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台湾一周2010(37)

6月22日(火)瑞穂→礁渓(その4)

 南澳から国道9号を北へ。スズキ・アドレスV125Gを走らせ、蘇澳を目指す。その途中では太平洋の浜辺に出た。丸みを帯びた小石が一面に敷き詰められたような海岸だ。

 蘇澳に近づくと天気は急変し、あっというまに黒雲が空を覆い、やがてザーッと雨が降ってくる。「台湾一周」で台北を出発して以来、初めての雨…。ずぶ濡れにあって蘇澳の町に到着した。台湾では、この町が一番、日本に近い。日本最西端の島、与那国島まで100キロほでしかない。

 蘇澳には蘇澳港と南方澳港、2つの港があるが、漁港の南方澳港の岸壁でアドレスを停めた。漁港は漁船でびっしりと埋め尽くされていた。

 南方澳港の前にある南天宮を参拝。ここには媽姐がまつられている。
 南天宮は3階建で、1階にも2階にも3階にも媽姐像がある。2階の媽姐像は玉で、3階の媽姐像はまぶしいばかりの金だ。

 南天宮を参拝しながら、ここまでの「台湾一周」での寺院めぐりを振り返ってみた。

 台北に着いた翌朝は、地下鉄に乗って観音をまつる龍山寺を参拝した。そこには媽姐もまつられていた。つづいて媽姐をまつる西門の天后宮を参拝した。

「台湾一周」の出発前には董事長(会長)の黄さんをはじめとする台鈴工業のみなさんと一緒に、本社近くの行天宮に行き、旅の安全の祈願をした。

 行天宮の主神は「三国志」の英雄、関羽。そのほか劉備、張飛、孔明、岳飛をまつっている。
 横浜の中華街に関帝廟があるが、ここも家内安全、商売繁盛の神として関羽をまつっている。

 新竹では町の鎮守の城煌廟を参拝。ここでは城煌爺をまつっている。
 台中に近い大甲では鎮ラン宮を参拝。ここでは媽姐をまつっている。

 北港では朝天宮を参拝。ここは「北港媽姐」とも呼ばれているが、台湾全土に数多くある媽姐廟の総本山で、台湾各地から参詣者がやってくる。旧暦の正月から旧暦3月23日の媽姐の誕生日までの7晩8日をかけておこなう進香期、それと旧暦9月9日の媽姐昇天の日は大変な数の参詣者がこの町に押し寄せるという。

 台南では天后宮を参拝。ここも媽姐をまつっている。

 こうしてみると、台湾では媽姐をまつる寺院が圧倒的に多いことがわかる。

 航海の女神として知られている媽姐は台湾人の尊崇を一身に集め、航海の女神にとどまらず、まるでアラーのような全知全能の神になっている。

 司馬遼太郎の『街道をゆく』はぼくの愛読書だが、第40巻目の「台湾紀行」には台北の老人の言葉として次のようなくだりが出ている。
「台湾は観音様と媽姐様によってまもられています」
 台湾では仏教は衰退してしまったが、その中にあって、観音信仰だけは今でも盛んだ。

 さらに司馬さんは次のようにつづけている。
「むかしむかし、福建省の甫田に林ゲンという人がいた。その第6女が機織をしていると、魂がぬけ出して海上で遭難しかけている父を救った、という。父のかたわらで兄も溺れかけていた。兄を救おうとしたところ、母が不審に思って彼女を呼び醒ました。遊魂は彼女の体にもどり、このため兄は溺れた。後に成道し、天へ飛昇したのが、媽姐である」

 このように媽姐は実在の女性なのである。
 長崎には長崎最古の唐寺、興福寺のほかに、崇福寺、聖福寺の「唐三ヵ寺」がある。これらの唐寺には媽姐をまつる媽姐堂がある。唐の船主たちが、航海の安全を祈願してまつったものだという。

 そこには媽姐を守護する順風耳(じゅんぷうじ)と千里眼(せんりがん)の2神も まつられている。
「順風耳」は大きな耳が特徴。あらゆる悪の兆候や悪巧みを聞き分けて、いち早く媽祖に知らせる役目を持っている。「千里眼」は3つの目が特徴。媽祖の進む先やその回りを監視し、あらゆる災害から媽祖を守る役目を持っている。

 横浜の中華街にも、関帝廟のほかに媽姐廟もある。
 さらに興味深いのは、日本にも各地に媽姐信仰が伝わっていることだ。

 その一例だが、台湾からはるかに遠い下北半島北端の大間にある大間稲荷神社は媽祖をまつっている。
 大間稲荷神社の由来によると、もともとは百滝稲荷といっていたようだ。

 明治6年(1873年)に天妃媽祖大権現と金毘羅大権現を合祀、現在は弁天神(奥津島姫尊)も合祀している、とある。この天妃媽祖大権現とあるのが媽祖のことだ。

 元禄9年(1697年)7月23日、後に名主となる伊藤五左衛門が海上で遭難したときに助けられた神徳を崇め、水戸藩領那珂湊の天妃山媽祖権現をこの地に分霊したものだという。それ以来、船魂神として多くの漁民たちの厚い信仰を集めているという。
 いやー、じつに興味深い話ではないか。

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南澳から国道9号で北へ

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太平洋の海岸に出る

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南方澳漁港

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蘇澳の南天宮

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南天宮1階の媽祖像

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南天宮2階の媽祖像

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南天宮3階の媽祖像

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南天宮から見下ろす南方澳漁港
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台湾一周2010(36)

6月22日(火)瑞穂→礁渓(その3)

 太櫓閣を出発し、国道9号で宜蘭(ぎらん)に向かっていく。清水という町を過ぎると「台湾版・親不知」といった清水断崖に入っていく。切り立った山並みがストンと海に落ち、断崖絶壁を貫くトンネルが連続する。

 ここも太櫓閣峡谷とともに「太櫓閣国家公園(ナショナルパーク)」に指定されているが、それにしてもすごい断崖絶壁だ。

 海岸からわずか4キロの地点に標高2407メートルの清水山がそびえている。ここでの標高差は何と2407メートルにもなる。世界中を探しても、こんなところがほかにあるだろうか。アンデスの山並みが比較的、海岸に近いが、海岸からわずか4キロの地点にこれほどの高峰はない。

 親不知の場合は海岸から4キロの地点に北アルプス最北の山、尻高山がある。標高は677メートル。清水山とは桁が違いすぎる。

 清水山の北西には中央山脈では最北となる3000m峰の南湖大山(3740m)と南湖北山(3535m)が聳えている。

 台湾は日本以上の山国で、最高峰の玉山(3952m)を筆頭に、3000m峰は何と133峰を数えるという。ちなみに日本で3000m峰というと9峰でしかない。

 台湾の3000m峰の133峰の大半は台湾の脊梁山脈の中央山脈にあるが、それのみならず、南湖大山の北西に連なる雪山山脈にも雪山とか大雪山といった3000m峰がある。

「日本一周」で沖縄の与那国島に渡ったとき、日本最西端の西(いり)崎に立った。残念ながら水平線上に台湾は見えなかったが、地元の人の話によると、年に数回は見えるという。西崎から台湾までは100キロほど。
「ここからだと新高山(玉山のこと)が、こんなに大きく見えますよ!」
 といって、両手を広げて説明してくれた人の話は忘れられない。

 その人によると、中央山脈の3000m峰が水平線上にズラズラズラッと連なる台湾の眺めは島ではなく、まるで大陸のようだという。
 与那国島の西崎からだと、台湾を真横から見るような形になる。

