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伝説の「賀曽利隆オンライン」(3)

(1999年10月25日号)
「日本一周・東日本篇」を走り終え、10月20日に帰ってきました。

 日本海側の親不知に近い富山県の境温泉を夜明けに出発し、途中、長野の善光寺に参拝し、東京・日本橋に戻ってきたのは午後3時のことでした。9月1日に出発してから50日目、1万6405キロを走っての東京到着でした。といっても「日本一周」はこれで終了ではないのです。

 じつは関東篇を別にし、10月28日に再度、出発し、10日かけて関東および甲信越、東北南部をまわり、11月6日(土)の午後3時に東京・日本橋に到着し、今回の「日本一周」の全行程を終えようと思っています。

「日本一周」の間に、うれしいニュースがありました。7月に出した『世界を駆けるゾ 20代篇』(フィールド出版)がJTB紀行文学大賞奨励賞を受賞したのです。歴代の受賞者といったら宮脇俊三氏、沢木耕太郎氏、赤瀬川源平氏、辺見庸氏、根深誠氏、森本哲郎氏‥‥といった錚々たる方々なので、うれしさと同時に、さー、カソリさん、これからが大変だなと、重圧感をも感じています。

 この本を編集してくれたオフロードバイク誌『バックオフ』編集長の瀬戸雅彦さんと、さっそく編集部近くの中華料理店で祝杯をあげました。『バックオフ』編集部の高杉浩さんも同席して一緒になって喜んでくれました。

 この『世界を駆けるゾ!』ですが、12月には『30代篇』が、来春には『40代篇』が出ます。『20代篇』同様に、ぜひともお読み下さい。

 さらに10年後、20年後、30年後‥‥には、『50代篇』、『60代篇』、『70代篇』‥‥が、必ずや出ます。“生涯旅人!”のカソリ、ますます気合を入れて、「世界を駆けるゾ!」と叫ぼうと思ってます。


(1999年11月8日号)         
 11月6日、午後3時、「日本一周」のゴール、東京・日本橋に到着しましたが、大勢のみなさんに出迎えられ、感激でした。ちょっぴり気恥ずかしさもありましたが‥‥。

 滝野沢優子さんや“ちびっこ”こと青山直子さん、桜田雅幸さん、“ヤキソバン”こと鈴木稔さんら、いつものキャンプ仲間との再会はうれしいものでした。

“くまさん”こと熊本雅喜さんは野宿した笹子峠からずっと一緒に走ってくれたのですが、“くまさん”はなんと3度の日本橋の出発すべてに見送りにきてくれ、さらに「西日本篇」最後の「甲府→東京」をも一緒に走ってくれたのです。遠く兵庫県の姫路から駆けつけてきてくれた人もいました。

 NHKの「おはよう日本」のアナウンサー、野村正育さんも、お忙しい中を来てくれました。「東日本篇」のスタートの日、9月1日に福島県いわき市の勿来駅前で、NHKの取材陣と待ち合わせたのですが、そのとき野村アナウンサーにいろいろとインタビューされたのです。心の中がスーッと洗われるような、なんともさわやかな人でした。

 みなさん、ほんとうにありがとう。

 こうして「日本一周」を終えると、「ヤッタ!」という達成感もありますが、それ以上に胸の中をフーッと風が吹き抜けていくような寂しさを感じます。その寂しさを打ち破るために、また新たな旅に出ていくのかもしれません。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

伝説の「賀曽利隆オンライン」(2)

(1999年7月31日号)
 ぼくはこの30年あまり、「世界を駆けるゾ!」と口グセのようにいいつづけて、世界をバイクで走りつづけてきました。その自分の口グセのような「世界を駆けるゾ!」をタイトルにした本が出ました。
 フィールド出版刊の『世界を駆けるゾ!』です。

 ぼくのこの30年あまりの、世界6大陸を舞台にした旅の軌跡をまとめたもので、本書はその第1部の20代篇ということになります。ぜひともご一読をお願いします。

 この後、第2部の30代篇、第3部の40代篇が出る予定になっていますが、ぼくはさらにもう30年、80歳になるぐらいになるまではバイクで世界を駆けるつもりでいますので、将来、第4部の50代篇、第5部の60代篇、第6部の70代篇もぜひとも出したいと思っています。

 明日からバイクでチベットを走ってきます。そこはぼくの小さいころからの憧れの地。それが50歳を過ぎた今になって、子供時代の夢が実現しようとしています。5000m級の峠を3つも越えていくようなハードなルートですが、聖なる山、カイラスを目指して全力でチベットに立ち向かって行たいと思っています。

 チベットから帰ると、今度は「日本一周」の後半戦のはじまりです。「日本一周」の前半戦では、4月1日から2ヵ月間、2万キロを走って西日本をまわりましたが、後半戦では9月1日から10月31日までの予定で東日本をまわります。


(1999年8月28日号)
 チベットをバイクで走ってきました。
 ラサのポタラ宮前を出発し、聖山カイラスまで往復半月あまりの旅でした。それにしても、チベットはきつかった‥。しょっぱなのラサで高山病の洗礼に見舞われ、ダートに入った初日にはギャップにはまり、30mちかく吹っ飛ばされ、全身強打。標高4500m前後のチベット高原を行くので、絶えず空気の薄さには泣かされました。と、カソリ、散々に泣きの入ったチベットでした。

 第1番目のユロンラ(ユロン峠)にはじまり、全部で19峠を越えてカイラスまで行ったのですが、一番高かった峠はマユムラ(マユム峠)で標高5216m。チベット語では「ラ」が峠を意味します。

 長く厳しい行程だったので、聖山カイラス(6656m)を間近にしたときは感動のあまり、チベット人たちと一緒に息のつづくかぎり五体投地をしました。

 辛く苦しかったチベットの旅をまるで象徴するかのように、帰りがけに立ち寄ったネパールのカトマンズの日本食レストランで食べたカツ丼に当たり、日本に帰ってからは強烈な嘔吐、腹痛、下痢でフラフラ状態。なんと体重は6キロも減りました。
 初めて経験する食中毒がこんなにもきついだなんて‥。

 9月1日からは「日本一周」の東日本篇。日本のやさしい風土につつまれて、傷めた体を癒します。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

伝説の「賀曽利隆オンライン」(1)

 1999年7月から5年間つづいた、伝説の「賀曽利隆オンライン」を、復刻してみたくなりました。週に1度くらいの割合でフロント・ページに書きつづけた原稿を再現させてみようと思います。若かりし(!?)日のカソリの熱気をみなさんにお伝えしたくなったのです。

===========以下、復刻

(1999年7月13日号)
 5月31日に「日本一周」の前半戦(西日本篇)から帰ったあとも、バイクで日本各地を走りまわっています。そのため、女房には「あなたって、いつも日本一周をやっているようなものなのね」と皮肉まじりにいわれてしまいました。いやー、でもうまいことをいいますよね。実際にその通りで、ぼくはふだん、あちこちまわっているのは、「日本一周」のパート篇のようなつもりでいます。

 この梅雨空のさなか、6月24日から7月10日までの半月あまりは、中部圏、関東圏、東北圏の温泉めぐりをし、全部で100湯以上の温泉に入ってきました。ひとつショックだったのは八幡平山麓の秋田県側の2湯の温泉、赤川温泉と澄川温泉で、平成9年の大規模な土砂崩れに流されたままで、今では跡形もありません。ともに名湯だっただけに、なんとも惜しまれます。また信州の安房峠下の中ノ湯温泉は安房峠のトンネル工事のため、長い間、休業していましたが、トンネルの完成とともに新しい温泉宿が完成し、穂高連峰を一望する内風呂と露天風呂に入ってきました。

 今日これから東北の林道を走りにいってきます。8月1日からは「道祖神」のバイクツアー、「カソリと走ろうシリーズ」の第4弾目でチベットに行ってきます。ラサを出発点にし、聖山のカイラスまで中国製のバイクで走ってきます。その途中では5000m級の峠を3つ越えていくのですが、うまく走れるかどうか期待と不安の入り交じった気持ちです。

 このチベットから帰ったあと、9月1日に「日本一周」の後半戦(東日本篇)に出発します。みなさんも、この夏はおおいにバイクで走りまわって下さい。


(3冊のカソリ本の紹介)
1、『50㏄バイク日本一周2万キロ』(JTB刊)
1989年に50㏄バイクのスズキ・ハスラーTS50で「日本一周」をしたときのことを書いたもの。このときの「日本一周」では徹底的に岬にこだわって日本をまわった。

2、『50㏄バイク世界一周2万5000キロ』(JTB刊)
1989年の「日本一周」で使った50㏄バイク、スズキ・ハスラーTS50をアメリカのロサンゼルスに送り出し、アメリカ、ヨ-ロッパ、アジアと横断し、インドのカルカッタに到着するまでの「世界一周」を書いたもの。ヨーロッパでは東欧崩壊の歴史の現場を見た。

3、『バイクで駆けるインドシナ1万キロ』(JTB刊)
1992年から翌93年にかけては、誰もが成しえなかった「インドシナ一周」に挑戦。何度も国境の厚い壁にはねかえされながらも、ついに世界初の「インドシナ一周」に成功した。『バックオフ』誌で好評を博した連載を単行本化したもの。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

「鈍行乗り継ぎ湯けむり紀行」(8)

(月刊『旅』1994年9月号 所収)
 
旧宇高連絡船ルートで四国に入る
 四国ワイド周遊券(東京発2万7400円)を持っての「四国一周」だ。

 東京駅9番ホームから23時40分発の“大垣行き”に乗る。「中国一周」の、超満員の“大垣行き”とはうってかわって、梅雨に入ったばかりのこの季節。旅行者風の乗客は少なく、楽々と乗れた。乗客の大半は通勤客で、藤沢、平塚と過ぎると車内はガラガラになり、車内放送のなくなる小田原を過ぎたところで眠りについた。

 翌朝、列車が豊橋に到着したところで目がさめる。
 すでに夜が明け、うれしいことに晴れている。名古屋を過ぎ、終点の大垣到着は6時56分。すぐに網干行きに乗り換え、米原で下車。姫路行きの新快速に乗り換えるまでの40分間を利用し、トイレ、洗面をすませ、朝食の立ち喰いうどんを食べ、8時19分米原始発の新快速姫路行きに乗り込む。

 京都、大阪、神戸と通り、姫路で三原行きに乗り換え、12時25分に岡山に着いた。
 ところで今回の「四国一周」では、高松を出発点にし、終着点にするつもりなのだが、高松にはどうしても船で瀬戸内海を渡って行きたかった。
 そこで岡山からは、かつての宇高連絡船のルートをたどることにした。

 岡山駅の13番線ホーム先端にある短い12番線ホームから、12時34分発の宇野線宇野行きに乗る。“鈍行”のイメージどおりのローカル線。途中の茶屋駅で瀬戸大橋線と分かれ、13時25分に終点の宇野に着く。

 宇野駅を出ると、目の前が本四フェリーの乗り場だ。
 高松までの料金は380円。

 第八十七玉高丸に乗る。出航するとすぐに船内の食堂で讃岐うどんを食べ、甲板に上がる。胸がワクワクドキドキしてくる。瀬戸内海は海の銀座通り。東西に行き来する船の列をフェリーはたくみに横切っていく。本州の山々が遠くなるのにつれて、四国の山々が間近に迫ってくる。

 瀬戸内海の船旅を十分に楽しませてくれる高松港までの1時間だった。


城山温泉はビロードの湯
 高松駅は四国鉄道網の起点。四国の各地に出ていく列車がズラリと並んだ光景は壮観だ。そのうちの5番ホームから発車する15時03分発の観音寺行き鈍行列車に乗り、「四国一周」を開始する。

 観音寺行きは2両編成の電車。四国のJR線のうち、予讃線の高松―伊予市間と土讃線の多度津―琴平間が電化されている。

 15時23分、鴨川着。四国の温泉めぐり第1湯目の城山温泉に歩いていく。
 沿道のショウブの花が盛りで、目を楽しませてくれる。城山温泉は駅のホームから見えるが、高台にある一軒宿の温泉。駅から徒歩10分。ここには800人収容の演劇場があり、毎日、大衆演劇が上演されている。入浴料は温泉と観劇がセットになって1500円だが、すでにショーは終わり、半額の750円で入浴できた。

 無色透明の、ビロードのような感触の湯で、フワッと肌にまとわりついてくる。とってもやわらかな湯だ。
 温泉めぐりで入るこの第1湯目ほどうれしい湯はない。

 湯につかり、手足を伸ばしていると、東京から10数時間かけて四国にやってきた疲れがスーッと抜けていく。体がウソのように楽になる。重りがポロリと落ちたような軽やかさを感じる。体が軽くなると、心も軽くなる。
 鴨川駅までの帰り道は、鼻唄気分で歩いていくのだった。

 鴨川発16時11分の列車に乗り、坂出到着は16時16分。高松駅から電話を入れた今晩の宿、さぬき瀬戸大橋温泉の「瀬戸内荘」に歩いていく。坂出の中心街を通り抜け、郊外の常磐公園へ。徒歩約30分。

「瀬戸内荘」の展望風呂は、坂出の町並みを望み、気分よく入れる。湯には若干のぬめりがあり、肌がスベスベしてくる。24時間入浴可なのがありがたい。

 湯から上がると夕食。刺し身や焼き魚、てんぷら、煮物、酢の物のほかに、エビや野菜類、シイタケなどの入った讃岐うどんの鍋の出てくるところが、いかにも讃岐の温泉宿らしかった。

 夜の8時になると、宿のサービスで、マイクロバスで常磐公園の展望台まで乗せていってくれる。そこからの展望は忘れられない。

 イルミネーションに彩られた瀬戸大橋が曲線を描いて岡山側へと延びている。瀬戸大橋線の快速「マリンライナー」が、鉄橋を渡る音をともなって1本の光の帯となり、流れ星のように流れていった。


“湯の中談義”で温泉情報を得る
 翌朝は4時に起き、すぐさま朝風呂に入る。ほかに入浴客もいないので、大浴場を独り占めにし、ゆったりとした気分で湯につかる。これが24時間入れる温泉のよさというものだ。

 5時に出発。夜明けの道を歩き、坂出駅へ。5時42分発の一番列車、観音寺行きに乗る。車内では、前の晩に宿でつくってもらった朝食用のおにぎりを食べる。カン入り緑茶を飲みながら車中で食べる、このおにぎりがうまい。

 観音寺で今治行きに乗り換え、香川県から愛媛県に入り、伊予路の温泉めぐりの開始だ。四国には温泉が少ないといわれているが、“温泉不毛地帯”の山陽本線沿線とは違って、たんねんに拾っていくとけっこうな数の温泉がある。

 川之江、伊予三島、新居浜、伊予西条と通り、8時09分に石鎚山駅に着く。
 ホームに降り立つと、四国の最高峰、石鎚山(1921m)を中心とする四国山脈の山々がグッと近くに迫って見えている。このあたりは、瀬戸内海の海岸線から四国山脈の稜線まで、それほど距離がないので、立体感のある、迫力満点の山岳風景になっている。

 石鎚山駅は無人駅。駅舎を出ると、駅前を国道11号が走り、石鎚神社の大鳥居が立っている。交通量の多い国道11号を高松方向に200メートルほど歩き、右に折れた田園地帯の中に、一軒宿の温泉、湯之谷温泉がある。

 外来客の入浴は9時から22時まで。入浴料280円。かなりの人気の湯のようで、9時のオープンとともに、次々に入浴客がやってくる。湯の中では、「この一番湯に入りたくてねー」といって、車で今治からやってきたという年配の人と話した。この地方では湯之谷温泉のほかには本谷温泉と権現温泉の泉質がいいのでよく入りにいく、という。

 温泉の泉質の良さは、1度ぐらいドボンと入ったぐらいではなかなかわかるものではない。ところが通うようにしてひんぱんに入っている人たちにとっては、泉質の良し悪しがすぐに体にはねかえってくるのでじつによくわかっている。

 それだけに、このような地元の人たちとの“湯の中談義”で得られる温泉情報というのは貴重なもので、実際に自分でその温泉に入ってみたいと思わせるものがあるし、行ってみてまず外れがない。

 ということで、さっそく本谷温泉に行ってみる。
 駅から離れているので、最初の予定には入っていなかった温泉だ。

 石鎚山発9時23分の列車に乗り、伊予三芳到着は9時50分。駅から6キロの道のりを汗まみれになって本谷温泉へと歩く。一軒宿の「本谷温泉館」(入浴料300円。宿泊不可)は、建て替えられたばかりで、木の香がプンプン漂っていた。大浴場もきれいなものだ。掛け湯して汗を流し、どっぷりと大浴場の湯につかった。

 泉質自慢の本谷温泉は、道後温泉、鈍川温泉とともに、“伊予三湯”のひとつに数えられている。1300年前の開湯という歴史の古い温泉でもある。それだけ昔から知られていた温泉ということになる。

 気分よく入れる湯に満足したあと、休憩室で自販機のカップヌードルを食べ、それを昼食にし、また伊予三芳駅まで歩いていく。

“鈍行乗り継ぎ”では、“鈍行列車プラス徒歩”という旅の仕方を貫き通しているが、けっこう辛いものもあって、伊予三芳駅に着いた時には頭から水をかぶったような汗‥‥。ホームに誰もいないのを幸いに、裸になり、温泉で使ったタオルで汗まみれの体をよくふくのだった。

 伊予三芳発からは伊予北条に行き、駅から5分ほど歩き、目の前に横たわる鹿島に、渡船(260円)に乗って渡る。鹿島温泉のある島だ。したたるような緑の島で、野生のシカが生息している。一軒宿の国民宿舎「鹿島」に行く。だが、入浴は宿泊客のみ。そのかわりに、“伊予の江ノ島”といわれる風光明媚な島の小道を歩いた。今度は泊まりで来よう…。

 伊予北条発14時32分の列車で堀江へ。権現温泉は松山郊外の、この堀江駅から歩いていく。だが、ちょっと道がわかりづらい。

 そこで年配の人に道を尋ねた。
「私も権現温泉の近くまで行くので、一緒に行きましょう」
 ということになって、歩きながら、“堀江の年配の人”の話を聞いた。
「堀江駅も、すっかりさびれて…。今では無人駅になってしまいましたよ。だけど以前はにぎやかな駅でした。駅前から権現温泉に行くバスが出ていたし、タクシーの乗り場もありましたよ」

“堀江の年配の人”はほんとうに寂しそうな表情でそんな話をしてくれた。だれでもそうだが、自分の住む土地がさびれていくことほど、辛く、悲しいことはない。
「あとは、この川に沿っていけば、着きますよ。あそこはいい湯ですよ」
 と、教えられたとおりに歩き、権現温泉へ。駅から徒歩で30分ほどの距離だ。

 権現温泉では、「権現温泉センター」(入浴料310円)の湯に入る。若干、白濁した湯の色。湯にはぬめりがある。飲湯できるようになっている。無味無臭なので、抵抗感なく飲める湯だ。時間に余裕があったので、ゆっくりと湯に入り、帰り道もプラプラタラタラと歩く。川では子供たちが水遊びをしている。そんな“権現温泉の子供たち”の写真をとらせてもらったが、いわれてしまった。

「オジサン、また権現温泉に来てね。いつでも一緒に遊んであげるからね」


“鷹ノ子温泉の常連サン”
 松山到着は16時43分。『全国温泉宿泊情報』(JTB刊)を見ながら、松山市内温泉の「ビジネスホテル泰平」に電話を入れる。宿泊OK。駅構内の観光案内所で市内地図をもらい、伊予鉄の市電に乗って今晩の宿まで行く。まずは温泉だ。さっと大浴場の湯に入る。ここの湯は、奥道後温泉からの引湯だという。

 さっぱりとした気分でふたたび市電に乗り、道後温泉へ。
 有名な「道後温泉本館」(入浴料280円)に行ったが、超人気の温泉だけあって、入浴券の売り場には列ができていた。脱衣所も、浴室の中も入浴客でごったがえしていた。“立ち寄り湯”の客だけではなく、温泉宿に泊まってやって来る入浴客が多かった。

 道後温泉駅から市電に乗って、伊予鉄のターミナル駅、松山市駅へ。今度は、伊予鉄の郊外電車、横河原線に乗って鷹ノ子温泉に行く。

 鷹ノ子駅で下車し、歩いて10分ほどの「鷹の子温泉センター」(入浴料280円)の湯に入る。大浴場の湯はヌルヌルヌルヌルとぬめりが強く、肌にスーッと、薄い膜が張るような感触の湯だ。打たせ湯のついた露天風呂もある。

