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四国八十八ヵ所めぐり(25)

2009年4月15日(春野→梼原・その2)

 第35番・清滝寺の参拝を終えると、土佐市の市街地を走り抜け、県道39号で宇佐漁港へ。海辺でアドレスV125Gを停め、お接待でいただいた土佐名物のブンタンを食べた。

 海沿いの道を走り、第36番の青龍寺へ。
 青龍寺といえば昔の長安の都、中国・西安がすぐに思い浮かぶ。西安の真言密教の寺、青龍寺は恵果・空海師弟ゆかりの寺だ。

 山門(仁王門)の左手前には恵果堂があるし、長い石段を登っていった途中には、恵果和尚の墓もある。
 石段を登りきり、本堂と大師堂を参拝。

 青龍寺からは明徳義塾前を通る。ここは横綱朝青龍の出身校。「朝青龍」は青龍寺からとった名なのか。
 県道47号の横波黒潮ラインを走り、須崎で国道56号に出た。


※管理人コメント:やっぱり青龍寺からの命名だそうです。

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土佐湾の海岸に出る

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海辺でブンタンを食べる

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第36番・青龍寺の山門

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青龍寺の三重塔

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長い石段を登っていく

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滝が流れ落ちている

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さらに石段を登っていく

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青龍寺本堂

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横波黒潮ラインからの眺め
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四国八十八ヵ所めぐり(24)

2009年4月15日(春野→梼原・その1)

 春野の民宿「徳丸館」の朝食を食べ、7時出発。仁淀川の堤防上の道を走り、国道56号に出る。仁淀川大橋で仁淀川を渡り、土佐市に入る。そして標高378メートルの清滝山の中腹にある第35番の清滝寺へ。

 山門の仁王門の天井には見事な龍が描かれている。石段を登り、本堂に参拝。つづいて隣りの大師堂を参拝する。

 ここは養老7年(723年)、行基が薬師如来像を彫り刻んで開創し、景山密院タク木寺と号したという。それが弘法大師がこの地で修行中、満願の日に金剛杖で地面を突いたところ清水が滝のようになって溢れ出たので、寺号を「清滝寺」に改めたという。

 境内には薬師如来像が建っている。藤棚の藤はきれいな花を咲かせていた。展望台からは仁淀川、太平洋が見え、土佐の市街地も見渡せた。

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民宿「徳丸館」の朝食

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民宿「徳丸館」を出発

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仁淀川の流れ

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第35番・清滝寺の山門

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山門の天井に描かれた龍

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石段を登って本堂へ

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清滝寺本堂

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清滝寺の大師堂

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清滝寺境内の薬師如来像

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清滝寺の藤が満開

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清滝寺からの眺め

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四国八十八ヵ所めぐり(23)

2009年4月14日(伊野→春野・その2)

第33番・雪ケイ寺から土佐の名所の桂浜へ。
 スズキ・アドレスV125Gを駐車場に停めて砂浜を歩く。歩きながら太平洋(土佐湾)の寄せる波を眺めた。砂浜の突端が竜頭岬だ。

 ここには坂本龍馬の銅像が建っている。見上げるような大きさ。室戸岬の中岡慎太郎の銅像もそうだが、土佐人はドデカイ銅像が好きなようだ。

 龍馬のグッズを売る店をのぞいたあと、第34番の種間寺へ。
 この種間寺だが、弘法大師が唐から持ち帰った米、麦、粟、黍、豆の五穀の種を寺の周囲に蒔いたところから「種間寺」の寺号があるという。

 種間寺の参拝を終えると、太平洋を目の前にする民宿「徳丸館」へ。その途中ではザーッと雨に降られた。宿に着くとすぐに、頭陀袋に入れていた般若心経や納経帳、御影保存帳などを部屋に広げて乾かすのだった。

 ここの夕食はよかった。トビウオの刺身がうまかった。
 食べ終わると、食堂でコーヒーを飲みながら、泊り客の50代の女性と話した。一人で「四国八十八ヵ所」をめぐっている。