 清水断崖を走り抜け、南澳の町に到着。南澳駅前でスズキ・アドレスV125Gを停め、駅前食堂でカキ氷を食べた。
 それにしても清水断崖はすごい風景だった。

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清水断崖を一望する

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台湾一周のスズキ・アドレスV125G。清水断崖の駐車場で

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清水断崖も「太櫓閣国家公園」

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南澳駅の駅前

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南澳駅の駅舎

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南澳駅の駅前通り

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南澳駅の駅前食堂

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駅前食堂のメニュー

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駅前食堂でカキ氷を食べる

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台湾一周2010(35)

6月22日(火)瑞穂→礁渓(その2)

 台湾・中央山脈の山裾の瑞穂温泉を出発。
 スズキの125ccスクーター、アドレスV125Gを走らせ、瑞穂の町へ。気持ちのいい青空が広がっている。
 瑞穂からは国道9号を北上し、台湾東海岸の中心都市、花蓮へ。ここで海岸線を走る国道11号と合流する。

 花蓮は台湾東海岸の中心都市とはいっても、西海岸の大都市群とは違って、広々とした田園都市。台湾第一の景勝地、太櫓閣(たろこ)峡谷から切り出す大理石の集積地として知られ、「大理石の町」といわれている。

 花蓮は高雄、基隆と並ぶ台湾三大港のひとつ。郊外の空軍基地の前を通ったが、ここにはF16戦闘機が配備され、台湾のもうひとつの空軍基地、新竹にはミラージュ戦闘機が配備されているという。

 花蓮は中央山脈を越える台湾横断の「東西横断公路」の起点になっている。花蓮の町から国道9号を北に30キロほど行くと、立霧渓(渓は川の意味)河畔の太櫓閣に着くが、「東西横断公路」はそこで国道9号と分岐している。太櫓閣峡谷を走り抜け、中央山脈の峠を越え、東海岸の台中へと通じている。

 国道9号で北の宜蘭(ぎらん)に向かう前に、太櫓閣から太櫓閣峡谷を見に行く。

「東西横断公路」のアーチをくぐると、海岸地帯の狭い平地から、一気にV字谷の峡谷に入っていく。立霧渓の両側にそそりたつ大理石の断崖絶壁。アドレスの軽快なエンジン音が岩壁にぶつかって響く。眼下には立霧渓の白濁色の流れ。迫力満点の眺めがつづく。

 一部区間は旧道も残っている。それを見ると、この「東西横断公路」を切り開いたとこの大変な苦労が偲ばれた。

「錐麓大断崖」ではアドレスを下り、歩いて断崖を見上げた。それにしても太櫓閣峡谷はすごい峡谷。立霧渓と老西渓の合流点にかかる赤い慈母橋まで行き、そこで折り返した。

 太櫓閣に戻ると「横綱饗館」という店で昼食。鶏肉料理やエビとキューリの海鮮サラダ、筍料理、野菜炒め、貝汁などを台鈴のみなさんと一緒に食べた。

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瑞穂を走る国道9号

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亜熱帯の風景。日差しが強い

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立霧渓(上流の太櫓閣峡谷の方向を見る)

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「東西横断公路」のアーチ

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太櫓閣峡谷を行く

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大理石の太櫓閣峡谷

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立霧渓のV字谷

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太櫓閣峡谷にかかる慈母橋

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太櫓閣の「横綱饗館」

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「横綱饗館」の店内

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「横綱饗館」の昼食

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カソリの林道紀行(37)東北編(8)

みちのく5000(8)マタギの里の秋田縦断編
(『バックオフ』1996年8月号 所収)

◇◇◇
“みちのく”を走りたくって、
その一心で、
オーストラリアから帰ってきた。
赤い荒野と360度の地平線を見慣れた目には、
“みちのく”の青き山々が目にしみるぜ!!
◇◇◇

“みちのく5000”にゼロをひとつつけた“オーストラリア50000”の旅に出た。オンロード篇、オフロード篇と、大陸を2周する計画で、その第1弾のオンロード篇3万6000キロを走って、いったん、日本に帰ってきた。

 どうしても、夏の間に東北を走りたかったのだ。オーストラリア2周を終えたあとだと、雪の季節になってしまうからだ。

 オーストラリア一周では、何度となく、東北の林道と温泉を夢みた。異国の地を走りながら思いを馳せる日本というのは、すごく、いいものだ。

 オーストラリア一周では、何人もの日本人ライダーに出会ったが、ぼくがいったん日本に帰って東北を走るというと、
「いいなー、カソリさん、東北か‥‥」
 と、口々にいわれた。

 そういうものなのだ。長い期間、海外を走っていると、無性に日本を走りたくなる。海外に飛び出すのは、日本を知る一番いい方法なのだ。

 東北は、日本の中でも、とくに、日本的なものを色濃く持っている。
 東北の風景は日本の原風景だし、旅の途中で出会う東北人には、原日本人を強く感じる。ぼくは今、日本のなかでも、東北に一番、心をひかれるが、それは東北に、より日本的なものを強く感じるからだ。

 というわけで、3万6000キロのオーストラリア一周から帰るとすぐさま、カソリ、“みちのくの狼”になって、“みちのく5000”に旅立った。

 ブルダスト瀬戸の見送りを受け、BO編集部前を夕刻に出発。相棒はカメラマンの盛長幸夫さん。バイクはDJEBEL250XC。カソリがスタンダードで、盛長さんが、ローシートだ。

 東京から東北道をひた走り北上江釣子ICで高速を降り、R107で秋田県の横手へ。今回のエリアGの出発点、JR横手駅前に立った。昨年の11月上旬、雪にはばまれ、青森まで行けずに、ここをエリアFのゴールにした。その、横手駅前に戻ってきたのだ!

「さー、行くゾー!」
 と、JR横手駅前でガッツポーズ。これがいつもながらの、ぼくの出発の儀式なのだ。
 スズキDJEBEL250XCのエンジンを始動させ、朝からギンギンに照りつける炎天下を走り出す。期待に胸がふくらむ。
 この走りだす瞬間が、なんともいえずにいいのだ!

 横手は、秋田藩の支城が置かれた城下町。まずは、横手第一の展望台になっている横手城跡に行く。高台をサーッと吹き抜けていく風の気持ちよさ。市街地の向こうには鳥海山がそびえたっている。

 8月になったというのに、まだ、かなりの残雪。昨年の11月に、雪と大格闘した思い出が鮮やかによみがえってくる。横手城跡から眺める鳥海山には、胸にグッと迫ってくるものがある。

 横手高校前から広域基幹林道の萱峠林道に入っていく。
「うれしいぜ!」
 第1本目の林道だ。峠に向かって登っていく。アクセルをグッと開く。青い山々、谷間の清流‥‥。
「おー、日本だー!!」
 思わず、叫び声を上げる。赤い荒野がはてしなく広がるオーストラリアとのあまりの違い‥‥。

 峠をひとつ、またひとつと越える。3つ目の峠が奥羽山脈の、秋田・岩手県境の萱峠だ。絶景林道で、ゆるく波うって連なる山々の向こうに、鳥海山が小さく見える。
 萱峠を越えて岩手県側に入り、大崩落現場をすり抜け、2区間20キロのダートを走った。

 萱峠を下ると、湯本温泉。
 その近くにある槻沢温泉の砂湯に入った。温泉の蒸気で熱くなった砂を体の上にかけてもらって横たわるのだが、15分間、体中の血液がドックン、ドックンと音をたてて流れ、汗が際限なく吹き出してくる。ここはおすすめの温泉だ。