 おもしろかったのは、
「岩の上に登らないで下さい。もし落ちてケガをしても責任は負いません」
 と書かれた注意書。

 このような注意書があるということは、隣の女湯をついついのぞきたくなるような輩がいるということなのだろう。美人の多い松山だけに、わかるなあ…、その気持ち。ここにはスチームサウナもあって、たっぷり汗を流したところで、ドボーンと飛び込む水風呂が快感。280円の入浴料は安い。

「鷹の子温泉センター」には、屋台風の飲み屋もある。
 ホルモン焼きを肴に、湯上がりの冷たいビールを飲む。隣に座っているこの店の常連サンと飲みながら話したが、ぼくが神奈川から来たというとなつかしそうな顔をし、それだけで喜んでくれた。

“鷹ノ子温泉の常連サン”は、慶応大学を昭和30年代の前半に卒業している。
「あのころは、大学のある日吉からは富士山がよく見えたよ。溝ノ口に下宿していてね、駅の周辺にはペンペン草がはえていた。この前、東京に行ったついでにあの辺を歩いたんだけど、すっかり変わっていた。学生時代、遊びに行くといったら横浜でね、なつかしいなあ…、横浜は我が青春の地だよ」

“鷹ノ子温泉の常連サン”は大学を卒業したあと、東京の大手建設会社に就職したが、上司と大ゲンカして故郷の松山に帰ってきたという。過ぎ去った30数年という時の流れを振り返り、目尻に涙を溜め、感無量といった表情をする。

「いやー、キミはいいねー、じつにすずやかな顔をしている。関東人の典型だな」
 などとおだてられ、ついつい酒量が上がり、忘れられない鷹ノ子温泉になるのだった。


夕暮れの四万十川を眺める
 松山発5時54分の八幡浜行き一番列車に乗る。2両の気動車で、車内はガラガラ。車窓の風景をながめながら、駅近くのコンビニ店で買ったおにぎりを食べ、カン入り緑茶を飲む。JTBの大型時刻表のページをめくり、昭文社の分県地図をながめる。鈍行列車の旅のよさをしみじみと実感できる瞬間だ。

 この満ち足りた気分は、何といったらいいのだろうか…。自分だけの“動く書斎”を持ったようなもの。これが、鈍行の一番列車のよさなのだ。

 内子、伊予大洲と通り、八幡浜到着は8時00分。予讃線の終点、宇和島へ、ほんとうは8時42分八幡浜始発の鈍行で行きたかったが、その先、予土線の乗り継ぎがうまくいかないので、残念ながら8時59分発のL特急「宇和海3号」に乗った。3両編成のステンレス車両で、軽快な乗りごこちだ。

“鈍行乗り継ぎ”のなかで乗る特急列車というのは、きらめくような新鮮な感動を味わえるものだ。
 宇和島着9時34分。すぐに予土線の窪川行きのワンマンカーに乗り換える。1両の気動車だ。予讃線との分岐駅、北宇和島を過ぎると、列車はジーゼルのエンジン音を苦しげに響かせ、峠へと登っていく。

 峠の短いトンネルを抜けると、パーッと開けた盆地の風景。四万十川の支流、吉野川の水系に入ったのだ。宇和海の一番奥、宇和島湾に面した宇和島の背後、距離でいえば10キロにも満たないところが、もう、四万十川の世界なのだ。

 この鉄道の峠には名前はついていないようだが、“峠のカソリ”としては、このような峠にはぜひとも名前をつけてほしいのだ。
「ただいま列車は○○峠のトンネルを抜け出ました」
 などといったアナウンスがあれば、もっといいのだが…。

 列車は川沿いに走り、いくつもの駅に止まり、やがて峡谷に入っていく。そこが愛媛と高知の県境。いよいよ土佐路の温泉めぐりの開始だ。

 吉野川が四万十川本流に合流する江川崎で下車し、用井温泉へ。徒歩30分。一軒宿の「西土佐村・山村ヘルスセンター」に行く。だが、入浴は午後3時から……。残念。土佐路の温泉めぐりの第1湯目に入りそこねてしまった悔しさを胸にいだいて、ふたたび、予土線に乗る。

 江川崎からは四万十川の本流をさかのぼり、窪川到着は13時34分。この宇和島―窪川間の予土線は、ローカル線情緒満点で、さらに流れていく車窓の風景も美しく、十分に満足できる路線だ。

 窪川からは、土佐くろしお鉄道に乗り換え、終点の中村へ。その途中、荷稲で下車する佐賀温泉(入浴料500円)と、有井川で下車する井ノ岬温泉(入浴料600円)に立ち寄った。佐賀温泉も、井ノ岬温泉も、ともに駅から歩いて30分くらいの距離にある一軒宿の温泉。とくに井ノ岬温泉は、黒潮の洗う太平洋岸にあって、“カソリおすすめ”の温泉だ。

“四国の小京都”中村では、四万十温泉の「サンリバー四万十」に泊まった。1泊2食4800円からという料金の安さと近代的な建物、設備の“公共の宿”。大浴場の湯船で、豪華な気分でひと風呂浴びたあと、夕暮れの四万十川下流にかかる橋の上に立つ。

 中村から宿毛に通じる鉄路が建設中。
「ぜひとも、開通までこぎつけてほしい!」
 と願ってしまう。

 完成のあかつきには、高松から特急列車で宿毛まで行き、フェリーで九州の佐伯(日豊本線)に渡れるようになる。そんな新しい鉄道の旅のコースができるのだ。

 翌日は窪川まで戻り、今度は、土讃線沿線の温泉めぐりをする。
 とはいっても、駅から離れた温泉ばかりなので、セッセセッセと歩かなくてはならない。

 まずは吾桑駅で下車する桑田山温泉だ。
 雨の山道を歩く。見事な棚田。雨に濡れたアジサイの花が色鮮やかだ。40分ほど歩き、山間の一軒宿、桑田山温泉(入浴料600円)の湯に入る。湯から上がると、宿の入口で売っている5個100円の夏ミカンを買い、たてつづけに3個食べた。夏ミカンの酸っぱさが、湯上がりの体にしみ込んでいく。

“夏ミカンパワー”で、来た道を吾桑駅に戻るのだ。

 次に土佐加茂駅で下車する加茂温泉。ここは土讃線沿線では唯一の、徒歩2、3分と、駅に近い温泉なのだが、なかなかうまくいかないもので、金~月が休日。
 その日は月曜日…。
 宿のおかみさんに頼んで、カラッポの湯船にぼくが入っているところを写真にとってもらった。

 波川駅で下車する蘇鶴温泉は徒歩30分。
 一軒宿の温泉で、入浴料は400円。食堂つきの温泉宿。休憩室では、湯から上がったオバチャンたちが、ダンナの悪口や嫁の悪口、隣近所の悪口をこれでもか、これでもかといわんばかりに、大声で話している。
「もしもし、オバチャンたち、誰が聞いているか、わかりませんよ」
 と、ちょっと声をかけたくなるほどのすごさ。

 だが、これも温泉効果!?、いいたいだけのことをいうと、“蘇鶴温泉のオバチャンたち”はさっぱりした顔つきで、
「さ、お昼にしましょ!」
といって、食堂に出ていった。オバチャンたちのパワーのすごさには、ただ、ただ圧倒されてしまう。

 高知の2つ手前、円行寺口駅で下車する円行寺温泉は、一直線に背後の山並みに向かったところにある。徒歩40分の「ファミリー温泉・湯川」(入浴料600円)の大浴場の湯につかる。入浴料以上に豪華な気分を味わえる温泉だ。ここまで来てみると、高知の市街地のすぐ背後にまで、山並みが迫っているのがよくわかる。

 最後は土佐山田駅で下車する夢野温泉。片道5キロと、けっこうな距離がある。それを制限時間90分で勝負するのだ。
 ヒーヒーハーハーいって走り、30分ほどで、物部川の河畔の夢野温泉に着く。

 一軒宿の温泉(入浴料500円)。かわいらしい湯舟につかる。
 時間がギリギリなので、サッと湯から上がり、着替えて外に出た。ところが、そのわずかな間に天気が変わり、なんと、土砂降りの雨…。帰りは、ずぶ濡れになって土佐山田駅まで走り、土佐路の温泉めぐりを終えるのだった。


阿南海岸・宍喰温泉の湯
 土佐山田発16時29分の阿波池田行きに乗る。あっというまに山中に入り、トンネルが連続する。次の新改駅ではスイッチバック。峠の長いトンネルを抜け、土佐山田の2つ先、繁藤駅に下ると、そこは“四国三郎”の吉野川の水系だ。

 土佐穴内駅で吉野川の本流に出会うと列車はそのまま吉野川沿いに走り、高知・徳島の県境を越え、長い大歩危トンネルに入っていく。石鎚山の東、瓶ヶ森(1896m)を水源とする吉野川はおもしろい川で、本来ならば高知で太平洋に流れ出るのが自然なのだが、四国山脈をブチ割って徳島へと流れていく。その現場が大歩危・小歩危の峡谷ということになる。
 このような例は、日本ではほかには中国地方の江ノ川ぐらいしかない。

 17時45分、大歩危着。吉野川第一の峡谷美を眺めながら1時間ほど歩くと、今晩の宿の大歩危温泉「サンリバー大歩危」に到着。平成2年に掘り当てた新しい温泉。銘石“阿波の青石”をふんだんに使った岩風呂は、湯量が豊富で、24時間入浴可。気分よく湯に入ったあとの夕食の膳には、アユの塩焼きが出た。吉野川の、それも大歩危・小歩危周辺のアユは絶品なのだ。

 翌朝は4時に起き、たっぷり時間をかけて朝風呂につかり、5時に宿を出発する。
 今度は小歩危駅に向かって歩く。徒歩30分。
 朝霧のたちこめる吉野川を右手に見ながら歩いた。

 6時21分発の一番列車、阿波池田行きに乗る。吉野川が山地から平地に抜け出るあたりに位置する阿波池田駅への到着は6時41分。すぐに、吉野川沿いに走る徳島線に乗り換えた。

 右手に四国山脈、左手に吉野川、讃岐山脈を車窓に眺めながら徳島へ。
 徳島到着は8時59分。
「四国一周」もいよいよ大詰めだ。

 徳島から牟岐線に乗り換え、終点の海部へ。その途中、四国霊場八十八ヶ所の第23番札所、薬王寺のある日和佐駅で下車。薬王寺に参拝したあと、薬王寺温泉の一軒宿「ホテル千羽」(入浴料400円)の広々とした大浴場の湯に入る。この日和佐は海ガメのやってくる町としても知られているが、駅の改札口には「カメさん情報」のボードが掲げられ、それには「本日までの上陸頭数は16頭」と書かれてあった。

 牟岐線の終点、海部から、阿佐海岸鉄道に乗る。阿波と土佐を結ぶ鉄道だ。次の宍喰駅で降り、宍喰温泉へ。「四国一周」の最後の温泉だ。第1湯目の城山温泉から数えて第18湯目になる。

 駅から徒歩5分の「宍喰温泉保養センター」(入浴料400円)の湯に入る。灰を溶かしたような湯の色。窓越しに国定公園にもなっている阿南の海を見る。胸がジーンとしてくる。湯につかりながらいい風景を眺めるのは最高の贅沢だ。

 宍喰からさらに南へ、県境を越えて高知に入る。宍喰の次の駅が阿佐海岸鉄道の終点、甲浦。ここでは温泉のかわりに、人一人いない海岸で泳いだ。

 梅雨空の雲の切れ目からカーッと照りつける太陽が肌を焼いた。

 甲浦発16時36分の牟岐行きに乗り、牟岐で高松行きのL特急「うずしお22号」に乗り換える。徳島から高松までが高徳線。高松到着は19時44分。駅構内の店で、最後にもう一度、讃岐うどんを食べる。高松を発ってからわずか4日でしかないのに、なにか、10日も、20日も、ずっと四国をまわっていたような気がしてならない。

 カンビールを持って20時37分発の東京行き寝台特急「瀬戸」に乗り込み、「四国一周」を終えるのだった。

◇◇◇
第5章で入った温泉
1、城山温泉(香川県)
2、さぬき瀬戸大橋温泉(香川県)
3、湯之谷温泉(愛媛県)
4、本谷温泉(愛媛県)
5、権現温泉(愛媛県)
6、松山市内温泉(愛媛県)
7、道後温泉(愛媛県)
8、鷹ノ子温泉(愛媛県)
9、佐賀温泉(高知県)
10、井ノ岬温泉(高知県)
11、四万十温泉(高知県)
12、桑田山温泉(高知県)
13、蘇鶴温泉(高知県)
14、円教寺温泉(高知県)
15、夢野温泉(高知県)
16、大歩危温泉(徳島県)
17、薬王寺温泉(徳島県)
18、宍喰温泉(徳島県)

テーマ : 鉄道の旅
ジャンル : 旅行

「鈍行乗り継ぎ湯けむり紀行」(7)

(月刊『旅』1994年8月号 所収)

本州最西端の下関が出発点
 京都駅を出発し、山陰本線の鈍行列車を乗り継いで5日目の早朝、下関駅に到着。本州最西端のターミナル駅に降り立って、ぼくの胸は踊る。下関駅は大陸への夢を限りなくかきたててくれるからだ。

 ぼくは現在までに、全部で世界の123ヵ国に足を踏み入れているが、初めての異国の地は韓国の釜山で、1968年のこと。まだ、朝鮮戦争の余燼が残っているかのような、騒然とした釜山の町だった。

 その後、韓国には何度か行ったが、東京から下関まで列車で行き、下関から関釜フェリーに乗って釜山に渡るというのが決まったパターンになっていた。釜山の町は、韓国の経済成長に合わせ、行くたびに発展していた。このように下関駅というのは、ぼくにとっては大陸への玄関口なのである。

 1時間半ほどかけて、下関駅の周辺を歩く。
 駅前から東へ。唐戸方向へ数百メートル歩き、細江町の交差点まで行ってみる。角にはすっかり新しくなった下関警察署がある。旧下関駅は、このあたりにあった。現在の門司港駅を上回るような、立派な駅舎だったという。

 旧下関駅は、1942年(昭和17年)に関門海底トンネルが完成するまでは、まさに本州の終着駅であった。と同時に、駅に接続する鉄道桟橋からは、関門連絡船が関門海峡対岸の門司へ、関釜連絡船が朝鮮海峡を越えて釜山へと出ていた。
 下関は2つの海峡の町なのだ。

 下関の鉄道桟橋は、1901年(明治34年)5月の関門航路、1905年(同38年)9月の関釜航路開設に伴ってつくられたものだが、1914年(大正3年)7月には長さが562メートルの本格的な岸壁が完成した。その当時の時刻表を見ると、関門連絡船が1日26便、関釜連絡船が1日2便出ていた。

 その後、関釜航路は隆盛の一途をたどり、1936年(昭和11年)には、当時の最優秀船として海運界の注目を集めた7000トン級の金剛丸が就航し、1942年(昭和17年)には8000トン級の天山丸、さらに1943年(昭和18年)には同じく8000トン級の崑崙丸が就航した。

 この「天山」、「崑崙」の船名がいいではないか。
 中央アジアへの限りない夢をいつも胸に抱いているぼくにとって「天山」、「崑崙」は、胸にジーンと響いてくる船名なのである。

 当時、下関がいかに重要であったかは、戦前に計画された“弾丸列車計画”からも、うかがい知ることができる。

 それは、時速200キロの弾丸列車が東京―下関間を9時間で結ぶというもので、1940年(昭和15年)に着工、15年後に完成するはずであった。しかし、戦争の暗い影にはばまれ、東京―下関間の弾丸列車は幻のままで終わってしまった。

 さらに関釜航路も、太平洋戦争が激しくなるとアメリカ軍の攻撃をひんぱんに受け、旧国鉄の海の女王たちは次々に沈没したり座礁して消えていった。

 崑崙丸などは潜水艦の魚雷攻撃を受けて一瞬のうちに沈没。600人近い死者を出した(その慰霊碑が、関門海峡を見下ろす日和山公園に建っている)。
 1945年(昭和20年)8月の終戦とともに、関釜連絡船は40年の歴史にピリオドを打った。

 関門海峡を目の前にする旧鉄道桟橋跡に立つと、無性に、下関から朝鮮半島に渡りたくなる。
「釜山から列車で、朝鮮半島を北上するんだ。38度線を越え、鴨緑江を渡り、中国に入って……、そしてユーラシア大陸を横断するんだ。ゴールは、イギリスロンドンのビクトリア駅がいいな」
 などと、夢をみるのだった。


山陽本線は温泉不毛地帯
 山陽本線の“温泉はしご旅”の開始だ。
 下関駅の9番ホームから、7時44分発小郡行きの鈍行列車に乗る。新田原(日豊本線)始発の4両編成の電車。車内は通勤客でほぼ満員。さすがに山陽本線だけあって、ローカル線そのものといった山陰本線とは違う。乗客はどことなくよそよそしいし、列車のスピードもグーッと速くなる。

 ところで、鈍行列車を乗り継ぎ、温泉を“はしご湯”しながら「日本一周」をすることになったとき、『旅』編集長の秋田守さんにはすかさずいわれた。
「カソリさん、山陽本線はどうします?」

 さすが『旅』編集長、じつによくわかっていらっしゃる。
 そうなのだ、山陽本線沿線には、ほとんどといっていいくらいに温泉はない。

 そこで今回は、山陽本線をメインルートにし、臨機応変に支線に入っていくつもり。
 山陰本線沿線はまさに温泉天国だったが、山陽本線沿線になると、日本でもきわめつけの温泉不毛地帯。このように山陽と山陰は、なにかにつけて違うのである。
 小野田、宇部と通り、8時28分、厚東着。山陽本線“温泉はしご旅”の第1湯目、持世寺温泉への下車駅だ。

 この第1湯目というのは、心が騒ぐものだ。
「いったい、どんな温泉なのだろう……」
「はたして、うまく入浴させてもらえるのだろうか……」
 と、期待と不安が入り交じり心が落ち着かない。

 あいにくの天気で、雨が降っている。ホームの端に立つと、秋芳台から流れてくる厚東川の対岸に、温泉宿が見えている。ところが道は大回りしているので、歩くと30分以上もかかった。

 持世寺温泉には「上の湯」、「菊泉」と、2軒の温泉宿があるが、その手前に公衆温泉浴場(入浴料400円)もある。
 助かった!
 
