湯船に沈めると、ザーッと盛大な音をたてて湯があふれでていく。肌があっというまにツルツルしてくる無色透明の湯。こうして第1湯目に入ることができ、「うーん、よかったなあー!」
 と、湯につかりながら思うのだ。

 第2湯目の新湯田中温泉では「ホテル昭和園」(入浴料300円)、第3湯目の星川温泉では「志なのや」(入浴料500円)、第4湯目の穂波温泉では「つるや」(入浴料500円)、第5湯目の安代温泉では「安代館」(入浴料500円)と、入らせてもらったが、狭いエリアでの温泉の連チャンなので、かなり湯疲れがひどく、グッタリしてくる。

 そんな体にムチ打って、第6湯目の渋温泉へ。湯田中・渋温泉郷の中では、最大の温泉地だ。温泉の歴史もきわめて古く、開湯は嘉元3年(1305年)にまでさかのぼるという。老舗の温泉宿が小路に軒を連ねているが、渋温泉には温泉情緒が色濃く漂っている。 ここには全部で9ヵ所の共同浴場があるとのことで、そのうちの「五番湯」前の店の主人が鍵を貸してくれたのだ。そのおかげで渋温泉の湯に入れたが、
「渋温泉には、今度は泊まりで来よう。そのときには、一番湯から九番湯までの共同浴場の全部に入ってやる!」
 と、思いつつ、五番湯の湯から上がるのだった。渋温泉では、泊まった宿で共同浴場の合鍵を貸してくれるとのことだ。

 第7湯目の地獄谷温泉は、渋温泉から2キロほど山中に入った一軒宿の温泉。露天風呂は熱くて入れず、内風呂の檜風呂もまるで熱湯。水をザーザー入れたが、水圧で蛇口が湯の中に落ち、それを拾い上げようとして腕を火傷した。いやはや、温泉に入るのも楽ではない‥。温泉で火傷するとは‥。
 第8湯目の角間温泉は、湯田中・渋温泉郷のなかでは一番ひなびた温泉。しっとりとした情感が漂っている。ここでは店で300円を払い、鍵を借り、共同浴場の「大湯」に入った。

 最後の第9湯目は上林温泉。「せきや旅館」(入浴料300円)の湯に入ったが、湯田中・渋温泉郷の全湯制覇を成しとげ、その達成感もあって、
「やったネ!!」
 と、一人、湯の中でガッツポーズをとるのだった。

日本の国道最高所の峠、渋峠
 15時30分、湯田中・渋温泉郷を出発。5時間半をかけての全9湯制覇ということになる。昼食を抜いて温泉に入りつづけたので、もうフラフラだ。
 ボーッとする頭でDJEBELに乗り、渋峠を目指して国道292号を走りはじめる。 標高1000メートル地点を通過する。周囲の山々の緑が色鮮やかだ。
 澗満滝の展望台で停まる。国道から徒歩1分で登れる展望台だが、展望台から滝までの距離が遠いので、高さ107メートルという澗満滝も、迫力はいまひとつといったところだ。しかし、若山牧水の「草津より渋へ」の碑が建っているこの展望台は、渋峠への途中の立ち寄りスポットといえる。

 志賀高原に登ると、道路わきのところどこには、雪が残っている。琵琶池や丸池、蓮池などの高原の池がきれいだ。志賀高原には河原小屋温泉、発哺温泉、木戸池温泉、熊ノ湯温泉など何湯もの温泉があるが、残念ながら今回はパス。また、別な機会に入ろう。
 熊ノ湯温泉を過ぎると、一気の登り。渋峠に近づくにつれて雪の量は多くなる。

 湯田中・渋温泉郷から20キロ登ってたどり着いた渋峠は、まだ十分にスキーのできる積雪量。カラフルなウエアのスキーヤーたちが、季節外れのスキーを楽しんでいた。
 長野・群馬県境の渋峠は、横手山(2305m)と白根山(2138m)の間の峠で、標高2172メートル。日本の国道最高所の峠になっている。それに次ぐ第2位の峠というと、国道299号の八ヶ岳の北側を越える麦草峠で、標高2127メートル。渋峠は麦草峠に50メートルほどの差をつけている。

 渋峠を越え、群馬県に入り、峠下の草津温泉へ。那須火山帯に属する火山の白根山では山頂の火口湖、水釜、湯釜、涸釜のお釜を見てまわる。日本有数の火山の風景を目に焼きつけ、さらに峠道を下っていく。雄大な風景だ。急勾配の下り坂。“日本三名泉”にも数えられている、温泉の代名詞のような草津温泉に着くと、温泉街の中心、湯畑の前にある無料の共同浴場「白旗乃湯」に入った。

上州の秘湯、尻焼温泉へ
 草津温泉から長野原まで、国道292号は2本のルートに分かれている。
 1本は旧草津道路経由、もう1本は六合村経由のルートだが、そのうち後者の六合村経由のルートを走る。白砂川の谷間に下ったところで国道405号(野反峠を越えたところで行き止まり)にぶつかるが、ここでいったん国道292号と別れ、国道405号で上州の秘湯、尻焼温泉に行き、「明星屋旅館」で一晩、泊まった。

 何種もの山菜料理が膳に並んだ夕食を食べ終えると、タオルとカンビール2本、宿で借りた懐中電灯を持って、宿の前を流れる長笹沢川をせき止めた無料湯の天然大露天風呂に入りにいく。
 川底から熱い湯がブクブクと音をたてて湧き出ている。その上に尻をのせようものなら「アッチチッチー」
 ということになる。まさに、“尻焼”の名前どおりの温泉なのだ。

 ちょうどいい湯加減の場所を探し、湯の中で体を延ばし、ザラザラと音をたてて降ってくるかのような星空を見上げながらカンビールを飲んだ。無上の幸福感!
 2時間以上も湯につかり、長湯したのだが、たえず川の冷たい水が流れ込んでくるのですこしものぼせない。長湯するのには最適の湯なのだ。

 翌朝も、目をさますとすぐに、露天風呂に入りにいく。昼間だと、水着姿の女性たちと一緒に入ることの多い尻焼温泉たが、夜間とか早朝は“正統派入浴客”が大半で、男女ともに水着など誰もつけてはいない。そこで、ついつい、タオル1枚で体を隠した湯上がりの若い女性に目がいってしまう。タオルからはみだした胸がピンクに染まっている。たまらない眺めだ。

 宿での朝食後、名残おしい尻焼温泉を後にし、最後は白砂川沿いの温泉めぐりをする。 第1湯目は、花敷温泉。ここでは「中村屋旅館」(入浴料300円)の湯に入る。
 第2湯目は、応徳温泉。村営「六合山荘」(入浴料300円)の湯に入る。
 第3湯目は、一軒宿の湯ノ平温泉。駐車場にDJEBELを止め、わずかな距離だが、歩いて山道を下り、白砂川にかかるつり橋を渡り、温泉旅館の「松泉閣」(入浴料500円)に行く。ここの露天風呂は最高。白砂川の渓谷美を堪能しながら湯につかる。
 湯ノ平温泉から上がると、白砂川沿いに走り、国道292号に合流し、長野原へ。
 長野原からは国道145号→国道146号で浅間山麓の峠、浅間越を越え軽井沢へ。
 佐久ICから上信越道→関越道で東京に戻るのだった。

テーマ : 温泉
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秘湯めぐりの峠越え:第5回 見返峠編(岩手・秋田)

 (『遊ROAD』1993年10月号 所収)

日本一の秘湯地帯に挑戦!
 岩手・宮城県境の奥羽山脈のうち、北の八幡平と南の乳頭山、さらには“岩手富士”の岩手山を含めた一帯は、“日本一の秘湯地帯”だ。
 このエリアには、ゴロゴロという感じで秘湯が点在している。
 岩手県の県都、盛岡を出発点にし、そして終着点にする「盛岡→盛岡」のコースで“日本一の秘湯地帯”に挑戦した。

 国道4号→国道282号と、八幡平の見返峠を越えるアスピーテライン、湿原のある大場谷地峠を越える国道341号、仙岩峠を越える国道46号の、これら4本のルートに囲まれた一帯の全33湯を湯破(とうは)しようと思うのだ。
“日本一の秘湯地帯”の完全湯破を目指して東京を出発したのは1993年7月24日のこと。バイクは「インドシナ一周一万キロ」を走ったスズキRMX250Sだ。

 さて、東京出発は0時。首都高速から東北道に入り、真夜中の高速道路を北へ北へとひた走る。一気に盛岡まで突っ走るつもりでいたが、猛烈な睡魔に襲われてダウン…。途中の上河内SAや国見SAなどで眠ってしまい、東京から550キロの盛岡到着は、11時50分だった。
「まあ、仕方がないか‥‥」
 と、JR盛岡駅前を走りはじめる。夏とは思えないような冷たい雨が降っている。
「早く温泉に入ろう!」
 と、はやる気持ちを抑えきれずにRMXのアクセルを開き、国道4号を北へ。