 湯本温泉の北、県道1号盛岡横手線を沢内村で左折し、峰越林道の真昼岳林道に入っていく。県道から4キロほどでダート。奥羽山脈の真昼岳に向かってグングンと高度を上げていく。

 ダートに入って14キロで岩手・秋田県境の真昼岳峠に到着。絶景峠だ! 
 北には東北で一番豊かな自然が残る和賀岳がそびえ、南には手前の山影に隠れているが真昼岳だ。

 真昼岳峠は、奥羽山脈の中でも、有数の名峠。しばらくは峠から動けずに、奥羽山脈の山並み、岩手側、秋田側の山並みと、みちのくの山岳風景に見入った。心に残る峠だ。

 峠から秋田側に下ると、千畑温泉近くで舗装路に出る。ダート27キロ。真昼岳林道は、奥羽山脈横断林道のなかでは、南蔵王林道と並ぶダートのベストコースといっていい。

 奥羽山脈横断の2本の林道、萱峠林道と真昼岳林道を走り終えると、奥羽山脈から秋田県北部の山地へと舞台を移す。

 秋田県の大河、雄物川流域の広々とした水田地帯に下り、雄物川が大きく湾曲する地点の大曲の町に出る。そしてR13で秋田方向へ。
 河辺町でR13を右折し、岩見三内へ。
 ここで田沢スーパー林道と河北林道という、2本のメジャーな林道への道が分岐する。
 それだから、河辺町の岩見三内は、“我ら林道派”には重要なポイントなのだ。

 まずは、田沢スーパー林道を目指す。
 この田沢スーパー林道、今までに何度か走ったが、キチッと走り抜けることができたのは、10年以上も前のことでしかない。それ以降というもの、台風で大被害を受けたこともあり、いつ行っても、崖崩れなどで通行止めになっていた。

 それだけに、今度こそは、といった気負った気分。名所の岨谷峡を見、ゆるやかな中山峠のへそ(辺岨)公園に立ち寄り、田沢スーパー林道のダートに入っていった。
 渓流沿いの道は整備されていて、
「お、これだったら、走り切れるかな」
 といった期待を抱かせた。

 だが、峠に近づくにつれて、路面は荒れ、崖崩れの個所が連続するようになる。
 それでも登りつづけ、ついに峠に到達。思わず「万歳!」を叫んでやった。
 河辺町と西木村の境の黒崎森峠だ。

 峠のトンネルを抜けて、西木村に入る。うまく、下っていけるのか‥‥。だが、田沢スーパー林道、やはり、そんなに甘くはなかった。峠から1キロほど下った地点の橋が落下。通行不能。残念。来た道を岩見三内へと引き返すのだった‥‥。

 田沢スーパー林道から岩見三内に戻ると、「岩見屋旅館」に宿をとり、カメラマンの盛長さんと浴衣姿で下駄をカランコロンと鳴らし、岩見温泉の「郷の湯」に入りに行く。

 うす茶色の湯につかると、ダート走行の疲れがスーッと抜けていく。湯上がりのビールのうまいことといったらない!

「岩見屋旅館」の夕食には、アユの塩焼きがでた。なんと、宿のご主人が、我々2人だけの泊まり客のために釣り上げてきたアユなのだという。“香魚”の別名どおり、とれたての天然のアユはほのかな香りを漂わせていた。

 翌日は、河北林道に向かう。岩見三内の町から10キロほど走ると、岩見ダムのわきに出る。そこから河北林道のダートがはじまる。

 河北林道は、ダート経由の東北縦断には欠かすことのできないルート。
 今までに何度も走っているが、一番、忘れられない河北林道というと、“テラノ高木”こと、高木剛さんと一緒に1991年に走ったときのことだ。

 東京・日本橋から北海道の稚内まで行き、そのままロシア船に乗ってサハリンに渡ったのだが、その途中、東京~青森間は何本もの林道を走った。

 当然のことのように河北林道も走った。
 カソリ&テラノのB型コンビ、バカばっかりやりながら、河北林道を走った。
「あれから、もう、5年もたつのか‥‥」

 河北林道を走る。三内川の渓流沿いのルート。やがて林道は沢を離れる。峠に向かって登っていく。峠近くは、路面がかなり荒れている。ギャップにはまり、小石をはね飛ばし、岩盤の上を駆けていく。

 河北林道の峠に到達。河辺町と阿仁町の境の峠。林道の完成記念碑とブナ林、ブナの大木が目印だ。名無し峠なのだが、ぼくはこの峠を河北峠と呼んでいる。ところで河北林道の“河北”だが、河辺町の河辺郡と阿仁町の北秋田郡の両郡名をとっている。

 河北峠は秋田の名山、太平山から白子森、番鳥森とつづく稜線を越えている。このあたりには、○○森と、森のつく山名が多い。それだけ山々には森がうっそうと茂っている

 河北峠を越えて阿仁町に入る。クマ猟で有名な“秋田マタギ”のふるさとだ。すぐに、もうひとつの峠、熊見峠を越える。いかにもマタギの里らしい峠名ではないか。

 河北林道の34キロのダートを走り切り、R105の比立内の集落に出る。阿仁町でも、この比立内と打当、根子の3集落が“秋田マタギ”の本拠地なのだ。

 R105を北上。森吉町に入ると、前方には白神山地の山々が見えてくる。
 鷹巣でR7に出る。もう、白神山地が目の前だ。
 田代町の中心早口へ。JR早口駅前にDJEBEL250XCを止める。ここがエリアG前編のゴール。来月号の後編では、白神山地の林道群を走り、青森を目指すのだ。


■コラム1■東北の林道
 東北は林道の宝庫。地図にも載っていないような林道が何本もある。峠越えの林道も何本もある。関東周辺のようなうるさい規制も少ないし、交通量も少ないので、存分に走りを楽しめる。おまけに、それをとりまく東北の自然は豊かだし、あちこちに温泉が湧いているし、旅の途中で出会う東北人は人情味があるし‥‥と、いいことずくめなのだ。

 ということで、カソリ、“みちのくの狼”になって、東北の林道を片っ端から走りはじめたのだ。名づけて“みちのく5000”。

 全行程5000キロ、そのうちダートが1000キロというのが、当初の計画だった。
 95年8月号で記念すべき!?第1回目の奥会津篇(ダート234キロ)を走ったのを皮切りに、東北を北へ、北へと走るにつれてそのおもしろさにはまり込み、全行程5000キロ、ダート1000キロは大幅にオーバーし、エリアも最初の計画ではFまでだったものが、Iにまで増えている。東北はそれほどなのだ!