 熱い湯、冷泉の、2つの湯船。第1湯目で、なおかつ、数少ない山陽本線の温泉ということもあって、いつくしむような気持ちで熱い湯、冷泉と、2つの湯船に交互に入った。こうして第1湯目に入ることができて、ほんとうにありがたいなと思うのだった。

 持世寺温泉の湯は、高濃度の放射能泉。体によく効くというので、湯治を兼ねてやってくる常連客が多い。湯船の中では、そんな常連客の1人と話したが、
「とくにこの冷泉がいいんだ。万病に効くよ」
 と、自信たっぷりの顔つきでいう。

 ぼくは温泉の、理屈や科学的根拠などでは説明できない、この体験的世界が好きなのだ。人間にとっては、自分自身の体で得た体験というものが一番。科学はしょせん、その後追いでしかない。科学が人間の体験で得た、得られたものを上回ることはありえないと断言しておこう。


歩いて、歩いて、また歩いて…
 山陽本線で厚東から小郡まで行き、山口線に乗り換え、湯田温泉へ。
 ここでは「アルカディア湯田温泉」という、温泉つき高層マンションの1階にある公衆温泉浴場(入浴料450円)の湯に入る。熱い湯で、水でザーザーうめて、やっと入れた。山口も湯田温泉があるので、温泉町の県庁所在地ということになる。

 小郡に戻ると、ふたたび山陽本線に乗る。
 徳山を通り、13時02分、戸田着。雨は音をたてて降っている。傘をさし、湯野温泉を目指して歩く。30分ほど歩くと、湯野温泉の「紅葉館」に着く。だが、入浴のみは断られた。

 さらに10分、ズブ濡れになって歩き、国民宿舎「湯野荘」へ。ありがたいことに入浴OK。入浴料は450円。国民宿舎の温泉というのは設備の整っているところが多いと前にもいったが、「湯野荘」も例外ではない。大浴場の湯に気分よくつかっていると、辛い思いがいっぺんに吹き飛んでいく。これが温泉効果というものだ。

 気持ちがいっぺんに明るくなり、また、平気で雨の中を歩いていけるだけの元気がよみがえってくるのだ。

 戸田発15時02分の列車に乗り、徳山を通り、15時36分島田着。今晩の泊まりは駅近くの三島温泉の「光楽荘」。だがその前に、三丘温泉、呼鶴温泉の、2つの温泉に行くことにした。かなりの距離があるので、気合を入れ、足早に歩く。雨が上がったのが、なによりもありがたいことだった。

 1時間半近くかかって、三丘温泉の「バーデンハウス三丘」に着く。が、なんと、入浴料は1400円…。
「仕方ないよなあ…、なにしろ、温泉不毛地帯の山陽なのだから」

 三丘温泉から、また1時間以上歩き、呼鶴温泉へ。この呼鶴温泉は、岩徳線の高水駅に近い。地元の人たちで混み合っている公衆温泉浴場(入浴料400円)の湯に入る。

 湯から出るころには、すっかり日は暮れていた。
 三島温泉の「光楽荘」に、
「すいませーん、すっかり遅くなってしまって」
 と、電話を入れ、懸命になって歩く。

「光楽荘」に着いたのは8時過ぎ。だが、おかみさんはすこしもいやな顔をしないで、夕食を用意して待ってくれていた。


穏やかな風景の毒ガスの島
 翌朝は、いつもどおりに、一番列車に乗る。島田発6時22分の広島行き。8両編成の電車だ。最初はガラガラだった車内も、柳井、岩国と通り、広島県に入るころには満員になる。中国地方第1の都市、広島の持つ吸引力の大きさを見せつけられる。

 東京への一極集中がいわれて久しいが、各地方ごとにみると、北海道は札幌に、東北は仙台に、九州は福岡に、それと同じように中国は、広島にどんどん一極集中化している。鈍行列車に乗って旅していると、そんな日本の現状がよく見える。

 さらに各県ごとにみると、県庁所在地への集中が著しい。
 東京への中央集権化と同時に、そのミニ版の各地方ごとの中央集権化がどんどん進んでいる。
 日本は地方分権化の難しい国だ…。中央集権国家としての、千何百年もの歴史の色が濃すぎるのだ。

 7時24分、大野浦着。目の前に、宮島を眺める。駅から30分ほど歩くと宮浜温泉。ここでは、国民宿舎の「宮浜グリーンロッジ」「宮浜シーサイドホテル」「宮浜グランドホテル」「旅館石亭」とまわったが、どこでも入浴のみは断られ、これが最後だと「旅館かんざき」で聞いてみた。

 するとありがたいことに、おかみさんは、
「いいですよ、どうぞ」
 と、やさしい声でいってくれる。入浴料500円。純日本風な造りの宿で、手入れのいきとどいた庭園がきれいだ。さっそく、湯に入る。なめらかな感触の湯だった。

(このような温泉宿というのは、強く心に残るもの。その半年後にバイクで山陽を旅したときには、今度は「旅館かんざき」で泊まった)。

 宮浜温泉の湯に入ったあと、大野浦発9時14分、呉線経由の三原行きに乗る。
 広島を過ぎると電車は呉線に入り、呉を通り、11時33分、忠海着。駅近くの波止場から、大久野島温泉のある芸予諸島の大久野島に船で渡る。

 わずかに15分ほどの船旅だが、瀬戸内海の風景を楽しめる。大久野島に着くと、目の前には、大三島が横たわっている。

 絵のように美しい瀬戸内海の風景とはうらはらに、大久野島は、どす黒いほどに暗い歴史を引きずっている。1900年(明治33年)に、軍港の呉を護る要塞地帯になって以来、一般人の立ち入りの許されない島になった。

 そんな大久野島に1929年(昭和4年)、日本陸軍の毒ガス製造工場が建設された。 最盛期には5000人もの工員がいたという大毒ガス製造工場となり、年間1200トンの各種毒ガスがつくられた。

 この毒ガス製造工場は、終戦の1945年(昭和20年)にアメリカ軍の手によって爆破され、徹底的に破壊された。しかし、その間に製造された膨大な量の毒ガスは、いったいどのようにして使われたのか……。日本国内で使われたとは考えられないので、当然、国外で使われたのだろう。

 日本人は戦時中に、日本がやられたことはいまだに一生懸命に訴えているが、日本人が海外でやったことに対しては無視というか、いたって冷淡だ。それではいけないことを、大久野島はぼくたちに教えてくれている。

 毒ガス資料館(無料)を見学する。
 展示されている工員たちの完全装備がものものしい。防毒マスク、防毒服、防毒靴…。このような装備をしても、毒ガスにやられた工員たちは終戦後、後遺症にさんざん悩まされたという。そのほか、陶磁製の毒ガス製造機器類や、何枚もの毒ガス製造工場の写真が興味深かった。

 そのあとで、大久野島温泉の「大久野島国民休暇村」(入浴料300円)の湯に入る。ガラス張りの大浴場の湯につかりながら、波ひとつない瀬戸内海を眺めていると、穏やかな風景と毒ガスの島という暗い過去のギャップのあまりの大きさに、驚かされてしまうのだ。
                                       

尾道の町を歩き、尾道の温泉宿に泊まる
 大久野島から三原港に高速船で渡る。芸予諸島の島々や、四国の今治への船が出ている三原港は、瀬戸内海に向かってのターミナル駅といったところだ。

 港を出ると、目の前がJRの三原駅。山陽本線の鈍行、15時19分発の岡山行きに乗る。 三原の2つ先の尾道で下車。今晩の泊まりは、尾道郊外の養老温泉だ。

 宿に向かう前に千光寺にいってみる。急な坂道を登っていくと、参道は、桜が満開。
「あー、日本の春だー!」
 と、感動してしまう。

 息を切らして千光寺まで登ると、茶屋のとろっと甘いあめ湯を飲みながら、尾道の市街地を見下ろす。さらに正岡子規や志賀直哉、林芙美子など、全部で25もの文学碑が建っている「文学のこみち」を登っていく。

 文学碑をひとつずつ見ていったが、
「あれは伊予 こちらは備後 春の風」
 という句碑が心にしみた。「物外」という地元の寺の住職の句だった。

「文学のこみち」を登りつめたところが、千光寺公園の山頂展望台。その上から、尾道をとりまく風景を眺める。まるで下から吹き上げてくるかのように、山陽本線の列車の音や国道2号の車の音、尾道水道を行き来する船の汽笛が、町のざわめきに混じって聞こえてくる。

 尾道水道の対岸には、向島がどっしりと横たわっている。さらにその向こうには、因島や大三島などの島々が見える。それらは、瀬戸内海に浮かぶ島々だと頭でわかっていても、大河をはさんだ対岸の、山岳地帯を眺めているような気がしてならなかった。
 それほど、幾重にも重なりあった山々だった。

 千光寺公園の帰路はロープウエーで下り、尾道の町をプラプラ歩きながら、養老温泉に向かう。
 山陽新幹線の新尾道駅に出る。

 そこから国道184号を歩き、ゆるやかな峠を越えた先で右に折れ、養老温泉に行く。3軒の温泉宿。そのうち、公衆温泉浴場と一緒になっている「養老温泉本館」に泊まった。

 ゆっくりと、時間をかけて湯に入る。桜の季節らしく、花見を終えてやってきた人たちもいる。ほろ酔い加減で、あそこの小学校の校庭の桜はどうだ、あそこの土手の桜はどうだと、花見の名所の品評会をやっている。

 湯につかりながら、そんな地元の人たちの話を聞いているのは、たまらなくいいものだ。
「今、自分は尾道にいる!」
 といった実感を持つことができる。

 湯から上がると、部屋の膳には夕食が用意されていた。
 タイ、ハマチ、イカの刺身とタコの酢のもの、煮貝…と、瀬戸内海の海の幸が並ぶ。そのほかに茶碗蒸しと鶏のから揚げがついている。これで「養老温泉本館」の宿泊料金(1泊2食)は6500円。うれしくなってくる。刺身を肴に、ビールをキューッと飲み干す。
「養老温泉に乾杯!」


頭をひねった岡山の温泉めぐり
 養老温泉から尾道駅まで6キロほどあるので、翌朝は4時起床。旅の毎日というのは、ほんとうに不思議なのだが、ふだんの生活だと、午前4時起きというのは、たんに苦痛でしかない。それが旅の毎日になると、ごくあたりまえにできてしまうのだ。

 4時15分に宿を出発する。夜明けの道を歩き、5時51分発の岡山行きに乗った。
 三原始発の4両編成の電車は、広島県から岡山県に入り、6時49分、倉敷に着く。

 伯備線に乗り換え、総社で下車し、総社温泉の温泉旅館「ニューきび路」(入浴料1000円)の湯に入る。大岩風呂の「吉備の湯」に足を伸ばしてつかっていると、早起きした疲れも、スーッと抜けていく。

 さっぱりした気分で、総社から吉備線に乗り、岡山に出た。
 岡山から姫路までは、何度も地図を広げ、どのようにしてまわろうか、さんざん頭を悩ませた結果、津山線、姫新線経由で行くことにした。

 岡山発8時37分の播州赤穂行きに乗り、次の高島で下車する。ここで山陽本線とはしばらくのお別れだ。
 高島駅から30分以上歩き、田園の一軒宿、湯迫温泉の「白雲閣」(入浴料600円)の湯に入る。豪華なつくりの浴室と湯船だ。

 そこから30分ほど歩き、津山線の備前原駅に出る。岡山から2つ目の無人駅。
 津山線はいっぺんにローカル線色が濃くなる。

 津山線の気動車に乗り、途中、福渡で下車。八幡温泉「みずほ荘」(入浴料1200円)の湯に入る。ここでは温泉と観劇がセットになっている。湯から上がると、舞台のチャンバラ時代劇を見るのだった。

 13時50分に美作の中心、津山に着いた。盆地の町だ。
 津山は花見客でごったがえしていた。ぼくも人の流れにのって、津山城址の桜を見にいく。さすがに西日本屈指の桜の名所といわれるだけのことはあって、城址の石垣と今を盛りに咲き誇る桜の花のとりあわせは、それは見事なものだった。        

 津山から姫新線で姫路に向かう。
 林野駅で下車し、“美作三湯”で知られる湯郷温泉で泊まることにする。

 ところが、駅前から『全国温泉宿泊情報』(JTB刊)を見ながら20軒以上の温泉宿に電話を入れたのだが、すべて満員。土曜日の午後で、なおかつ桜が満開となれば、当然のことか…。

 とにかく湯郷温泉まで行くことにする。
 30分ほど歩き、湯郷温泉に到着。温泉街を歩いていると、「湯郷サンシティ」というビジネスホテルが目に入る。聞いてみると、なんともラッキーなことに、部屋が空いていた。ビジネスホテルに泊まり、公衆温泉浴場「湯郷鷺温泉」(入浴料300円)の湯に入りにいく。人気の湯で、地元の人、旅人が合わさって、ワサワサと混んでいた。


「中国一周」の最後は有馬温泉
 翌日は中国地方一周の最終日。“青春18きっぷ”の使える最終日でもある。
 5時前に宿を出発。夜明けの道を歩き、林野発5時34分の姫路行き2両編成の気動車に乗る。車内はガラガラ。
 岡山県から兵庫県に入ったあたりから、座席はポツポツと埋まっていく。

 姫路着7時23分。
 姫路で乗り換えた山陽本線経由東海道本線の野洲行き新快速は、津山線、姫新線とローカル線の列車を乗り継いだあとだけに、目がまわるくらいの速さだ。

 8時05分、神戸着。5番ホーム中央あたりの海側には、東海道本線と山陽本線の接点を示す木標が立っている。木標の東海道本線側には“東京起点589K340M02”、山陽本線側には“神戸起点0K0M”と表示されている。

 それを見て、
「あー、とうとう、ここまで来たんだなあー」
 といった、うれしいような、寂しいような気分を味わう。
 神戸から下関までが山陽本線になる(なお下関―門司間も山陽本線)。

 中国地方一周“温泉はしご旅”の最後は、有馬温泉だ。
 神戸で降り、駅前の湊川神社に参拝し、多聞通りを新開地まで歩いていく。

 神戸電鉄(神鉄)の三田行き準急電車に乗り、有馬口駅で乗り換え、新開地駅から45分で有馬温泉駅に着く。持世寺温泉から数えて第14湯目の有馬温泉では、「有馬温泉会館」(入浴料460円)の湯に入った。

 塩分の濃い赤茶けた湯。さすがに関西の温泉の代名詞、有馬温泉だけあって混んでいた。湯から上がると、冷たいカンコーヒーを一気に飲みほした。

 ひと息ついたところで、ここまでの道のりを振り返ってみる。
 持世寺温泉から有馬温泉までの14湯中、山陽本線の駅から歩いていった温泉は8湯。だが、そのうち駅から徒歩30分以内の温泉といったら三島温泉と宮浜温泉の2湯しかない。さらにそのうち、温泉地となっているのは宮浜温泉しかない。
 山陽本線は“鈍行乗り継ぎ”で温泉めぐりをするのには、じつに大変な路線だ。

 有馬名物の“炭酸せんべい”を土産に買い、神戸電鉄で三田に出る。
 今回の「中国一周」では“青春18きっぷ”を使ったので、新開地ー有馬温泉(460円)と有馬温泉ー三田(410円)の合計870円が、途中で払った電車賃ということになる。

 三田からは、福知山線の快速で大阪に出た。
 ひとつ残念だったのは、福知山線沿線の温泉に入れなかったこと。武田尾駅のちかくには武田尾温泉があり、宝塚駅近くには宝塚温泉がある。これら温泉には、また、別な機会に入りに来よう。

 大阪からは、12時00分発の長浜行き新快速に乗る。
 東京までの長い、長い“鈍行乗り継ぎ”の旅。
 米原、豊橋、沼津で乗り換える。

 米原から東京まではずっと、中高年の登山者のグループと一緒だった。グループで“青春18きっぷ”を購入し、全員がそれをもっての旅だった。“青春18きっぷ”には、このような使われ方もあるのだ。

 21時26分に東京駅7番ホームに到着。下関から全部で25本の鈍行列車を乗り継いでの東京到着であった。

◇◇◇
今回入った温泉
1、持世寺温泉(山口県)
2、湯田温泉(山口県)
3、湯野温泉(山口県)
4、三丘温泉(山口県)
5、呼鶴温泉(山口県)
6、三島温泉(山口県)
7、宮浜温泉(広島県)
8、大久野島温泉(広島県)
9、養老温泉(広島県)
10、総社温泉(岡山県)
11、湯迫温泉(岡山県)
12、八幡温泉(岡山県)
13、湯郷温泉(岡山県)
14、有馬温泉(兵庫県)

テーマ : 鉄道の旅
ジャンル : 旅行

「鈍行乗り継ぎ湯けむり紀行」(6)

(月刊『旅』1994年7月号 所収)

超満員の“大垣行き”
 “鈍行乗り継ぎ”の定番列車“大垣行き”に乗ろうと“青春18きっぷ”を手に、午前0時30分、東海道本線の小田原駅にやってきた。30分ほど待って到着した列車を見て、

「いやー、まいったなあ……」
 と、ぼくは思わず嘆きの声を上げてしまった。なんと超満員なのだ。
 春休みの最中で、なおかつ土曜日の夜の東京発ということで、よけいに混んでいるのだろう。

“大垣行き”は、静岡を過ぎても、浜松を過ぎても超満員のままで、座席には座れない。やがて、うっすらと夜が明けてくる。豊橋、名古屋を過ぎても、まだ座れない。立ちっぱなしのままで、とうとう大垣に着いてしまった。

 これには、まいった……。
 というのは、その2週間ほど前に、伊豆半島の林道をバイクで走行中、痛恨の転倒。右肩の鎖骨を折り、右足を強打してしまった。幸いなことに右足は骨折こそしなかったが、プクーッと腫れあがり、右側に湾曲し、足をズルズル引きずらなくては歩けないような状態で、立っているのも辛かった。

 そのような満身創痍の体で小田原から大垣までの6時間あまりを立ちっぱなしだったので、大垣駅のホームに降り立ったときは頭がクラクラッとしてしまった。

 接続している大垣発7時03分の加古川行きには、うまい具合に座れた。おまけに、なんともラッキーなのだが、京都・大阪・神戸の三都めぐりをするという“女子大生3人組”と一緒の席になった。

 3人とも、まだ女子高生の面影をたっぷりと残したかわらしい女性たち。そのようなめったにないチャンスだというのに、列車が動き出すと、もう目を開けていられない。「小田原→大垣」間の疲れがドーッと噴き出し、なんと、京都に着くまでコンコンと眠りつづけた。

 カソリ、一生の不覚。
 それも、“女子大生3人組”を目の前にして、ヨダレをたらしながら眠ったのだ。
 恥ずかしい‥‥。

 京都駅で一緒に降りた“女子大生3人組”には、
「どうぞ、いい旅をつづけて下さいネ」
 と、一声かけて、ぼくは山陰本線の0番線ホームに向かう。

 これから、行きは山陰本線、帰りは山陽本線でぐるりと中国地方を一周するのだ。
「九州一周」にひきつづいての「中国一周」。「分割・日本一周」の第2弾目といったところなのである。


城崎温泉の共同浴場「地蔵湯」
 山陰本線の京都発9時38分の園部行きに乗ると、次の丹波口駅で、行き違い電車の待ち合わせになる。山陰本線は、最初から単線。このローカル線ぽくて、不便なところが、山陰本線の魅力にもなっている。

「京都→園部」間は電化区間で、嵯峨野線の愛称がついているが、園部から先はジーゼルになる。福知山で乗り換え、京都府から兵庫県に入る。

 豊岡で乗り換え、14時18分、城崎着。山陰本線の沿線では最大の温泉地、城崎温泉に行く。1400年の歴史を誇る日本でも屈指の名湯だ。駅から5分も歩けば、共同浴場の「地蔵湯」(入浴料300円)に着く。城崎温泉には全部で6つの共同浴場(入浴料はどこも300円)があるが「地蔵湯」を最初として、それら6湯を“はしご湯”してまわろうと思うのだ。

 城崎温泉では、昔から、外湯めぐりが盛んにおこなわれていた。温泉宿(内湯を持たない宿が多かったし、今でもそのような宿が何軒もある。そのため温泉街は、外湯を中心にして発展した)に泊まり、共同浴場の湯にひとつずつ入っていくのが外湯めぐりである。今でもその影響は色濃く残り、宿の浴衣を着て共同浴場にやってくる人たちの姿をよく見かける。

 これは前にもふれたことだが、ぼくは共同浴場めぐりが大好きなのだ。温泉宿に泊まっても、共同浴場のあるような温泉地だと、宿の湯に入ったあとで共同浴場の湯に入りにいく。共同浴場が何湯もあるような温泉地だと、全湯に入ってみたくなるのである。

 城崎温泉の外湯めぐりをするとはいったものの、「地蔵湯」で、かなり緊張していた。というのは、骨折から17日目で、病院の先生からは温泉に入ってもいいといった許可をもらっていないし、痛みも、まだかなりのものだ。脱衣所では、右手を使えないので、左手一本で服を脱ぎ、肩を固定している“鎖骨バンド”をおそるおそるはずした。そして浴室に入り、大浴場の湯につかる。

 衝撃的な痛み。
 ガーンと、ハンマーで頭を一撃されたようなもの。
 思わず「ギャー!」と、叫び声を上げるところだった。湯船から上がると、洗い場のかたすみで、しばらくうずくまってしまった。

 ところで、栃木県の川俣温泉では、地元の猟師さんと一緒の湯に入ったことがある。そのときの猟師さんの言葉が、今でも忘れられない。
「わしら猟師は、山で怪我をするとすぐに、温泉に入る。そうすると、傷の治りかたが全然、違うのだ」
 ぼくは実際に、そのような経験をしたことがある。

 帝釈山脈の安ヶ森林道をバイクで走行中に転倒し、膝をかなり切ったときのことである。峠を下り、湯西川温泉の共同浴場のコンコンと湧き出ている湯で傷口をよく洗い、我慢して湯につかったが、そのあとの傷の治り具合は信じられないくらいに早かった。温泉の湯を使っての応急処置がよかったのだ。

 また、那須連峰の大川林道をバイクで走行中にも、やはり転倒。歩けなくなるくらいに足を強打したが、近くの板室温泉の湯で痛めた足をさすると、なんとか歩けるようになったのだ。温泉には、このようなミラクルを実現させる速効性もある。

 それともうひとつ、甲州各地にある“信玄の隠し湯”を代表として、日本各地には、戦国の武将たちが傷ついた将兵を湯治させたという伝説の温泉がいくつもある。ぼくは“武将たちの隠し湯”にも興味をもって入っている。

 このような猟師さんの話、自分自身の体験、さらには“隠し湯伝説”あたりをよりどころとして、ちょうどいい機会だから、自分の体を実験台にして温泉の効能を確かめてやろう、骨折した右肩をはじめとして、打撲した右腰、右膝、右足を治してやろうと、今回、旅立ったのだ。