 分岐点の“滝沢分かれ”から津軽街道の国道282号に入っていく。
「さー、いよいよ、温泉だ!」
 待望の第1湯目は、岩手山北東麓の焼走り温泉。一軒宿の温泉で、「いこいの村岩手」(入浴料520円)にある近代的な建物。設備の整った大浴場の湯に身を沈めていると、東京から走りつづけてきた疲れも、冷たい雨に降られつづけた辛さも、一瞬のうちに吹き飛んでしまう。これが温泉効果で、心の芯まで晴々としてくる。

 つづいて第2湯目、西根温泉の一軒宿「ゲンデルランド」(入浴料1200円)の湯に入り、大浴場の湯につかる。そのあと、大浴場内の寝湯、泡湯、檜風呂、打たせ湯と湯をめぐり、さらに露天風呂に入り、最後に水風呂に入った。
 湯から上がると、ふやけた体でRMXに乗り、西根町の中心、大更に出、そこで遅い昼食。ぼくのツーリングメニューの定番、ラーメンライスでパワーをつけ、秘湯の本場、八幡平に入っていく。

松川温泉の混浴露天風呂
 西根町の大更から岩手県道西根八幡平線を走りはじめてまもなく左折し、8キロほど走り、岩手山の“焼走り溶岩流”を見にいく。
 岩手山の最後の噴火は、享保4年(1719年)とのこと。その際、北東側の小火口から流れだした溶岩流が“焼走り溶岩流”。焼走りとは、なんとも実感のこもった形容で、そのときのドロドロに溶けたまっ赤な溶岩の流れのすさまじさが、目に浮かんでくるようだ。霧の漂う“焼走り溶岩流”のただ中に立つと、あまりの荒涼とした風景に、背筋が冷たくなるほど。

 岩手県道西根八幡線に戻り、10キロほど走ると、東八幡平交通センターのある交差点に出る。そこから1キロほど入ったところが第3湯目の東八幡平温泉。ホテル、旅館、ペンションなどが20軒ほどある八幡平周辺では最大の温泉場。ここでは、入浴のみの「森乃湯」(入浴料700円)に入った。
 第4湯目は、東八幡平交通センターのある交差点まで戻り、そこから山中へ、8キロほど走ったところにある松川温泉。岩手山の西、松川の渓谷沿いにある温泉で、周囲はブナやナラなどの樹林で覆われている。緑豊かな温泉地。日本初の地熱発電所がある。

 松川温泉には「松川荘」、「峡雲荘」、「松楓荘」と3軒の温泉旅館があるが、そのうち「松川荘」(入浴料300円)に行き、内風呂のあと、混浴の露天風呂に入る。露天風呂からは音をたてて蒸気が噴き上げている。すさまじい光景。湯は乳白色している。源泉は86度、単純硫化水素泉の温泉だ。
 広々とした「松川荘」の露天風呂を独り占めするかのように、体を思いっきり伸ばして湯につかる。だが、熱い湯なので長湯はできない。
「さ、上がろう」
 と、露天風呂から上がり、男女別になっている脱衣所に入ったときに、華やいだ若い女性たちの声が聞こえてくるではないか。すでに体は火照り、かなりののぼせ状態だったのにもかかわらず、あわてて湯に戻った。

「わー、大丈夫よ。ほら、この白いお湯なら見えないからいいわね」
 といいながら、あっけらかんとした態度で、20歳過ぎぐらいの若い女性3人が、タオルで体を隠してやってくる。なにしろ熱めの湯なので、彼女ら3人は、そうそう長くは湯につかっていられない。彼女たちはひんぱんに湯の中で立ち上がり、そのたびに、タオルからはみだした胸のふくらみを見せてくれる。いや、正確にいえば、見えてしまうのだ。ぼくはじっとこらえ、湯につかりつづけたので、ゆでダコのようになってしまった。

秘湯、藤七温泉の夜はふけて‥‥
 松川温泉から東八幡平の交差点に戻り、ふたたび、八幡平を目指して登っていく(なお松川温泉からそのまま八幡平の見返峠に登っていく樹海ラインもある)。雨こそ上がったものの、数メートル先も見えないような濃霧の中に突っこんでしまう。ところが、第5湯目、海抜1000メートルの御在所温泉まで登ると、雲海の上に出た!
 上空はまっ青な青空。目の前には、雲海を突き破って岩手山がそびえている。
「うーん、すごーい!」
 と、思わずうなってしまうほどの光景だった。

 御在所温泉では「八幡平観光ホテル」(入浴料500円)の湯に入り、無料化されたアスピーテラインで、見返峠を登っていく。
 岩手・秋田県境の、八幡平の見返峠に到着。この見返峠は、あまりなじみのない峠名。八幡平が高原状の地形なので、峠という意識が薄いからなのかもしれない。いっそのこと「八幡平峠」とでもしてくれれば、もっと知られる峠名になると思うのだが…。

 見返峠からの展望は抜群! 
 岩手県側では雲海の上に突き出た岩手山を眺め、秋田県側では夕日に染まって赤々と燃える山々を一望する。山あいでキラキラ光っているのは、完成まもない玉川ダムだろうか‥。胸を熱くして、峠からの夕暮れの風景に見入った。
 八幡平の見返峠から、松川温泉に通じている樹海ラインを2キロほど下ると藤七温泉。ここには、「彩雲荘」と「蓬莱荘」の2軒の温泉宿があるが、そのうち「彩雲荘」に泊まった。

 浴衣に着替え、ひと風呂浴びて大広間に行くと、すでに夕食がはじまっていた。泊まり客全員が、一緒になって夕食をとるのだ。ぼくの隣りは一人旅の女性。イワナの塩焼きをつつきながらビールを飲んでいると、彼女に話かけられた。
「あのー、バイクで旅しているのですか?」
「彩雲荘」の前には、もう1台バイクが止まっていたが、それが彼女のもので、夏休みをとって一人で東北各地をまわっているという。東京のOL。ツーリングライダー同士の連帯感で、彼女とは以前からの知り合いであるかのように、ビールを飲みながらおおいに話し、盛りあがる。

 夕食後、もっと飲もうよ、ということになった。
「8時になったら、あなたのお部屋に行くわ」
 と、彼女はなんともうれしいことをいってくれるのだ。東北の秘湯の宿で、若い女性と向かいあって飲むなんて‥。部屋に戻っても、8時になるのが待ち遠しくて、胸をときめかせてしまうのだ。

 8時ジャストに、コンコンとノックの音。彼女がやってきた!
 ビールを飲みながら、東北の地図を広げ、ああだ、こうだと話がはずみ、またしても盛りあがる。バイクという共通点があるので、話がつきない。窓を開けると、降るような星空。糸のように細い三日月が山の端に浮かんでいる。
「彩雲荘」には、混浴の露天風呂がある。
「ねー、一緒に入ろうよ!」
 と誘うと、
「だーめ。だって‥‥、わたしの小さな胸をあなたに見られてしまうでしょ」
 と、浴衣の上からでもはっきりとわかるくらいの豊かな胸を揺らしてそういうのだ。
 あっというまに、12時が過ぎた。ビールの空きビンだけが、ズラリと並んでいく。
 彼女は強い!

 またしてもぼくが誘う。
「ねー、ここのまま布団を並べて敷いて寝ようよ!」
「だーめ。だって‥、あなたは大丈夫かもしれないけれど、わたしがあなたのお布団にもぐり込むかもしれないでしょ」
 東北一人旅の“バイクの彼女”は、ほんとうにいいセンスをしているのだ。

 午前1時過ぎになって、2人っきりの宴会はお開きになったが、出会ったばかりの旅人同士がまるで10年来の友人のようにうちとけるられたのも、藤七温泉という秘湯のなせる技なのだ。
 翌朝、朝食を食べ終わると、“バイクの彼女”と握手をかわして別れ、ぼくが先に出発した。藤七温泉が見えなくなると、後髪が引かれるようで、胸がジーンとしてしまうのだった。

火山のデパートと温泉のデパート
 八幡平の見返峠に戻ると、峠の駐車場にRMXを止め、八幡平山頂(1614m)まで遊歩道を歩く。オオシラビソ(アオモリトドマツ)の原生林。遊歩道沿いには八幡沼やガマ沼、めがね沼、鏡沼などの火口湖があり、八幡平の風景にアクセントをつけ、目を楽しませてくれる。まだ、残雪がみられたが、雪溶けとともに、イワカガミやヒナザクラといった高山植物の可憐な花々が咲いている。
 このあたりはまた、野鳥の宝庫で、「ガーツガーツ」と鳴くホシガラスや、「ジューリジューリ」と鳴くメボソムシクイ、「フーヒーフーヒー」と鳴くウリなどが、亜高山帯の針葉樹林帯に生息している。
 山頂までは、プラプラ歩いても30分ほど。木でてきた展望台に登る。360度の眺望が目の底に焼きつく。

 那須火山帯に属する八幡平の周辺には、いろいろな火山がある。まるで、火山のデパートのようなものだ。八幡平は楯状火山のアスピーテ型、岩手山は成層火山のコニーデ型、後生掛温泉と玉川温泉の間にある焼山は釣鐘状火山のトロイデ型、藤七温泉近くのモッコ岳はアスピーテとトロイデの組合わさったアスピトロイデ型と、この狭い地域にひととおりのタイプの火山がそろっている。