■コラム2■マタギの世界
 秋田県の阿仁町は、“秋田マタギ”のふるさと。
 比立内、打当、根子の3集落が、マタギの本拠地になっている。
 クマ猟の達人集団の秋田マタギはクマを追って、長い年月をかけて南へ、南へと移動をつづけ、その南端はといえば、越後・信濃境の秋山郷になる。

 3つのマタギ集落のうち、打当に行った。
 打当温泉の湯に入ったあと、隣りあった「マタギ資料館」を見学。一見の価値のある資料館。人形をつかって展示されているマタギの装備が興味深い。

 足にはワラ製のツマゴをはき、すねにはガマで編んだハバキをつけている。ズボンは布のユキバカマ、上着は木綿のカッポだ。胸にはマエカケをかけ、防寒用にカモシカの毛皮のキガワをはおっている。

 また、テキシャと呼ぶカモシカの皮の手袋をはめ、頭は布で覆い、その上からアマブタをかぶっている。手にはタテと呼ぶ槍を持っている。このような格好で、雪深い山々を獲物を追って駆けめぐったのだ。
 そのほか、クマやカモシカの剥製、マタギ用具などが展示され、独特のマタギ言葉が表示されている。

 マタギのクマ料理も興味をひかれる。ヤジというのは、血だけの腸詰めで、それを餅や野菜などと一緒に煮込むという。サンベ(心臓)やマメ(腎臓)は、生のまま、塩もみにし、醤油をつけ刺し身で食べるのだという。
 資料館の前にある食堂の「マタギの里」では、クマ鍋(2000円)が食べられる。


■林道データ■
1、萱峠林道
ダート距離 20キロ
走りごたえ ☆☆☆☆
景色のよさ ☆☆☆☆☆
秋田県横手市から岩手県湯田町へと走った。
ダートは2区間。最初が6キロ、次が14キロ。
奥羽山脈の萱峠を越える。湯田町側で崩落。

2、真昼岳林道
ダート距離 27キロ
走りごたえ ☆☆☆☆☆
景色のよさ ☆☆☆☆☆
岩手県沢内村から秋田県千畑町へと走った。
奥羽山脈の真昼岳の北側、真昼岳峠を越えていく。
峠周辺からの眺めは絶景!

3、田沢スーパー林道
ダート距離 35キロ
走りごたえ ☆☆☆☆
景色のよさ ☆☆☆☆☆
秋田県河辺町から西木村へと走った。
町村境の峠のトンネルを抜け1キロほど下ったところで橋が落下。
ダート距離はその間の往復。

4、河北林道
ダート距離 34キロ
走りごたえ ☆☆☆☆☆
景色のよさ ☆☆☆☆☆
東北屈指の林道。秋田県河辺町から阿仁町へと走った。
峠近くの河辺町側は、路面が荒れている。
峠を越えた阿仁町側は走りやすい。


■温泉データ■
1、槻沢温泉
入浴施設の「砂ゆっこ」には東北で唯一の砂湯がある。
これがすごく気持ちよい。
砂湯入浴料800円。入浴のみだと150円。

2、岩見温泉
自然休養村「郷の湯」に入った。
茶褐色の湯の色。塩気が強い。
熱め、温めの2つの湯船。
入浴料は250円。9時~21時。宿泊可。

3、打当温泉
「マタギ資料館」に隣りあっている。
無色透明の、熱めの湯。塩気。食堂もある。
入浴料260円。熊牧場、資料館の共通券は820円。

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台湾一周2010(34)

6月22日(火)瑞穂→礁渓(その1)

 瑞穂温泉の温泉旅館「東岡秀川」では夜明けとともに起き、まずは木枠の湯船に温泉を流し込み、朝湯を楽しむ。これぞまさに至福の時だ。
 無色透明のツルツル湯で、泉質は硫化鉄泉。皮膚病や胃腸病に効くという。

 湯から上がると、朝食までの1時間あまり、宿の周辺をプラプラ歩いた。
 宿の正面には海岸山脈のゆるやかな山並み、宿の背後には台湾山脈(中央山脈)の高い山々を眺める。
 瑞穂温泉といっても温泉街があるわけでもなく、豊かな亜熱帯の自然の中にポツン、ポツンと温泉宿がある。それぞれの温泉宿はリゾート風だ。
 瑞穂温泉の西には、さらにもう1湯、紅葉温泉がある。

 気持ちのいいプラプラ歩きを終え、宿に戻ると朝食。ぼくの大好物の朝粥がうまい。
 朝湯に入って、朝歩きをして、朝粥を食べて。もういうことなし!
 朝食を食べ終わると、「東岡秀川」の玄関前にアドレスとNEX、それとカソリの似顔絵の描かれたサポートカーを並べ、台鈴のみなさんとの記念撮影。

 そのあとは、
「さー、行くぞ!」
 と、全員でのガッツポーズだ。

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「東岡秀川」の背後に連なる山々

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サトウキビ畑

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緑濃い森の小道に朝日が差し込む

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「吉祥温泉」の案内板

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ここが「吉祥温泉」

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朝食の朝粥がうまい!

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「東岡秀川」の玄関前で記念撮影

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「東岡秀川」を出発

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台湾一周2010(33)

6月21日(月)曇・墾丁→瑞穂(その9)

「池上米」の池上を出発。右手に海岸山脈、左手に台湾山脈(中央山脈)を見ながら国道9号を北上。広々とした台東平野は次第に幅狭くなり、両側に山々が迫ってくる。それとともに天気は崩れ、今にも雨が降り出しそうな空模様になる。

 そして北回帰線に到達。西海岸の北回帰線同様、ここにも立派な北回帰線標が立ち、その周囲は「北回帰線公園」になっている。ここからは台湾山脈の山並みを間近に眺める。はるか遠くには雪山(雲がかかっていたのかもしれない)が見えたので、
「あれが玉山ですか?」
 と聞いてみた。
 すると残念ながらここからは玉山は見えないとのこと。

 台湾の最高峰の玉山(3952m)はほぼ北回帰線上の山なのである。
 北回帰線を過ぎると、また海岸山脈と台湾山脈の間の台東平野は広くなり、今晩の宿、瑞穂温泉の温泉旅館「東岡秀川」に到着。すぐさま部屋の木枠の湯船に湯を張り、ドボーンとつかった。
「気持ちいい~!」

 湯から上がると、瑞穂の町まで行き、食堂で夕食。全部で7品の料理。それとご飯と豚肉&タケノコのスープ。とくに「炒青菜」がうまい。

 台鈴のみなさんとテーブルを囲んでの夕食はすごく楽しいし、自分が日本人であることを忘れてしまうほど。台湾のみなさんはそんなホスピタリティーを持っている。
 う~ん、「食大国」台湾の食事はたまらん!

 大満足の夕食を食べ終わると、町から4、5キロ離れた瑞穂温泉「東岡秀川」に戻り、部屋のテレビワールドカップの生中継を見た。ポルトガル対北朝鮮戦をやっていた。北朝鮮はまさかのボロ負けで、ポルトガルが7対0で勝った。
「これじゃー、帰国したら、将軍さまのお仕置きだ」
 と、南アフリカからは遥かに遠い台湾の温泉宿で、北朝鮮の選手たちに同情するのだった。

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「これが北回帰線標ですよ~」

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北回帰線標から眺める台湾山脈

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瑞穂温泉の温泉旅館「東岡秀川」に到着
「東岡秀川」前の広々とした草地

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「東岡秀川」の足湯

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この部屋に泊まった

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洒落た部屋の内部

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さっそく部屋の湯に入る

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瑞穂の食堂

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瑞穂での夕食

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ワールドカップのポルトガル対北朝鮮戦

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾一周2010(32)

6月21日(月)晴・墾丁→瑞穂(その8)

 台湾東海岸最大の都市、台東からさらに国道9号を北上する。
 台東を過ぎると国道9号は海岸線を離れ、海岸山脈と中央山脈の間の台東平野を行く。そんな国道9号沿いのガソリンスタンドで給油。そこには3人の若いライダーたちがぼくを待ち構えていた。

「もうそろそろカソリさんが来る頃だと思ってましたよ」
 と、うれしいことをいってくれる。

 その先では、
  ===
  ようこそ台東鹿野へ
  賀曽利隆さん
  頑張れ~頑張れ!
  ===
 と日本語で書かれた紙を手に持った人が、炎天下に立ちつくして、ぼくを待ってくれていた。もう感謝感激。カソリ、台湾ではオオモテだ。

 台東平野は一面の黄色く色づいた稲田。
 アドレスV125Gを停めて小休止した一帯は、「関山米」で知られる銘柄米の産地。その北は「池上米」の産地になる。

 生活レベルの上がった台湾では、すこしでも旨い米を食べようと、今、「関山米」や「池上米」のような銘柄米が大人気だという。

「池上米」の産地の池上では、日本の道の駅風の「池上飯包」に寄った。1階の売店では様々な種類、銘柄、等級の米が売られているが、その光景は「米食文化」の国、台湾を強烈に感じさせた。

 そこの2階は米博物館になっている。
「池上飯包」を出ると、あらためて池上米の稲田の風景を眺めるのだった。

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国道9号を行く

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海岸山脈の山並み

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カソリを待ち構えていた3人組

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これを持って炎天下、ずっと立ってくれていた…

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暑い。水をガブ飲み

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「関山米」の稲穂

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台湾版道の駅といった「池上飯包」

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「池上飯包」の列車食堂

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「池上飯包」の売店

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特産の「池上米」が売られている

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「池上飯包」2階の米博物館

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台鈴の李さん、ガンバレ!