 ご主人を病気で亡くし、すっかり打ちひしがれていたとき、友人にすすめられるままにお遍路の旅に出た。すると目に入るものすべてがうれしくなり、空を見ては笑い、川の流れを見ては笑い…で、ご主人を亡くして以来、初めて笑った自分を感じたという。

「四国八十八ヵ所めぐり」は一人の女性の人生を大きく変えた。これも弘法大師のおおいなる力なのか。

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桂浜の砂浜を歩く

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桂浜の坂本龍馬像

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桂浜の龍馬グッズの店

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種馬寺本堂

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種間寺で般若心経をあげるお遍路さんたち

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民宿「徳丸館」

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民宿「徳丸館」から見る夕焼け

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民宿「徳丸館」の夕食

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雨に濡れた頭陀袋内のものを乾かす

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四国八十八ヵ所めぐり(22)

2009年4月14日(伊野→春野・その1)

 伊野温泉「かんぽの宿いの」の夜明け。部屋の窓からは眼下に仁淀川の流れが見下ろせる。仁淀川にはJR土讃線の鉄橋。その向こうには伊野の市街地が広がっている。朝湯に入り、6時、出発。雨が降っている…。
 国道56号で高知に戻り「ガスト」で朝食。

 高知の中心街からは国道32号→県道248号→県道14号で第32番の禅師峰寺へ。峰山の山上の寺。門前からは今、走ってきた県道14号を見下ろせる。右手、遠くには雨に煙る土佐湾も見える。ここの本尊は十一面観音だが、門前には大きな十一面観音像が建っている。

 禅師峰寺の山号は八葉山。峰山は天竺の補陀落山に見立てられ、山の形が八葉の蓮台に似ているところから八葉山の山号がつけられたという。禅師峰寺は峰山にある寺なので、地元の人たちは「峰寺」と呼んでいる。

 禅師峰寺の参拝を終え、県道14号を東へ。そのまま行けば浦戸湾をまたぐ浦戸大橋で対岸に渡れるが、ここには県営の無料渡船がある。125㏄のアドレスV125Gならば、それに乗せることができるという。

 ということで渡船乗場へ。待ち時間を利用して昼食にする。近くの「愛ちゃんストア」でちらしずしとのり巻き、たいちくわを買って食べた。ここでは2人のお遍路さんに出会った。そのあと自転車のお遍路さんもやってきた。

 渡船で5分ほどの船旅。
 浦戸湾の対岸に渡り、渡船乗場の近くにある第33番の雪ケイ寺を参拝した。

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「かんぽの宿いの」の夜明け

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「かんぽの宿いの」を出発

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高知の「ガスト」で朝食

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第32番の禅師峰寺に到着

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禅師峰寺からの眺め

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禅師峰寺の山門

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禅師峰寺本堂

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禅師峰寺の狸

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渡船乗場で昼食

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渡船乗場で出会ったお遍路さん

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アドレスともども渡船に乗る

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浦戸湾の対岸へ

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対岸に到着

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第33番の雪ケイ寺

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雪ケイ寺本堂

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四国八十八ヵ所めぐり(21)

2009年4月13日(宍喰→伊野・その5)

 第30番・善楽寺の参拝を終え、県道384号で「一宮」の交差点を通り、高知の中心街へ。「一宮」は土佐の一の宮に因んだ地名だが、これで「いっく」という。地元の人しか読めないよ…。JR土讃線の「土佐一宮」駅も「とさいっく」になる。

 高知駅前から「高知の十字路」のはりまや橋へ。ここは高松からの国道32号の終点であるのと同時に、松山への国道33号の起点になっている。

 はりまや橋から国道32号経由で第31番・竹林寺へ。
「高知の大展望台」、標高138メートルの五台山を登っていく。その山頂近くに竹林寺がある。緑豊かな寺。本堂、大師堂と参拝し、見事な五重塔を見る。