 八幡平の見返峠を越え、秋田県側に入り、アスピーテラインを下っていく。秋田県側のこのルート沿いには蒸ノ湯温泉、大深温泉、後生掛温泉、大沼温泉と4湯の温泉がある。 第1湯目の蒸ノ湯温泉は、アスピーテラインからわずかに右手に入ったところにある一軒宿の、海抜1100メートルという高所にある温泉。周囲には蒸気がたちこめている。「ふけの湯ホテル」(入浴料400円)の男女別の露天風呂に入ったが、湯船からは、熱い、白濁色した湯があふれでていた。

 つづいて第2湯目は、大深温泉。アスピーテラインをはさんで蒸ノ湯温泉とは反対側にある。硫黄鉱山の跡から湧き出た温泉で、湯治専門の一軒宿「大深温泉」(入浴料400円)がある。自炊棟の床は、熱い蒸気が噴き上げているオンドル式なので、ポカポカと気持ちいい。内湯は木の湯船。源泉は95度という高温湯だ。

 第3湯目は、古くからの湯治の温泉として知られる後生掛温泉。「後生掛温泉」(入浴料400円)で入浴したが、ここは温泉のデパートのようなところで、いろいろな湯がある。大浴場は木の湯船。ねずみ色した湯は、いかにも体に効きそうだ。火山風呂は気泡湯で、泡がブクブクと湧きたっている。湯滝は打たせ湯。湯量が豊富なので、首筋を湯に打たれると、バイクに乗った疲れもすーっと抜けていく。泥湯は見た目には若干、気持ち悪いが、体に泥を塗りつけて湯を出ると、肌がツルツルしてくる。蒸し風呂は、蒸気の吹き出している箱の中に入り、顔だけをだすというもので、なんともユーモラス。
 後生掛温泉の温泉の持っているエネルギーの大きさを感じさせるのはサウナ風呂で、天然の蒸気を使っている。露天風呂がここでは唯一の混浴の湯だが、ほかの湯がすごいものばかりなのでなにかつけ足しのようで、チャチな感じがした。

 後生掛温泉からさらにアスピーテラインを下り、大沼湖の湖畔にある第4湯目の大沼温泉では、道路沿いの旅館兼食堂兼土産店の「八幡平レークイン」(入浴料400円)の湯に入る。湯から上がると昼食にし、満ち足りた気分で、R341との分岐点まで下っていった。

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秘湯めぐりの峠越え:第6回 大場谷地峠編(秋田)

 (『遊ROAD』1993年10月号 所収)

赤川温泉の究極の混浴温泉宿
 八幡平を越えるアスピーテラインと国道341号のT字路近くには、トロコ温泉(入浴料300円)と銭川温泉(入浴料300円)の、ともに一軒宿の温泉がある。これらの2湯に入ったあと国道341号で花輪に向かった。雨が降り始め、一気に激しい降りになった。
 国道341号沿いの東トロコ温泉(入浴料400円)、国道341号から2キロほど入ったところにある志張温泉(入浴料400円)と、これまた一軒宿の2湯の温泉に入り、山地から平地に下っていく。

 花輪盆地の中心、花輪に着くと、ぐるりと町をひとまわりし、久しぶりに町の匂いをかぐのだった。
 JR花輪線の花輪駅前をスタート。降りつづく雨の中、国道341号を走り、八幡平に戻っていく。豪雨といってもいいような大雨だ。
 アスピーテラインとの分岐点を通り過ぎ、大場谷地峠に向かって国道341号を走り、峠の手前で国道を左に折れる。500メートルほど走ったところにある一軒宿の赤川温泉が今晩の宿。目の前を流れる赤川の渓流は、大雨の影響で、ゴーゴーと渦を巻いてながれている。

 宿に入ると、まずは湯だ。
 混浴で、泉質の違う木の湯船が2つ並んでいる。男女が一緒になって、和気あいあいと湯船に入っている光景はなんとも心なごむもの。日本の混浴のよさをしみじみと感じる。 10人くらいの人たちが入っている。オジイチャン、オバアチャン、オジチャン、オバチャンが主だが、その中に一人だけ、30代の色白の女性がいた。湯につかりながら、洗い場に上がった彼女の姿をチラッ、チラッと盗み見する。ポッとピンクに染まった肌がなまめかしい。

 赤川温泉は湯治宿で、湯の中でみなさんと話をしたが、1週間とか、10日といった長期滞在者が多かった。誰もが口をそろえて、
「ここの湯は体によく効く!」
 と、いっている。

 夕方、5時になると、「カラーン、カラーン」という鐘の音とともに、夕食が始まる。 自炊棟の泊まり客は各自が自炊するが、食事つきの泊まり客は大広間で一緒に食事をする。茨城から来た夫婦と、神奈川から来た男の人と隣りあった食べる。ビールを飲み、時間をかけてゆっくり食べながら聞くみなさんの話がおもしろかった。

 茨城からの夫婦はご主人の退職後、2人そろって旅に出、板東33ヵ所、秩父34ヵ所西国33ヵ所の“日本100観音霊場”のすべてをまわったという。その影響もあって、ご主人は今、観音像の彫刻に夢中なのだという。
 神奈川県の男の人は、大病を患ったあと、赤川温泉の湯がよく効くといわれ、頻繁に来るようになった。今では、すっかり元気だ。“渓流釣り師”で、地元の人たちでさえ知らないような沢にまで入り、イワナを釣っている。一番恐ろしいのクマだという。何度かクマに出くわしたのだが、そのときの様子、恐怖感を臨場感たっぷりに話してくれた。
 湯治が体にいいのは昔からよく知られているところだが、それはたんに温泉の湯の効果だけではなく、湯治宿での人と人との結びつきの効果もきわめて大きいのではないかと思わせる赤川温泉だった。
(そんな赤川温泉もその後、後述の澄川温泉とともに大土石流に流され、今はない)

大場谷地峠を越えて玉川温泉へ
 翌朝も「カラーン、カラーン」という鐘の音とともにはじまる朝食を食べ、赤川温泉を出発。ありがたいことに晴れている。赤川温泉のすぐ近くからダートに入り、5キロほど走ったところにある一軒宿の澄川温泉にいき、「澄川温泉」(入浴料400円)の混浴の露天風呂に入る。地熱が高く、露天風呂のまわりの石段は裸足では歩けないほど。宿は旅館部と自炊部に分かれているが、自炊棟はオンドル式になっている。
 国道341号に戻り、大場谷地峠を登っていく。峠周辺が八幡山麓の高原状の地形なので、この峠を意識する人はあまりいないが、秋田県の2大河川、北の米代川と南の雄物川の水系を分ける重要な峠になっている。

 標高965メートルの大場谷地峠に到着。峠周辺は“谷地”の名前どおりの湿地になっているが、秋北バスのバス停「大場谷地」に隣り合った駐車場にRMXを止め、木道のつづく湿原を歩く。ニッコウキスゲの花が咲き乱れ、湿原全体を山吹色に染あげている。シャクナゲの可憐な花が、その中に点々と咲いている。木道がつきると、深い森の中に入っていく。沢に降り、手で水をすくって顔を洗う。

 大場谷地峠を越えると玉川温泉。かつては山間の秘湯だったこの温泉も、今では超人気で、1年前に予約を入れてもなかなか部屋が取れないほどの盛況だ。一軒宿「玉川温泉」(入浴料400円)の大浴場に入る。「アレッ!」と、思わず声を出してしまったが、大浴場を半分に分け、男女別々の湯になっているではないか。
 その前にきたときは脱衣所は男女別々だが、中で一緒になる混浴の湯だった。大浴場に入るなり、「エー!」っと、びっくりしたような声を上げたオバチャンの顔を思い出してしまったが、それも今は昔。緑がかった、チクチクと肌を刺すような強酸性の湯だけが、そのときと変わりがなかった。

 玉川温泉では、「玉川温泉自然研究路」の遊歩道歩きがおもしろい。
 大噴ではPH1・2という日本一の強酸性の、それも98度という超高温の湯が、毎分9000リットルも吹き出している。桁外れの湯量だ。湯畑では、硫黄泉のその流れを木枠で組んだ樋に通し、“湯の花”を採っている。このような玉川温泉を水源とする雄物川最大の支流、玉川は、古くから“玉川の毒水”として流域の人々に恐れられてきた。かつて、この水を田沢湖に引いたために、魚類が死滅したこともある。
「玉川温泉自然研究路」の一番奥、蒸気が無数の小さな孔から吹き出しているところでは小屋掛けした中にゴザを敷いて、女性たちが、まるで魚市場に並んだマグロを見るかのように、ゴロゴロとという感じで横になっていた。うっかりのぞいてしまったが何か、いけないものを見てしまったような気がした。