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かつての台所を復元。ここで米を調理する

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池上米の稲田が広がる

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台湾一周2010(31)

6月21日(月)晴・墾丁→瑞穂(その7)

 名残おしい大渓小学校をあとにし、大渓からは右手に広がる太平洋を見ながら国道9号を走る。この一帯は台湾山脈(中央山脈)南端の山並みが海に迫り、何本もの川が急流となって海に流れ出ている。

 それらの川が昨年(2009年)の台風でことごとく大氾濫を起こし、この一帯に大きな被害をもたらした。川はまるで巨大な滝のようになり、集落を次々に飲み込み、多数の死傷者を出した。大量の土砂と流木は下流一帯の田畑を無残にも埋め尽くした。

 台鈴が大渓小学校を訪問し、文房具などを送ったのは、台風で被災した人たちをすこしでも元気づけたいという願いがあったからだ。
 台湾の東海岸を縦貫する国道9号も大きな被害を受け、いまだにあちこちで復旧工事をしていた。

 台湾東海岸最大の都市、台東に到着。このあたりまで来ると、台風の影響はあまり見られなかった。
 台東は台湾東海岸最大の都市ではあるが人口は10万人ほどでしかない。地方の小都市といったところ。鎖状に大都市が連なる西海岸と、これといった都市のない東海岸では、ずいぶんと大きな違いがある。

 台東は我がなつかしの町。
 1976年の「台湾一周」ではこの町を拠点にして周辺の村々をまわった。台東の近くにある知本温泉にも行った。ここは日本時代から知られていた温泉。驚いたのは山地民パイワン族の村の温泉。案内されたところは畑の片角で、そこからはジャスト適温の湯がふんだんに湧き出ていた。そんな野湯につかったのだ。

 その時は台東から4、5人乗りの小型機で太平洋の孤島の蘭嶼(ランユー)に渡った。ここは海洋民ヤミ族の住む島。彼らの伝統的な半地下式の家がまだ何軒も残っていた。それぞれの家には涼み台があった。夕方になるとヤミ族の男たちは涼み台に座り、夕風に吹かれながら海を見ていた。

 そんななつかしの台東から郊外の観光牧場「初鹿牧場」へ。そこでは濃厚な牛乳を飲み、初鹿牧場産のアイスクリームを食べた。

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太平洋を右手に見ながら走る

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昨年の台風で大きな被害を受けた一帯

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国道の復旧工事がつづく

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田畑を埋め尽くした大量の土砂と流木

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大木と大岩がゴロゴロころがっている

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なつかしの台東に到着

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台東郊外の初鹿牧場

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初鹿牧場を歩く

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初鹿牧場のキャラグッズに喜ぶ台鈴の李さん

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初鹿牧場のアイスクリームを食べる通訳の西方さん

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初鹿牧場の「100%純鮮乳」を飲む

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ジャンル : 車・バイク

2010台湾一周(30)

6月21日(月)晴・墾丁→瑞穂(その6)

 大渓小学校訪問は、今回の「台湾一周」では一番の思い出。
 台鈴のみなさんがそれを動画に撮ってくれたので、その中から大渓小学校到着時のセレモニーのシーン、女子生徒のみなさんの踊りのシーンを見てもらおう。



テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

カソリ生存確認できました。

管理人より:
買出しに出かけていたので、掲載が遅くなりました(iPhoneでチェックはできてた)。

http://kasoring.com/2011/03/13/03%20/34%20/

ご無事で何より。
一安心はさておき、次に自分たちができること、備えられることを真剣に考えています。
身近なところから復旧、お互いがんばりましょう。

テーマ : 管理人からのお知らせ
ジャンル : その他

「青春18きっぷ2010」(52)※最終回

第6日目(新潟→東京・その10)

 高崎駅では20時31分発の高崎線の通勤快速上野行に乗った。この列車は前橋始発。 第1日目に我が家を旅立ち、伊勢原駅で乗った小田急線の急行新宿行から数えてちょうど50本目の列車になる。

 定刻通りに高崎駅を発車すると、倉賀野、新町と通り、神流川の鉄橋を渡って群馬県から埼玉県に入る。
 埼玉県に入ると神保原、本庄、岡部と各駅に停まっていく。通勤快速とはいっても「高崎→熊谷」間は各駅停車だ。

 岡部の次の籠原まで来たところでトラブル発生。
 高崎線内の人身事故で列車がストップ。50本目にして迎える初めてのトラブルだ。
 さー、困った。
 今日中に我が家にたどり着けるかどうか、非常に微妙なことになってしまった。

 だが、すごくラッキーだったのは、もう1駅間、列車が動いたことだ。
 次の熊谷には19分遅れの21時30分に到着。
「そうだ、新幹線だ!」
 とひらめき、猛然とダッシュ。新幹線改札口を走り抜け、新幹線ホームへ。すぐにやってきた21時32分発の
長野新幹線「あさま550号」に間に合った。

 大宮駅到着は21時46分。上野に行く予定を変更し、大宮からは埼京線で新宿へ。
 新宿到着は22時40分。一時は今晩中には家に帰れないかもしれないな…と諦めかけたが、23時05分発の急行小田原行に楽々、乗れた。これが53本目。伊勢原駅到着は24時05分だった。

 なつかしの我が家に帰ると、すぐさま机に向かった。
 今回の「青春18きっぷ2010」の結果と、函館駅の待合室でつくった「青春18きっぷ2011計画」を踏まえ、時刻表のページをめくりながら、「東北全線完乗」のプランをつくった。
 完成したプランは次のようなものだ。

◇◇◇
第1日目(東京→横手)
宇都宮線→東北本線→奥羽本線→仙山線→東北本線→陸羽東線→奥羽本線
上野発  05時10分 宇都宮線 
宇都宮着 06時51分      
宇都宮発 06時56分 東北本線 
黒磯着  07時47分       
黒磯発  07時54分 東北本線 
郡山着  09時01分      
郡山発  09時27分 東北本線 
福島着  10時14分      
福島発  10時39分 奥羽本線 ※つばさ129号
米沢着  11時12分      
米沢発  11時48分 奥羽本線 
山形着  12時34分      
山形発  12時41分 仙山線  
仙台着  13時58分      
仙台発  14時20分 東北本線 
小牛田着 15時05分      
小牛田発 16時48分 陸羽東線 
新庄着  19時01分      
新庄発  20時19分 奥羽本線 
横手着  21時40分      
横手で宿泊
(完全乗車路線)
1、仙山線
2、陸羽東線