 竹林寺の参拝を終えたところで、五台山の展望台に立った。絶景だ。奥深くまで切れ込んだ浦戸湾を見下ろし、高知の町並みを一望する。そのすぐ背後まで山々が迫っているのがよくわかる。

 五台山から高知駅前に戻る。時間は18時45分。電話ボックスの電話帳での宿探し。伊野の「かんぽの宿」が目にとまる。すぐさま電話すると、宿泊OK。おまけに夕食も用意してくれるという。これもありがたき弘法大師のおぼしめしというものか。

「すぐに行きますから」
 といって電話を切ると、アドレスV125Gのエンジン全開で国道33号を走り、19時30分には伊野の「かんぽの宿いの」に到着。ここは伊野温泉。速攻で湯に入り、湯から上がると生ビールで乾杯。そのあとブリとアオリイカ、マグロのお造り、シラウオ、タケノコと若鶏のワサビ味噌焼き、野菜の煮物という夕食をいただいた。ご飯はタケノコ飯。夕食を食べ終わったところで、ゆっくりと大浴場の湯に入りなおした。

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第31番・竹林寺の山門

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竹林寺本堂

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竹林寺の大師堂

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竹林寺の五重塔

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緑豊かな竹林寺

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五台山の展望台から浦戸湾を見下ろす

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五台山から眺める高知の町並み

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「かんぽの宿いの」に到着

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「かんぽの宿いの」の夕食

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四国八十八ヵ所めぐり(20)

2009年4月13日(宍喰→伊野・その4)

 第27番・神峰寺の参拝を終えると、国道55号で安芸へ。
 安芸の町中を通り過ぎたところで国道を右折し、大三菱の創始者、岩崎弥太郎の生家に立ち寄った。そのまわりには、ハウス栽培の畑が広がっていた。

 国道55号に戻ると左手に土佐湾を見ながら走り野市へ。
 野市の中心街を通り過ぎ、第28番の大日寺へ。山上の寺。本堂、大師堂と参拝したあと、奥の院まで足を延ばす。ここには弘法大師が楠の生木に爪で薬師如来像を彫ったという「爪彫り薬師」がまつられている。

 つづいて第29番の国分寺へ。
 四国八十八ヵ所には阿波、土佐、伊予、讃岐4国の国分寺が含まれている。ここは土佐国の国分寺。本堂、大師堂と参拝。田園地帯のただ中にある寺で、水の張られた水田では田植えが始まっていた。すぐ近くには『古今和歌集』の撰者、紀貫之邸跡がある。紀貫之は土佐守として赴任したが、それは土佐の国衙(国府の庁舎)跡だ。

 国分寺の参拝を終えると、いったん四国縦貫の幹線、国道32号に出、県道384号で高知へ。その途中に第30番の善楽寺がある。

 土佐の一の宮、土佐神社に隣接した寺。というよりも、土佐神社の境内の一角に善楽寺がある、といった方がいいかもしれない。この寺はもともと土佐神社の別当寺として弘法大師が開基した。長らく神仏混淆がつづいたが、明治維新の廃仏毀釈で廃寺になってしまい、再興されたのは昭和になってからのこと。
 明治維新に吹き荒れた廃仏毀釈の大嵐では、土佐にあった615寺のうち、何と448寺が廃寺になったという。

 土佐神社を参拝したあと、善楽寺を参拝。境内には梅見地蔵がまつられている。この梅見地蔵は首から上の病にはよく効くとのことで、梅見地蔵堂をお参りする人が多かった。

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第28番・大日寺の山門

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大日寺本堂

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奥の院の「爪彫り薬師」

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第29番・国分寺の山門

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国分寺本堂

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国分寺の大師堂

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国分寺周辺の風景

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すでに田植えが始まっていた

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土佐国の一の宮、土佐神社に到着

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土佐神社を参拝

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第30番・善楽寺本堂

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善楽寺の大師堂

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善楽寺境内の梅見地蔵

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四国八十八ヵ所めぐり(19)

