カソリの島旅(38)紀伊大島(和歌山)

(『ジパングツーリング』2002年1月号 所収)

 鳥羽湾の「鳥羽三島」をまわり終えると、鳥羽から国道167号で志摩半島を南下していく。五知峠を越え、横山の展望台に寄り道し、英虞湾に浮かぶ島々を眺めた。

 そして国道167号の終点の賢島へ。長さ10メートルくらいの短い橋で渡るので、島という実感はしないが、賢島は英虞湾の島なのである。国道167号の終点にとどまらず、近鉄志摩線の終点にもなっている。賢島のもうひとつの橋、賢島大橋を渡ると、賢島が島だということがよくわかる。

 賢島から国道167号で阿児町の中心、鵜方まで戻り、そこから国道260号で国道の尽きる御座岬へとスズキSMX50を走らせる。

 その途中では、大王崎に立ち寄り、夕暮れの岬を歩いた。志摩町の中心、和具では国道沿いの店「奥しま」で、和具が発祥の地といわれる志摩の名物料理、「手こねずし」(900円)を食べた。マグロのように赤いカツオの切り身をつかった料理。もとはといえば漁師料理だった。

 夜道を走り、19時30分、御座に到着。国道はここで尽きる。20年前の「日本一周」のときには、対岸の浜島へ、国道フェリーが出ていた。

 御座岬に近い御座では民宿「一葉」に泊まり、翌日、阿児町の鵜方まで戻った。
 そこから西へ。浜島で再度、国道260号に合流し、熊野灘沿いの曲がりくねった道を走り、紀伊長島で国道42号に出る。

 尾鷲、熊野と通って三重県から和歌山県に入り、本州最南端の町、串本までやってきた。
 串本から目の前の紀伊大島にループ橋の「くしもと大橋」で渡り、大島東端の樫野崎まで行った。そこには「トルコ記念館」(入館料250円)。明治23年に樫野崎沖で遭難したトルコの軍艦「エルトグルル号」にまつわる資料を展示している。岬の先端には石造りの灯台としては日本最古の樫野崎灯台がある。明治3年の初点灯だ。

 夕日が対岸の串本に沈むころ大島港に行き、港近くの民宿「紀の島」で泊まった。
 夕食にはタイがまるごと1尾、活け造りで出た。そのほかカマスの焼き魚、ツブ貝、トビウオの子など、紀伊大島の海の幸を存分に味わった。

 翌日は紀伊大島から本州最南端の潮岬へ。「本州最南端」碑の前で記念撮影し、潮岬灯台に登り、潮御崎神社に参拝した。潮御崎神社は銅板葺きの立派な建物。堅固な石垣で囲まれている。

 串本から国道42号で和歌山へ。その途中、白浜温泉では無料湯の露天風呂「崎の湯」に入り、御坊からは日ノ岬まで行った。岬の展望台からは四国最東端の伊島がよく見えた。

 和歌山からは国道26号で大阪へ。その途中では田倉崎に立ち、沖に浮かぶ友ヶ島とその向こうに長々と連なる淡路島の山並みを見た。

 大阪では国道1号の終点、梅田新道の交差点をゴールにした。
 そこには鰐淵渉さん、藤原延興さん、林昭伸さんが出迎えにきてくれていた。みなさんに見送られ、国道1号の一気走りで東京に戻るのだった。

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四国八十八ヵ所めぐり(122)

2009年5月2日(小豆島・その25)

 県道26号の峠、馬越を越え、南の池田湾側から北の瀬戸内海側に入っていく。
 小豆島は南側には町々がつづくが、北側になると集落もまばらになる。島中央の山地をはさんでの南北の違いは大きい。

 第76番の金剛寺へ。山門の鐘楼門には見事な彫刻がほどこされている。それにひきかえ本堂は無造作な感じのコンクリート造り。その対比がまたおもしろい。本堂での参拝を終えると第76番・奥の院の三暁庵へ。ここではお接待の甘酒をいただいた。

 第77番・歓喜寺、番外・藤原寺、第78番・雲故寺とめぐり、道の駅「大坂城残石公園」へ。

 小豆島は日本でも有数の石の産地だが、370年前の大坂城修築の際には小豆島の石が大量に使われた。そのときに切り出され、使われることなく残された40個の残石が積み上げられている。ここの資料館(無料 9時~17時)は一見の価値あり。小豆島の地図上には石切場の丁場の位置が印され、石切りの道具類や運搬の道具類が展示されている。