 そんな湯小屋のまわりでは、茨城県からきたというオバチャンたちが、輪になって、話に花を咲かせていた。
「兄さん、食べていきなさいよ」
 と、声を掛けられ、蒸気で蒸かしたジャガイモや温泉たまご、キューリの漬物、さらには生野菜のサラダから飲み物と、次から次へと出してくれた。ぼくも遠慮はしない。オバチャンたちは毎年ここにくるとのことで、玉川温泉のこの蒸気浴&岩盤浴は万病に効くという。玉川温泉に宿を取るのは難しいので、別な温泉宿に泊まり、マイクロバスでやってくるというのだ。
「私の息子もバイクが大好きなのよ。30を過ぎてもまだ独身で‥‥。女よりもバイクのほうがいいんだ、なんていっている。兄さんも、その口なんでしょ。え、子供が3人もいるの?」
 オバチャンたちと過ごした一時は、楽しいものだった。最後は手を振りあって別れ、玉川温泉をあとにするのだった。

乳頭温泉郷の孫六温泉の露天風呂
 玉川沿いに国道341号を走る。
 一軒宿の新鳩ノ湯温泉(入浴料300円)の湯に入り、玉川ダムのわきを通り、田沢湖近くで国道を左折。秋田・岩手県境の乳頭山(1478m)山麓の乳頭温泉郷へと登っていく。RMXのバックミラーをのぞきこむと、田沢湖がよく見える。
 水沢温泉では、日帰り入浴と湯治自炊の設備のある「水沢温泉」(入浴料400円)の大浴場と大露天風呂に入り、田沢高原温泉では「国民宿舎駒草荘」(入浴料400円)のおなじく大浴場と大露天風呂に入り、いよいよ、乳頭温泉郷の温泉めぐりを開始する。

 まず第1湯目は、鶴ノ湯温泉(入浴料400円)だ。乳頭山に向かう舗装路を左折し、4キロほど走ったところにある。乳頭温泉郷の7湯は、どこも一軒宿の温泉で人気が高いが、とくに鶴ノ湯温泉は秘湯人気にわいている。夏休みの最中ということもあって、4駆やバンでやってくる家族連れが多かった。
 鶴ノ湯温泉は、寛永15年(1638年)には秋田藩主の佐竹義隆が湯治にきたという乳頭温泉郷最古の湯。傷ついた鶴が湯で傷を癒したところからこの名がある。
白湯、黒湯、中ノ湯、滝ノ湯と、泉質の違う4つの湯があるが、混浴の露天風呂の湯の白さが印象的だ。

 さきほどの舗装路に戻り、さらに登っていったところに、第2湯目の「田沢湖高原国民休暇村」(入浴料400円)がある。ここの湯は“乳頭の湯”と名づけているので、乳頭温泉としておこう。乳頭温泉郷の玄関口のようなところで、ここで道は二又に分かれているが、まずは左へ。
 第3湯目の妙ノ湯温泉(入浴料400円)、第4湯目の大釜温泉(入浴料400円)、第5湯目の蟹場温泉(入浴料400円)と、一軒宿の温泉の湯に次々に入り、また「田沢湖高原国民休暇村」まで戻った。

 今度は右へ。舗装路は第6湯目の黒湯温泉(入浴料400円)で行き止まりになる。ここではブクブクと音をたてて熱湯が吹き出している湯元を見たあと、混浴の露天風呂に入った。
 そして今晩の宿は、第7湯目の孫六温泉。黒湯温泉の先の駐車場にRMXを止め、渓谷に下り、橋を渡った対岸にある一軒宿の「孫六温泉」に行く。

 夕食を食べ終わると、カンビール2本を持って、混浴の露天風呂に入る。長湯できる湯温。やがて、若いカップルがやってくる。女性はバスタオルをギュッと体に巻きつけている。ぼくが冗談半分で、「こんなに暗いのだから、見えませんよ」というと、彼女はバスタオルをとった。だが、いくら暗いからといっても、裸電球の明かりがもれてくる。その明かりをとおして見える彼女のまっ白な裸身がまぶしかった。

 2人は札幌からやってきた。苫小牧からフェリーで八戸に渡り、東北をまわりはじめた最初の宿泊が孫六温泉。これから3、4日かけて東北各地をまわるという。
“札幌のカップル”の次には、“東京の登山者2人組”がやってきた。乳頭山を登ってきたということだが、2人とも、相当の温泉通。長野県の本沢温泉、中房温泉、小谷温泉、新潟県の蓮華温泉、富山県の黒部峡谷の温泉群‥などがいいと、秘湯・名湯がポンポンと飛び出し、湯の中での秘湯談義でおおいに盛り上がった。
“東京の登山者2人組”が湯から上がり、チビチビ飲んだカンビール2本が空になったところで、ぼくも混浴の露天風呂を上がるのだった。

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秘湯めぐりの峠越え:第7回目 仙岩峠編(秋田・岩手)

仙岩峠越え
 ひと晩、泊まった乳頭温泉郷の孫六温泉を出発。まあまあの天気で日が差している。
 国道341号に下り、田沢湖町の中心、生保内へ。JR田沢湖駅前の喫茶店で久しぶりのような気がするコーヒーを飲む。もう一杯、おかわりをし、国道46号で秋田・岩手県境の仙岩峠に向かった。

 峠下にある仙岩資料館(入館無料)を見学。峠を貫く仙岩トンネル完成までのビデオが興味深かった。今では何ということなしに走り抜けてしまう峠のトンネルだが、その完成までにはさまざまな苦労があった。
 仙岩峠は標高836メートル。秋田県側の仙北郡と岩手県側の岩手郡の両郡名をとっての仙岩峠だが、その571メートル地点がトンネルの入口になっている。峠の頂上よりもはるかに低い地点を貫くトンネルなので、その完成とともに国道46号は、一年中、通行可となった。
 昭和51年の仙岩トンネルの完成以前、国道46号は、仙岩峠の北の国見峠を越えていた。だが、積雪が3、4メートルにも達する豪雪の峠なので、冬期間は閉鎖され、通行できなかった。奥羽連絡のこの重要な峠道が一年中通れるようになるのは、東北人の悲願だった。

 そのような背景を知った上で、峠道を登り、仙岩峠のトンネルに入っていくと、新たな思いを感じながら走ることができた。
 仙岩峠のトンネルを走り抜け、岩手県側に入ると、天気はガラリと変わった。なんと、ザーザー降りの雨が降っているではないか‥‥。雨をついての、最後の行程、岩手県側の温泉めぐりとなった。

岩手県内の温泉めぐり
 国道46号を左に折れ、旧道の国見峠を目指して登っていく。
 峠近くにある国見温泉が第1湯目。
「石塚旅館」(入浴料300円)の内風呂と混浴の露天風呂に入ったが、きれいな緑色の湯。ここは日本でも一番の緑湯だ。

 国道46号に戻ると、雫石盆地の雫石へと下っていく。
 JR田沢湖線の雫石駅前に出、案内板で第2湯目の雫石温泉の位置を確認する。
 国道46号と分かれ、北へと走り、田園地帯の中にポツンとある一軒宿「ホテルしずくいし」(入浴料600円)の湯に入った。近代的な設備の温泉ホテル。奥羽山脈が雫石盆地に落ちる山際にある。
 第3湯目は玄武温泉。山あいの静かな温泉地。ここには5県の温泉宿があるが、そのうち「いさみや旅館」(入浴料500円)の湯に入った。湯から上がると、葛根田川の川岸にある天然記念物の玄武洞を見た。玄武岩の柱状節理が見事だ。

 玄武温泉からは葛根田川に沿って走り、第4湯目の滝ノ上温泉へ。ここは最奥の秘湯。峡谷のあちらこちらから蒸気が吹き出している。大規模な地熱発電所の建設工事が進んでいる。秋田県側の乳頭温泉郷とは奥羽山脈の乳頭山をはさんでちょうど反対側になる。そんな滝ノ上温泉では、「滝峡荘」(入浴料350円)の湯に入った。山小屋風の宿だ。
 滝ノ上温泉から玄武温泉に戻ると、今度は岩手山方向に登り、第5湯目の網張温泉へ。「岩手山麓国民休暇村」(入浴料500円)の湯に入る。この温泉の歴史は古く、和銅年間(708年~715年)に発見されたという。

 網張温泉を出発するころには、まるでぼくをあざ笑うかのように、雨足はますます速くなる。豪雨をついて走り、いよいよ最後の温泉、第6湯目の岩手山温泉だ。
 岩手山東南麓、標高370メートル地点、岩手山柳沢口の登り口にある岩手山温泉「白百合荘」(入浴料250円)の湯に入った。無色透明の、若干、塩味のある食塩泉の湯。

33湯の全湯制覇!
 岩手山温泉の湯につかりながら、ガッツポーズ。これで見返峠編、大場谷地峠編、そしてこの仙岩峠編を合わせ、“日本一の秘湯地帯”にある全33湯に入った。
 岩手山温泉の湯から上がると、すぐ近くにある岩手山神社に行き“日本一の秘湯地帯”の全33湯完全湯覇達成のお礼参拝をするのだった。