2009年4月13日(宍喰→伊野・その3)

 第26番・金剛頂寺の参拝を終えると、太平洋(土佐湾)を見ながら国道55号を走り、第27番・神峯寺へ。国道から山中へ4キロ、急カーブ、急坂の道をアドレスV125Gで走る。小回りがきいて、パワフルなアドレスなので、じつに楽に走れる。

 神峯寺に到着すると、まずは隣りの神峯神社に参拝。そのあとで神峯寺に入っていった。立派な山門。名水の「神峯の水」が流れ落ちている。本堂、大師堂を参拝。ここには空海の生涯がわかりやすく描かれていた。
 野鳥の宝庫の神峯寺、ウグイスが鳴いていた。

 門前の茶店で昼食のうどん(650円)を食べる。
 タケノコ、ナス、ニンジン、キャベツ、サツマイモ、オクラ、トマト、赤ピーマン、アスパラ、ダイコン、タマネギ、インゲン、サヤエンドウと具だくさん。それはすべてここで自家製だという。

 ここでは小林さん、藤井さんの若いカップルに出会ったが、2人はフランスのル・ピュイを出発し、ピレネー山脈を越え、40日をかけてスペインのサンチャゴへの巡礼をしたことがあるという。

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第27番・神峯寺の山門

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名水「神峯の水」

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神峯寺本堂

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仏足跡

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空海の生涯

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神峯寺の大師堂

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八重桜が咲いている

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神峯寺門前の店で食べたうどん

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四国八十八ヵ所めぐり(18)

2009年4月13日(宍喰→伊野・その2)

 室戸の町中にある第25番の津照寺に到着。山門をくぐり、125段の急な石段を登っていく。その途中には中門の鐘楼門がある。

 ここは室戸の町並みと太平洋を見下ろす絶景の地。弘法大師がこの地を訪れたとき、漁師の無事と豊漁を祈って延命地蔵尊を彫り刻み、堂宇を建ててまつったという。ということで津照寺の本尊は地蔵菩薩だ。

 石段をのぼりきって本堂を参拝し、石段を下って大師堂を参拝し、津照寺を離れた。

 つづいて第26番の金剛頂寺。室戸から国道55号を行き、3キロほど山中に入ったところにある。山門には大ワラジ。ここは弘法大師が開いた最初の寺といい伝えられている。

 境内には「一粒万倍の釜」があるが、大師が3粒の米を入れて炊くと、釜いっぱいの飯になったという伝説の釜だ。

 金剛頂寺は「西寺」とも呼ばれるが、それに対しての「東寺」というのは第24番の最御崎寺である。

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第25番・津照寺の山門

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津照寺の124段の石段

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津照寺本堂

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津照寺の大師堂

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第26番・金剛頂寺の山門

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山門の大ワラジ

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金剛頂寺本堂

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金剛頂寺の大師堂

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金剛頂寺の弘法大師像

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一粒万倍の釜

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四国八十八ヵ所めぐり(17)

2009年4月13日(宍喰→伊野・その2)

 室戸岬の第24番・最御崎寺を参拝する。
 まずは合掌して山門(仁王門)をくぐり、寺の案内板をひととおり読む。境内には「空海の七不思議」のひとつといわれる「鏡石」があって、石をたたいてみる。澄んだ音色。境内の十一面観音像、鐘楼堂、多宝塔と見てまわり、手水場で手を清め、鐘楼の鐘をつく。

 そして本堂を参拝。線香立に線香をあげ、灯明台にローソクをあげ、納札を納札入の箱に入れ、数珠を手にして本堂の前に立つ。真言を唱え、般若心経を上げる。これと同じことを大師堂でもする。

 本堂、大師堂での参拝が終ると納経所へ。
 そこで納経帳に墨書をしてもらい、朱印を押してもらう。さらに本尊(虚空蔵菩薩)の「おすがた」(御影)をいただき、御影保存帳に差し込んでいく。
 これが参拝の手順だ。