 今でも小豆島の瀬戸内海側には、大規模な砕石場が連続している。

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第76番・金剛寺の山門

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金剛寺の本堂

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金剛寺の本堂内

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第76番奥の院・三暁庵

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遍路道の道標

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歓喜寺の本堂

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歓喜寺の本堂内

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番外・藤原寺の本堂

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田植えがはじまった

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第78番・雲故庵の山門

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雲故庵の本堂

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大坂城築城の残石群

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ジャンル : 車・バイク


カソリの島旅(37)鳥羽三島(三重)

(『ジパングツーリング』2002年1月号 所収)

 知多半島突端の師崎港では食堂でカレーライス&うどんの夕食を食べ、17時55分発の伊勢湾フェリーの最終便で鳥羽に渡る。人は1150円、バイクは1100円。スズキSMX50の料金は篠島や日間賀島よりも安かった。

 師崎港から鳥羽港までの70分の船旅はよかった。
 夕暮れの師崎港を出た船は最初は三河湾口を横断し、渥美半島突端の伊良湖岬に向かって進んだ。やがて方向を大きく変え、神島の近くを通り、伊勢湾口を横断したのだ。

 鳥羽港到着は19時05分。鳥羽からは坂手島、菅島、答志島の3島をまわるつもりでいたが、そのうち、鳥羽に一番近い坂手島に行く船はまだ動いていた。ラッキー!

 鳥羽市営船の出る佐田浜港から「第22鳥羽丸」で坂手島に渡る。人280円、バイク210円と、バイクの料金がぐっと安くなる。
 鳥羽から坂手島までは7分。すぐに島の民宿に電話すると、民宿「やまちょう」で泊まることができた。

 坂手島の道は人がすれ違いできる程度のもの。その狭い道の両側に家々がびっしりと建ち並んでいる。この狭い道をバイクで走るのは気がひけたので、SMX50を船着場において民宿「やまちょう」まで歩いていった。
 坂手島には車で走れるような道はない。それでもバイクと一緒に島に渡れたのは、すごくうれしいことだった。

 坂手島の民宿「やまちょう」で見た夜明けの風景はすばらしいものだ。
 目の前に横たわる菅島の最高峰、大山(237m)の右手に朝日が昇り、鳥羽の海はキラキラと光り輝く。

 民宿「やまちょう」のおばあちゃんは無理を聞いてくれ、6時過ぎには朝食をつくってくれた。ありがとう。そのおかげで7時10分発の鳥羽・佐田浜港行きの船に乗ることができた。

 鳥羽に戻ると、坂手島から眺めた菅島に渡る。
 漁港周辺の集落を通り抜け、大山中腹の森林地帯に入っていく。緑の濃い樹林が覆いかぶさっている山道。自然度満点だ。

 ローギアを使わなくてはならないような急坂を登り、森林地帯を抜け出る。すると、パーッと視界が開け、目の前の坂手島とその向こうの鳥羽を一望する。

 道路の行き止まり地点まで行ったときは、思わず「あー!」と声を上げた。そこは島とは思えないような大採石場。何十トンという巨大ダンプが走りまわっている。世界でも最大級の鉄山とか銅山を見ているような気にさせられた。今までに何度となく乗った「伊良湖―鳥羽」のフェリー航路のすぐわきに、このような世界があったとは・・・。

 漁港まで戻ると、今度は島の反対側の行き止まり地点まで行き、そこからは遊歩道を歩いてレンガ造りの菅島灯台を見た。

 菅島といえば、毎年7月11日におこなわれる海女の祭り、「しろごん祭り」は天下の奇祭として知られている。

 菅島から鳥羽に戻ると、最後に、鳥羽湾に浮かぶ島としては最大の答志島に渡った。鳥羽市営船の出るもうひとつの港、中ノ郷港から「第28鳥羽丸」の乗った。人480円、バイク280円とバイクの料金の安さが際立っている。答志島の和具港を経由し、終点の答志港で下船した。

 答志港周辺を歩いたが、答志島東端のこのあたりは風が強く、しっくいで塗り固めた屋根瓦も見られた。答志あたりは、鳥羽周辺でも海女の本場として知られている。女性はみなさん、全員といっていいくらいに海に潜る。ここからだと神島がはっきり見える。その向こうの伊良湖岬もよく見える。

 答志島には島一周の道はない。まずは島北端の行き止まり地点まで行き、答志港に戻ると、さきほど船が寄港した和具港へ。ここには関ガ原の戦いで破れた九鬼水軍の九鬼嘉隆の首塚や胴塚がある。またここには答志島温泉もある。

 和具からは島の西端の桃取へ。島横断の「答志スカイライン」と呼ばれている道を走る。漁港のある桃取から、「第27鳥羽丸」で鳥羽の佐田浜港に戻り、「鳥羽三島」をまわり終えた。

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四国八十八ヵ所めぐり(121)