第2日目(横手→青森)
北上線→東北本線→田沢湖線→奥羽本線→花輪線→いわて銀河鉄道→青い森鉄道
横手発  06時36分 北上線  
北上着  08時00分      
北上発  08時07分 東北本線 
盛岡着  08時59分      
盛岡発  09時24分 田沢湖線 ※秋田新幹線「こまち13号」
秋田着  10時54分      
秋田発  11時10分 奥羽本線 
大館着  13時00分      
大館発  13時47分 花輪線  
盛岡着  16時41分      
盛岡発  17時04分 いわて銀河鉄道 
八戸着  18時51分      
八戸発  19時14分      
青森着  20時45分      
青森で宿泊
(完全乗車路線)
1、北上線
2、田沢湖線
3、花輪線

第3日目(青森→会津若松)
奥羽本線→東北本線→磐越西線
青森発  06時09分 奥羽本線 
弘前着  06時51分      
弘前発  06時54分 奥羽本線 
大館着  07時36分      
大館発  08時09分 奥羽本線 
秋田着  09時42分      
秋田発  10時24分 奥羽本線 
新庄着  13時04分      
新庄発  14時19分 奥羽本線 
山形着  15時26分      
山形発  16時32分 奥羽本線 
米沢着  17時17分      
米沢発  17時45分 奥羽本線 
福島着  18時30分      
福島発  18時49分 東北本線 
郡山着  19時37分      
郡山発  19時41分 磐越西線 
会津若松着20時46分      
会津若松で宿泊
(完全乗車路線)
1、奥羽本線

第4日目(会津若松→東京)
只見線→上越線→飯山線→篠ノ井線→中央本線→中央線
会津若松発05時59分 只見線  
小出着  10時13分      
小出発  11時11分 上越線  
越後川口着11時23分      
越後川口発13時01分 飯山線  
戸狩野沢温泉着14時57分    
戸狩野沢温泉発15時10分 飯山線 
長野着  16時09分      
長野発  17時11分 篠ノ井線 
松本着  18時28分      
松本発  18時37分 中央本線 
甲府着  20時26分      
甲府発  20時30分 中央本線 ※特急「あずさ34号」
大月着  21時04分      
大月発  21時21分 中央本線 
高尾着  21時53分      
高尾発  21時54分 中央線  
新宿着  22時55分      
(完全乗車路線)
1、只見線
2、飯山線
3、篠ノ井線

第5日目(東京→盛)
常磐線→水郡線→東北本線→仙石線→石巻線→気仙沼線→大船渡線
上野発  05時10分 常磐線  
水戸着  06時58分      
水戸発  07時27分 水郡線  
郡山着  10時50分      
郡山発  11時06分 東北本線 
福島着  11時54分      
福島発  12時00分 東北本線 
白石着  12時33分      
白石発  12時37分 東北本線 
仙台着  13時26分      
仙台発  13時40分 仙石線  
あおば通着13時42分      
あおば通発13時57分 仙石線  
石巻着  15時12分      
石巻発  15時51分 石巻線  
女川着  16時18分      
女川発  16時26分 石巻線  
小牛田着 17時49分      
小牛田発 18時32分 気仙沼線 ※小牛田→前谷地間は石巻線
気仙沼着 19時56分      
気仙沼発 20時11分 大船渡線 
盛着   21時13分      
盛で宿泊
(完全乗車路線)
1、仙石線
2、石巻線
3、気仙沼線

第6日目(盛→八戸)
大船渡線→東北本線→釜石線→山田線→岩泉線→山田線→いわて銀河鉄道
盛発   05時45分 大船渡線 
一関着  08時14分      
一関発  09時00分 東北本線 
花巻着  09時53分      
花巻発  11時00分 釜石線  
宮古着  14時58分      
宮古発  15時01分 山田線  
茂市着  15時21分      
茂市発  15時40分 岩泉線  
岩泉着  17時00分      
岩泉発  17時07分 岩泉線  
茂市着  18時27分      
茂市発  18時32分 山田線  
盛岡着  20時26分      
盛岡発  21時44分 いわて銀河鉄道 
八戸着  23時34分      
八戸で宿泊
(完全乗車路線)
1、大船渡線
2、釜石線
3、山田線
4、岩泉線

第7日目(八戸→三厩)
八戸線→青い森鉄道→大湊線→津軽海峡線→津軽線
八戸発  05時37分 八戸線  
久慈着  07時57分      
久慈発  10時00分 八戸線  
八戸着  11時51分      
八戸発  12時46分 青い森鉄道
野辺地着 13時30分      
野辺地発 14時10分 大湊線  
大湊着  15時02分      
大湊発  15時50分 大湊線  ※野辺地→青森間は青い森鉄道
青森着  17時28分      
青森発  18時04分 津軽海峡線
蟹田着  18時54分      
蟹田発  18時58分 津軽線  
三厩着  19時38分      
三厩で宿泊
(完全乗車路線)
1、大湊線
2、津軽線

第8日目(三厩→左沢)
津軽線→津軽海峡線→奥羽本線→男鹿線→羽越本線→陸羽西線→奥羽本線→左沢線
三厩発  06時10分 津軽線  
蟹田着  06時51分      
蟹田発  07時08分 津軽海峡線
青森着  07時51分      
青森発  08時03分 奥羽本線 
弘前着  08時46分      
弘前発  11時27分 奥羽本線 
追分着  13時40分      
追分発  14時06分 男鹿線  
男鹿着  14時45分      
男鹿発  15時17分 男鹿線  
秋田着  16時12分      
秋田発  16時38分 羽越本線 
酒田着  18時43分      
酒田発  18時57分 陸羽西線 
新庄着  20時07分      
新庄発  20時48分 奥羽本線 
山形着  21時54分      
山形発  22時38分 左沢線  
左沢着  23時18分      
左沢で宿泊
(完全乗車路線)
1、男鹿線
2、陸羽西線
3、左沢線

第9日目(左沢→東京)
左沢線→奥羽本線→米坂線→羽越本線→白新線→信越本線→上越線→高崎線
左沢発  05時52分 左沢線  
山形着  06時36分      
山形発  07時10分 奥羽本線 
米沢着  07時57分      
米沢発  10時25分 米坂線  
坂町着  12時25分      
坂町発  12時35分 羽越本線 ※新発田→新潟間は白新線
新潟着  13時35分     
新潟発  14時00分 信越本線 
長岡着  14時55分      
長岡発  16時32分 上越線  
水上着  18時33分      
水上発  18時37分 上越線  
高崎着  19時39分      
高崎発  19時56分 高崎線  
上野着  21時45分      
(完全乗車路線)
1、米坂線
2、白新線
3、上越線
4、高崎線

◇◇◇

 このような9日間の「東北全線完乗」の鈍行乗り継ぎプランを作り上げたときには、すでにうっすらと夜が明けかかっていた。朝湯に入り、湯から上がると、「青春18きっぷ2010」の達成と新たな旅のプラン作りの完成を祝って、朝ビールで「乾杯!」。
 いやー、腹にしみた。
 そのあと最高の気分で朝寝をするのだった。(了)

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高崎線の上野行に乗車

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熊谷駅の新幹線口

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長野新幹線の「あさま550号」に乗車

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大宮駅に到着

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大宮駅の埼京線ホーム

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埼京線の新木場行に乗車

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新宿駅に到着

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新宿駅南口の改札口


管理人たまらず:
最後は缶ビールの絵とかで終わりたかったなぁ。
ま、新宿駅改札も日常に戻ってきた象徴ということで、いいか。
ともあれ、6日間にわたる(当ブログ初の)オリジナル企画、大変お疲れ様でした!