 しかし、あまりの痛みに「地蔵湯」でうずくまっていると、弱気になってしまう。
「あー、やっぱり、無理だったのかなあ……」

 嵐のような痛みが過ぎ去ると、鉛のように重い体をむりやりに引きずって、次の「柳湯」に行く。円山川の支流沿いに城崎温泉の温泉街は細長く延びているが、その中に点々と共同浴場があり、「柳湯」でも激痛に打ちのめされて湯につかった。

 ところが不思議なことに、「一の湯」「御所の湯」「まんだら湯」と共同浴場にひとつ入るごとに、ハンマーで殴られるような痛みはすこしずつ弱まり、湯の中で肩や腰、膝、足をさすれるような余裕が生まれてくる。

 最後の「鴻の湯」では、一番最初の「地蔵湯」のときとは比べものにならないくらいに痛みが薄らいでいた。


カニ、カニ、カニ!
 城崎温泉の外湯めぐりを終え、城崎駅に戻ると、駅前から香住町温泉の温泉民宿に電話をかけまくる。松葉ガニで有名な香住町温泉に今晩、泊まろうと思っているのだ。

 10軒目くらいの電話で、柴山温泉の「たかはしや」が宿泊OK!
「これからすぐに行きますから」
 といって、城崎発17時20分の鳥取行きに乗る。香住町温泉というのは山陰本線の佐津、柴山、香住、餘部の4駅周辺にある香住町内の温泉の総称で、30軒ほどの温泉民宿がある。

 城崎を出発し、次の竹野駅を過ぎると、右手の車窓には日本海の風景が開けてくる。
 列車は山陰海岸国立公園を行く。山々は断崖となって海に落ち込み、小さな入江の海の色は、あくまでも青い。このあたりは、山陰本線の一番の絶景といっていい。

 17時42分、柴山着。駅の周辺が柴山温泉で、何軒かの温泉民宿がある。夕暮れの海辺を歩き、柴山漁港まで行ってみる。この柴山漁港と隣の香住漁港、円山川河口の津居山漁港が、但馬(兵庫県北部)の松葉ガニ漁の中心になっている。漁期は11月中旬から3月末まで。今晩の宿の「たかはしや」では、松葉ガニを食べさせてもらえることになっているのだ。

「さあ、カニだ、カニだ!」
 と、喜び勇んで、温泉民宿の「たかはしや」に行く。湯から上がると、部屋の食膳には“カニスキ”が用意されている。“カニスキ”とは、カニ鍋のことである。大皿には、野菜類やしらたきなどと一緒に、松葉ガニがまるごと1匹、ドーンとのっている。大鍋では湯がグラグラ沸いている。

 山陰の松葉ガニは、越前海岸では越前ガニと名前を変えるが、ともにズワイガニのことで、冬の日本海には欠かせない味覚。その日本海の味覚の代表選手に間に合ったのだ。

 さっそくカニ三昧を開始する。びっしりと肉の入った脚をさっとゆで、三杯酢につけて食べる。次に、生で食べる。さらに、宿のおかみさんに頼んで、焼いてもらう。ゆでてもよし、生でもよし、焼いてもよしの松葉ガニだ。脚を食べ終わると、甲羅をゆでて貪るようにして食べ、最後に、鍋の中にご飯を入れてカニ雑炊にする。汁にはたっぷりとカニのうま味がしみ込んでいるので、ことのほか美味だった。


“ハワイ”温泉でトロピカル気分
 翌朝は5時59分発の一番列車で柴山を出発。兵庫県から鳥取県に入り、7時25分鳥取着。ここでは鳥取温泉の湯に入った。

 池田氏32万石の城下町の鳥取はあまり知られていないが、鹿児島同様、県庁所在地の温泉町なのである。駅の近くには、温泉にちなんだ末広温泉町や、永楽温泉町、吉方温泉町といった町名がある。そのうちの末広温泉町にある公衆温泉浴場「日乃丸温泉」(入浴料250円)に行く。駅から徒歩3分。地元の常連のみなさんたちと一緒に、朝風呂を楽しんだ。

 この朝一番で入る温泉というのは、まさに快楽の極致といったところで、最高に気持ちがいい。ここにはもう2つ、「元湯温泉」と「木島温泉」という公衆温泉浴場があるが、この時間帯からやっているのは「日乃丸温泉」だけである。

 鳥取温泉の次は、鳥取駅から4つ目の浜村駅で下車する浜村温泉。ここには2軒の共同浴場があるが、ともに午後からなので、駅から徒歩5分の温泉旅館「たばこや対翠閣」(入浴料500円)の露天風呂に入る。山陰本線の線路わきの露天風呂で、湯につかりながら、通り過ぎていく列車の音を聞く。その音が“駅前温泉”を強く感じさせた。

 浜村駅の3つ先、松崎駅で下車する東郷温泉も、浜村温泉と同じように“駅前温泉”である。この“駅前温泉”というのは“鈍行乗り継ぎ”で入る温泉としては最高。それに何よりも、“駅前温泉”という言葉の響きがいいではないか。

 ここでは温泉旅館「谷水」(入浴料500円)の大浴場“羽衣岩の湯”に入ったが、信じられないような出来事がおこった。

 時間は昼前。脱衣所の脱衣篭にはほかの人の衣服は見られなかったので、自分一人で湯を独占できるゾと、ホクホク気分でガラッと大浴場の戸を開けた。すると、なんと20代半ばぐらいの若い女性が、一人で湯に入っているではないか……。
 ここは入口こそ男女別々だが、中で一緒になる混浴の湯だった。

 彼女はびっくりしたような大きな目でぼくを見たが、湯船から上がると、ぼくなど目に入らないかのように洗い場で体を洗いはじめる。たんねんに、まるで宝石を磨き上げるかのようにして洗う。胸の小さめの女性だが、腰から下は、“カモシカのような”の形容ぴったりで、スラッとした脚がのびている。

 ぼくは息をころして、音をたてずにジッと湯につかっている。
のぼせながらも、湯の中から、チラッチラッと彼女の裸身に視線を送る。
まっ白な彼女の裸身が目の底にこびりつき、白日夢でも見ているような錯覚にとらわれるのだった。


 東郷温泉は、東郷池に面した温泉だが、対岸には羽合温泉が見える。わけない距離のように見えるので、痛む足を引きずって歩いていく。が、実際には6キロ近くもあり、1時間半かかってやっと羽合温泉にたどり着いた。

“羽合“と“ハワイ”の語呂合わせですっかり有名になった羽合温泉だが、ここには絶好の立ち寄りの湯「ハワイゆ~たうん」(入浴料300円)がある。ガラス張りの明るい大浴場の湯には、トロピカル気分でゆったりと入ることができた。羽合温泉からの帰りは、15時20分発の東郷池の渡船(1日3便。料金280円)で東郷温泉に戻った。

 東郷温泉から『全国温泉宿泊情報』(JTB刊)を見ながら、日吉津温泉の一軒宿、国民宿舎の「うなばら荘」に電話を入れる。宿泊OK! 料金が安くて、設備がよくて、料理もまあまあの国民宿舎は人気の宿だが、平日だと、このように飛び込み同然で泊まれることもある。

 松崎発15時32分の米子行きに乗り、次の倉吉駅をすぎると、左手の車窓には蒜山の山々が見えてくる。中国地方の最高峰、大山(1711m)も見えてくる。16時27分伯耆大山駅着。ホームに立って眺める“伯耆富士”の大山は、傾いた西日を浴びて、残雪が茜色に染まっている。

 駅から日本海に向かって1時間ほど歩くと日吉津温泉。夕焼けに燃える日本海の砂浜を裸足になって歩く。城崎温泉と並ぶ山陰の大温泉地、皆生温泉の高層温泉ホテル群が前方にみえる。

「さー、温泉だ!」
 と、「うなばら荘」に到着すると、さっそく日本海を一望する大浴場の湯につかる。
 塩分の濃い湯だ。湯につかりながら眺める夕焼けは心にしみた。

 夕食を終えると、夜道をプラプラ歩いて皆生温泉まで行き、「皆生温泉浴場」(入浴料250円)の湯につかる。大きな温泉浴場だが、駐車場は車で埋まり、けっこう混んでいた。皆生温泉でただ1軒の共同浴場だからであろう。


“お湯かけ地蔵”が、ぼくの松江温泉
 伯耆大山発5時47分の一番列車に間に合わせるため、翌朝は4時に起き、4時半に「うなばら荘」を出発。一番列車は大阪発出雲市行きの寝台急行「だいせん」で、倉吉―出雲市間が普通列車(快速)になるのだ。

“青春18きっぷ”で急行列車に、それも寝台急行にのることができて、何かすごく得したような気分になる。次の米子駅を過ぎると、列車は鳥取県から島根県に入った。

 松江到着は6時37分。出雲路の温泉めぐりの開始だ。
 第1湯目は松江温泉。松江駅で下車し、宍道湖の名産ヤマトシジミがたっぷりと入っている駅弁の“もぐり寿し”を食べ、松江温泉まで歩いていく。

 宍道湖から中海に流れる大橋川を松江大橋で渡ったが、橋の周辺には何隻もの船が出てヤマトシジミをとっている。まさに松江の風物詩。30分ほど歩くと、一畑電鉄のターミナル駅の松江温泉駅に着く。そこから先が松江温泉。宍道湖の湖畔に高級温泉ホテルが建ち並んでいる。

 松江温泉では1軒1軒聞いてまわったが、入浴のみはすべて断られた。
「島根社会保険センター」には入れるというので行ってみたが、10時から……。
 温泉街の一番奥に“お湯かけ地蔵”がまつられている。そこには熱い湯が湧いている。その湯で顔を洗い、湯に浸したタオルで体を拭き、ぼくにとっての松江温泉とした。

(このように入れなかった温泉というのはチクチクと心にひっかかるもので、バイクに乗れるようになるとすぐに、山陰を走った。そのときには、しっかりと松江温泉の「島根社会保険センター」の湯に入った。建物の4階にある展望大浴場で、真下に宍道湖を眺める眺望抜群の温泉だ。入浴料も300円と高くはなかった)。

 第2湯目は玉造温泉。松江駅の2つ先、玉造温泉駅で降りる。桜並木の玉湯川の土手を15分ほど歩くと温泉街に着く。開湯1300年という歴史を誇る玉造温泉だが、ここでも湯に入るのは難しい。1軒、共同浴場があるが、午後から……。何軒かの温泉旅館を聞いてまわり、やっと「新寿館」(入浴料1000円)の湯に入れた。湯から上がると、茶菓子が用意されていた。

 第3湯目は、玉造温泉駅から3つ先、荘原駅で降り、5分ほど歩いたところにある湯ノ川温泉。田園の中にある温泉だ。駅から近い順に「松園」、「はらだ荘」と温泉旅館を聞いてまわり、3軒目の「内田荘別館」(入浴料500円)のジャングル浴場に入れた。やわらかなビロードのような感触の湯で、やさしく肌にまとわりついてくる。

 湯ノ川温泉は、出雲神話の美人伝説にも登場するような歴史の古い温泉だが、和歌山県の龍神温泉、群馬県の川中温泉とともに、“日本3大美人の湯”に数えられている。龍神温泉には何度か入ったが、川中温泉はまだなので、今度、吾妻線に乗るときは、ぜひとも川中温泉の湯には入ろうと、心に決めるのだった。

 山陰本線も、出雲市駅を過ぎると、列車の本数がグッと少なくなる。出雲路の温泉めぐりを終え、同じ島根県でも出雲から石見に入り、仁万駅で下車する湯迫温泉に行く。

 駅から徒歩30分の一軒宿「湯迫温泉旅館」(入浴料250円)の湯に入る。山あいの温泉宿のこじんまりとした湯船だ。

 夕暮れが迫るころに、温泉津駅に到着。歴史の古さを感じさせる町並み。江戸時代には、石見銀山の積み出し港としてさかえた港町でもある。駅から徒歩20分の温泉津温泉へ。 昔ながらの温泉街のただなかにある「長命館」という古びた木造3階建ての宿に泊まる。外湯の共同浴場に入るというスタイルも昔ながらのもの。温泉津温泉にやって来ると、時間の流れが止まってしまったかのような心の安らぎをおぼえるのだった。


温泉でよみがえった!
 温泉津駅を5時48分に発車する一番列車に乗って浜田へ。浜田で乗り換え、さらに益田で乗り換え、島根県から山口県に向かう。

 益田始発の列車は、1両の気動車。車内はガラガラで、数人の行商のオバチャンたちが乗っているだけ。そのオバチャンたちも島根県内の駅で降り、山口県に入ったのはぼく一人だった。

 列車は日本海に沿って走る。北長門海岸国定公園の美しい海岸の風景が、右手の車窓いっぱいに広がる。山口県内の各駅では、ポツリポツリと乗る人がいて、1両の気動車はやがて満員になる。そして萩の玄関口の東萩駅で乗客はゴソッと降りた。

 長門市駅着9時49分。下関行きの、これまた1両の気動車に乗り換え、次の黄波戸で下車。長門路の温泉めぐりの開始だ。

 徒歩10分の黄波戸温泉へ。漁港前の「龍宮荘」(入浴料500円)の湯に入る。浴室のガラス越しに青海島を眺める。

 次に、黄波戸の2つ先、人丸で下車し、油谷湾温泉へ。50分ほど歩き、「ホテル揚貴館」(入浴料800円)の展望大浴場の湯に入る。油谷湾を一望できる絶景の湯だ。

 油谷湾温泉からは、30分ほど歩き、伊上駅に出た。無人駅の伊上の待合室では、オバアチャンと孫の幼稚園児のような男の子が,列車を待っていた。2人の会話がおもしろい。「オバアチャン、ぼくねー、今夜、Jリーグのテレビを見るんだ。清水エスパルスの沢登が大好きなんだ」

 オバアチャンの、清水エスパルスって何だい? 沢登って何だい? といったキョトンとした表情がなんともユーモラスだった。

 14時02分発の列車に乗る。伊上の3つ先の駅が、山陰本線の難解駅名ナンバーワンの特牛。これで“こっとい”と読む。特牛の次の滝部で下車し、滝部温泉へ。一軒宿「滝部温泉」(入浴料800円)の大浴場と露天風呂に入る。あいにくと雨が降り出す。頭の上にタオルをのせ、雨に打たれながらの露天風呂になった。

 15時58分川棚温泉駅着。春の嵐のような天気になる。傘もさせず、ずぶ濡れになって30分ほど歩き、川棚温泉に着く。

 城崎温泉から数えて17湯目の川棚温泉では、「川棚観光ホテル」に泊まった。さっそく大浴場に入ったが、湯につかりながらホッとした気分を味わった。城崎温泉では不安いっぱいだった右肩鎖骨の骨折の痛みはほとんどなくなり、右足の腫れも引いてかなりふつうに歩けるようになっていた。身をもって温泉の効能を証明したのだ。

 湯から上がると、部屋に用意された豪華な夕食を目の前にし、ビールで乾杯!
骨折後、初めて飲むビールは、腹わたにキューッとしみた。

 ビールを飲みながら、ぼくはうれしかった。自分自身との戦いに勝ったなと思った。
 体を悪くすると、どうしても気弱になってしまうが、
「こんな体では、温泉めぐりは無理だよ‥‥」
 と、山陰本線の車中では何度、旅を断念し、東京に戻ろうとしたことか‥‥。
 途中で断念しないで、ほんとうによかった。

 川棚温泉では、あらためて人間は“気”の生き物であることを強く思い知らされた。
 病気などはまさに“気の病”で、気が弱くなり、気がボロボロになったところで、病につけこまれてしまう。怪我だって、まったく同じこと。気が弱くなると、それだけ治り方が遅くなってしまう。ぼくは川棚温泉の湯につかりながら、温泉のすさまじいまでの効能を知るのと同時に、人間の“気”と“体”の関係についても考えてみるのだった。

 翌朝、川棚温泉駅5時36分発の一番列車で下関へ。山陰本線の終点、下関駅到着は6時14分。京都から677キロ、本州の最西端駅に着いたのだ。
 骨折の辛さを乗り越えての到着なだけに、下関がひときわ感動的だった。

◇◇◇
今回入った温泉
1、城崎温泉(兵庫県)
2、香住町温泉(兵庫県)
3、鳥取温泉(鳥取県)
4、浜村温泉(鳥取県)
5、東郷温泉(鳥取県)
6、羽合温泉(鳥取県)
7、日吉津温泉(鳥取県)
8、皆生温泉(鳥取県)
9、松江温泉(島根県)
10、玉造温泉(島根県)
11、湯ノ川温泉(島根県)
12、湯迫温泉(島根県)
13、温泉津温泉(島根県)
14、黄波戸温泉(山口県)
15、湯谷湾温泉(山口県)
16、滝部温泉(山口県)
17、川棚温泉(山口県)

テーマ : 鉄道の旅
ジャンル : 旅行

「鈍行乗り継ぎ湯けむり紀行」(5)

(月刊『旅』1994年6月号 所収)

“温泉都市”鹿児島
 門司港駅から日豊本線の鈍行列車に乗り継いで西鹿児島に到着すると、駅近くの「みどり旅館」に宿をとった。1泊3000円(素泊まり)という安宿だ。

 鹿児島ではまず城山に登る。鹿児島の市街地にせり出したシラス台地の先端、高さ108メートルの小山が城山だ。展望台に立つと、町の騒音が、まるで劇場の天井桟敷で聞くどよめきのように、緑濃い山肌を這い上がってくる。

 足元の、天文館、いづろ通り、朝日通りとつづく繁華街にはビルが建ち並び、その向こうの錦江湾には、桜島がどっしりと横たわっている。桜島からは、いつもどおりに、噴煙が空高く舞い上がっている。そんな城山からの展望を目の底に焼きつけたところで、鹿児島温泉の温泉めぐりを開始した。

「さー、鹿児島温泉のハシゴだ!」
 と、気合いを入れて、西鹿児島駅周辺の公衆温泉浴場めぐりを開始する。

 短時間で何湯もの温泉を“はしご湯”するときは、腹にグッと力を入れ、自分自身でほんとうにやる気にならないと、なかなかできないもの。この、気合の入れ方が足りないと、途中でいやになってしまう。

 最初は甲突川にかかる石橋の西田橋を渡ったところにある「西田温泉」。熱湯、温湯の2つの湯船につかったあと、サウナに入る。玉のような汗をドクドク流したところで、水風呂に飛び込む。このときの、心臓がキューンと縮む感じがたまらない。

 次に「霧島温泉」。
 3番目は「薬師温泉」。ここの「スーパーラジアントサウナ」はスグレもの。100度前後の高温サウナではなく、50度前後の低温サウナなのにもかかわらず、ドバドバーッと汗が吹き出してくる。高温サウナに長く入っているのには忍耐が必要だが、この低温サウナだと、忍耐はまったく必要なし。
 ここまでが鹿児島温泉の前半戦になる。

 夕食にはライスつきの鹿児島ラーメンの大盛りを食べ、後半戦では「丸善温泉」「みずほ温泉」「宝の湯温泉」「荒田温泉」「南開温泉」の5湯に入った。
 前後半戦合わせて、鹿児島温泉では8湯に入った。


九州最南端の開聞温泉
 西鹿児島駅からは、鹿児島本線で門司港駅に向かう前に、指宿枕崎線で薩摩半島の南端まで行く。一番列車の発車時刻が早いので、起床は4時30分。眠い目をこすりながら5時13分発の指宿行きに乗る。

 5両編成のジーゼルカー。列車はガラガラのまま6時22分、指宿に到着。それでも5両なのは、折り返しの列車が鹿児島への通勤・通学列車になるからだろう。

 指宿発6時35分の枕崎行きに乗り換え、山川を通り、6時51分、夜明けの日本最南端駅、西大山駅に到着。降りた乗客はぼく1人だけだ。西大山駅は田園地帯の中にポツンとある無人駅で、寂しさが漂っている。ホームの端に「北緯31度11分、日本最南端の駅」と書かれた木標が立っている。

 西大山駅を出発点にして徒歩のみで薩摩半島南端の温泉めぐりをする。
 最初は川尻温泉。西大山駅のま南にある温泉だ。畑の中の道を歩く。左手に見える大隅半島の山々から朝日が昇る。右手の開聞岳が朝日を浴びて徐々に赤く染まってくる。正面には東シナ海。目に焼きつくような夜明けの風景。薩摩富士の開聞岳は標高922メートルだが、海岸からいきなりスーッとそそり立っているので、数字以上の高さに見える。

 西大山駅から30分ほど歩くと、海辺の温泉の川尻温泉だ。
「この時間だと、まずいかな……」
 と思いつつも、一軒宿の「かいもん荘」で入浴を頼む。

 すると、フロントの若い女性は一瞬、困ったな……といった顔をしたが、ぼくの無理を聞いてくれた。入浴料は300円。ザーッ、ザーッと寄せては返す波の音を聞きながらつかる湯の気分は最高。塩分の濃い、黄土色をした湯。