 それにしても驚きだったのは、“日本一の秘湯地帯”の湯の入りやすさだ。
 第1湯目の焼走り温泉から第33湯目の岩手山温泉まで、入浴を断られたことは一度もなかった。これは、驚異的なことといっていい。
 意気揚々とした気分で滝沢分れまで下り、国道4号で盛岡に戻った。

「盛岡→盛岡」の全行程は451キロ。
 だが、その間に33湯もの温泉に入ったので、1000キロも2000キロも走ったかのような錯覚にとらわれた。
 盛岡では、JR盛岡駅前の「東家」で名物のわんこそばを食べた。結果は131杯。パンパンに膨れ上がった腹をかかえて盛岡を後にし、東北道を一路、東京へと夜通しで走るのだった。

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秘湯めぐりの峠越え:第8回 花山峠編(宮城・秋田)

 (『遊ROAD』1993年12月号 所収)

仙台藩花山村寒湯番所
 東京出発は午前11時。国道254号(川越街道)を行き、和光ICから東京外環道に入る。そして川口JCTから東北道へ。
 抜けるような青空のもと、250ccのツーリング用バイク、スズキDJEBEL250XCを走らせる。東北道を北へ。目指すのは、宮城・秋田県境の花山峠だ。

 埼玉県内の蓮田SAから、『全国温泉宿泊情報』(JTB刊)を見ながら、花山峠下の温湯温泉「佐藤旅館」に電話を入れる。
 紅葉の季節なので、「無理かな‥‥」と、思いつつ電話したのだが、うまく部屋が取れた。これでひと安心だ。
 ぼくの宿選びというのは、いつもこの調子で、出たとこ勝負。事前に決めることはまずない。それだけに、全国各地の主な温泉宿がのっている『全国温泉宿泊情報』は、ぼくの旅には欠かせない1冊になっている。

「6時から夕食なので、それまでには来て下さいね」
 といわれ、DJEBELのスピードを上げ、東北道をひた走る。
 那須連峰を見ながら、関東から東北に入る。
 安達太良山、吾妻山、蔵王山と、東北の名山を眺めながら高速道を走る。DJEBELのハンドルを握りながら、うれしくなってしまうほどだ。

 16時30分、築館IC着。ICから国道4号を走り、今回の峠越えの出発点となる築館の町に入っていく。
 築館から、国道398号で花山峠に向かっていく。
 前方には、夕日を浴びて紫色に染まる奥羽山脈の山々が連なっている。
「これから、あの山並みを越えていくのだ!」
 一迫町を通り、花山村に入る。栗駒山から流れ出る一迫川をせき止めた花山湖が、キラキラと金粉をまき散らしたかのように光り輝いている。

 一迫川の渓流に沿って走り、17時30分、温湯温泉に到着。花山峠周辺の秘湯群の玄関口に位置する、これまた秘湯の温泉だ。
“1000年の名湯”をキャッチフレーズにしている温湯温泉は、江戸時代には寒湯と書かれていたという。湯温の低い温泉であったのだろう。
 その寒湯に伊達藩は、奥羽山脈の花山越えの街道を警護する番所を置いた。それは国境警備の伊達藩28番所のひとつであった。
 寒湯が温湯に変わるのは明治以降のことだという。温泉の湯温が上がったのだろうか。温湯には、当時のままに、伊達藩の番所の建物が残されている。豪壮な構えの役宅と門。国指定の史跡に指定され、現在では資料館になっている。
 温湯温泉は、そのような花山峠を抑える要衝の地でもあった。

どこも秘湯の花山三湯
 温湯温泉の「佐藤旅館」に着くと、
「それ、温泉だ!」
 と、大浴場に行く。
 湯につかって体を伸ばしていると、東京から450キロ走ってきた疲れも、スーッと抜けていく。

「芳の湯」という大岩風呂の大浴場は、入口こそ男女別々だが中で一緒になる混浴の湯。湯に入っているのは自分一人だが、混浴というだけで、なんとはなしに気分が浮き浮きしてくる。
 つづいて、男女別の「御番所風呂」という露天風呂に入る。秋の日は落ちるのが早い。夕焼けの残照が消え、すっかり暗くなった山々を見ながら湯につかった。
 夕食は二の膳のつくご馳走。ヤマメの塩焼きやゼンマイの煮物、ヤマゴボウのあえ物、キクの酢の物、キノコ料理などに山里の味覚を感じとるのだった。

 夕食後は、時間をかけて、「芳の湯」と「御番所風呂」に入る。
「御番所風呂」では、空にまたたく星を見上げながら、湯につかる。体が火照り、湯から上がったときの、ひやっと冷たい夜風に吹かれる気持ちのよさといったらなかった。
「おー、極楽、極楽!」

 翌朝、目をさますとすぐに、「芳の湯」と「御番所風呂」に入った。そのあと朝食をしっかりと食べてから出発。昨夜の満天の星空がうそのように天気が崩れ、風が強く、黒雲が空を覆っている。台風が太平洋岸を北上しているとのことだ。
 ところで、花山峠下の花山村には、温湯温泉のほかに湯ノ倉温泉、湯浜温泉があって、「花山三湯」と呼ばれているが、どこもとっておきの秘湯だ。
 そのうちまず、湯ノ倉温泉に行く。一迫川沿いの林道を走る。その途中では、白糸ノ滝に寄り道する。道路わきの駐車場にDJEBELを止め、つり橋を渡り、落ち葉の敷きつめられた山道を登り、さらに沢沿いの道を歩く。30分ほど歩いて着いた白糸ノ滝は高さ45メートルの、名前どおりの優美な滝だ。

 さて、湯ノ倉温泉である。温湯温泉から林道を4キロほど走り、駐車場にDJEBELを止め、山道を歩く。今度は20分ほど歩き、ひと山越えたところ、一迫川の河畔に一軒宿の「湯栄館」(入浴料400円)がある。ここでの圧巻は、渦を巻いて流れる一迫川のすぐわきにある渓流大露天風呂。湯につかりながら、目の前の渓流を眺め、まわりの山々の紅葉を眺める。秘湯気分満点だ。
 湯ノ倉温泉の渓流大露天風呂は混浴の湯だが、自分一人で奥羽山脈の自然と一体になって湯につかっていると、中年のカップルがやってきた。
「水着の方は、入らないで下さい」
 の注意書きどおり、スラッとした細身の女性はさほどの抵抗感も見せずに、裸になって湯に入った。つづいて若いカップルがやってきた。20歳ぐらいの女性は恥ずかしさを顔に浮かべ、もじもじしていたが、ついに入らずじまい。期待していたのに‥‥。

 湯ノ倉温泉から温湯温泉に戻ると、国道398号で花山峠に向かう。
 鋭いカーブの連続する峠道を登り、稜線に出る。栗駒山から流れ出る一迫川と、鬼首温泉郷から鳴子温泉へと流れていく江合川の分水嶺になっている稜線だ。アップダウンをくり返す稜線上の道を走り湯浜峠に着く。目の前には標高1628メートルの栗駒山。流れの速い雲が、栗駒山の山頂から中腹にかけて、次から次へと横切っていく。
 栗駒山周辺は東北でも有数の紅葉の名所で、峠の駐車場にはずらりと車が止まり、大勢の人たちが紅葉狩りを楽しんでいた。

 湯浜峠を下ると、一迫川の源流地帯。そこに一軒宿の湯浜温泉がある。
 国道わきの駐車場にDJEBELを止め、谷間へと下って歩く。一迫川を渡り、10分ほどで湯浜温泉の「三浦旅館」(入浴料400円)に着く。男女別の内風呂に入ったが、隣合った女湯が簡単にのぞけるところが山の湯らしくていい。
 湯ノ倉温泉にしても湯浜温泉にしても、“ランプの温泉宿”で知られているが、
「今度はぜひとも泊まり来たいな!」
 と、思わせるような温泉宿だった。

奥羽山脈の花山峠越え
「花山三湯」の温湯温泉、湯ノ倉温泉、湯浜温泉と、秘湯群を存分に堪能し、いよいよ、奥羽山脈の花山峠に向かっていく。峠下の湯浜温泉から花山峠までは2キロほどの距離。峠に到着すると、キノコ狩りの車が何台も止まっていた。
 宮城県花山村と秋田県皆瀬村境の花山峠は、奥羽山脈の峠で、栗駒山の南西麓に位置している。
 峠を境にして、花山村側の一迫川は二迫川、三迫川を合わせて迫川となり、旧北上川に合流して太平洋に流れ出る。
 皆瀬村側の皆瀬川は雄物川に合流し、日本海に流れ出ていく。
 花山峠は東北を奥州と羽州に二分する峠であり、また本州を太平洋側と日本海側に二分する中央分水嶺の峠にもなっている。