 こうして高知県最初の札所、第24番・最御崎寺での参拝を終えた。ほっとした安堵の気持ちでアドレスV125Gのエンジンをかける。
 室戸岬の台地を下り、国道55号に出、室戸の市街地に入っていくのだった。

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(第24番・最御崎寺を参拝する)
第24番・最御崎寺の山門

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境内の十一面観音像

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空海の七不思議の鏡石

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鐘楼堂

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多宝塔

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手水場

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鐘楼

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本堂

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線香立

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灯明台

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納札入

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境内の弘法大師像

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大師堂

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納経所

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納経帳

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御影保存帳

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四国八十八ヵ所めぐり(16)

2009年4月13日(宍喰→伊野・その1)

 阿南海岸に昇る朝日を見て、6時、ししくい温泉を出発。アドレスV125Gで気持ちのよい朝の空気を切って走り、国道55号で室戸岬を目指す。

 徳島・高知の県境を越え、「四国八十八ヵ所めぐり」も第1ステージ「発心の道場」の阿波国編から第2ステージ「修行の道場」の土佐国編に入っていく。アドレスで国道55号を南下していくと、「歩き遍路」の人たちを頻繁にみかける。

 第23番の薬王寺から第24番の最御崎寺までは歩きだと3日の行程で、この国道55号をひたすら歩くことになる。ほかにはルートがないので、いままで以上に、より多くのお遍路さんたちを見かけることになる。

 その大半は北から南に向かって歩いているが、中には逆に南から北に向かって歩いている人もいる。「四国八十八ヵ所めぐり」では巡礼することを「打つ」といっているが、1番から2番、3番…と順番にめぐるのを「順打ち」といい、その逆に88番から87番、86番…とめぐるのを「逆打ち」といっている。逆打ちの方がより難しくなるので、その分だけご利益が大きいという。

 ししくい温泉から40キロ、6時40分、室戸岬に到着。まずは岬の遊歩道を歩き、黒潮の寄せる海を見る。そのあと弘法大師が修行したという洞窟、「御厨人窟」に入り手を合わせた。

 坂本龍馬の盟友、中岡慎太郎の銅像を見て、室戸岬の海岸から高台上に登っていく。絶景だ。室戸の海を見下ろし、その向こうには室戸の市街地が広がっている。高台に登ると室戸岬へ。そのあと第24番札所の最御崎寺(ほつみさきじ)に向かった。

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ししくい温泉の日の出

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徳島・高知の県境

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室戸岬に到着

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室戸岬を走る国道55号

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弘法大師の修行の地「御厨人窟」

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中岡慎太郎像

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室戸岬の海

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室戸岬から見る高台上の灯台

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室戸岬の台地を登っていく

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室戸岬の灯台

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室戸岬の灯台案内板

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第24番・最御崎寺の山門

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最御崎寺の弘法大師像

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四国八十八ヵ所めぐり(15)

2009年4月12日(神山→宍喰・その5)

 第22番の平等寺からは県道284号でゆるやかな峠を越え、国道55号に出た。
 そして阿波最後の札所、23番の薬王寺へ。薬王寺は日和佐の町中にある。門前には弘法大師ゆかりの日和佐温泉「湯元ホテル千羽」の湯もある。ここは入浴のみも可。お遍路さんたちの利用も多い。

 薬王寺の本堂、大師堂での参拝を終え、日和佐の町並みを見下ろしたあと、国道55号を南下していく。その途中ではすばらしい夕日を見ることができた。アドレスV125Gを止め、しばらく見入ってしまった。

 18時20分、高知県境に近い宍喰のししくい温泉に到着。「ホテル・リビエラ」に飛び込みで行ったが、うまく泊まれた。
 部屋からは目の前に夕暮れの太平洋が見える。すばらしい眺めだ。