2009年5月2日(小豆島・その24)

 県道26号で越える峠、馬越周辺の札所をめぐる。
 第72番の滝湖寺へ。山門の仁王門には「笠ヶ瀧本坊」と書かれた看板が掲げられている。ここには宿坊もある。境内の一番奥に本堂があるが、背後にそびえる山の山中に奥の院の笠ヶ滝がある。笠ヶ滝への道は「小豆島八十八ヵ所」の中でも、一番の難路になっている。

 滝湖寺での参拝を終え、アドレスで山道を登っていく。急勾配の山道だ。終点の駐車場にアドレスを停め、いよいよ難路の遍路道に立ち向かっていく。まずは鎖場。鎖場があるのはここだけだ。危険がともなうので、笠ヵ滝への参拝は8時から14時までとなっている。岸壁をよじ登り、洞窟内をくぐり抜け、山上近くに建つ笠ヶ滝にたどり着いた。そこからの眺めは絶景だ。

 山上から下り、小馬越の集落にある第73番の救世堂へ。
 ここの本尊は聖観音像だが、それは四国八十八ヵ所の第86番・志度寺本尊の十一面観音像とは兄弟になるという。流れついた同じ檜の霊木で、ともに彫り刻まれたものだという。こういうところにも四国八十八ヵ所と小豆島八十八ヵ所のつながりがある。

 つづいて第74番の円満寺、第75番の大聖寺とめぐり、ふたたび馬越に立った。 

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第72番・滝湖寺

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滝湖寺の本堂

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第72番奥の院・笠ヶ滝への参拝路

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笠ヶ滝

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笠ヶ滝からの眺め

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第73番・救世堂

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第74番・円満寺の本堂

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円満寺の本堂内

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円満寺のサツキ

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第75番・大聖寺

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大聖寺の本堂内

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク


四国八十八ヵ所めぐり(120)

2009年5月2日(小豆島・その23)

 第69番・瑠璃堂のある小江の集落に入っていった。
 小江の漁港からは対岸の沖島に渡船が出ている。30分おきに出ているとのことで乗場に行ったが、残念ながら渡船は出たばかり。沖島に渡ってみたかったが、断念し、高台にある瑠璃堂を参拝。そこからは小江の家並みを見下ろした。

 つづいて第70番の長勝寺、第71番の滝ノ宮堂と参拝し、馬越に出た。
 馬越は県道26号で越える峠。峠の近くには巨大な白亜の観音像「小豆島大観音」がある。

 この日は強い南風が吹き荒れていた。馬越の南側、小豆島と四国本土の間の海は白く波立っていた。それがゆるやかな峠の馬越を越え、島の北側に出ると、小豆島と本州の間の海には波ひとつなかった。峠をはさんだ北と南の鮮やかな違いを見せつけられたが、これが「峠越え」のおもしろさなのである。

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小江の家並み

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第69番・瑠璃堂

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瑠璃堂の内部

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瑠璃堂のヤシ

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瑠璃堂からの眺め

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第70番・長勝寺の山門

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長勝寺の本堂

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長勝寺の鐘

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第71番・滝ノ宮堂

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馬越

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馬越からの眺め

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク


カソリの島旅(36)三河三島(愛知)

(『ジパングツーリング』2002年1月号 所収)

 静岡県の弁天島から国道1号を西へ。橋を渡ったところで新居の関所を見学。ここはかつての東海道の要衝の地。浜名湖の渡船場に置かれた関所だ。

 潮見坂を越えて愛知県に入ると、国道42号で渥美半島の南側、太平洋側を通って突端の伊良湖岬へ。国道42号はここから国道フェリーで志摩の鳥羽港に渡り、紀伊半島をぐるりとまわり、和歌山まで通じている。

 伊良湖岬では遊歩道を歩き、岬先端の灯台までいく。そこからは三重県の神島がはっきりと見える。その向こうには答志島、さらには志摩半島の青く連なる山々が見える。その中でも目立つのはきれいな三角形をした青峰山だ。

 伊良湖岬からは国道259号で渥美半島北側の三河湾側を走り、豊橋へ。まるで湖のように波静かな三河湾。豊橋から今度は三河湾の北側のルートを行く。国道23号を走り、蒲郡で国道247号に入っていく。吉良温泉では「丸十旅館」(入浴料800円)の湯に入り、吉良町の隣、一色町の一色港から三河湾に浮かぶ佐久島に渡った。

 船は高速船の「第2さちかぜ」。船着場の窓口では50㏄バイクも乗せられるということで、バイク代を含めて1350円を払った。だが17時50分発の最終便がやってくると、船長にバイクは積めないといわれ、ガックリ。スズキSMX50は港の待合室に置いていく。 