 ところで、ここまで、“花山峠”と何度もくり返して使ってきた峠名だが、じつはこの峠には名前がついていない。峠下には江戸時代に関所(番所)まで置かれたほどの街道の峠なのに‥‥。
 旧街道は温湯温泉から湯ノ倉温泉、湯浜温泉と一迫川沿いに登り、そして峠を越えていたのだが、時代が変わると、この峠道は衰退してしまう。近年になって国道が開通すると温湯温泉からいったん稜線上に登り、湯浜峠を越え、それからもう一度、奥羽山脈の峠を越えるようになったのだ。
 そのため、この奥羽山脈の峠への、峠としての意識が薄くなり、名無しの峠になってしまったのだろうと推測する。

 だが、“峠のカソリ”としては、何としても峠名が欲しい。
 ということで、旧街道の“花山越え”にちなんで“花山峠”とさせてもらったのだ。
 花山峠を越え、秋田県に入ると、天気はガラリと変わる。黒雲は消え去り、青空が広がっている。冷たい風もパタッとやみ、透き通るような秋の日差しが射し込めている。
 峠というのは、このようにドラマチックなものなのだ。

天然の大湯滝!
 花山峠の秋田県側は、宮城県側よりもはるかに急勾配の峠道。急カーブが連続する急坂を一気に下っていく。
 栗駒峠に通じる栗駒有料との分岐点を過ぎると大湯温泉だ。
 ここでは「阿部旅館」(入浴料250円)の湯に入ったが、河畔に建つ木造の湯小屋には風情がある。目の前の河原からは、100度近い熱湯が噴き出し、もうもうと蒸気がたちこめている。
 大湯温泉から皆瀬川沿いに下っていくと、次は、小安峡温泉だ。
 花山峠周辺では最大の温泉地で、10軒ほどの温泉旅館がある。ここでは公衆温泉浴場(入浴料300円)の湯に入った。小安峡温泉は宮城県側の温湯温泉に似ていて、佐竹藩は小安番所をここに置いていた。花山越えで花山村に通じる街道と、文字越えで文字村に通じる街道、秋田藩と仙台藩を結ぶ2本の街道を警護する関所であった。

 小安峡温泉を流れる皆瀬川は、斧でストンと断ち割ったかのよう深い峡谷をつくり、その峡谷が小安峡と呼ばれている。台地上から谷間へ、石段で下っていくと、熱湯が蒸気とともに噴き出している。それが“大噴湯”で、ものすごい眺めだ。
 小安峡温泉で昼食にする。食堂に入り、名物の稲庭うどんを注文する。出てきた稲庭うどんを見たとき、
「えー、これがうどんなの?」
 と、びっくり。素麺にそっくりなのだ。それもそのはずで、稲庭うどんは、素麺と同じように手で引っ張って延ばした手延べ麺で、それを乾燥させた乾麺なのだ。この稲庭うどんは、皆瀬川沿いの稲川町稲庭でつくられるうどんで、その起源は古く、江戸時代の初期までさかのぼるという。秋田藩の御用達で、幕府への献上物とされてきた。

 小安峡温泉を出発。国道398号を左折し、木地山高原温泉「秋田いこいの村」(入浴料300円)に立ち寄ったあと、泥湯温泉に行く。「豊明館」(入浴料300円)の湯に入ったが、泥湯の名前どおり、粘土を溶かしたような湯の色だ。
 泥湯温泉の駐車場にDJEBELを止め、恐山、立山と並ぶ“日本三大地獄”の川原毛地獄を歩く。一木一草もない荒涼とした世界の川原毛地獄を抜け出ると、見上げるほどに大きい地蔵の建つ広場に出、そこから川原毛大湯滝へと山道を下っていく。
 川原毛大湯滝は、北海道のカムイワッカの湯滝の本州版といったところで、湯の川が高さ20メートルほどの、2本の滝となって流れ落ちている。その滝壺が絶好の、天然の露天風呂になっている。湯滝に打たれ、湯につかり、湯三昧をしたが、自然のつくりだした温泉のすごさに圧倒されてしまう。
 泥湯温泉に戻り、国道13号へ。湯沢市内に入り、JR奥羽本線の湯沢駅前に出、そこを花山峠越えのゴールにするのだった。

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秘湯めぐりの峠越え:第9回 巣郷峠編

 (『遊ROAD』1994年2月号 所収)

三又温泉の山里の味覚
 秋田・岩手県境の奥羽山脈の峠、巣郷峠への出発点は、秋田県横手市のJR奥羽本線横手駅前。巣郷峠は東北横断ルートの国道107号の峠だが、横手から東北本線の北上へ、国道と並行してJR北上線が走っている。
 横手駅前に峠越えの相棒のスズキDJEBEL250XCを止め、プラプラ歩き、横手駅前温泉の「プラザゆうゆう」(入浴料600円)に行く。名前どおりの駅前温泉で、駅から歩いて1分とかからないところにある。平成2年にオープンした温泉のニューフェイスで、47度の湯が毎分600リッター自噴しているという。
“ちょっとひと風呂”には絶好の立ち寄り湯で、大浴場のほかに打たせ湯や泡湯、露天風呂などがあり、湯量は豊富だ。湯は若干、塩っぽい。真綿のようなやわらかな感触。男湯が北海道の天人峡温泉にちなんで「天人峡」、女湯が九州の湯布院温泉にちなんで「湯布院」と、名前もいい。
 湯から上がり、さっぱりした気分で横手を出発。温泉効果満点で、満ち足りた気分でバイクを走らすことができた。

 国道107号、通称平和街道を走る。県境の巣郷峠をはさんで秋田県側が平鹿郡、岩手県側が和賀郡で、両郡名をとっての平和街道ということになる。
 横手の市街地を抜け出ると、じきに山内村に入る。
 村の中心、相野々には相野々温泉がある。国道から300メートルほどの村営「鶴ヶ池荘」(入浴料230円)の湯に入ったが村人たちで大盛況のにぎわい。
「ダドモよ」、「ンダ、ンダ」といった土地の言葉が満ちあふれている。
 温泉の湯につかりながら、それとはなしに土地の言葉を聞くのはなんともいいものだ。

 相野々で国道107号と分かれ、山間の一軒宿、三又温泉に向かう。そこが横手駅前から電話を入れた今晩の宿なのだ。
 その途中では、南郷温泉「共林荘」(入浴料300円)の湯に入る。ここも新しい温泉で、平成2年のオープン。泉質が自慢の温泉だけあって、大浴場の湯から上がると、肌はツルツルしている。
 さすがに温泉の宝庫!
 那須火山帯と重なりあった奥羽山脈の周辺だけのことはあって、こうしてあちこちで新しい温泉が誕生しているのは、我ら温泉ファンにはこたえられない話だ。

 三又温泉は山内村最奥の三又から、さらに山中に入ったところにある。まさに秘湯だ。一軒宿の「三又温泉旅館」に泊まったのだが、ここが、大正解!
 湯から上がると部屋には夕食が用意されていたが、ずらりと山里の味覚が並んでいた。とても1泊2食7500円とは思えないほどの豪華なご馳走だ。
 イワナのたたきやニジマスの刺し身、コイのうま煮、何種類ものキノコ料理、ゼンマイやアザミノトウなどの山菜煮物、ワラビのおひたし‥‥と、山の幸を賞味する。食べはじめたところで、焼きたての塩焼きのイワナを持ってきてくれる。この細やかな心づかいがうれしい。汁も名産の山内イモにマイタケの入ったもの。さらにテンプラや茶碗蒸し、クルミ入りの胡麻豆腐、鍋物もあって、さすがの“大喰いカソリ”でも、全部は食べきれないほどのご馳走だった。
(※つい先日、三又温泉に行ったのですが、残念ながら廃業湯になっていました…)

巣郷峠の真上の温泉、巣郷温泉
 翌日はザーザー降りの雨の中を出発。雨具を着て走り出すのはけっこう辛いものだ。
 来た道を相野々まで引き返し、国道107号で巣郷峠に向かっていく。ゆるやかな登りの峠道。このあたりは秋田・岩手県境の奥羽山脈の中でも、とくに大きく落ち込んだところで、国道107号も、国道と並行して走るJR北上線も、ともにトンネルなしで峠を越えている。
 秋田・岩手県境の巣郷峠に到着。
 奥羽山脈の峠で、東北を奥州と羽州に分けるのと同時に、本州を太平洋側と日本海側に二分する中央分水嶺の峠になっている。
 奥羽山脈の峠道は、冬期間は閉鎖されるところが多いなかにあって、この国道107号の巣郷峠は一年中通れる。奥羽連絡の重要な峠だ。

 秋田県から岩手県に入る。峠は広々とした高原の風景。水田も広がっている。
 そんな巣郷峠には、巣郷温泉がある。まさに“峠の温泉”。その名も「峠の湯」(入浴料200円)という公衆温泉浴場の湯につかる。そのほか峠には、湯田町の町営公衆温泉浴場やクアハウス、2軒の温泉旅館がある。
 巣郷温泉のような峠の真上にある温泉というのは、北海道の塩狩峠にある塩狩温泉や、栗駒峠の須川温泉など限られたものでしかない。“峠のカソリ”&“温泉のカソリ”にとっては、“峠の温泉”というのは、涙がでるほどうれしく、ありがたいものなのだ。
「峠の湯」から上がると、国道をはさんで反対側にある「でめ金食堂」で昼食にする。
 馬刺し定食を頼む。
 たっぷりとニンニクを入れたニンニク醤油に馬刺しをつけて食べる。食べ終わると、クワーッと、体の中が熱くなってくるようだ。馬刺し&ニンニクのパワーでもって、巣郷峠下の温泉群を入りまくるのだ!