 薩摩半島の最初の温泉にうまく入ることができて、意気揚々とした気分で薩摩半島最南端の長崎鼻に向かって歩いていく。天気は快晴。ほほをなでる風がやさしい。春というよりも、初夏を思わせた。

 長崎鼻への道の途中にある開聞温泉は、九州最南端の温泉。JR九州バス「開聞温泉」バス停から50メートルほど小道を入ったところに公衆温泉浴場がある。が、オープンは9時から。なんとしても九州最南端の温泉には入りたいし、かといって1時間も待てないしと困っているところに、公衆温泉浴場のオバチャンがやってきた。

 事情を話すと、
「ちょっと待っていなさいね」
 といって、すばやく男湯の掃除を終えると、湯船にドーッと湯を入れはじめる。
「さー、入りなさい」
 ありがたい。

 湯船の中で、バサバサ湯をかぶり、寝湯を楽しむ。湯は川尻温泉ほどは塩辛くない。こうして、九州最南端の湯を存分に味わった。

 この湯は、とにかく湯ざめをしないということで、湯のよさにひかれ、この地方の温泉の本場、指宿の人たちもよく入りにくるという。

 湯から出、入浴料の150円を払おうとすると、“開聞温泉のオバチャン”は、まだ湯が溜っていないから10円でいいという。10円では申し訳なさすぎるので50円玉を渡した。 お礼をいって出発しようとすると、冷たいコーヒー牛乳を飲ませてくれるし、地元で穫れたポンカンも持ってきてくれる。胸がジーンとしてしまう。

 温泉はドラマだ。温泉を切り口にして日本を歩きまわっていると、このようにいろいろな人たちに出会うことができる。温泉に入ることによって日本を知ることができるし、日本人を知ることができる。それが“温泉はしご旅”の最大の魅力なのである。

 ところで、こうして“九州本土最南端の温泉”に入ると、種子島や屋久島、トカラ列島から沖縄本島へ、さらには八重山諸島へと、さらなる南の島々にも行ってみたくなる。

 だが、そんな気持ちをグッと押さえ、
「また、次の機会だな」
 と、自分で自分にそういい聞かせるのだった。


「山川は、ウナギよ!」
 薩摩半島最南端の長崎鼻は、観光客でにぎわっていた。台湾からの観光客が多いのには驚かされた。さすがに九州、台湾が近い。

 長崎鼻からは、伏目天然砂蒸し温泉に寄って山川駅まで歩くことにする。かなりの距離になるので、早足に歩く。その途中にある浜児ヶ水温泉に立ち寄ってみる。浜児ヶ水の集落のはずれに共同浴場があるだけの温泉。だが、残念ながら入浴時間は15時30分から。湯船の湯は落としてあるので入れなかった。

 長崎鼻から1時間以上かけて歩いた山川町営の伏目天然砂蒸し温泉も、残念無念……。前日、海が大荒れに荒れ、海岸にある砂湯は波をかぶり、今日は入れないというのだ。

 冗談じゃないよ、長崎鼻から必死になって歩いてきたのに……といったぼくの不満そうな表情を見てとった職員は、特別に、ということで、同じく町営の宿泊施設「ヘルシービレッジ」の湯にタダで入れさせてくれた。チョコレート色をした塩辛い湯。それで我慢し、山川駅に向かった。

 山川駅到着は11時30分。昭和35年に枕崎線が開通するまでは、日本の最南端駅だった。

 駅近くの成川温泉の公衆温泉浴場「ますだ温泉」(入浴料200円)の湯に入る。明るく広々とした大浴場。ほかに入浴客もいないので、誰に気兼ねもなく、体を思いっきり伸ばして湯につかった。無色透明の湯だが、若干、塩味がする。湯から上がると、近くの食堂で定番メニュー、ラーメンライスの昼食にする。

 食べながら話した店のオバチャンに、
「アナタねー、山川は、ウナギよ!」
 といわれてしまった。
 鰻温泉に入らないことには、山川の温泉に入ったことにはならないというのだ。

“山川の食堂のオバチャン”の一言で、メラメラッと闘志が燃え上がり、制限時間120分で鰻温泉の往復をすることにした。といっても、往路はずっと登りがつづくのでキツイ。登山マラソンをするようなものだ。1時間かけてたどり着いた鰻温泉は、神秘的な鰻池の湖畔にある温泉。共同浴場(入浴料120円)の湯に入る。地元の人にいわせると、この湯は万病に効くとのことで、湯治に来る人が多いという。

 鰻温泉でぼくの目を引きつけたのは、民家の庭の片すみにある“スメ”。“天然蒸気カマド”といったらいいだろうか。吹き上げる蒸気を炊事に使う。サツマイモやトウモロコシを蒸したり、壺で湯をわかし、野菜をゆでたりする。見事な生活の知恵。光熱費ゼロの天然炊事道具なのである。

 鰻温泉から山川駅までの復路は下りなので楽。おまけに近道を教えてもらったので、13時59分発の列車には余裕を持って間に合った。


「西鹿児島―熊本」間の温泉めぐり
 指宿周辺の温泉はパスし、15時06分に西鹿児島に戻ってきた。
「さー、鹿児島本線だー!」
 と、15時20分発の熊本行き、3両編成の電車に乗り込む。

 鹿児島本線は、日豊本線に較べるとはるかに本数が多いので、“鈍行乗り継ぎ”での温泉のはしごはきわめてやりやすい。それと、日豊本線沿いの温泉は数が限られてしまうが、鹿児島本線沿いには点々とあるので、“温泉はしご旅”をよけいにやりやすいものにしている。

 鹿児島本線「鹿児島―熊本」間の第1湯目は、湯之元駅で下車する湯之元温泉。駅から徒歩10分ほどで温泉街。ここでは“特殊公衆温泉浴場”の看板を掲げた「だるま湯」に入った。

“特殊”なんていうからには、キレイなお姉さんが……と、一瞬そんな想像もした。

 しかし、入浴料500円でキレイなお姉さんがいるはずがないと強く打ち消し、フロントで借りたキーで、その番号の浴室に入っていく。すると、なんということはない、いくつかに仕切られた、1時間500円の貸し切り制の浴室だった。

 第2湯目は市来駅で下車する市来温泉。駅から徒歩20分、一軒宿の国民宿舎「吹上浜荘」の大浴場に入る。国民宿舎特有の設備の整った大浴場で、気分よく湯につかった。そのあとで、日本有数の砂丘がつづく吹上浜に出、夕日に染まる東シナ海を眺めた。

「あの夕日の向こうは、揚子江の河口だ」
 と思うと、胸がジーンとしてしまう。
 ぼくは、どこに行っても、さらにその向こうの世界へと、気持ちが飛んでいってしまうのだ。

 川内到着は18時02分。ここが第3湯目の川内市街地温泉。なぜ“市街地”がつくのかというと、川内駅の4つ先、西方駅から山中に入ったところに川内温泉があるからだ。

 川内駅から徒歩1分の駅前温泉ホテルの「川内ホテル」に泊まる。“鈍行乗り継ぎ”の泊まりには絶好の温泉だ。ここの公衆温泉浴場(入浴料250円。6時~23時30分。泊り客はもちろん無料)の湯に入り、ホテル直営のレストランで「さつま定食」の夕食にする。大根おろしを添えたさつま揚げと地鶏の刺身、ゴボウとコンニャクの入った牛肉の煮つけ、それと海草料理。さすがに本場のさつま揚げはひと味違う。

 これで駅前温泉「川内ホテル」の宿泊料金は5500円(1泊2食つき)。九州の温泉宿は、本州よりもかなり安くなるが、それにしても「川内ホテル」の宿泊料金は安かった。このような駅前温泉ホテルや旅館がたくさんあれば、どれだけ鈍行乗り継ぎの温泉めぐりの旅がしやすくなることか…。

 翌朝は、いつもどおりの一番列車で出発。川内発5時54分の熊本行きに乗り、阿久根で下車。駅から夜明けの道を10分ほど歩き、第4湯目の阿久根温泉では公衆温泉浴場「ふれあい温泉ぽんたん湯」に入る。営業時間は午前6時から午後10時30分までで、このような朝早くから夜遅くまでやっている公衆温泉浴場というのはありがたい。

 温泉は塩分の濃い湯。湯船には、ザボン(ブンタン)がプカプカ浮いている。そのほかにも真水を湧かした湯や露天風呂、サウナ、水風呂があって、280円の入浴料は安い。

 第5湯目は水俣駅で下車する湯ノ児温泉。ここでは勝負した。
 水俣到着は8時18分。9時57分発で水俣を発とうと思っていたので、鹿児島の鰻温泉の時と同じように走る。だが、ここもきつい。一番近い国民宿舎「水天荘」を目指したが、いったん峠に登り、そこからさらに稜線を走る。

 そのかわり、息を切らしてたどり着いた「水天荘」(入浴料300円)の大浴場はすばらしかった。展望抜群。湯につかりながら眼下に浮かぶ天草の島々を眺める。湯から上がると、すぐさま水俣駅に向かって山を駆け下り、9時57分の列車に間に合わせるのだった。

 第6湯目は湯浦駅で下車する湯浦温泉。ここは楽だ。徒歩5分と駅に近いので、町営の「温泉センター」(入浴料170円)と民営の「岩の湯」(入浴料170円)の、2つの公衆温泉浴場の湯に入った。無色透明の湯には、肌にうすい膜が張るようなぬめりがあった。

 第7湯目は日奈久駅で下車する日奈久温泉。駅から徒歩10分。鹿児島本線沿いでは最大の温泉地。ここでは、“日奈久温泉発祥の地”碑が立っている「温泉センター」(入浴料100円)に入った。湯上りに、日奈久名産のチクワを駅前の店で買い、駅の待合室でカンビールをキューッと飲みながら食べた。
「クワーッ、ウマイ!」
 と、思わずそんな言葉が出たほど。2本で140円。カソリの日奈久おすすめの味だ。

 こうして西鹿児島駅から8本の鈍行列車に乗り継ぎながら7湯の温泉に入り、熊本に着いた。水俣の湯ノ児温泉を除けば、駅で降り、温泉につかり、次の列車に乗る……と、そのくり返しができる「鹿児島―熊本」間の“温泉はしご旅”であった。


地獄温泉の混浴露天風呂
 舞台を鹿児島本線からいったん阿蘇に移す。熊本から豊肥本線に乗り換え立野へ。阿蘇の外輪山のスイッチバックで知られる立野で南阿蘇鉄道に乗り換え、阿蘇下田で下車。そこに“豪州軍団”の目木正さんと吉松久雄さんが車で迎えにきてくれていた。

“豪州軍団”というのは、1993年7月、東京・目黒の旅行社「道祖神」主催の“カソリと走ろう!”というバイクツアーで、オーストラリアの荒野を4000キロ走り抜け、大陸中央部にそびえる世界最大の一枚岩の岩山エアーズロックまで行った仲間たちなのだ。そのうちの西日本勢が、地獄温泉のキャンプ場に集まった。

 温泉旅館「清風荘」のバンガローが会場で、6畳の畳敷きになっている。メンバーはさきほどの2人のほかに、熊本市内の病院に勤務する美人看護婦の錦戸陽子さんと、鹿児島の大学生の吉川克寿さん。錦戸さんがせっせと料理の腕を振う。熊本の名物料理、団子汁もつくってくれる。ビールで乾杯。飲みながらオーストラリアの思い出話に花が咲かせた。

 さんざん飲んで騒いだあとは、全員で混浴の露天風呂「すずめの湯」に入りにいく。裸電球の灯る夜の露天風呂は風情がある。湯は粘土を溶かしたようなねずみ色をしている。入ってしまえば見えないということもあって女性の入浴客も多い。

“豪州軍団”の男どもは、錦戸さんを囲むようにして入る。彼女のすぐ隣りの特等席はカソリが独占。狭い湯船なので、時々、彼女の肌と触れてしまうが、それがたまらない。

 翌日、もう1日、阿蘇をまわるという“豪州軍団”の面々に別れを告げ、地獄温泉を歩いて下る。寂しい別れだったが、その寂しさを振り切るかのように温泉に入りまくる。

 地獄温泉からわずかに下った垂玉温泉「山口旅館」(入浴料600円)の露天風呂「滝の湯」に入る。「滝の湯」は、その名前どおりに、湯につかりながら、目の前の滝を眺められる露天風呂だ。

 垂玉温泉からは、南阿蘇鉄道の阿蘇下田城ふれあい温泉駅まで下る。そこには駅舎に温泉。阿蘇下田温泉(入浴料300円)とでもしておこう。JR北上線のほっとゆだ駅のようなもので、これからも日本各地にこのような“駅舎温泉”がどんどんできたらいいと思うし、きっと、増えていくことだろう。

 阿蘇下田駅から南阿蘇鉄道に乗る。立野方向に1駅、次の長陽で下車。国道325号を立野方向に歩き、栃木温泉の「荒牧旅館」(入浴料400円)の湯に入る。総ガラス張りの大浴場からは、阿蘇の外輪山を間近に眺める。つづいてそこから坂道を登り、栃木原温泉の「いろは館」(入浴料500円)の湯に入る。「いろは館」の湯も、「荒巻旅館」に負けず劣らずの大浴場。

 最後に長陽村営の「温泉センター・ウィナス」(入浴料400円)の湯に入った。長陽温泉とでもしておこう。大変な人気で、押すな押すなの人出。子供たちが大騒ぎをしていた。後ろ髪をひかれるような思いで阿蘇に別れを告げ、立野駅まで歩き、14時36分発の豊肥本線・熊本行き列車に乗るのだった。


さらば、温泉天国の九州よ!
 熊本到着は15時26分。すぐさま鹿児島本線に乗り換え、「熊本―博多」間の“温泉はしご旅”を開始する。
「熊本ー博多」間の第1湯目は玉名温泉。ここで1晩泊まるつもりにしていたので、16時30分に玉名駅に着くと、『全国温泉宿泊情報』(JTB刊)を見ながら宿に電話を入れる。だがどこも満員。何かの大会がこの町で開かれているようだ。さらに電話帳を見ながら全部で10軒以上の宿に電話したが、やはり満員なのだ。ガックリ……。
 宿はどうしても温泉にこだわりたかった。

 どこに泊まるか、決められないまま、とりあえず玉名温泉に入ろうと、徒歩20分ほどの市営公衆温泉浴場(入浴料200円)に行く。ところがここでとんでもないミスをやらかしてしまった。つい、うっかりと、女湯の方に入ってしまったのだ。

 夕暮れ時で、けっこうな数の入浴客。一番手前にいたのは、下着を脱ぎかけていた若い女性。彼女は大きく目を見開いた、ビックリしたような表情でぼくを見る。あやうく叫び声を上げられるところだった。あわてて戸を閉めたが、今、目の前で起きた出来事が、自分でも信じられなかった。

 いい訳をするつもりはないが、この市営公衆温泉浴場の「男湯」と「女湯」はともに黒い字で書かれ、のれんも似たようなものなのだ。おまけにぼくは宿を決められず、そのことで頭がいっぱいという事情というか背景があった。

 ところが、この“つい、うっかり”は、時間がたつにつれてうれしさに変わり、湯(彼女の下着姿ばかりが目にこびりつき、どのような湯だったのか、まったく思い出せない)から上がり、市営公衆温泉浴場から駅に向かって歩くころには、どうしても口もとがほころんでしまう。彼女の下着姿、ビックリした表情がくり返し目に浮かんでくる。

“玉名温泉の彼女”、ほんとうにゴメンナサイ!

 気持が明るくなると、いいことが起きるのは、間違いのない“人間の法則”。玉名駅に戻り、福岡県側の新船小屋温泉に電話すると「船小屋別荘」が宿泊OK。夕食も用意してくれるという。

 浮き浮きした気分で18時04分発の列車で玉名を出発し、熊本県から福岡県に入り、18時46分船小屋着。夜道を歩く。船小屋温泉を通り過ぎ、矢部川を渡り、駅から歩いて30分ほどで第2湯目、新船小屋温泉の「船小屋別荘」に到着。すぐさま湯に入る。湯から上がると夕食が用意されている。刺身、焼魚、酢のもの、鶏の唐掲げ、鍋もの……とボリュームたっぷり。ツクシの和えものが季節を感じさせてくれた。

 翌朝は、船小屋温泉に立ち寄っていくつもりなので、宿でゆっくり朝食を食べてから出発。第3湯目の船小屋温泉では「船小屋観光ホテル」(入浴料600円)のジャングル温泉に入った。亜熱帯樹がおい茂り、枝を広げている浴場だ。

 9時39分発の列車で船小屋を出発。久留米を過ぎ、筑後川の鉄橋を渡ると、背振山地の山々がはっきりと見えてくる。10時11分基山着。第4湯目の基山温泉は駅から徒歩10分。真言宗の法泉寺という寺の境内にある温泉で、公衆温泉浴場「基山ラジウム温泉」(入浴料300円)の湯に入った。このあたりには、温泉があんまりないこともあって、けっこうなにぎわいをみせていた。

 10時58分基山発の電車に乗り、11時06分、二日市着。第5湯目の二日市温泉では、道をはさんで向かい合っている2つの公衆温泉浴場、「博多湯」(入浴料100円)、「御前湯」(入浴料200円)の2湯に入った。「御前湯」は100円高い分だけ、広い湯船で、ゆったりした気分で湯につかることができた。

「御前湯」を出た時は、胸にぽっかりと穴が穴があいたような気分に襲われる。
「あー、終わってしまったなあ……」

 二日市温泉が「九州一周」の最後の温泉。「日豊本線篇」で17湯、この「鹿児島本線篇」で24湯と、合計41湯の温泉に入った。
 それぞれの温泉でのシーンを振り返りながら、「九州はたいへんな温泉天国だなあ」と思うのだ。

 博多で降りて博多ラーメンを食べたあと、門司港駅へ。九州にやって来た時とは逆に、関門連絡船で下関の唐戸に渡る。あっというまに九州の山並みは遠ざかり、海峡の向こう側になってしまう。
「さらば、九州よ!」
 おもいっきり心の中でそう叫ぶ。

 唐戸から下関駅まで歩き、16時40分下関始発の寝台特急「あさかぜ2号」で東京に戻るのだった。

◇◇◇
今回、入った温泉
1、鹿児島温泉(鹿児島県)
2、川尻温泉(鹿児島県)
3、開聞温泉(鹿児島県)
4、伏目温泉(鹿児島県)
5、成川温泉(鹿児島県)
6、鰻温泉(鹿児島県)
7、湯之本温泉(鹿児島県)
8、市来温泉(鹿児島県)
9、川内駅前温泉(鹿児島県)
10、阿久根温泉(鹿児島県)
11、湯ノ児温泉(熊本県)
12、湯浦温泉(熊本県)
13、日奈久温泉(熊本県)
14、地獄温泉(熊本県)
15、垂玉温泉(熊本県)
16、阿蘇下田温泉(熊本県)
17、栃木温泉(熊本県)
18、栃木原温泉(熊本県)
19、長陽温泉(熊本県)
20、玉名温泉(熊本県)
21、新船小屋温泉(福岡県)
22、船小屋温泉(福岡県)
23、基山温泉(福岡県)
24、二日市温泉(福岡県)

テーマ : 鉄道の旅
ジャンル : 旅行

「鈍行乗り継ぎ湯けむり紀行」(4)

(月刊『旅』1994年5月号 所収)

「分割・日本一周」の旅に出発だ!
 1994年2月5日土曜日は、記念すべき日。“鈍行乗り継ぎ”で日本中をまわりはじめる第1日目になるからだ。「ヤルゾー!」とぼくは意気込んで東京駅にやってきた。これから1年間、鈍行列車を乗り継いで日本中を駆けまわり、日本中の温泉に入りまくろうと思うのだ。

 1989年には、50ccバイクを走らせて、全行程2万キロの日本一周を成しとげた(JTB刊『50ccバイク日本一周2万キロ』をお読み下さい)。

 それに対して今回は、鈍行列車を乗り継いでの、「分割・日本一周」と、自分ではそう意味づけている。何度かに分けて、九州から北海道まで鈍行列車に乗り継ぎながら、日本を一周をしようという計画なのである。

“鈍行乗り継ぎ”の「日本一周」の第1弾として、日豊本線と鹿児島本線を乗り継いで「九州一周」をしようと、九州ワイド周遊券(東京発35500円)を持って“鈍行乗り継ぎ”の定番列車、東京発23時40分の東海道本線の大垣行きに乗った。