テーマ : 鉄道の旅
ジャンル : 旅行

「青春18きっぷ2010」(51)

第6日目(新潟→東京・その9)

 水戸駅では待ち時間が20分あったので、改札口を出て最初は南口、次に北口の駅前広場まで行く。メインは北口だ。

 水戸駅前の夕暮れの風景を眺め、水戸駅に戻ると、17時00分発の水戸線の小山行に乗車。4両編成の電車で座席はロングシート。茨城県の水戸からは、水戸線→両毛線で北関東をぐるりとまわり、群馬県の高崎まで行くのだ。このルートに沿って国道50号が走っている。

 水戸を出ると赤塚、内原と停まり、次の友部で常磐線と分れる。
「日本三大稲荷」の笠間稲荷のある笠間駅、真岡鉄道と関東鉄道の分岐する下館駅、名産の結城紬で知られる結城駅を通り、18時25分、終点の小山に到着。水戸線は終点の小山駅は栃木県になるが、それ以外は全部の駅が茨城県内になる。水戸線イコール茨城線といってもいいほどだ。

 東北本線、東北新幹線と交差する小山駅では、18時34分発の両毛線の高崎行に乗る。5両編成の電車でやはり座席はロングシートだ。

 両毛線の「両毛」には心ひかれるものがある。
 古代「毛野(けぬ)国」が、今の群馬県に相当する上野(こうづけ)国と、今の栃木県に相当する下野(しもつけ)国に分かれたが、その2つの「毛」の国を結ぶので両毛線。「上野」の古称は「上毛野(かみつけぬ)」で、「下野」のは古称は「下毛野(しもつけぬ」だった。

 旧国は日本をおもしろく旅するキーワードだと僕は思っている。それがこうして鉄道名に残っているのが興味深いし、うれしいことだ。

「青森→水戸」間で乗った奥羽本線、羽越本線、磐越西線、磐越東線、常磐線の5路線は、すべて旧国の国名にちなんだもの。

 奥羽本線の奥羽はまさに東北そのもので、陸奥・出羽2国の「奥羽」からきている。
 羽越本線は出羽と越後を結ぶ路線で、出羽・越後2国の「羽越」からきている。
 磐越西線・東線も同様で、磐城・越後2国の「磐越」からきている。

 東北は明治以前は陸奥と出羽の2国だったが、明治元年に陸奥を5分割して磐城、岩代、陸前、陸中、陸奥の5国が誕生した。同じく出羽も羽前、羽後の2国に分割された。

 常磐線は常陸と磐城を結ぶ路線で、常陸・磐城2国の「常磐」からきている。
 両毛線の高崎行は栃木、佐野、足利と通り、栃木県から群馬県に入っていく。小俣駅までが栃木県で、ここまでが「下野国」になる。群馬県側の最初の駅が桐生駅になる。

 ところでこの「両毛」の境は、ほんとうにわかりにくい。普通、国境というと峠だったり、川だったりしてわかりやすいところが多いのだが、ここは別だ。それだけ両毛が近いということなのだろう。

 その結果、足利と桐生は混同されやすい。
「どっちが栃木県で、どっちが群馬県だっけ…」
 と、ぼくなどはしょっちゅう間違えてしまう。
 両毛線のすぐ近くを走る国道50号をバイクで何度となく走っているのに…。

 高崎行の電車は桐生を出ると、岩宿、国定、伊勢崎、駒形に停車し、県都前橋に到着。前橋駅というのは両毛線の駅なのだ。前橋の次の新前橋駅で上越線に合流し、20時29分、終点の高崎駅に到着。これで水戸線、両毛線、2路線の全線完乗だ。

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常磐線の水戸駅に到着

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夕暮れの水戸駅

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水戸駅の改札口

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水戸駅前(南口)

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水戸駅の連絡通路

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水戸駅前(北口)

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水戸駅の駅前広場

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水戸線の小山行に乗車

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小山駅は水戸線の終点

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夜の小山駅

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小山駅前

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小山駅の改札口

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両毛線のホームへ

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両毛線の高崎行に乗車

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高崎に到着

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ジャンル : 旅行

「青春18きっぷ2010」(50)

第6日目(新潟→東京・その8)

 いわき駅に戻り、改札口を通り抜けると2番線のホームへ。反対側の1番線には上野行の特急「スーパーひたち46号」が停車している。常磐線の上野行特急のほぼ2本に1本はいわき始発だ。

 15時12分発の常磐線普通の水戸行に乗車。10両編成の電車でロングシート。車内にはトイレもある。

 いわきを発車すると内郷、湯本、泉、植田と停まり、15時36分、勿来に到着。ここまでがいわき市になる。勿来は東北最後の駅だ。

 勿来といえば、鼠ヶ関、白河関と並ぶ古代「奥羽三関」の勿来関で知られている。

 勿来関址は海岸に近い丘陵地帯にある。そこには騎馬姿の源義家(1039年~1106年)の像が建っている。「八幡太郎」で知られる義家は、源氏の総大将として後三年の役(1083年)を平定し、東国の武将たちの厚い信望を集めた。

 源義家が後三年の役の平定を目指し、勿来関を通ったときは、山桜の花の盛りだった。風に舞う花びらが道に散り、あまりの美しさに義家は駒を停め、

 吹く風を なこその関と おもえとも
 道もせに散る やま桜かな

 の歌を詠んだ。

 勿来関址の小道には芭蕉の句碑もある。
 そのほか小野小町や和泉式部の歌碑もある。

 勿来関址から海水浴場の勿来海岸に下り、国道6号をわずかに南に行ったところが勿来漁港だ。目の前には鵜ノ子岬の岩壁が海に落ちている。その岬の岩壁の裏側は、冬のアンコウ漁で知られる関東側の平潟漁港だ。

 平潟漁港の近くには五浦温泉「天心の湯」(入浴料800円)がある。ここでは10月から3月まで「あんこう鍋」が食べられる。

 時間があれば勿来駅で下車し、勿来関址→鵜ノ子岬→平潟漁港→天心の湯と、関東側の大津港駅までを歩いてみたらいい。

 ということで、ここでは2009年の「東北一周」で立ち寄った勿来の写真をのせておこう。

 常磐線の水戸行の電車は勿来駅を出ると関東に入り、大津港駅に停車。関東側に入ると乗客が増え、高萩駅では満員状態。日立駅でかなりの人が降り、同時にかなりの人が乗った。終点の水戸到着は16時40分だ。

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いわき駅の改札口

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停車中の「スーパーひたち46号」

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いわき駅の2番線ホーム

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常磐線の水戸行に乗車

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泉駅

◇◇◇
(※以下5点の写真は2009年7月の撮影)
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勿来駅

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勿来関址の源義家像

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源義家の絵

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源義家の歌碑

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東北と関東を分ける鵜ノ子岬
(※以上)
◇◇◇

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水戸行の電車は東北から関東に入る

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水戸駅に到着

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「青春18きっぷ2010」(49)

第7日目(新潟→東京・その7)

 磐越東線の小野新町駅に戻り、14時09分発のいわき行に乗った。3両編成のディーゼルカー。列車は夏井、川前と通り、夏井川渓谷に入っていく。

 ここでは阿武隈山地屈指の渓谷美が見られる。急流や滝、淵が連続する変化に富んだ景観。全国的に知られた紅葉の名所で、その季節になると列車は徐行運転するという。

 川前駅の次の江田駅(無人駅)が夏井川渓谷の探訪の拠点。駅前の磐城街道の県道41号を川前駅の方向に歩いていけば、「籠場の滝」が見られる。その先には「いわや旅館」があるが、ここでは食事のみも可。名物の鯉料理やイワナ料理が食べられる。