巣郷峠下の温泉めぐり
 巣郷峠を岩手県側に下っていくと、うれしいことに雨は上がった。雨具を脱いで走る。
 峠道を下りきると、湯田町の中心、川尻の町並み。そこが第1湯目の川尻温泉。JR北上線の“陸中川尻”をあらためた“ほっとゆだ”駅に行く。このほっとゆだ駅には、駅舎内に公衆温泉浴場(入浴料150円)があるのだ。
 駅前にDJEBELを止め、“駅の温泉”に入る。さすがに駅舎内の公衆温泉浴場だけあって、浴室内には鉄道用の信号燈がついている。列車の到着する45分ー30分前までは青信号、30分-15分前までは黄信号、15分以内になると赤信号がつく。
 湯から上がると、駅前をプラプラ歩いたが、八百屋の店先には、マイタケやナメコ、アミタケのほかに、落ち葉モタシとか、沢モタシ、カノカ‥‥といった聞きなれない名前の何種類ものキノコが並び、秋の東北を感じさせた。

 ほっとゆだ駅の温泉を皮切りにして、川尻周辺の温泉を総ナメにする。まず、ほっとゆだ駅から南に4キロほどの、第2湯目の湯川温泉に行く。ここには出途ノ湯に2軒、中ノ湯に15軒、奥ノ湯に4軒と、3地域に21軒の温泉宿があり、それらを総称して湯川温泉といっている。
 湯川温泉では、奥ノ湯の「高繁旅館」(入浴料300円)の湯に入る。内湯が豪華だ。まばゆいばかりの黄金風呂。金勢大明神をまつる混浴の露天風呂もいい。男性器をかたどった石造りの金勢さまはリアルで、しめ縄を巻いてまつってある。
 ほっとゆだ駅に戻ると、今度は国道107号から盛岡に通じる県道に入っていく。
 すぐに、第3湯目の大沓温泉。「ホットハーブ錦秋」(入浴料200円)の湯に入る。
 つづいて、第4湯目の湯本温泉。ほっとゆだ駅周辺では、湯川温泉と並ぶ大きな温泉地だ。ここでは「三花館」(入浴料300円)の湯に入る。内風呂、露天風呂ともに、目の前を流れる和賀川の渓谷を見下ろす眺望抜群の湯。このように、湯につかりながらいい景色を眺められるのは、最高のぜいたくというものだ。

 第5湯目は、湯本温泉の北、4キロほどのところにある槻沢温泉。ここには、「砂ゆっこ」(入浴料150円)という公衆温泉浴場があるが、800円を払うと砂湯に入れる。これがいい! 浴衣を着て砂場に横になると、オバチャンが蒸気で温まった砂を体にかけてくれる。そのとたんに、ドックンドックンと音をたてて、血が体中を駆けめぐる。汗がブワーッと吹き出してくる。岩手弁まる出しのオバチャンは、冷やしたタオルでていねいに額の汗をぬぐってくれる。30分ほど砂湯で蒸されたあとに入る湯がこれまたいいのだ。

 ほっとゆだ駅周辺の温泉めぐりの最後は、第6湯目の湯田薬師温泉。「中山荘」(入浴料200円)の湯に入る。混浴の露天風呂に入ったあと、内風呂の大浴場へ。入口こそ別々だが、中で男女が一緒になる混浴の湯。入浴客はぼくひとりだったので、湯船のなかでのびのびとおもいっきり体を伸ばした。そのとき、30代半ばくらいの色白の女性が入ってきた。
「あら、まあ!」
 といった表情で、大きく目を見開いて驚く彼女の顔が何ともいえない。
 その驚きぶりからすると、おそらく混浴の湯だとは思っていなかったのだろう。彼女は一瞬ちゅうちょしたが、覚悟を決めたかのように体を洗うと湯に入った。みるみるうちに桜色にそまっていく色白の彼女の姿をさりげなく盗み見るのだった。

秘湯、夏油温泉は‥‥
 巣郷峠下の温泉めぐりを終えると、ふたたびJR北上線のほっとゆだ駅に戻る。駅待合室でカンコーヒーを飲み、出発。国道107号で北上に向かう。
 和賀川をせき止めた錦秋湖を見ながら走る。湯田ダムを過ぎると、V字の深い峡谷になる。
 湯田町から和賀町に入る。地図をみると、和賀町の国道107号沿いには、岩沢温泉、綱取温泉、沢曲温泉と、3湯の温泉が出ている。
「よし、これら3湯も総ナメにしてやろう」
 と意気込んだのだが、なんと3湯とも、温泉宿はすでに廃業していた。
 このように温泉というのは、新しく誕生するものもあれば、ひっそりと消えていくものもある。

 北上に到着したのは16時30分。
 このまま東京まで東北道を一気走りしようかとも思ったが、ものは試しだと、JR東北本線の北上駅前から、夏油温泉に電話を入れてみた。
 人気の温泉だし、この時間だからまず無理だろうと、たいして期待もしていなかった。だが、なんともラッキーなことに、「元湯夏湯」に宿泊できることになった。急きょ、予定を変更して、夏油温泉に泊まることにした。
 和賀川の支流、夏油川沿いに、夕暮れの道を突っ走り、水神温泉、瀬美温泉と通り、奥羽山脈の奥深くへと入っていく。
 道路の行き止まり地点が夏油温泉。夏油川上流の、標高700メートルの高地にある温泉だ。

 夏油温泉到着は17時15分。すぐに真湯、女の湯、疝気の湯、滝の湯、大湯という順番に5つの露天風呂に入り、つづいて白猿の湯、小天狗の湯の、2つの内風呂に入った。
 湯から上がったところで夕食。ところがこれが、あまりにも寂しいもの。
 前夜の1泊2食7500円の三又温泉の食事がよすぎたので、10000円の夏油温泉の食事がことさらに貧弱に見えてしまった。三又温泉の心あたたまるようなサービスのよさにくらべると、夏油温泉のそれは混んでいるせいもあるが、比較のしようがなかった。「まあ、しょうがないか、超人気の秘湯なのだから‥‥」
 と、自分で自分にいいきかせ、我慢するのだった。
 翌日は、夏油温泉の洞窟の湯に入ったあと、来た道を北上へと引き返す。
 その途中では瀬美温泉(入浴料300円)、水神温泉(入浴料150円)と、ともに一軒宿の温泉に立ち寄り、北上に戻った。
 北上江釣子ICで東北道に入り、ひたすら東京を目指し走りつづけるのだった。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

秘湯めぐりの峠越え:第10回 天辻峠編

 (『遊ROAD』1994年4月号 所収)

真冬の峠越えに出発!
 午前5時、目をさますと、土砂降りの雨が降っている。バイクにとって、冬の雨ほど辛いものはない。まだ雪のほうがいい。
「行くと決めたからには、行くんだ!」
 冬用のウエアを着込んで身支度を整え、5時30分、神奈川県伊勢原市の自宅を出発。目指すは奈良県の天辻峠。
 峠を越えて紀伊半島を縦断し、国道168号沿いの温泉に入りまくるのだ。

 バイクは「インドシナ一周一万キロ」(1992年~1993年)を走ったスズキRMX250S。秦野中井ICで東名に入り、たたきつけるような雨をついて走る。
 御殿場周辺が悲惨…。雨が雪に変わり、ボソボソと降っている。転倒して、自分が原因で玉突き事故にでもなったらそれこそ一大事なので、より慎重に、より緊張して走った。裾野ICを過ぎるころには、また、雨に変わり、ホッとするのだった。
 牧ノ原SAで豚汁定食を食べ、体を内側からあたためる。浜松を過ぎたあたりでやっと雨は上がる。名古屋ICからは、東名阪→国道25号(名阪国道)→西名阪→国道24号というコースで走り、伊勢原から500キロの奈良県五条市到着は12時。和歌山線の五条駅前でRMXを止め、天辻峠への出発点にした。

天辻峠を越える幻の五新線
 五条から国道168号で紀伊半島に入り、天辻峠に向かう。
 吉野川(和歌山県に入ると紀ノ 川と名前が変わる)にかかる大川橋を渡ると、国道の電光掲示板には、
「この先、積雪。チェーン携行」
 の、注意がでている。さーて、どうなることやら‥‥。
 天辻峠の周辺はけっこう雪が降るのだ。しかしよほどのことがないかぎり国道168号が閉鎖されることはないはずだ。