 大浴場の無色透明のツルツル湯につかったあと、レストランで夕食にする。
 まずは生ビールで乾杯!
「発心の道場」といわれる第1番から第23番までの、阿波国(徳島県)の札所めぐりを無事に終えられたことを感謝するのだった。

 大ジョッキを一気に飲み干したところで、これから入っていく土佐国(高知県)を先どりし、「かつおのたたき定食」(1500円)を食べる。土佐名物のカツオのたたきがうまかった。

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第23番・薬王寺の参道

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薬王寺の仁王門

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薬王寺本堂

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薬王寺の大師堂

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薬王寺から見下ろす日和佐の町並み

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西日を浴びた山田

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国道55号を南下

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水田を赤々と染めて夕日が沈む

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ししくい温泉に到着

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夕食の「かつおのたたき定食」

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四国八十八ヵ所めぐり(14)

2009年4月12日(神山→宍喰・その4)

 第20番の鶴林寺から山を下り、那賀川沿いの県道19号に出た。
 那賀川に沿って上流へ。第21番の太龍寺に向かう。

 道の駅「鷲の里」でアドレスV125Gを停める。ここで昼食。食事処で「うどん定食」(950円)を食べた。

「鷲の里」からロープウェイで太龍寺へと上っていく。那賀川を見下ろし、深い谷をまたぎ山頂駅へ。すごいロープウェイだ。このロープウェイは1992年に完成したとのことだが、それ以前は第12番の焼山寺、第20番の鶴林寺と並ぶ「阿波の三難所」のひとつに数えられ、3キロの急坂の山道を登らなくてはならなかった。

 ロープウェイの山頂駅から太龍寺へ。本堂、大師堂を参拝。
 太龍寺は弘法大師が開基した。若き日の大師はここで一人の僧と出会い、虚空蔵求聞持法を授けられた。それは虚空蔵菩薩の真言、「のうぼうあきゃしゃきゃらばやおんありきゃまりぼりそわか」を百万回唱えると、見聞したことを一切忘れないという記憶力超増強の秘法なのだという。う~ん、あやかりたい。

 ロープウェイで太龍寺を下ると、国道195号→県道284号で第22番の平等寺へ。 ここには「白水の井戸」がある。弘法大師が水を得ようと地面を掘ると、乳のような白い水が湧き出たという。それが白水の井戸で、平等寺の山号、白水山の由来になっている。どんな日照りでも涸れることがなく、万病に効く「弘法の水」として知られている。
 弘法大師、恐るべし!

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第21番・太龍寺登り口に到着

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「鷲の里」の食事処で昼食にする

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「うどん定食」を食べる

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ロープウェイ乗場前の庭園

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ロープウェイで太龍寺へ

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那賀川を見下ろす

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ロープウェイの支柱

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山頂駅から太龍寺へ

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太龍寺本堂

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太龍寺の大師堂

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第22番・平等寺の山門

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平等寺本堂

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

四国八十八ヵ所めぐり(13)

2009年4月12日(神山→宍喰・その3)

 第13番の大日寺から第17番の井戸寺までの「五ヵ所参り」を終えると、国道192号で徳島へ。
 徳島駅前でアドレスV125Gを停めた。徳島駅前を出発したのは前日のことでしかないのに、もうすでに何日もかけて「四国八十八ヵ所」の札所めぐりをしているかのような思いにとらわれた。

 カンコーヒーを飲んでひと息入れたところで出発。国道55号を南へ、第18番の恩山寺に向かっていく。勝浦川を渡ると、右手には四国山地の山々が大きく見えてくる。

 恩山寺に到着。駐車場に停まっている車を見ると、他県ナンバーが多い。千葉や栃木、群馬といった関東ナンバーが目についた。桜吹雪の参道を歩き、恩山寺の本堂と大師堂を参拝。大師堂の右手には御母公堂が建っている。