 大垣到着は6時56分。接続している加古川行きに乗り米原で下車。そこでトイレ、洗面、朝食をすませ、姫路行きの快速に乗り換える。京都、大阪を過ぎ、神戸からは山陽本線になるが、さらに姫路で乗り換え、三原で乗り換え、岩国で乗り換え、大垣行きから数えて6本目の列車で19時27分下関に到着した。

 本州最西端駅の下関駅から、九州鉄道網起点駅の門司港駅には、どうしても関門海峡を渡って行きたかった。そこで下関駅で降り、夜道を20分ほど歩き、唐戸から20時00分発の関門連絡船に乗った。

 関門海峡の向こうには、黒々とした九州の山々が横たわっている。その麓には、海峡を縁どって門司の町灯りが帯のように延びている。海峡を行き来する船の灯り。海峡をまたぐ関門橋のイルミネーション。時間にすればわずか5分の連絡船の旅だが、海峡の夜景を十分に楽しんだ。

 関門連絡船で門司港に着くと、旅心を刺激されるとでもいうのか、いかにも九州に上陸したという気分になってくる。

 門司港駅の駅前旅館「群芳閣」に泊まる。
 宿の前には「日本のバナナの叩き売り発祥の地」碑。それは、この地と海の向こうの世界との結びつきの強さをうかがわせるものだった。

 一晩の宿を確保すると、さっそく夜の町を歩く。宿のおかみさんが「ぜひ歩いてみたらいいわ」と教えてくれたはね橋を歩いて渡る。船溜りから海峡に通じる水路にかかるはね橋は洒落ている。恋人たちのデートスポットのようで、熱々のカップルを何組も見る。

 創業明治42年と書かれた「平民食堂」という、ちょっとうす汚れた食堂に入り、夕食にする。ビールを飲みながら“洋食”のハンバーガー定食を食べる。九州に来る前に歩いたマレーシア・ペナン島のチャイナタウンの食堂を思わせる雰囲気がそこにはあった。九州第一歩の門司港で、あらためて海の向こうの世界との結びつきを強く感じ、ぼくの夢は大陸へと飛んでいくのだった。


“別府八湯”の温泉入りまくり
 翌朝は5時起床。“鈍行乗り継ぎ”の原則のひとつは、毎朝、一番列車に乗ることである。一番列車に乗ると、1日を存分に使うことができ、すごく得した気になる。これほどいい旅の方法はないと、ぼくは自画自賛しているのだ。

 門司港駅に行く。大正3年に完成したという門司港駅の駅舎は、かつてのターミナル駅の風格を今に伝えている。それをよけいに盛り上げるかのように、駅舎内に入ると「切符賣場」とか「自動券賣機」「待合所」といったひと時代前の表示が目に入る。

 改札口を通り抜けたところに、九州鉄道網の起点を示す「0哩標」が立っている。明治24年4月1日、この門司港駅(当時の門司駅)から玉名駅(当時の高瀬駅)までの間が開通したときに、それを記念して立てられた碑だという。かつての関門連絡船の通路跡も残されている門司港駅には、九州鉄道史の歴史の重さが漂っていた。

 5時31分発大分行きの4両編成の列車に乗り込む。小倉で鹿児島本線と分岐し、日豊本線に入っていく。行橋、椎田とまだ暗い。大分県に入り、中津まで来ると、うっすらと夜が明ける。糸のように細い月が、明けゆく空に残っていた。

 宇佐、日出と通り、7時52分亀川着。別府の2つ手前の駅。ここで下車し、いよいよ温泉入りまくりの開始だ。“別府八湯”と呼ばれる別府温泉郷を総ナメにするつもりなのだ。亀川駅前に立ち、大きく深呼吸し、まずは第1湯目の亀川温泉に行く。“鈍行乗り継ぎ”で入るのには絶好の駅前温泉である。

 公民館と一緒になっている共同浴場「浜田温泉」(入浴料50円)の湯に入る。趣きのある木造の建物。浴場には、熱めの湯と温めの湯の2つの湯船。2つの湯船に交互に入り、ほかに入浴客もいないので、湯船の中ではおもいっきり体を伸ばした。“温泉天国日本”に自分が生まれた喜びを実感する瞬間だ。

 亀川温泉からは、別府湾のすぐそばまで迫る山並みに入っていき、柴石温泉、鉄輪温泉、明礬温泉へと歩いていく。“鈍行列車+徒歩”の旅の仕方も、“鈍行乗り継ぎ”の原則のひとつなのである。パン屋でパンを買って歩きながら食べ、それを朝食にする。

 亀川温泉から鉄輪温泉への道筋には、点々と“別府八大地獄”があるので、それら地獄にもひとつずつ立ち寄っていく。「竜巻地獄」、「血の池地獄」を見、柴石温泉に着く。無料の共同浴場。「クワーッ」と思わず声が出てしまうほどの熱い湯。頭の芯がジーンとしてしまう。湯の中で動けずジーッとしてしまう柴石温泉だ。

 第3湯目の鉄輪温泉の高台に立つと、別府湾を一望のもとに見下ろし、きれいな曲線を描く湾の向こうに連なる国東半島の山々を眺める。温泉街のあちらこちらからは、モウモウという感じで湯けむりが立ち昇っている。“別府八湯”のなかでは、一番、“湯の町”を感じさせる光景だ。

 ここでは無料の共同浴場「熱の湯」に入ったが、もう1湯「渋の湯」が無料。そのほか「元湯」「筋湯」など、全部で11湯もの共同浴場がある。今度、別府に来るときには、鉄輪温泉に泊まり、これら11湯の共同浴場には、ぜひとも入ろうと、そう心に決めるのだった。

“別府八大地獄”の残りの6地獄は鉄輪温泉の周辺にある。それら6地獄を「白池地獄」「金竜地獄」「鬼山地獄」「かまど地獄」「山地獄」「海地獄」という順に見ていった。

 とくにすごいのは「金竜地獄」。青っぽい透明感のあふれる熱湯が湧き出ているのだが、その湧出量は1日に90万リッターにも達し、鉄輪温泉の11の共同浴場に湯を供給しているという。とてつもない大自然のエネルギー。

「鬼山地獄」も、グラグラ煮立った熱湯が、ザボーン、ザボーンとまるで荒波が海岸に押し寄せるような音をたてて噴き出していた。“別府八大地獄”ほどすごい大自然のショーは、日本中、どこを探しても見られないし、日本どころか、世界でもほかに例を見ないほどのものである。

 鉄輪温泉からほんとうは、明礬温泉まで歩いていくつもりにしていたが、距離は3キロ、往復で6キロにもなる。で、残念ながらパス。“別府八湯”の総ナメはこの時点でなくなったが、明礬温泉はまた別な機会にしよう…と気持を切り換え、来た道を亀川駅へと早足に、いや、走るようにして駆け下っていった。

 ところで明礬温泉だが、このときに入れなかったのはけっこう悔しいことで、その後、バイクでやって来たときには、もう一度“別府八湯”めぐりをし、しっかりと明礬温泉にも入った。


別府はさすがに日本一の大温泉地帯
 亀川発12時20分の列車に乗って、12時26分別府着。別府温泉の駅前温泉旅館「清水荘」に宿をとったあと、浜脇温泉、観海寺温泉、堀田温泉という順番で“別府八湯”をめぐることにする。

 東別府駅に近い海辺の温泉、浜脇温泉では、市街地再開発ですっかり新しくなった共同浴場「浜脇温泉」(入浴料60円)の湯に入る。60円という入浴料の安さのみならず、入浴時間が午前6時30分から翌日の午前1時までと、きわめて入りやすい。新しくて、きれいで、安くて、入りやすいということで、昼下がりの時間帯だったが、入浴客がけっこう多かった。熱めの湯から上がり、別府駅に向かってプラプラ歩いていった。

 別府駅から山手に向かって30分ほど歩いた観海寺温泉では共同浴場「復興泉」(入浴料100円)の湯に入る。温めの湯で、長湯できる。ところでこの「復興泉」は下の店で入浴券を買って入るのだが、入口に「無料湯ではありません」の注意書きのあるのを見ると、入浴券を買わない入浴客が多いということなのだろう。

 観海寺温泉からさらに30分ほど歩くと堀田温泉。ここには「堀田東温泉」と「堀田西温泉」2湯の共同浴場があるが、ともに外来客の入浴は禁止されている。で、「夢幻の里」に行く。別府の市街地のにぎわいがうそのような深山幽谷の地の温泉。ここでは1000円払って1時間貸し切りの、渓流のわきにある露天風呂に入った。若いカップルが何組か来ていたが、この時ばかりはぼくも連れが欲しくなった…。

 日が暮れたころに別府温泉の「清水荘」に戻る。さっそく宿の湯に入り、さんざん歩きまわった疲れをとる。30年来の、この宿の常連だという人と一緒の湯になった。

「ここはね、源泉のまんまの湯だから、とっても体にいいんだ。水でうめてもいないし、熱を加えてもいない。この温泉で流す汗が体をきれいにしてくれる。汗と一緒に、体に溜った毒素が抜け出ていくんだ。湯につかって汗をタラタラ流したら、こうやって湯を飲むことだよ」といって、“清水荘の常連サン”はのどをゴクゴク鳴らし、ヒシャク一杯の飲湯用の湯を飲み干した。

「これがまたいいんだ! 胃腸は丈夫になるし、絶対にガンにならない」
“清水荘の常連サン”は“絶対”を強調してそういったが、温泉にはガン予防の効果もあるらしい。

「清水荘」の夕食には、1泊2食6000円という宿泊料金の安さにもかかわらず、名物料理の城下カレイの刺身が出た。フグの刺し身風に薄く切ってあるが、淡白な味わいだ。城下カレイの本場は別府の隣町の日出。別府湾に面した日出藩の暘谷城沖の海底からは、大量の真水が湧き出しているとのことだが、そこに生息するマコガレイが城下カレイと呼ばれている。この湧き水のおかげで、泥くささがまったくなく、城下カレイの大きな特徴になっている、すがすがしい味わいが生み出されている。

 名物料理つきの夕食をすませたところで、別府駅周辺の共同浴場めぐりを開始する。

 第1湯目は「清水荘」に隣り合った「駅前温泉」。入浴料100円の並湯と入浴料300円の高等湯があって、何がどう違うのか好奇心にかられ、両方とも入ってみた。すると泉質は同じなのだが、高等湯のほうにはシャワーと噴射湯がついている。なるほど高等だ。だが、毎日入りに来るような人にとっては、入浴料の200円の差は大きく、並み湯は混んでいたが、高等湯はすいていた。列車の普通車とグリーン車の違いのようなものか。

 第2湯目は「海門寺温泉」(入浴料60円)。
 第3湯目は「春日温泉」(入浴料50円)。路地に面したドアをあけるとすぐに湯船なのだが、なんと女湯のドアは半開きで、中がまる見え。一瞬、ドキッとしたが、髪を洗っている2人の若い女性の裸身をすばやく目の底に焼きつけ、そして男湯に入る。男湯と女湯の境は簡単なもの。2人の女性は仲のよい友達同士で、彼女らの楽しそうな会話や湯に入ったり出たりする音がつつ抜けで聞こえてくる。別府温泉ではわずか50円でこういういい思いができるのだ。

 第4湯目は「梅園温泉」(入浴料50円)。
 第5湯目は別府温泉でも一番由緒のある「竹瓦温泉」(入浴料60円)。共同浴場には見えない豪壮な建物。「え、ほんとうに60円で入れるのかなあ」と、一瞬、入るのに躊躇してしまったほど。「竹瓦温泉」は外観だけではなく、中身の浴室も湯船も立派なものだ。さらにここには砂湯(入浴料610円)もあるが、残念ながら、その時間は終わっていた。「竹瓦温泉」の熱めの湯にくりかえして何度か入り、ゆでダコのように火照った体で「清水荘」に戻り、最後に宿の湯に入り、別府温泉郷の温泉めぐりのしめくくりとした。

 別府温泉郷は日本一の大温泉地帯。その湧出量は、毎分9万リッター。1日の湧出量といえば、1億2960リッターにもなる。そのうちの1割以上が全く利用されていないというのだから…。湯の不足に悩む温泉地にとっては、なんともうらやましいかぎりの話。日本一の別府温泉郷なだけに、共同浴場の数だけでも175湯と桁外れに多い。とてもではないが、ここでは“全湯制覇”というわけにはいかない。だが、そうとはわかっていても、いつの日か、1日で別府温泉の共同浴場に何湯入れるか、ぜひとも挑戦してみたいと思うのだ。


吉都線の2つの駅前温泉
 別府発6時11分の南宮崎行きに乗る。ホームの自販機で買ったコーンポタージュを車内で飲み、それを朝食にする。別府の3つ先の大分駅で下車し、大分市内温泉の湯に入っていきたかったが、断念…。

 なぜかといえば、大分駅で降りてしまうと、次の宮崎まで行ける鈍行列車といえば7時間後。日豊本線の鈍行列車で大分県から宮崎県に入るのは、きわめて難しい。日豊本線は鹿児島本線に比べるとはるかにローカル線で、ちょうど、中国地方の山陽本線に対する山陰本線のようなものだ。

 宮崎到着は11時19分。ここで乗り換え、椎葺弁当を買い、11時56分発西鹿児島行きの快速「錦江5号」に乗る。

 都城到着は13時00分。都城と鹿児島県の隼人の間は、吉都線、肥薩線経由で行くことにする。この間の日豊本線沿いには、温泉がまったくないからだ。13時23分発吉都線吉松行きの2両編成の気動車に乗る。ワンマンカーで、車内は学校帰りの女子高校生たちでほぼ座席は埋まっていた。

 列車は都城盆地から小林盆地に入っていく。スーッとゆるやかな曲線を描いてそそり立つ霧島連峰の峰々を左手の車窓に見る。西小林駅を過ぎると、なだらかな登り坂。名無しの峠を越え、小林盆地から加久藤盆地に入っていく。都城盆地、小林盆地は、宮崎で日向灘に流れ出る大淀川流域の盆地だが、加久藤盆地は鹿児島の川内で東シナ海に流れ出る川内川上流域の盆地になる。このゆるやかな名無し峠が、2つの世界に分けている。

 14時53分京町温泉駅着。ここで下車。小林盆地では薄日が射していたが、加久藤盆地は雨。霧島連峰の最高峰、韓国岳(1700m)は雨雲の中だった。まずは、駅前共同浴場「栗下温泉」(入浴料260円)の湯に入る。正真正銘の駅前温泉で、駅からは徒歩0分。駅舎の真ん前にある。

 湯から上がると、雨に降られながら吉田温泉に向かって歩く。学校帰りの小学生たちが「こんにちは」「さようなら」と必ず声を掛けてくれる。前方に連なる矢立高原の山並みに向かって、片道3キロの道のりを歩き、吉田温泉の共同浴場「亀の湯温泉」(入浴料260円)の湯に入った。吉田温泉は山あいのひなびた温泉地で、ここには湯治専門の宿もある。

 吉田温泉からは同じ道を歩き、京町温泉に戻った。17時40分発の列車までは、まだ時間があったので、「鶴の湯」(入浴料260円)、「ひさご湯」(入浴料260円)の2湯の共同浴場にも入った。「鶴の湯」には、地元の各地区ごとのみなさんの入浴札がかかっていたが、それが目についた。「ひさご湯」はその名のとおり、ヒョウタン形をした、タイル張りのきれいな湯船だ。京町温泉は駅前に「真砂旅館」「えびの荘」の2軒の温泉旅館があるし、駅前共同浴場もあるので、“鈍行乗り継ぎ”の立寄りの湯にも、宿泊の湯にも絶好だ。

 京町温泉駅前から『全国温泉宿泊情報』(JTB刊)を見ながら、吉都線の終点吉松駅に近い吉松温泉の「般若寺温泉館」に電話を入れる。だが、満員だとのことで宿泊を断られた。次に、同じ吉松温泉の「鶴丸温泉」を聞いてみる。宿泊OK。一晩の宿が確保できるとホッとする。

 さて、どんな温泉宿なのかな…‥と期待をいだいて京町温泉駅で列車に乗り、県境を越えて鹿児島県に入る。次の鶴丸駅で下車し、徒歩ゼロ分の駅前温泉旅館「鶴丸温泉」に行く。公衆温泉浴場と一緒になっている。夕暮れどきで、混んでいる。大浴場を独り占めにするのもいいが、大勢の人たちと一緒に入る湯というのも、これまたいいものだ。チョコレート色をした湯の色。湯から上がっても、体はいつまでもポカポカしている。

 湯上りのビールを飲みながら、刺身、酢のもの、和えもの、煮もの、肉料理、鍋料理…と、夕食に箸をつけていく時の幸福感といったらなかった。


塩浸温泉で秘湯、大発見!
 翌朝は、鶴丸から吉松までの1駅間を歩き、吉松発5時56分喜入行きの肥薩線一番列車に乗るつもりでいた。すると宿のおかみさんは、「吉松まで歩いたら、50分はかかりますよ」といって、車で送ってくれたのだ。

「隣り町の菱刈鉱山で金が採れるようになってからというもの、鉱山の見学に来られる外国人のお客さまが、よくウチにもお泊りになるのですよ。先日はドイツからのお客さまがグループで泊まられ、吉松駅までお送りしたら、予定していた肥薩線の列車が出たあとで、みなさんを人吉までお送りしました」
 と、日独親善に大きな貢献をはたした“鶴丸温泉のおかみさん”なのだ。

 肥薩線の一番列車は吉松始発で、隼人、西鹿児島経由の喜入行き。4両の気動車はガラガラのまま発車。6時23分到着の霧島西口で下車。ここから肥薩線の終点であり日豊本線への乗り換え駅でもある隼人まで歩くのだ。地図を見ると約20キロ。歩きながら、その間にある全部の温泉に入ろうと思う。

 まだ暗い道を歩きはじめる。ニワトリが鳴きはじめる。「コケコッコー」ではなく、ケの抜けた「ココッコー」と鳴いている。30分ほど歩き牧園町の中心に出る。そこから国道223号を南下していく。

 第1湯目は平川温泉。公衆温泉浴場(入浴料100円)に行くと、湯船に湯を入れはじめたばかり。「それでもかまわなかったらどうぞ」ということで入ったのだが、これがよかった! 湯船の中で何杯も湯をかぶり、湯船の中にある程度、湯が溜まってくると寝湯をする。かぶり湯&寝湯を楽しむ平川温泉だった。

 第2湯目は塩浸温泉。ここには「坂本龍馬・お龍新婚湯治」の碑が立っている。碑いわく、日本の新婚旅行は、ここからはじまったのだという。公衆温泉浴場の「鶴の湯」(入浴料150円)に行ったら、入浴時間は10時から17時でまだ閉っていた。10時まで待てないので、諦め、国道をふたたび歩きはじめる。200メートルほど歩いただろうか、ストンと落ちた国道左側の崖の下からモウモウと湯けむりが立ち昇っている。

「おー、ナンダ、ナンダ、これは!?」
 猛烈な興味をいだいたぼくは、命がけ(ちょっとオーバーかな)で垂直の崖を下り、竹ヤブをくぐり抜け、川岸に降りる。すると、テラス状になった岩棚の割れ目から、なんと、高温の湯がとめどもなく噴き上げているではないか!! 