 佐久島では西港に寄って東港へ。東港近くの民宿「ゆきや」に泊まった。ここの夕食は海の幸三昧のすごいご馳走だ!
 佐久島は一島一村で佐久島村だったが、今では一色町の一部になっている。江戸時代、この島は三河湾の海運の中心になっていた。

 バイクがないので、東港周辺の集落内をプラプラ歩き、東港から来たときと同じ高速船の「第2さちかぜ」で一色港に戻った。

 一色港の待合室でSMX50を確認したときはほっとする。1晩、バイクと別々だったので、けっこう不安だった。
「ゴメンな」
 と、SMX50にひと言かけて走りだす。

 国道247号で半田へ。
 半田から知多半島を南下していく。三河湾は渥美半島と知多半島で囲まれた湾。渥美半島の先端が伊良湖岬で、知多半島の先端が羽豆岬になる。

 知多半島南端の師崎港に到着。港のすぐ後の羽豆岬に立つ。岬の台地上には羽豆神社。緑濃いウバメガシの樹林で覆われている。
 岬の展望台に立ち、三河湾と伊勢湾を一望した。
 これで伊良湖岬から羽豆岬まで、三河湾をぐるりとひとまわりしたことになる。

 師崎港発10時45分の名鉄フェリー「はまつばき」で三河湾の篠島に渡る。人は490円だが、バイクは1220円とけっこう高い。

 師崎港を離れると前方の右手に篠島、正面に日間賀島を見る。左手には佐久島が霞んで見える。後を振り向くと羽豆岬がまるで島のように見える。

 師崎港から15分で篠島に到着。魚港は漁船でびっしりと埋めつくされていた。
 篠島には島一周の道がないので、バイクで走れるところまで行ってみる。家々が密集する狭い道を走り、島の対岸に出ると、そこは弓なりの長い砂浜。浜全体が絶好の海水浴場になっている。砂浜の尽きた先は急坂で、ローギアで上り、山の中腹から集落を見下ろした。篠島を全部で13キロ走り、港に戻ると、魚市場近くの民宿を兼ねた食堂「丸万」で焼き魚定食(1500円)を食べ、師崎港に戻った。

 師崎港からさきほどと同じ名鉄フェリーの「はまつばき」で日間賀島に渡る。料金は篠島と同じで人が490円、バイクが1220円で合計1710円。日間賀島までの時間も篠島と同じ15分だった。

 日間賀島は篠島ともども南知多町に属しているが、もともとは一島で一村を成していた。篠島よりも全体に平らでのっぺりした島の形をしている。地形がゆるやかなので、島一周の道がある。それをぐるぐると、3周もした。1周が4キロぐらいなので、3周しても12キロでしかない。

 フェリーの着く港のほかに、師崎や蒲郡、河和からの高速船の着く東港と西港がある。東港周辺の東里、西港周辺の西里と、2つの集落がある。

 漁業と観光が島を支える2つの産業になっているが、周囲がわずかに6キロという小さな島に2000人以上もの人が住んでいる。1平方キロあたりの人口密度はなんと3000人を超える。この数字は日本の平均の10倍だ。

 入館料無料の「日間賀島資料館」を見学した。ここで目につくのは「タコの島」で有名な日間賀島を象徴するかのようなタコ漁に関しての展示だ。

 タコ漁で使われてきた何種類ものタコ壺も展示されている。タコ壺には大きく分けるとドロガメ、ドカン、オトシの3種がある。ドロガメは古くから使われていたが、ドカンは大正時代に、オトシは昭和になってから普及したものだという。

 日間賀島を最後に、三河湾に浮かぶ佐久島、篠島、日間賀島の「三河三島」に別れを告げ、師崎港に戻るのだった。

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四国八十八ヵ所めぐり(119)

2009年5月2日(小豆島・その22)

 土庄の第62番、第63番、第64番の参拝を終えると、世界最狭の土淵海峡を越え、小豆島の前島から本島に渡る。「サンクス」でアドレスを停め、「おにぎり&お茶」の朝食を食べ、海沿いの第66番・等空庵へ。

 ツバメが飛びかっている。本堂の中にも巣がある。ここに限らず小豆島にはツバメが多いが、島のみなさんはさりげなくツバメを大事にしている。

 つづいて第67番・瑞雲堂から第68番・松林寺へ。
 松林寺は大きな寺で山門も立派なものだ。庭園もきれいにしている。

 この寺の名前は何度か変わっている。初めは長現寺といった。その後、豊臣秀吉の文禄・慶長の役の際、朝鮮国王から贈られた虎を船で運んでいる最中、暴風雨に遭い、船はこの地に漂着。一時的に寺で飼育したので虎渓寺に改められ、その後、松林寺に改号したという。

 400年前の小豆島には虎がいた!