 この寺に弘法大師が滞在中、母が尋ねてきたが、女人禁制の修行道場だったので入山できなかった。大師は母のために山門あたりで17日間の秘法を修行し、ついに母との対面を果たした。それに因んでの御母公堂なのだという。

 つづいて第19番の立江寺へ。境内の枝垂桜が満開だった。ここでは大勢のお遍路さんたちと一緒になったが、本堂で、大師堂で、一緒になって般若心経をあげた。

 第20番の鶴林寺は標高570メートルの山頂にある寺なので、第12番の焼山寺に次ぐ難所になっている。今でこそ車道ができているが、「歩き遍路」で登る参道は焼山寺以上の難路だという。

 弘法大師が夢のお告げでこの地にやって来た時、雌雄の鶴が小さな金色の地蔵尊を羽に包んで守っていたという。大師は自らも地蔵尊を彫り刻み、鶴が守った地蔵尊を胎内に納めて本尊とし、堂宇を建ててまつった。それに因んで本堂は雌雄、2羽の鶴に守られるようにして建っている。
 鶴林寺は地元では「おつるさん」の愛称で呼ばれている。

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徳島駅前に戻ってきた!

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第18番の恩山寺に到着

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恩山寺本堂

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恩山寺の大師堂

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第19番・立江寺の山門

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立江寺にやってきたお遍路さんたち

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立江寺本堂

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立江寺の枝垂桜は満開

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立江寺の多宝塔

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立江寺の大師堂

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第20番・鶴林寺の山門

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鶴林寺から見る山深い風景

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鶴林寺にやってきたお遍路さんたち

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鶴林寺の鶴

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般若心経をあげている

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鶴林寺の大師堂

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

四国八十八ヵ所めぐり(12)

2009年4月12日(神山→宍喰・その2)

 第15番の国分寺から第16番の観音寺へ。
 観音寺は町中の寺。駐車場も狭い。観音寺の名前通り、本尊は観音で、千手観音がまつられている。

 古い鐘楼門の山門をくぐれば新しい本堂。平成18年に改築されたということで、山門と本堂、新旧の対比が鮮やかだ。境内には「夜泣き地蔵」がまつられている。子供の夜泣きに困った親たちが、わが子の健康と成長を願ってお参りにやってくる。

 観音寺からは国道192号を横切り、JR徳島線府中(こう)駅脇の踏み切りを渡って第17番の井戸寺へ。
 府中駅だが、このあたりはかつての阿波国の中心地。駅から南西約600メートルほどの御所池は阿波の国府跡。

 井戸寺に到着すると、まずは隣合った八幡神社に参拝。そのあとで井戸寺の大きな山門をくぐり、本堂と大師堂を参拝。もうこのころになると、自分でもびっくりするくらい上手に般若心経をあげられるようになった。

 井戸寺は大きな寺。寺の縁起にも書かれているように、673年の創建当時は妙照寺と称していた。815年に弘法大師がやってきた折、付近の人々は水不足で困っていた。それを知ると、弘法大師は錫杖で地面をひと突きした。すると清水が湧き出るようになったという。それに因んでの「井戸寺」なのだ。

「四国八十八ヵ所めぐり」というのは、このような弘法大師伝説をたどる旅でもある。

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第16番・観音寺の山門

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観音寺の寄進の石碑

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観音寺本堂

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百度石

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観音寺の大師堂

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八幡神社に参拝

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井戸寺の山門

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井戸寺の石碑

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井戸寺の縁起

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井戸寺本堂

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井戸寺の大師堂

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

カソリの中国旅40年(10)

地平線通信(2009年10月号)

 昨年(2009年)7月から8月にかけては「チベット横断」を成しとげた。
 7月1日に日本を出発し、北京から西安へ。西安からは中国製のバイクで蘭州→嘉峪関→敦煌とシルクロードを走った。

 敦煌からチベット高原に向かっていったのだが、西安を出発してから9日目、青海省のゴルムドに到着。ここからは青蔵公路(国道109号)でチベットのラサへ。その間では崑崙山脈を越えていく。憧れの崑崙!