 江田駅からのもうひとつのオススメコースは「背戸峨廊」だ。夏井川渓谷の支谷で岸壁がそそり立ち、奇岩が林立し、滝が連続する。遊歩道があって徒歩2時間半ほどのコースになっている。

 列車は夏井川渓谷を抜け出ると小川郷、赤井と停まり、14時52分、終点のいわき駅に到着。これで磐越西線・磐越東線の全線を完乗し、「新潟→いわき」の本州横断を達成した。日本海から太平洋へ、太平洋から日本海へという「本州横断」ルートは「新潟→いわき」に限らず、どこもいい。

 いわき駅では乗り継ぎ時間が20分ほどあるので、改札口を出、駅前を急ぎ足でぐるりとまわった。

 いわき駅はいわき市の中心的な駅。もともとは「平駅」だったが、それが平成6年(1994年)に今の「いわき駅」に変わった。駅名が変わった当時、常磐線の「いわき行」の列車を見るたびに、もしくは乗るたびに違和感をおぼえたものだが、十数年もたつとさすがに慣れたようだ。

 いわき市が誕生したのはそれよもはるか以前の昭和41年(1966年)のことだ。

 平、磐城、勿来、常磐、内郷の5市と四倉、小川、遠野、久之浜の4町、川前、三和、好間、田人、大久保の5村が合併し、日本最大の市域を持ついわき市が誕生した。日本一広い市域は、静岡と清水の合併でできた静岡市に抜かれるまでつづいた。いわき市の誕生は平成の大合併のさきがけとなるものだった。

 日本でも一、二の広さの「いわき市」だけあって、ここはすごい所なのである。
 何がすごいかというと、いわき市は知られざる温泉の密集地。共同浴場の「さはこの湯」のある「いわき湯本温泉」のほかにも、市内の各地に温泉が何湯もある。

「温泉めぐり日本一周」(2006年~2007年)では、1年間で3063湯(これはギネスの世界記録になっている)の温泉(温泉地)に入ったが、いわき市では勿来温泉を皮切りに白米温泉、川部温泉、下川温泉、カンチ山温泉、原木田温泉…と、全部で19湯の温泉に入った。

 それとこれもあまり知られていないことだが、いわき市は大変な「林道天国」なのだ。
 昨年の「林道日本一周」(2010年)では、日本中の林道を全部で313本、バイクで走った。そのうちのいわき市内の林道といえば、目兼横川林道を皮切りに横川仏具林道、弥次郎林道、藤ノ木沢林道、四時川林道…と、全部で16本の林道を走った。これはすごい数だ。

「日本一周」では必ずいわき市の海岸線を通っていくが、ここはまた岬の宝庫なのだ。
 関東と東北の境の鵜ノ子岬からはじまり、小名浜漁港を見下ろす三崎から北へ、竜ヶ崎、合磯崎、塩屋崎、富神崎…と岬が連続する。ここは「岬めぐり」には最適なエリアになっている。

 東京からいわき市というのはけっこう近い。常磐道では200キロほどでしかない。車やバイクを飛ばせば2時間ちょっと。常磐線の特急列車でも2時間20分ほどで着く。

「東北の湘南」といわれるほどで、気候は温暖。冬でもほとんど雪が降らないのでバイクでも行ける。旅の魅力満載のいわき市なのだ。

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小野新町駅に戻ってきた

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いわき行の列車がやってきた

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夏井駅

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夏井川渓谷(※参考写真)

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いわき駅に到着

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いわき駅は磐越東線の終点

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いわき駅を見下ろす

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いわき駅の駅前通り

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いわき駅前を通る国道399号

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「青春18きっぷ2010」(48)

第6日目(新潟→東京・その6)

 磐越東線の小野新町駅で下車。まずは駅前にある案内図を見てから歩き出す。駅前には「小野篁館跡」の碑が立っている。

 小野篁(たかむら)は遣隋使を務めた小野妹子の子孫で、父は小野岑守(みねもり)。そこには次のような説明が書かれている。

===
 平安初期、嵯峨帝の弘仁6年(815年)、小野岑守は陸奥守として長男の篁とともにこの地を開発し、小野六郷を定めて中央文化を導入し、産業を指導し、経済を教え、学問を広め、大いに殖産興業に努めたという。

 館は初めは矢大臣山麓にあったが、後に地の利と生活の便を考慮して、温泉の湧く谷津の地の、夏井川河畔の小高い丘に移した。その館を山麓の館に対して、平館と呼んだという。

 郷民は館のある地を「都」または「谷津の都」と呼んでいたが、都とは天皇の住む所なので、恐れ多いとの理由から「下都」と呼ばれ現在にいたっている。

 広壮な谷津の館には各郷の長者の女(むすめ)が出任していたが、その中でも最も優れた美貌の娘、愛子との間に一女子をもうけた。それが平安の美女として後世にまで名を残す、六歌仙の一人の「小野小町」であると伝えられている。

===

 小野は小野岑守・小野篁にちなんだ地名だが、平安初期という早い時代に、この地には都の風が吹き込んでいた。その後、小野篁は朝廷での任務につくため京都に旅立ったが、その善政と徳を慕う小野郷の住民は別れをおしみ、沿道には千数百人もの人たちがつめかけたという。なお小野には小野小町の母親、愛子(めずらご)をまつる神社があるという。

 小野新町の駅前からは「美人の湯」で知られる小町温泉に行く。そこには「小野小町生誕の地」碑が立っている。

「小野小町」といえば絶世の美女として知られているが、その生涯は不明なところが多く、謎に包まれている。そんな小野小町にふさわしく、各地に小町伝説が残されている。

 秋田県南部・旧雄勝町の小野も、小野小町生誕の地だといわれている。秋田新幹線の「こまち」はそれにちなんだネーミング。山形県の小野川温泉には小野小町の開湯伝説が伝わり、美人の湯で知られている。磐越西線沿いの旧高郷町(現喜多方市)には小野小町塚があるが、それは小町の墓だという。宮城県の古川にも小野小町の墓がある。秋田県の旧雄勝町も小野小町終焉の地とされている。

 あちこちで生まれ、あちこちで死んだことになっている小野小町だ。

 さー、小町温泉だ。ここには3軒の温泉宿がある。
 まずは「廣太屋」だ。だが玄関で何度、声を掛けても誰も出てこない。次に「太田屋」に行く。するとすでに廃業湯になっていた。3軒目の「金山屋」は建物が朽ちはじめていた。ということで、残念ながら小町温泉には入れなかった。

 ここから4、5キロ、山中に入ったところにある「日影乃湯」も、今は廃業湯になっているという。ここではひと晩、泊まったことがあるだけに、何とも寂しい気分になる。

 小町温泉から小野新町駅に戻り、駅前食堂の「きせいや」で昼食。「みそラーメン&ライス」を食べた。そのあと小野の中心街まで歩き、そこから小野新町駅に戻った。

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小野新町駅で下車

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小野新町行の列車は折り返しの郡山行になる

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小野新町駅の駅舎

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小野新町駅前の案内図

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「小野篁館跡」の碑

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夏井川

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磐越東線の踏切から見る小野新町駅

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小町温泉

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「小野小町生誕の地」碑

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小町温泉「廣太屋」

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駅前食堂で「福島民友」を読む

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駅前食堂で昼食

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小野の町並み

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