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土淵海峡を渡る

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朝食の「おにぎり&お茶」

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土庄港からフェリーが出ていく

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第66番・等空庵

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第67番・瑞雲堂

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瑞雲堂からの眺め

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第68番・松林寺

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松林寺の鐘

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松林寺の庭園

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松林寺の本堂

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松林寺の本堂内部

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ジャンル : 車・バイク


四国八十八ヵ所めぐり(118)

2009年5月2日(小豆島・その21)

 午前6時30分、土庄港前の「ひとみ荘」を出発。早朝の土庄港前にスズキ・アドレスV125Gとともに立つ。
「さー、行くぞ!」
 アドレスにひと声かけて走り出す。

 まずは土庄の札所めぐりだ。
 土庄港に近い第62番の大乗殿と第63番の蓮華庵へ。土庄の町並みを見下ろす高台の上に2ヵ所の札所はある。ひとつの建物で、まるで2世帯住宅のように隣あっている。向かって左側が大乗殿、右側が蓮華庵になる。この2ヵ所の札所の内部もほとんど同じようなもの。その前には大師堂、薬師堂、石鎚神社の祠が3つ、隣あっている。

 つづいて第64番の松風庵へ。土庄の町中の天神山公園にある。天神神社の鳥居の手前を左に折れたところに本堂と大師堂がある。ここの本尊は延命地蔵菩薩。本堂の前でその真言の「オンカカカビサンマエイソワカ」を3度、唱えた。

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早朝の土庄港

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土庄の町並みを見下ろす

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第62番・大乗殿と第63番・蓮華庵は隣あっている

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大乗殿の内部

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蓮華庵の内部

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大師堂、薬師堂、石鎚神社、3つの祠

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土庄港のフェリー乗場

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天神神社

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第64番・松風庵

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カソリの島旅(35)弁天島(静岡)

(『ジパングツーリング』2002年1月号 所収)

 2001年9月11日午前9時30分、台風15号は江ノ島を直撃し、鎌倉に上陸した。台風が通り過ぎるのを伊勢原の我が家でじっと待ち、昼食も家で食べる。雨が上がり、風も大分おさまり、青空が見えはじめた午後2時、出発!

 大磯から国道1号で小田原に向かう。海沿いの西湘バイパスは台風の余波で通行止。そのため国道1号は激しい渋滞だ。車の長い列はほとんど動かない。すり抜けの連続で、やっと小田原着。

 小田原からは国道135号を行く。熱海到着は17時30分。すぐに熱海港に行ったが、熱海の沖に浮かぶ初島への船の最終便は出たあとだった。

 17時20分発の最終便に飛び乗り、初島に渡ったらどこか民宿に飛び込みで泊まろうと思っていたのだが、急遽予定を変更。伊豆半島に入り、南端の石廊崎まで行くことにした。

 国道135号を南下しながら明かりのともりはじめた初島をみながら走る。
 宇佐美の「ふしみ食堂」で「ひもの定食」(800円)を食べ、伊東、下田と通り、石廊崎は20時50分。岬近くの民宿「エキゾチックガーデン」に泊まった。なつかしの民宿。1999年の「日本一周」の第1夜目に泊まった民宿なのだ。

 夜明けの風景がすごかった!
 部屋の窓を開けると、目の前には蓑掛島が見える。その左側後方には神子元島。灯台の明かりがまだついている。蓑掛島の2つの岩山の間には新島、その右側には式根島、神津島が見えた。

「エキゾチックガーデン」では、ショッキングな朝を迎えた。何気なく部屋のテレビのスイッチを入れると、アメリカの同時多発テロの映像が飛び込んできた。7時半の朝食後も、テレビにかじりついた。

 ハイジャックされた2機の旅客機がニューヨークの貿易センタービルに激突するシーン、その後のビルが倒壊するシーン、別の旅客機がワシントンの国防総省に突っ込んだシーンを見つづけた。信じられない光景。これをもって世界は大きく変わってしまう‥と直感した。

 石廊崎からは西伊豆の海岸線を北上。台風一過の抜けるような青空でスズキSMX50で切る風が最高に気持ちいい。

 西伊豆の旅人岬、御浜岬、大瀬崎と3岬に立ち寄り、沼津に出た。
 沼津から国道1号で静岡へ。静岡からは夜の国道150号で静岡県の最南端、御前崎まで行き、岬近くの高台上にある民宿「さざなみ」で泊まった。

 翌朝は朝食後、朝日を浴びた御前崎を歩き、灯台から太平洋を見下ろした。目の前の海の岩場には磯釣りをする人たち。御前崎から国道150号で浜松へ。
 浜松ではSMX50の故郷、スズキの本社を表敬訪問した。

 浜松からは国道1号で浜名湖の弁天島を通る。
 あっというまに通り過ぎてしまう小さな弁天島は、じつはすごい島なのだ。
 国道1号のみならず、JR東海道線や新幹線も通っている。東海道線の弁天島駅もある。駅前には弁天島温泉の高層ホテルが建ちならんでいる。

 日本広しといえども、ほかにはこんな島はない!