 標高4767メートルの崑崙峠に立ったときは、「おー、崑崙!」と、喜びを爆発させた。そのあと、標高5010メートルの風火峠を越え、いよいよ5000メートル級の峠越えの開始だ。

 風火峠を下ったダダ(トト)では長江との出会いがあった。長江最上流部のダダ(トト)川にかかる青蔵公路の橋が、長江最初の橋ということになる。

 この夜は最悪。ダダの町の標高は4521メートル。「長江源賓館」に泊まったのだが、高山病にやられ、息苦しくてほとんど寝られなかった。横になれない。仕方なくホテルのロビーのソファーに座っていた。この格好だと、すこしは楽に息ができるのだ。

 ダダを出ると、青海省とチベット自治区の境、標高5231メートルのタングラ峠を越える。つづいて標高5170メートルの峠越え。高山病にすっかりやられてしまったので、何とも辛い峠越えになった。

 眠れない、食べられない…という重度の高山病の状態でラサに到着すると、あまりの空気の濃さに驚かされた。高山病は一発で治り、普通に歩けるようになり、普通に食べられるようになり、普通に寝られるようになった。といってもラサの標高は3650メートル。富士山ぐらいの高さはあるのだが、4000メートル、5000メートルの世界から下ってくると、まるで天国のような低地に感じられのだった。

 ラサからシガツェ、ラツェを経由し、標高5248メートルのギャムツォ峠を越え、チョモランマのベースキャンプへ。標高5000メートルのロンボク寺に泊まったのだが、その日の夕方、チョモランマにかかっていた雲はきれいにとり払われ、その全貌を見ることができた。モンスーンの季節でチョモランマを見るのはほとんど無理だといわれていただけに、もう狂喜乱舞で、夕日を浴びたチョモランマを見つづけた。

 ティンリンで泊まった日の朝は快晴。目の前の平原の向こうには標高8201メートルのチョーユーが聳えたっていた。神々しいほどの山の姿。その左手には標高7952メートルのギャチュンカン。チョモランマも見えているが、堂々としたチョーユー山群に圧倒され、ここでは脇役でしかない。

 ティンリンからは標高8012メートルのシシャパンマへ。ヒマラヤ8000メートル峰の奇跡はさらにつづき、チベッタンブルーの抜けるような青空を背にしたシシャパンマの主峰を見ることができた。シシャパンマの大山塊を左手に見ながら走りつづける。雪山の白さ、間近に見える氷河の白さはまぶしいほどだった。

 サガの町に着くと、「チベット横断路」の新蔵公路(国道219号)を西へ。新疆ウイグル自治区とチベット(西蔵)を結ぶ新蔵公路は劇的に変わった。すっかり道がよくなっている。何本もの川には橋がかかり、チベット自治区内では、川渡りをすることは一度もなかった。

 ヤルツァンポ川と別れ、標高5216メートルのマユム峠を越えると、聖山のカイラスが見えてくる。聖湖のマナサロワールも見下せた。

 ネパール国境の町、プーランに寄ったあと、チベット西部のアリ地区に入っていったが、何と舗装路が延々とアリ(獅河泉)の町までつづいていた。

 アリからは最後の5000メートル級の峠越え。崑崙山脈の標高5248メートルの界山峠を越え、チベット自治区から新疆ウイグル自治区に入っていく。

 世界第2の高峰、K2登山口のマザーを通り、4000メートル級、3000メートル級の2つの峠を越え、タクラマカン砂漠のオアシス、カルグリックへと下っていった。
 そこはチベット高原とはあまりにも違う世界。熱風の吹きすさぶ一望千里の大砂漠を走り抜けていく。

 こうして西安を出発してから31日目の8月11日、中国最西端の町、カシュガルに到着。全行程7000キロの「チベット横断」、というよりも「中国横断」の旅となった。

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標高5231メートルのタングラ峠

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