 感動の光景に、しばらくみとれる。噴き出した湯は、そのまま川の中に流れ落ちていく。湯が川に流れ込むあたりでちょうどいい湯温。裸になって川の湯につかり、そこをぼくの塩浸温泉とした。すぐ近くの国道沿いの食堂で朝食にしたが、食堂のオバチャンも川岸の湯のことは知らなかった。北に林田温泉や丸尾温泉などの霧島温泉郷という華々しい大温泉郷のある牧園町にとっては、このくらいの湯では、誰も見向きもしないのだろう。東京近辺でこのような湯が湧き出したら、それこそ、大変な騒ぎになるのだが…。

 第3湯目の日ノ出温泉は「きのこの里」にある一軒宿。入浴料100円を払って、草色っぽい元湯と黒っぽい新湯の、隣り合った2つの湯船に交互に入った。

 第4湯目の新川温泉では、温泉旅館「せせらぎ荘」に行ったが、玄関には“本日休業”の看板。無理を承知で、
「すいませーん、なんとか、入浴させてもらえないでしょうか」
 と頼むと、露天風呂に、それもタダで入れさせてもらった。霧島連峰の韓国岳を水源として流れてくる天降川の渓流を目の前にながめる湯。迫力満点なのだ。

 第5湯目は安楽温泉。「佐藤旅館」(入浴料200円)の湯に入る。湯量豊富。大浴場には打たせ湯、寝湯もある。平川温泉から安楽温泉までが、牧園町になる。それにしても大変な“温泉天国”の牧園町だ。

 第6湯目は妙見温泉。ここから隼人町になる。「きらく湯」(入浴料200円)に入ったが、ここも湯量の豊富な温泉で、湯がふんだんに流れ出ている。豪快な打たせ湯にも打たれた。

 第7湯目は日当山温泉。“日当山温泉700年祭”をやっているくらいだから、相当に歴史の古い温泉だ。ここでは、公衆温泉浴場「清姫温泉」(入浴料280円)の湯に入った。大勢の人たちが車でやってくる田園の中の温泉。食堂もあり、いつものラーメン・ライスとはちょっと違って、ウドン・ライスにした。

 日当山温泉を最後に隼人の町並みに入り、大隅国の一宮の鹿児島神宮に参拝し、14時40分、隼人の駅に着く。列車だと30分の「霧島西口→隼人」間を8時間以上かけて歩いた。隼人発15時11分の西鹿児島行きに乗る。左手の車窓いっぱいに広がる錦江湾と、その向こうの噴煙を上げる桜島という鹿児島ならではの風景を楽しみながら、15時49分、日豊本線の終着駅、西鹿児島駅に到着した。九州一周の前半戦を終えたのだ。

◇◇◇
第1章で入った温泉
1、亀川温泉(大分県)
2、柴石温泉(大分県)
3、鉄輪温泉(大分県)
4、浜脇温泉(大分県)
5、観海寺温泉(大分県)
6、堀田温泉(大分県)
7、別府温泉(大分県)
8、京町温泉(宮崎県)
9、吉田温泉(宮崎県)
10、吉松温泉(鹿児島県)
11、平川温泉(鹿児島県)
12、塩浸温泉(鹿児島県)
13、日之出温泉(鹿児島県)
14、山之湯温泉(鹿児島県)
15、安楽温泉(鹿児島県)
16、妙見温泉(鹿児島県)
17、日当山温泉(鹿児島県)

テーマ : 鉄道の旅
ジャンル : 旅行

賀曽利隆の温泉めぐり(2010年)

2010年に入った温泉は148湯、初めての温泉は58湯

     別府温泉(大分)2月6日・3 「駅前温泉」100円
1745、岡城温泉(大分)2月7日・1 「月のしずく」350円
     人吉温泉(熊本)2月8日・3 「堤温泉」200円
     鹿児島温泉(鹿児島)2月9日・6 「サンロイヤルホテル」宿泊
     雲見温泉(静岡)3月14日・8 露天風呂 無料
1746、月夜野温泉(群馬)3月24日・1 「三峰の湯」300円
     諏訪峡温泉(群馬)3月24日・2 「諏訪の湯」300円
     猿ヶ京温泉(群馬)3月24日・4 「いこいの湯」300円
     大塚温泉(群馬)3月24日・4 「金井旅館」300円
     金島温泉(群馬)3月24日・2 「富貴の湯」400円
1747、金沢ゆめの湯温泉(石川)3月27日・1 「金沢ゆめの湯」宿泊
1748、門前温泉(石川)3月29日・1 「じんのびの湯」500円
1749、千里浜やわらぎ温泉(石川)3月29日・1 「ウエルネスのとじ」宿泊
     大塩温泉(福島)4月20日・7 「たつみ荘」季節限定の露天風呂 無料
     玉梨温泉(福島)4月20日・2 「せせらぎ荘」250円
     新菊島温泉(福島)4月20日・2 「新菊島温泉ホテル」300円
     不動温泉(福島)4月20日・2 「弘法不動の湯」500円
1750、小出温泉(新潟)4月23日・1 「こまみの湯」600円
     蔦木温泉(長野)4月24日・2 「つたの湯」600円
1751、金沢温泉(長野)4月24日・1 「金鶏の湯」400円
1752、大菩薩の湯温泉(山梨)4月25日・1 「大菩薩の湯」600円
1753、やまと天目山温泉(山梨)4月25日・1 「やまとふれあいやすらぎの湯」800円
     玉梨温泉(福島)5月8日・3 「せせらぎ荘」250円
1754、かみきみの湯温泉(奈良)5月13日・1 「かもきみの湯」500円
1755、金剛の湯温泉(奈良)5月13日・1 「リバーサイドホテル」宿泊
1756、大塔温泉(奈良)5月14日・1 「夢の湯」600円
1757、雲之上温泉(奈良)5月14日・1 「ホテル開雲荘」600円
     野迫川温泉(奈良)5月14日・2 「ふるさと交流センター」800円
     龍神温泉(和歌山)5月14日・6 「龍神温泉元湯」700円
     川湯温泉(和歌山)5月14日・9 共同浴場 250円
1758、富里温泉(和歌山)5月14日・1 「乙女の湯」500円
     月ヶ谷温泉(徳島)5月14日・4 「月ヶ谷温泉」500円
1759、四季美谷温泉(徳島)5月14日・1 「四季美谷温泉」500円
1759、畑山温泉(高知)5月15日・1 「憩いの家」400円
     べふ峡谷温泉(高知)5月15日・5 「べふ峡温泉」宿泊
     笹温泉(高知)5月16日 廃業湯
     夢の湯温泉(高知)5月16日・3 「夢の湯温泉」750円
1760、吾北むささび温泉(高知)5月16日・1 「吾北むささび温泉」600円
1761、郷麓温泉(高知)5月16日・1 「郷麓温泉」400円
1762、松葉川温泉(高知)5月17日・1「松葉川温泉」700円
1763、用井温泉(高知)5月17日・1 「山村ヘルスセンター」350円
     千代田温泉(広島)5月18日・5 「千代田温泉」300円
     湯来温泉(広島)5月18日・4 「湯来ロッジ」宿泊
     湯の山温泉(広島)5月18日・2 「温泉館」350円
1764、内之浦温泉(鹿児島)5月20日・1 「かなえの湯」300円
1765、高山温泉(鹿児島)5月20日・1 「高山温泉ドーム」300円
1766、湯の谷温泉(鹿児島)5月20日・1 「湯の谷温泉」300円 ※大隅半島
     かごしま温泉(鹿児島)5月21日・7 「みょうばん温泉」360円
     薬師温泉(熊本)5月21日・2 「あさぎりヘルシーランド」300円
     多良木温泉(熊本)5月21日・4 「えびす温泉」300円
1767、塚原温泉(大分)5月22日・1 「塚原温泉」800円
     願成就温泉(山口)5月23日・2 「願成就温泉」500円
1768、津和野温泉(島根)5月23日・1 「なごみの里」500円
1769、匹見峡温泉(島根)5月23日・1 「やすらぎの湯」宿泊
1770、美都温泉(島根)5月24日・1 「湯元館」400円
1771、芸北温泉(広島)5月24日・1 「芸北オークガーデン」500円
1772、波佐温泉(島根)5月24日・1 「ほたる湯館」400円
1773、湯屋温泉(島根)5月24日・1 「きんたの里」600円
1774、村岡温泉(兵庫)5月25日・1 「村岡温泉」500円
1775、若桜ゆはら温泉(鳥取)5月25日・1 「ふれあいの湯」400円
1776、和田山温泉(兵庫)5月25日・1 「奥香の湯」
1777、みかた温泉(福井)5月26日・1 「きららの湯」600円
1778、マキノ白谷温泉(滋賀)5月26日・1 「八王子荘」500円
     天竺温泉(富山)5月27日・2 「天竺温泉」600円
1779、竜島温泉(長野)5月27日・1 「せせらぎの湯」500円
     下諏訪温泉(長野)5月27日・7 「旦過の湯」220円
     金沢温泉(長野)5月28日・2 「金鶏の湯」400円
     蔦木温泉(長野)5月28日・3 「つたの湯」600円
     大滝温泉(静岡)6月2日・6 「天城荘」1000円 
1780、杉野沢温泉(新潟)6月11日・1 「苗名の湯」450円
1781、神通峡温泉(富山)6月11日・1 「楽今日館」600円
     千里浜やわらぎ温泉(石川)6月11日・2 「ウエルネスのとじ」宿泊
     有馬温泉(兵庫)6月12日・3 「有馬グランドホテル」宿泊
1732、付知峡温泉(岐阜)6月13日・1 「おんぽいの湯」600円
     下諏訪温泉(長野)6月13日・8 「山王閣」宿泊
1783、丹波山温泉(山梨)7月10日・1 「のめこい湯」600円
     大菩薩の湯温泉(山梨)7月10日・2 「大菩薩の湯」600円
1784、鰍沢温泉(山梨)7月15日・1 「かじかの湯」550円
     雨畑温泉(山梨)7月15日・3 「VILLA雨畑」500円
     奥山温泉(山梨)7月15日・3 「奥山温泉」500円
     霊泉寺温泉(長野)7月16日・2 共同浴場 100円
     野沢温泉(長野)7月16日・4 「ハウス・サンアントン」宿泊
     ※「大湯」(無料)13湯の共同浴場に入る
     湯西川温泉(栃木)7月22日・7 共同浴場 寸志
     湯ノ花温泉(福島)7月22日・14 「石湯」200円
     弥五島温泉(福島)7月22日・3 「郷の湯」300円
     津尻温泉(福島)7月22日・3 「滝の湯」宿泊
     東鳴子温泉(宮城)7月23日・14 「初音旅館」宿泊
     真昼温泉(岩手)7月24日・4 「真昼温泉」250円
1785、田子温泉(青森)7月24日・1 「田子温泉」390円
     鹿部温泉(北海道)7月25日・4 「亀乃湯」290円
     新得温泉(北海道)7月25日・5 「新得温泉ホテル」宿泊
1786、足寄温泉(北海道)7月26日・1 「足寄温泉」300円
1787、はまとんべつ温泉(北海道)7月27日・1 「ウイング」宿泊
     稚内温泉(北海道)7月28日・6 「港の湯」700円
     木古内温泉(北海道)7月29日・3 「のとや」500円
     横手駅前温泉(秋田)7月30日・4 「ゆうゆうプラザ」宿泊
     湯川温泉(秋田)7月31日・4 「高繁旅館」300円
     湯倉温泉(福島)8月1日・5 共同浴場 100円
     古町温泉(福島)8月1日・2 「赤岩荘」600円
     尾瀬檜枝岐温泉(福島)8月1日・11 「駒の湯」500円
     舞子温泉(福島)8月3日・2 「よこ川荘」宿泊
     やくらい温泉(宮城)8月5日・4 「薬師の湯」800円
     東鳴子温泉(宮城)8月5日・15 「初音旅館」宿泊
川渡温泉(宮城)8月6日・7 共同浴場 200円
     下風呂温泉(青森)8月8日・10 「大湯」300円
     湯ノ川温泉(青森)8月8日・4 「濃々園」350円
     八森温泉(秋田)8月9日・5 「湯っこランド」300円
     まほろば温泉(山形)8月10日・3 「ふれあいセンター」500円
1788、里美温泉(茨城)8月13日・1 「ぬく森の湯」500円※割引料金
     鹿塩温泉(長野)8月15日・5 「山塩館」600円
     鬼怒川温泉(栃木)8月18日・4 「岩風呂」500円
     野門温泉(栃木)8月18日・2 「家康の湯」500円
     日光湯元温泉(栃木)8月18日・5 「湯の家」600円
1789、東小川温泉(群馬)8月18日・1 「おおくら荘」300円
1790、奥平温泉(群馬)8月19日・1 「遊湯館」550円
1791、四万温泉(群馬)8月19日・1 「清流の湯」500円
1792、胎内温泉(新潟)8月20日・1 「ロイヤル胎内パークホテル」500円
     守門温泉(新潟)8月22日・4 「青雲館」600円
1793、銀山平温泉(新潟)8月24日・1 「かもしかの湯」500円
     駒の湯温泉(新潟)8月24日・2 「駒の湯山荘」500円
     浦佐温泉(新潟)8月24日・2 「てじまや」600円
     大滝温泉(埼玉)8月25日・3 「遊湯館」
1794、南郷温泉(群馬)8月26日・1 「しゃくなげの湯」550円
1795、水沼温泉(群馬)8月26日・1 「水沼駅温泉センター」500円
1796、亀山温泉(千葉)8月31日・1 「亀山温泉ホテル」1000円
     入道温泉(福島)9月1日・2 「入道の湯」400円
1797、川内温泉(福島)9月2日・1 「かわうちの湯」500円
     岩井戸温泉(福島)9月2日・11 「うめだや旅館」宿泊
     白石温泉(宮城)9月3日・4 「薬師の湯」宿泊
     東鳴子温泉(宮城)9月3日・16 「初音旅館」宿泊
1798、色麻温泉(宮城)9月5日・1 「かっぱの湯」500円
     小本温泉(岩手)9月7日・7 「小本温泉」600円
     みちのく深沢温泉(青森)9月8日・4 「みちのく深沢温泉」400円
     横手駅前温泉(秋田)9月8日・5 「ゆうゆうプラザ」宿泊
1799、ゆぷる温泉(秋田)9月9日・1 「ゆぷる」400円
     木賊温泉(福島)9月9日・19 「若松屋」宿泊
     新甲子温泉(福島)9月10日・2 「ちゃっぽランドン西郷」400円※夜間割引
     栗山温泉(栃木)10月7日・7 「四季の湯」500円
     杉野沢温泉(新潟)10月14日・2 「苗名の湯」450円
1800、大岡温泉(長野)10月14日・1 「大岡温泉」350円
     尾瀬檜枝岐温泉(福島)10月19日・12 「アルザ尾瀬の郷」500円※季節割引
     銀山平温泉(新潟)10月19日・2 「かもしかの湯」500円
     草津温泉(群馬)10月26日・6 「長栄の湯」(無料)を皮切りに全18湯の共同浴場に入る
1801、上増田温泉(群馬)10月26日・1 「砦乃湯」600円
     梅ヶ島新田温泉(静岡)10月31日・3 「黄金の湯」500円
1802、富士青木ヶ原樹海温泉(静岡)11月26日・1 「ゆらり」1200円
     長万部温泉(北海道)12月12日・5 「長万部温泉ホテル」420円


※日付の後の数字はその温泉に入った回数。最後の料金は入浴料

テーマ : 温泉
ジャンル : 旅行

賀曽利隆の温泉めぐり(2009年)

2009年に入った温泉は72湯、初めての温泉は23湯
     
1722、博多駅前温泉(福岡)2月9日・1 「八百治の湯」700円
     鹿児島温泉(鹿児島)2月13日・6 「みょうばん温泉」360円
1723、阿部倉温泉(神奈川)2月28日・1 「湯の沢旅館」1050円
     竹倉温泉(静岡)4月1日・2 「錦昌館」宿泊
1724、なにわ温泉(大阪)4月8日・1 「スーパーホテル大阪・天王寺」宿泊
     ししくい温泉(徳島)4月12日・4 「ホテルRivieraししくい」宿泊
1725、伊野温泉(高知)4月13日・1 「かんぽの宿いの」宿泊
     湯ノ谷温泉(愛媛)4月19日・2 「湯ノ谷温泉」宿泊
     湯ノ谷温泉(愛媛)4月20日・3 「湯ノ谷温泉」宿泊
     道後温泉(愛媛)4月21日・8 「道後温泉本館」400円
1726、南道後温泉(愛媛)4月21日・1 「ていれぎの湯」600円
     多々羅温泉(愛媛)4月23日・3 「三島の湯」500円
     土庄温泉(香川)5月1日・2 「オリーブ温泉」800円
     吉田温泉(香川)5月2日・3 「吉田温泉」300円
     船瀬温泉(徳島)5月5日・2 「保養センター」500円
1727、明石温泉(兵庫)5月22日・1 「龍の湯」550円
1728、長浜太閤温泉(滋賀)5月24日・1 「国民宿舎豊公荘」宿泊
     別所温泉(長野)6月3日・4 「あいそめの湯」500円
     秋和温泉(長野)6月3日・2 「秋和鉱泉旅館」宿泊
     磯部温泉(群馬)6月4日・4 「恵の湯」500円
     白浜温泉(千葉)6月16日・3 「ホテル南海荘」宿泊
     両神温泉(埼玉)6月19日・3 「国民宿舎両神荘」宿泊
1729、小山温泉(栃木)8月13日・1 「やすらぎの湯」500円
     東照温泉(栃木)8月14日・2 「旅籠福田屋」700円
     那須湯本温泉(栃木)8月14日・3 「月光館」宿泊
     飯坂温泉(福島)8月16日・9 「鯖湖湯」200円
1730、五戸まきば温泉(青森)8月17日・1 「五戸まきば温泉」宿泊
     下風呂温泉(青森)8月18日・9 「大湯」300円
     恐山温泉(青森)8月18日・7 「花染の湯」無料 ※入山料500円
1731、八九郎温泉(秋田)8月19日・1 「八九郎温泉」300円
     奥八九郎温泉(秋田)8月19日・3 「奥八九郎温泉」無料
     奥奥八九郎温泉(秋田)8月19日・3 「奥奥八九郎温泉」無料
     東鳴子温泉(宮城)8月19日・13 「初音旅館」宿泊
     鳴子温泉(宮城)8月20日・12 「滝乃湯」150円
     木賊温泉(福島)8月20日・18 「若松屋」宿泊
     尾瀬檜枝岐温泉(福島)8月21日・10 「駒ノ湯」500円
1732、駒ノ湯温泉(新潟)8月21日・1 「駒の湯山荘」500円
1733、湯殿山温泉(山形)8月27日・1 「湯殿山ほてる」宿泊
     油川温泉(青森)8月29日・2 「油川温泉」390円
     みちのく深沢温泉(青森)8月30日・3 「みちのく深沢温泉」400円
     三ツ又温泉(秋田)8月30日・4 「三ツ又温泉」宿泊
     象潟温泉(秋田)8月31日・3 「サンねむの木」宿泊
     八森温泉(山形)9月1日・4 「ゆりんこ」400円
     肘折温泉(山形)9月1日・4 「いでゆ館」350円
     温海温泉(山形)9月2日・4 「正面湯」200円
1734、桂の関温泉(新潟)9月2日・1 「ゆ~む」500円
     磐梯熱海温泉(福島)9月3日・4 「元湯」250円
1735、芝峠温泉(新潟)9月4日・1 「雲海」500円
     山中温泉(石川)9月5日・「菊の湯」420円
1736、敦賀きらめき温泉(福井)9月5日・1 「リラ・ポート」1000円
     長島温泉(三重)9月7日・「オートランド長島」500円
     東舘温泉(福島)9月14日・5 「ユーパル矢祭」宿泊
     甲子温泉(福島)9月15日・5 「大黒屋」630円
1737、芋川温泉(新潟)9月19日・1 「まんねん荘」500円
1738、ニュー浅草岳温泉(新潟)9月20日・1 「国民宿舎浅草山荘」600円
     守山温泉(福島)10月10日・2 「白水館」300円
     白石温泉(宮城)10月10日・4 「薬師の湯」宿泊
1739、豊浦温泉(北海道)10月13日・1 「しおさい」宿泊
     十勝川温泉(北海道)10月15日・1 「ホテル十勝川」宿泊
     野付温泉(北海道)10月16日・2 「うたせ屋」宿泊
     江部乙温泉(北海道)10月20日・2 「江部乙温泉」宿泊
1740、江別温泉(北海道)10月21日・1 「富士屋旅館」宿泊
     盃温泉(北海道)10月23日・4 「国民宿舎もいわ荘」宿泊
     長万部温泉(北海道)10月24日・5 「丸金旅館」宿泊
1741、保木間温泉(東京)10月28日・1 「保木間の湯じゃぽん」850円
     梅ヶ島新田温泉(静岡)11月7日・2 「黄金の湯」500円
     草津温泉(群馬)11月25日・5 「煮川の湯」(無料)など3湯
     湯の平温泉(群馬)11月25日・4 「松泉閣」500円
1742、京塚温泉(群馬)11月25日・1 「しゃくなげ露天風呂」500円
     沢渡温泉(群馬)11月25日・2 共同浴場300円
1743、吾妻峡温泉(群馬)11月25日・1 「天狗の湯」200円
1744、高崎温泉(群馬)11月25日・1 「さくらの湯」500円 


※日付の後の数字はその温泉に入った回数。最後の料金は入浴料

テーマ : 温泉
ジャンル : 旅行

賀曽利隆の峠越え(2010年)