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カソリの島旅(34)城ヶ島・江ノ島(神奈川)

(『ジパングツーリング』2002年1月号 所収)

「島めぐり日本一周」の「本州西部編」を開始。ここでは「東京→大阪」(太平洋の島々)、「大阪→下関」(日本海の島々)、「下関→東京」(日本海の島々」の3パートに分けてまわることにする。

 その第1弾「東京→大阪」は9月10日午前6時に東京・日本橋を出発した。あいにくと台風15号が接近中。そんな荒天にもかかわらず渡辺哲さん、正木禎邦さん、野川智雄さんが見送りにきてくれた。

 東京から横浜、横須賀経由で三浦半島南端の三崎へ。猛烈な雨と風の中を走る‥。
 遠洋漁業のマグロ漁で知られる三崎からは、城ヶ島大橋で対岸の城ヶ島に渡った。

 橋の上ではすさまじい風にあおられ、スズキSMX50はあやうく吹っ飛ばされそうになる。台風の猛威を肌で感じるのだった。この城ヶ島大橋は有料だが、原付は無料だ。

 島の西端まで行く。
 遊歩道を歩き、城ヶ島灯台を見る。

 つづいて島の南海岸を歩く。岩場には高さが10メートルを超えるような大波が打ち寄せている。そこでは日本テレビとフジテレビが台風の生中継していた。

 城ヶ島から三崎に戻ると、三崎漁港には波ひとつない。信じられないくらいの穏やかな海だ。これというのも、すべては城ヶ島のおかげ。城ヶ島が自然の大防波堤になっているので、三崎は日本でも有数の大漁港になっている。

 魚市場前の「三崎館」で三崎名物のマグロを食べた。「まぐろ丼」(1500円)の丼飯の上にはブ厚い切り身のマグロがドサッとのっていた。

 三崎からは三浦半島西岸を北上。国道134号を走る。鎌倉から江ノ島へ。
 弁天橋を渡って江ノ島に入ったところでバイクを停めて歩く。ふだんだと大勢の観光客でにぎわう江ノ島だが、店々はシャッターを下ろし、ガラス窓に板を打ちつけている店もある。閑散とした江ノ島だ。

 江ノ島神社の辺津宮、中津宮、奥津宮と参拝し、平塚、大磯へ。
 伊豆半島に向かったが、国道135号は通行止。仕方なく、大磯から10キロの伊勢原の我が家に戻るのだった。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク


四国八十八ヵ所めぐり(117)

2009年5月1日(小豆島・その20)

 第60番の江洞窟を参拝し、小豆島・前島の西海岸に出る。
 小瀬の集落内にある浄土庵を参拝。夕日が豊島に近づき、瀬戸内海を赤々と染める。
 土庄港から県道254号で前島を一周し、また土庄港に戻ってきたが、「前島一周」は14キロになった。

 前島南端の黒崎からは屋島がよく見えた。異様なくらいに大きく見えた。四国本土最北端の竹居岬も手が届きそうなほど近かった。その手前に浮かぶ三角形をした兜島が目立った。

 西海岸からは小豊島、豊島、男木島、女木島がよく見えた。

 前島を一周して戻ってきた土庄港は小豆島の玄関口。前島にある。ここから本州側には新岡山港と宇野港にフェリーが出ている。新岡山行きのフェリーは備讃諸島の犬島のすぐわきを通っていく。宇野港行きのフェリーは豊島に寄っていく。四国側には高松港へのフェリーが出ているが、船上からは右手に男木島、女木島の2島がよく見える。

 港近くの大規模ショッピングセンターにある「オリーブ温泉」(入浴料800円)に入る。ここの海辺の露天風呂は本格派。湯につかりながら屋島を眺めた。湯から上がると、隣合ったレストランで夕食。「うどん定食」(800円)を食べた。ワカメ、カマボコ入りのシンプルなうどん。それにうな丼がついていた。