 吉野川の支流、丹生川沿いに走り、五条市から西吉野村に入る。山々がグッと間近に迫ってくる。柿が名産なだけあって、山の斜面はいたるところ、柿園になっている。
 梅林で知られる賀名生は難解地名のクイズにも出そうだが、これで“あのう”と読む。 賀名生にある食堂で、名物の柿ノ葉ずしを食べる。1皿に4個のって400円。自家製のものだ。
 柿ノ葉ずしは塩サバを使った押しずしで、柿の葉でくるんである。材料の塩サバは、昔は熊野灘の浜から吉野まで、馬の背にのせて運んだという。馬の背で揺られている間に、水揚げ直後に浜でうったひと塩の浜塩が、サバ全体にほどよくまわり、なじんだのだという。

 この塩サバを薄切りにし、握ったすし飯の上にのせ、ひとつづつ柿の葉でつつむ。それをすし桶に並べ、上から蓋をし、重しをかけておく。こうして一昼夜も押すと食べられるようになるが、2日目ぐらいがちょうど食べごろになるという。
 柿の葉のかすかな香りがサバの生臭さをきれいに消してくれる。柿ノ葉ずしは、海から遠い吉野らしい郷土料理だ。

 国道168号を走っていて目につくのは、幻の鉄道、五新線の軌道。五条と新宮を結ぶ鉄道として計画され、建設されたが、途中で挫折‥‥。
 現在、五条と西吉野村の中心地、城戸までは、鉄道の軌道上をJRバスが走っている。さらにその先、天辻峠を貫くトンネルもほぼ完成しているそうで、ループになっているとのことだが、一度も日の目を見ることもなく、うち捨てられてしまった。
 西吉野村の村役場の所在地、城戸にあるのが、西吉野温泉。数軒の温泉宿。ここでは、「にしよしの荘」(入浴料500円)の湯に入った。寒風を切って走りつづけてきただけに、大浴場の湯につかった瞬間、冬ツーリングの辛さ、厳しさを忘れ、しばし天国の気分を味わうのだった。

雪の天辻峠越え
 いよいよ、天辻峠だ。
 城戸を過ぎると一気に山中に入り、峠道を登っていく。
 登るにつれて急速に寒さを増し、峠に近づくとチラチラと雪が降り出してくる。ゴーグルにこびりついた雪をはらいのけ、歯をカチカチ鳴らしながら峠に到着。
 西吉野村と大塔村の境の天辻峠は標高800メートル。長さ1176メートルの新天辻トンネルが峠を貫いている。峠のトンネルを抜けて大塔村に入ると、同じ奈良県とはいっても、吉野川から十津川の世界へとガラリと変わる。
 周囲の山々は一段と深く、険しくなる。

 新天辻トンネルの真上にある峠上の集落、天辻まで登っていく。わずかな高さの違いだが、雪の降り方に勢いがあり、あたりは一面の雪景色になっている。今は廃校になっているが、天辻の小学校分校の校庭には、「天誅組本陣跡」の記念碑が建っている。
 幕末期、十津川郷士や諸藩を脱藩した尊皇攘夷(天皇を崇敬し外国の勢力を排斥しようとした思想)の急進派たちは、天誅組を結成し、世直しだと京都を目指して天辻峠を駆け下っていった。
「天誅(天が下す罰)だ!」
 と叫んで五条の代官所を襲撃し、さらに奈良盆地入口の高取城を襲撃したが、幕府軍との戦いに破れ去り、天誅組は壊滅した。
 そのような天誅組に屋敷を提供し、食料も提供したのが天辻の庄屋、鶴屋治兵衛。
 天誅組の碑と並んで、鶴屋治兵衛の碑も建っていた。

 ところで、天辻峠の“天辻”だが、辻は峠を考える上ではきわめて重要だ。どういうことかというと、峠はまさに辻なのである。“天辻”の文字通り、峠は天の辻で、天上の十字路、つまり交差点になっていた。こちら側の世界から、峠を越えて向こう側の世界へと登り下りする峠道と、尾根を縫って通る山上道が、峠で交差するのである。
 山上道は今の時代でいえばスカイライン。伊豆スカイラインなどを通ってみるとよくわかるが、尾根上を走っていて、一番下ったところが峠になっている。そこで下から登ってくる峠道と十字に交差するのだ。

 日本には地蔵峠が数多くあるが、山伏峠も各地にある峠名だ。
 山を修行の場とする山伏にちなんだ峠名だが、山伏たちは峠道ではなく、スカイラインの山上道を駆け、自由自在に遠方の世界まで行っていた。山国日本にはこのような山上道が、かつては網の目のように張りめぐらされていた。
 天辻峠では、峠のトンネルを抜け出てすぐのところにある天辻大師温泉(入浴料720円)の湯に入り、峠をくだっていく。峠道の途中にある展望台に立つ。エメラルドグリーンの水の色をした十津川が曲がりくねって流れ、川岸を国道168号が走っている。足下には峠下の集落、坂本が見下ろせた。この十津川の水源は、大峰山脈の山上ヶ岳。上流部は天ノ川という。

国道168号沿いの温泉めぐり
 天辻峠を下り、峠下の坂本からは、十津川に沿って国道168号を走る。
 大塔村から十津川村に入る。日本で一番、村域の広い村だ。まわりは山また山。山々は際限なく連なり、その間を縫って、十津川の本流や支流が深いV字の谷を刻み込んで流れている。
 十津川には何本ものつり橋がかかっている。
 その中でも一番長いのは、“日本一のつり橋”で知られる谷瀬のつり橋。長さが300メートルもある。歩いて渡ってみたが、谷間を吹き抜ける強風にあおられ、グラグラ揺れて怖かった。

 十津川村役場近くにある湯泉地温泉の「旅館むさし」で、一晩、泊まった。
 さっそく湯につかる。真冬の寒さにさんざん痛めつけられたあとだけに、なんともありがたい湯だ。無色透明の熱めの湯が、湯船からあふれ出ている。肌にからまって薄い膜が張るような感じの、いかにも温泉らしい湯だ。
 湯から上がると夕食。ぼたん鍋が出た。このあたりで捕れた猪の肉を使っている。野菜やキノコ、豆腐などと一緒に味噌で煮込んだ猪肉は、野生の味とでもいうのか、シコシコとした歯ごたえがあった。
 夕食を食べおえると近くの公衆温泉浴場「泉湯」(入浴料400円)の湯にも入った。

 翌日は抜けるような青空。雲ひとつない快晴だ。そのかわり、とびきり寒い。
“南国・紀伊半島”のイメージとはほど遠い寒さだった。
 強烈な寒さに立ち向かってRMXを走らせ、十津川村の温泉三昧を開始する。
 まず最初は、十津川温泉の公衆温泉浴場(入浴料200円)。
 つづいて国道を右折し、十津川の支流、上湯川沿いにある下湯温泉と上湯温泉に行く。
 下湯温泉では峡谷の一軒宿「十津川観光ホテル山水」(入浴料500円)の湯に入る。湯量豊富。内風呂の大浴場、河原の露天風呂と入った。

 下湯温泉から上湯川沿いにさらに上流にいったところにあるのが上湯温泉。河原には、2つの露天風呂がある。ひとつは村営で、入浴料は100円。料金は入口の料金箱に入れるようになっている。もうひとつは民営で、入浴料は500円。村営→民営という順番で両方の湯に入ったが、民営はコンクリートで囲って岩をめぐらした広々とした露天風呂なので、400円分だけよけいに気分よく入ることができた。下湯温泉にしても、上湯温泉にしても、関西圏では屈指の秘湯だ。

 十津川村の温泉三昧を終え、国道168号で十津川沿いにさらに南下し、奈良県から和歌山県に入る。
 十津川は熊野川と名前を変える。
 険しい谷を抜け、谷間が広がったあたりに、熊野詣で名高い熊野本宮大社。参道入口でくず湯を飲んだが、トロッとした甘味のおかげで、湯疲れした体に元気がよみがえってくる。本宮を参拝し、門前の茶店で南紀名物のめはりずしを食べ、それをパワー源にして、熊野本宮大社周辺の湯ノ峰温泉、渡瀬温泉、川湯温泉の3湯めぐりを開始した。

 まずは湯ノ峰温泉。昔からの熊野詣の湯垢離場として知られているが、この湯ノ峰温泉こそ日本最古の温泉といわれ、その開湯は神話の時代、成務天皇の時代にまでさかのぼるという。
 ここでは、つぼ湯(入浴料200円)に入った。白濁色をした湯。底に黒い石が敷いてあって、その中から湯が湧いている。
 次に渡瀬温泉。「わたらせ山荘」(入浴料700円)の大露天風呂に入る。
 3番目が川湯温泉。河原の仙人風呂に入る。冬の期間だけできる大露天風呂で、千人風呂をもじっての仙人風呂とのことだが、いやー、ほんとうに広い。1000人は楽に入れるくらいの広さだ。ただ、入浴中の男女ともに水着なのが、趣半減といったところだ。

 ゴールの新宮を目指して国道168号を走る。熊野川は北山川を合わせ、ぐっと水量を多くする。瀞峡へのウォータージェットの出る志古を通り、国道から5キロほど入った雲取温泉(入浴料300円)の湯を最後とし、熊野川河口の町、新宮に出た。
 さすがに南紀だけのことはあって、春のそよ風を思わせるようなあたたかい風が吹いていた。

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

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