 泊まりは土庄港前の「ひとみ荘」。3階の部屋から夕暮れの土庄港を見下ろした。

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第61番の浄土庵

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浄土庵を参拝

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前島の漁港

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豊島に夕日が落ちていく

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オリーブ温泉の入口

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夕食の「うどん定食」

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「ひとみ荘」の部屋からの眺め

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク


カソリから「八木岡さんのお孫さん」にコメント届きました。

名無しの旅人さんへ

八木岡さんはぼくの大恩人です。
文章の書き方を教えてもらっただけでなく、
原稿のやりとりを通していろいろなことを聞かせてもらい、
教えてもらいました。
「私は生涯青春!」
八木岡さんのそんなお言葉が今でも耳に残っています。

テーマ : 管理人からのお知らせ
ジャンル : その他


四国八十八ヵ所めぐり(116)

2009年5月1日(小豆島・その19)

 第53番の本覚寺から土庄の中心街へ。世界で一番、狭い海峡の土淵(どぶち)海峡を渡っていく。
 この土淵海峡はギネスブックにものっている「世界一狭い海峡」。延長2500mの海峡の一番狭いところ(土庄役場前の永代橋下)は9・93メートルでしかない。海峡というよりも小川にしか見えない。

 海峡わきの土庄町役場で「土淵海峡横断証明書」(100円)を発行してくれる。
 この土淵海峡を境にして小豆島は本島と前島の2つの島に分かれている。土庄の町並みは2つの島にまたがっているが、前島側が旧市街で本島側が新市街になる。

 前島に入ったところで、第58番の西光寺を参拝。目にも鮮やかな朱塗りの山門。本堂を参拝し、すぐ近くの第58番の奥の院、誓願の塔へ。朱塗りの三重塔だ。

 西光寺の参拝を終えると、前島を時計回りで一周する。

 第59番の甘露庵、第60番の江洞窟と参拝。甘露庵は「藤の庵」で知られているが、藤棚の藤が満開だった。江洞窟は独特のたたずまいで、岩壁の中を掘り下げたところにあり、本尊の弁財天がまつられている。
 これら2ヵ所をめぐり、前島の西海岸に出た。

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世界最狭の土淵海峡

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第58番・西光寺の山門

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西光寺の本堂

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西光寺の鐘

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第58番・奥の院、誓願の塔

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誓願の塔への石段

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第59番・甘露庵

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甘露庵の近くから見る瀬戸内海

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第60番・江洞窟

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江洞窟から見る瀬戸内海

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ジャンル : 車・バイク


カソリの林道紀行(28)追加原稿

■カソリおすすめのポイント…
秩父盆地を流れる荒川に沿って最奥の集落、栃本へ。その間の秩父路のおすすめポイントを何ヵ所か紹介しよう。このエリアでは盆地をとりまく山々を越える峠がすごくおもしろいが、それはまた…。

1、荒川の玉淀
秩父盆地を流れる荒川が関東平野に流れ出るあたりが玉淀。荒川の絶景地のひとつになっている。右岸には鉢形城跡。北に荒川、南に深沢川と、2つの谷に囲まれた鉢形城は天然の要害の地。文明8年に長尾景春によって城が築かれ、後に小田原方の北条氏邦がこの城に入った。
豊臣秀吉の小田原攻めのときは豊臣方の前田利家や上杉景勝、本田忠勝らの軍勢に攻められ3ヵ月の戦いの後に落城した。

2、金昌寺
「秩父34番観音霊場めぐり」の1番は和銅温泉の近くにある四萬部寺。34番は破風山の北麓にある水潜寺で、そのすぐ近くには「満願の湯」がある。34ヵ所をめぐり終えて入る「満願の湯」はさぞかし気持ちいいことだろう。
「秩父観音霊場」の中でも特におすすめなのは、4番札所の金昌寺だ。仁王門の巨大ワラジが目印。国道140号の東側の県道11号からわずかに入ったところにある。

3、秩父神社
秩父の中心にある秩父神社は関東屈指の古社だ。額には「知知夫神社」と書かれている。秩父国開国の神、知知夫彦命をまつっている。秩父は武蔵の一部で今は埼玉県になっているが、もともとは「知知夫国」という独立したひとつの国だった。
そんな知知夫と胸差(むさし)の2国が合併して武蔵国になった。2国のうち知知夫国の方がより早く成立し、はるかに進んだ国だった。

4、柴原温泉
国道140号から2キロほど山中に入ったところにある温泉。3、4軒の宿があるが、そのうち「柳屋」の湯に入った。檜の湯船の露天風呂は最高によかった。
ここの名物は宿の主人自らが打つ「木の芽そば」。これを食べたくて「柳屋」にやってくる客も多いという。それと秩父名物の「猪鍋」だ。電話0494-54-0250 入浴料700円(11時30分~夕方) 宿泊費は1万円~。
(※情報は掲載当時のもの)

5、三峰神社
今では三峰神社のある山を三峰山といっているが、本来は三峰神社の遙拝所から正面に眺める三峰神社奥宮のある妙法ヶ岳(1332m)とその南につづく白岩山(1921m)、雲取山(2018m)の3山をいった。
江戸時代には三峰信仰の三峰講が各地にでき、大勢の信者を集め、山頂の宿坊はにぎわった。本殿前の青銅の鳥居や彫刻の施された木製の八棟灯籠などは江戸時代後期に奉納されたもの。

6、栃本関所跡
戦国時代に甲州の武田氏が秩父に進出したとき、この地に関所を置いたのがはじまりだ。栃本は十文字峠を越えて信州の梓山へ、雁坂峠を越えて甲州の広瀬に通じていたが、まさに「奥秩父の十字路」的な交通の要衝の地だった。江戸時代もこの地に関所が置かれた。
甲州からは三峰山に参拝する人たちが多くやってきた。信州・梓山への峠道には1里(約4キロ)ごとに観音像がまつられた。

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カソリの林道紀行(28)関東編(その6)

中津川林道(埼玉・長野)
(『バックオフ』2005年12月号 所収)

奥秩父から千曲川の源流へ
 荒川沿いの秩父盆地は独立したひとつの世界。まわりを山々に囲まれ、どこにいくのにも峠を越える。秩父は「峠越え」の絶好のフィールドなのだ。

 そんな秩父には関東でありながら、関東とも違う独特の文化が色濃く残されている。
 秩父の各地をめぐり、最後に奥秩父から中津川林道に入り、17・2キロのダートを走破して埼玉・長野県境の三国峠を越えた。武蔵・上野・信濃三国境の三国山南側の峠。三国峠を越え、信州側を下っていくと、そこは「信州の母なる流れ」千曲川の源流地帯だ。

ダート距離が変わらない! 
 関越道の花園ICが今回の旅の出発点。国道140号で荒川沿いに走り、秩父盆地に入っていく。秩父では12月3日の「秩父の夜祭り」で有名な秩父神社に参拝。このあたりが秩父の中心地だ。「秋蚕(あきご)しもうて麦まき終えて 秩父夜祭り 待つばかり」の「秩父音頭」ではないが、この地方の人たちは豪華絢爛な山車が市内を巡る夜祭りを心待ちにしている。

 次に「秩父34番札所巡り」4番札所の金昌寺に参拝。1000体といわれる無数の石仏が境内を埋めつくしている。秩父路では白装束に身を包んだ巡礼者によく出会う。西国33番、坂東33番、秩父34番を合わせて、「日本百観音霊場」といわれているが、ぼくもいつの日か、バイクでの「巡礼旅」をしようと思っている。

 秩父路には何湯かの温泉があるが、山間の柴原温泉に行き、「柳屋」の湯に入った。ここは昔の「秩父七湯」のひとつ。檜の露天風呂にどっぷりとつかった。湯から上がり、宿の主人に話を聞くと、アライヘルメット社長の新井さんがご夫妻でよく来られるとのこと。思わず新井さんのお顔が目に浮かび、秩父の秘湯宿でバッタリ出会ったような気分になった。

 奥秩父の大滝からは山岳信仰の三峰山に行った。
 白岩山から雲取山、飛龍山へとつづくまさに「関東の屋根」といった山並みを一望する。日本武尊をまつる三峰神社に参拝。伝説によると日本武尊は雁坂峠から狼に案内されてこの地にたどり着いたという。ということで三峰神社の狛犬は狼。境内のあちらこちらで様々の表情の狼を見た。

 秩父最奥の栃本に立ち寄ったあと、荒川の支流、中津川沿いに走る。紅葉で名高い中津峡の渓谷美を眺め、中津川の集落を過ぎたところで待望の中津川林道に入っていく。

 ぼくが初めてこの林道を走ったのは1970年。そのときは有料林道で入口には料金所の小屋があった。それ以来、この35年間に何度、中津川林道を走ったことか。

 冬期閉鎖の直前に行って、大雪と格闘し、三国峠を越えたこともある。中津川林道でうれしいのは、路面が整備されて走りやすくなってはいるものの、昔も今もダート距離がほとんど変わらないこと。それだけに17・2キロのダートを走破し、埼玉・長野県境の三国峠に到達したときの喜びは大きい。

 三国峠を越えると川上村の大深山から馬越峠を越えた。
 さらに県道124号で長野・群馬県境のぶどう峠を越え、国道299号で群馬・埼玉県境の志賀坂峠を越えて秩父に戻った。それは最高におもしろい「峠越え」ルートだった。

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Author: 賀曽利隆
Twitter:@kasori3000
Administrator:ウザワ・K

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