2010年に越えた峠は166峠、初めての峠は20峠

     籠坂峠(静岡・山梨)1月7日・15
     石割峠(山梨・静岡)1月7日・3   
富士見峠(長野)4月24日・21
     芝平峠(長野)4月24日・5
     柳沢峠(山梨)4月25日・9
     笹子峠(山梨)4月25日・17
     雛鶴峠(山梨)4月25日・5
     石峠(新潟)5月8日・5
     六十里越(新潟・福島)5月8日・11
     天辻峠(奈良)5月14日・11
     駒背越(徳島・高知)5月15日・4
     四ツ足峠(高知・徳島)5月16日・9
     矢筈峠(高知・徳島)5月16日・4
     京柱峠(徳島・高知)5月16日・5
     松尾越(高知)5月16日・3
     寒風山の峠(高知・愛媛)5月16日・7
     よさこい峠(高知・愛媛)5月16日・5
     よさこい峠(愛媛・高知)5月17日・6
     矢筈峠(高知)5月17日・3
     不明峠(広島)5月19日・2(あけず峠)
     温迫峠(熊本)5月21日・4
     槻木峠(熊本)5月21日・3
     横谷峠(熊本・宮崎)5月21日・5
     飯干峠(宮崎)5月21日・3
     水分峠(大分)5月22日・10
1614、田代峠(大分)5月22日・1
1615、斫石峠(福岡)5月22日・1(きりいし峠)
     木戸山峠(山口)5月23日・4
     野坂峠(山口・島根)5月23日・4
1616、笹ヶ峠(島根)5月24日・1(ささがたお)※国道191号
1617、銅ヶ峠(島根)5月24日・1(どうがたお) 
     国道191号の峠(島根・広島)5月24日・2
     道戦峠(広島)5月24日・2
1618、先峠(広島)5月24日・1(さきだお)
     虫木峠(広島)5月24日・2
1619、国道186号の峠(広島・島根)5月24日・1
1620、笹ヶ峠(島根)5月24日・1(ささがたお)※国道186号
     戸倉峠(鳥取・兵庫)5月25日・6
     加保坂峠(兵庫)5月25日・4
     若杉峠(兵庫)5月25日・4
1621、坂ノ辻峠(兵庫)5月25日・1
     途中峠(京都・滋賀)5月26日・5
     花折峠(滋賀)5月26日・3
     おにゅう峠(滋賀・福井)5月26日・2
1622、世久見峠(福井)5月26日・1(せくみ峠)
1623、黒河峠(福井・滋賀)5月26日・1
     山中峠(滋賀・福井)5月26日・3
     牛首峠(富山・岐阜)5月27日・2
     善知鳥峠(長野)5月28日・9
     芝平峠(長野)5月28日・6
     天城峠(静岡)6月2日・21
     大鍋越(静岡)6月2日・13
     塞ノ神峠(岐阜)6月13日・6
     舞台峠(岐阜)6月13日・8
     鳥居峠(長野)6月13日・19
     山住峠(静岡)6月29日・11
     瓶割峠(静岡・愛知)6月30日・4
     雷峠(山形・新潟)7月6日・2(いかづち峠)
     柳沢峠(山梨)7月10日・10
     上日川峠(山梨)7月10日・5
     太良峠(山梨)7月16日・10
     鳥居峠(山梨)7月16日・4
     大弛峠(山梨・長野)7月16日・12
     渋峠(長野・群馬)7月16日・8
     安ヶ森峠(栃木・福島)7月22日・6
     中山峠(福島)7月22日・26※国道352号
     駒止峠(福島)7月22日・13
     舟鼻峠(福島)7月22日・12
     赤崩峠(福島・山形)7月23日・7
     舟引山峠(山形・宮城)7月23日・7
     真昼岳峠(岩手・秋田)7月24日・5
1624、道前田山林道の峠(岩手・青森)7月24日・1
     大船松倉林道の峠(北海道)7月25日・2
     狩勝峠(北海道)7月25日・9
     奥十勝峠(北海道)7月26日・2
1625、池北峠(北海道)7月26日・1
     石北峠(北海道)7月26日・6
     塩狩峠(北海道)7月27日・6
     幌内越峠(北海道)7月27日・3
     加須美峠(北海道)7月27日・5
     稲穂峠(北海道)7月29日・5
     倶知安峠(北海道)7月29日・5
     目名峠(北海道)7月29日・3
     福島峠(北海道)7月29日・8
     一ツ森峠(青森)7月30日・8
     天狗峠(青森)7月30日・8
     津軽峠(青森)7月30日・7
     釣瓶落峠(青森・秋田)7月30日・4
     大覚野峠(秋田)7月30日・4
     萱峠(秋田・岩手)7月31日・7
     巣郷峠(岩手・秋田)7月31日・9
     奥山手代林道の峠(秋田・山形)7月31日・8
     本名室谷林道の峠(新潟・福島)8月1日・5
     松坂峠(福島)8月1日・2
     馬坂峠(福島・栃木)8月1日・7
     田代山峠(栃木・福島)8月1日・19
     山王峠(福島・栃木)8月1日・29
     尾頭峠(栃木)8月1日・17
     田代峠(宮城・山形)8月5日・6
     中山峠(山形・宮城)8月5日・12
     笹ノ田峠(岩手)8月6日・5
1626、有畑老部川林道の峠(青森)8月8日・1
     横流峠(青森)8月8日・5
     大峠(青森)8月8日・2
     鬼坂峠(山形)8月10日・2
     楠峠(山形)8月10日・3
     一本木峠(山形)8月10日・3
     関川峠(山形)8月10日・3
     明神峠(福島・茨城)8月13日・4
     戸中峠(福島・栃木)8月14日・5
     杖突峠(長野)8月15日・12
     分杭峠(長野)8月15日・16
     地蔵峠(長野)8月15日・11※秋葉街道
     しらびそ峠(長野)8月15日・6
     兵越峠(長野・静岡)8月16日・16
     青崩峠(静岡・長野)8月16日・4
     土呂部峠(栃木)8月18日・15
     山王峠(栃木)8月18日・8
     金精峠(栃木・群馬)8月18日・10
     鳩待峠(群馬)8月19日・7
     坤六峠(群馬)8月19日・7
     大道峠(群馬)8月19日・3
     石峠(新潟)8月23日・6
枝折峠(新潟)8月24日・8
     山伏峠(埼玉)8月25日・5
     三国峠(埼玉・長野)8月25日・13
     ぶどう峠(長野・群馬)8月25日・5
1627、天丸峠(群馬・埼玉)8月25日・1
     椎坂峠(群馬)8月26日・5
     木之根峠(千葉)8月31日・3
1628、陽の出石峠(福島)9月3日・1
1629、茂庭関林道の峠(福島・宮城)9月3日・1
     田原峠(岩手)9月6日・3
     姥石峠(岩手)9月6日・5
1630、五輪峠(岩手)9月6日・1
     荷沢峠(岩手)9月6日・3
     小友峠(岩手)9月6日・3
1631、土坂峠(岩手)9月7日・1
     押角峠(岩手)9月7日・2
     傘松峠(岩手)9月8日・11
     長慶峠(青森・秋田)9月8日・10
     巣郷峠(秋田・岩手)9月9日・10
     雄勝峠(秋田・山形)9月9日・6
     大峠(山形・福島)9月9日・8
     甲子峠(福島)9月10日・8
     安ヶ森峠(栃木・福島)10月7日・20
     土呂部峠(栃木)10月7日・16
     乙見山峠(長野・新潟)10月14日・3
     馬坂峠(栃木・福島)10月19日・8
     枝折峠(新潟)10月19日・9
     乙見山峠(新潟・長野)10月23日・4
     牛ノ谷峠(石川・福井)10月23日・6
     箱根峠(神奈川・静岡)11月9日・23
     箱根峠(神奈川・静岡)11月10日・24
     山伏峠(神奈川・静岡)11月10日・4
     杓子峠(神奈川・静岡)11月10日・4
     三国峠(神奈川・静岡)11月10日・3
     湖尻峠(神奈川・静岡)11月10日・4
     長尾峠(神奈川・静岡)11月10日・4
     乙女峠(神奈川・静岡)11月10日・7
1632、小豆峠(新潟)11月16日・1
1633、国道403号の峠(新潟)11月16日・1
     足柄峠(神奈川・静岡)11月19日・3
     籠坂峠(静岡・山梨)11月26日・16
     石割峠(山梨・静岡)11月28日・4

※最後の数字はその峠を越えた回数

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

賀曽利隆の峠越え(2009年)

2009年に越えた峠は145峠、初めての峠は11峠

1603、滝ノ坂峠(神奈川)2月28日
1604、阿部倉峠(神奈川)2月28日
1605、権太坂(神奈川)4月1日
     箱根峠(神奈川・静岡)4月1日・20
     宇津ノ谷峠(静岡)4月2日・16
1606、小夜ノ中山峠(静岡)4月2日
鈴鹿峠(三重・滋賀)4月5日・11
     山中峠(滋賀・福井)4月6日・2
     新道の峠(福井・滋賀)4月6日・3
     逢坂山峠(滋賀・京都)4月6日・8
     日ノ岡峠(京都)4月6日・2
     深見峠(京都)4月7日・3
     堀越峠(京都・福井)4月7日・2
     花背峠(京都)4月8日・2
百井峠(京都)4月8日・3
     芹生峠(京都)4月8日・3
1607、江文峠(京都)4月8日
     途中峠(京都・滋賀)4月8日・4
     京見峠(京都)4月8日・3
     栗生峠(京都)4月8日・5
     笠峠(京都)4月8日・5
     御経坂峠(京都)4月8日・5
     洞ヶ峠(京都・大阪)4月8日・9
     紀見峠(大阪・和歌山)4月9日・4
1608、歯長峠(愛媛)4月17日
     三坂峠(愛媛)4月17日・3
     三坂峠(愛媛)4月21日・4
     根曳峠(高知)4月21日・3
1609、犬寄峠(愛媛)4月22日・
1610、夜昼峠(愛媛)4月22日
     名阪峠(愛媛)4月22日
     大峠(愛媛)4月22日・3
1611、馬坂峠(愛媛)4月22日
     法華津峠(愛媛)4月22日・4
     三村峠(愛媛)4月23日・4
     川井峠(徳島)5月3日・2
     見ノ越(徳島)5月3日・4
     京柱峠(徳島・高知)5月3日・4
     郷ノ峰峠(高知)5月3日・2
     大峠(高知)5月3日・4
     矢筈峠(高知・徳島)5月3日・3
     杓子峠(高知)5月3日・3
     根曳峠(高知)5月4日・4
     四ツ足峠(徳島・高知)5月5日・8
     根曳峠(高知)5月5日・5
     猪ノ鼻峠(徳島・香川)5月5日・5
     奈良坂(奈良・京都)5月6日・3
     鈴鹿峠(滋賀・三重)5月7日・12
     加太越(三重)5月7日・3
     箱根峠(静岡・神奈川)5月10・21
     碓氷峠(群馬・長野)5月13日・17
     笠取峠(長野)5月14日・7
     和田峠(長野)5月14日・15
     塩尻峠(長野)5月14日・19
     鳥居峠(長野)5月14日・17
     馬籠峠(長野・岐阜)5月15日・13
天辻峠(奈良)5月16日・10
     竹内峠(大阪・奈良)5月17日・4
     佐倉峠(奈良)5月18日・4
     高見峠(奈良・三重)5月18日・8
     老ノ坂峠(京都)5月19日・6
     観音峠(京都)5月19日・5
     夜久野峠(京都・兵庫)5月19日・6
     八井谷峠(兵庫)5月19日・5
     春来峠(兵庫)5月19日・5
     蒲生峠(兵庫・鳥取)5月19日・7
     福浦峠(兵庫・岡山)5月22日・2
     船坂峠(岡山・兵庫)5月22日・4
     鯰峠(兵庫)5月22日・4
1612、鳥ヶタワ(兵庫)5月23日 (タワは礼の字の山編)
     志引峠(兵庫・岡山)5月23日・4
     戸倉峠(兵庫・鳥取)5月23日・5
     若杉峠(兵庫)5月23日・3
     河梨峠(兵庫・京都)5月23日・4
     吉坂峠(京都・福井)5月23日・2
     倉見峠(福井)5月23日・6
     関峠(福井)5月23日・7
     栃ノ木峠(滋賀・福井)5月24日・4
     八草峠(滋賀・岐阜)5月24日・4
     神坂峠(岐阜・長野)5月31日・4
     馬籠峠(岐阜・長野)5月31日・4
     清内路峠(長野)5月31日・5
     地蔵峠(長野)6月1日・11
     九蔵峠(長野)6月1日・7
     長峰峠(長野・岐阜)6月1日・9
     塩尻峠(長野)6月1日・20
     小野峠(長野)6月2日・3
     牛首峠(長野)6月2日・4
     塩尻峠(長野)6月2日・21
     和田峠(長野)6月2日・16
     笠取峠(長野)6月2日・8
     旧碓氷峠(長野・群馬)6月4日・7
     碓氷峠(長野・群馬)6月4日・18
     箱根峠(神奈川・静岡)6月8日・22
     正丸峠(埼玉)6月18日・7
     定峰峠(埼玉)6月19日・9
1613、曽根坂峠(埼玉)6月19日
     粥新田峠(埼玉)6月19日・2
     雁坂峠(埼玉・山梨)6月19日・8
     志賀坂峠(埼玉・群馬)6月19日・5
     大坊峠(岩手)8月17日・5
     坂梨峠(青森・秋田)8月19日・7
     中山峠(宮城・山形)8月20日・10
     山刀伐峠(山形)8月20日・6
     大峠(山形・福島)8月20日・7
     枝折峠(新潟)8月21日・5
     六十里越(新潟・福島)8月24日・10
     関山峠(宮城・山形)8月26日・7
     傘松峠(青森)8月30日・10
     矢立峠(青森・秋田)8月30日・9
     栗駒峠(秋田・岩手)8月30日・7
     松ノ木峠(秋田)8月31日・4
     鬼首峠(秋田・宮城)8月31日・6
     中山峠(宮城・山形)8月31日・11
     雄勝峠(山形・秋田)8月31日・5
     十部一峠(山形)9月1日・6
     宇津峠(山形)9月2日・5
     鳩峰峠(山形・福島)9月2日・4
     中山峠(福島)9月3日・8(国道49号)
     土湯峠(福島)9月3日・15
     桜峠(福島)9月3日・2
     桜峠(三重・滋賀)9月7日・13
     鈴鹿峠(滋賀・三重)9月7日・13
     戸中峠(福島・栃木)9月15日・4
     甲子峠(福島)9月15日・7
     安藤峠(福島)9月18日・6
     安ヶ森峠(福島)9月19日・5
     田代山峠(福島・栃木)9月19日・18
     土呂部峠(栃木)9月19日・14
     馬坂峠(栃木・福島)9月19日・6
     枝折峠(新潟)9月19日・6
     枝折峠(新潟)9月21日・7
     中山峠(福島)9月21日・25(国道352号)
     駒止峠(福島)9月21日・12
     舟鼻峠(福島)9月21日・11
     鳳坂峠(福島)9月21日・8
     勢至堂峠(福島)9月21日・8
     三森峠(福島)9月21日・8
     十三本木峠(岩手)10月12日・3
     根北峠(北海道)10月17日・6
     石北峠(北海道)10月18日・5
     塩狩峠(北海道)10月19日・5
     目名峠(北海道)10月24日・2

※最後の数字はその峠を越えた回数

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

賀曽利隆の峠越え(2008年)

2008年に越えた峠は60峠 初めての峠は6峠

1597、明神峠(栃木・福島)6月13日 (国道294号)
1598、明神峠(栃木・福島)6月13日 (県道76号)
     笹ノ田峠(岩手)7月29日・4
     山王峠(栃木・福島)8月10日・26
     六十里越(新潟・福島)8月12日・9
     白布峠(山形・福島)8月14日・8
     中山峠(宮城・山形)8月16日・9
     二井宿峠(山形・宮城)8月17日・7
     見返峠(岩手・秋田)8月18日・7
     発荷峠(秋田)8月29日・9
     滝ノ沢峠(青森・秋田)8月29日・5
     津軽峠(青森)8月30日・6
     天狗峠(青森)8月30日・7
     一ツ森峠(青森)8月30日・7
     大森峠(秋田・岩手)8月31日・6
     栗駒峠(秋田・岩手)8月31日・6
     花山峠(秋田・宮城)8月31日・11
     山谷峠(秋田)8月31日・3(やまや峠)
     鬼首峠(秋田・宮城)8月31日・5
     刈田峠(宮城・山形)9月1日・8
     金山峠(山形・宮城)9月2日・9
     二井宿峠(宮城・山形)9月2日・9
     小坂峠(宮城・福島)9月2日・5
     小坂峠(福島・宮城)9月9日・6
     金山峠(宮城・山形)9月9日・10
     刈田峠(山形・宮城)9月10日・9
     土湯峠(福島)9月11日・14
1599、涼風峠(福島)9月11日
     枝折峠(新潟)9月16日・4
     舟鼻峠(福島)9月16日・10
     山王峠(福島・栃木)9月16日・27
     甲子峠(福島)9月22日・7
     中山峠(福島)9月22日・3(下野街道)
1600、耳取峠(鹿児島)10月16日
     網野子峠(鹿児島)10月19日・2
     亀割峠(鹿児島)10月30日・4
     河梨峠(兵庫・京都)11月5日・3
     大門峠(長野)11月10日・8
     御坂峠(山梨)11月10日・6
籠坂峠(山梨・静岡)11月10日・14
     通岡峠(岩手)11月25日・5
1601、大峠(青森)11月26日・4
     横流峠(青森)11月26日・4
     静狩峠(北海道)11月29日・5
     根北峠(北海道)12月2日・6
1602、エリア峠(北海道)12月4日
     福島峠(北海道)12月10日・3
     大釈迦峠(青森)12月13日・2
     野辺山峠(長野・山梨)12月20日・16
     大垂水峠(神奈川・東京)12月20日・8
     内山峠(群馬・長野)12月22日・14
     碓氷峠(長野・群馬)12月22日・16
     鳥居峠(群馬・長野)12月23日・12
     三国峠(群馬・新潟)12月23日・13
     細尾峠(栃木)12月24日・5
     金精峠(栃木・群馬)12月24日・9
     山王峠(栃木・福島)12月24日・28
     明神峠(栃木・福島)12月25日・2(国道294号)
     明神峠(栃木・福島)12月25日・2(県道76号)
     宇津ノ谷峠(静岡)12月27日・14

※最後の数字はその峠を越えた回数
※県境の峠は例えば明神峠(栃木・福島)とあれば、栃木→福島を意味しています。

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ジャンル : 車・バイク

台湾一周2010(45)

6月24日(木)台北→東京

「台湾一周」最後の朝は5時前には起き、早朝の台北の町を歩く。
「康華大飯店(ゴールデン・チャイナ・ホテル)」の周辺を歩いたあとは、松江路を北へ。行天宮を参拝する。

『三国志』の英雄、関羽をまつる行天宮には、早朝から多くの参詣者が来ている。初めてそろばんと帳簿を使ったとされる関羽は「商売の神様」としても厚い信仰を集め、商売繁盛を願って参詣する人たちも多い。

「康華大飯店」に戻ると、レストランでバイキングの朝食を食べ、松江路をはさんで反対側にある台鈴工業の本社ビルへ。

 まずは董事長(会長)の黄さんにお会いし、「台湾一周」のお礼をいう。そのあと別のフロアーの李さんのオフィスへ。そこには「台湾一周」1436キロを走ったカソリのサイン入りのアドレスが飾られていた。

 李さんは昨日までの「台湾一周」の時とはまったく違う台鈴の有能な社員の顔をしていた。応接間に通されると、そこで100枚ほどの「カソリTシャツ」に「生涯旅人!」のサインをした。100枚ものTシャツにサインをするのは初めての経験だ。

 そんな大仕事を終らせると、李さんらに別れを告げ、「康華大飯店」に戻った。
 ホテルには総経理(社長)の藤さんが迎えに来てくれた。

「康華大飯店」で何種類もの「点心」をご馳走になったあと、藤さんとタクシーで桃園国際空港へ。
 空港のロビーで藤さんと別れた。

 1996年の「オーストラリア二周」では、藤さんにはシドニーで大変お世話になった。そして今回の2010年の「台湾一周」では、台北で同じように大変お世話になった。
「あー、これが縁だなあ」
 としみじみ思った。

 人は縁でもって結ばれているとも思った。
 何とも不思議なものだ。
 藤さん、ありがとうございます。

 14時00分発のチャイナエアラインCI104便に乗り込む。離陸するとすぐに、飛行機の小さな窓からは、台湾西海岸の海岸線が一望できた。
 眼下の台湾に向かって、
「また来るからな」
 と、心の中で叫んでやった。(了)

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早朝の松江路を歩く

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行天宮

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行天宮前の店

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行天宮で祈る人たち

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「康華大飯店」の朝食

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台鈴の本社ビルから見下ろす松江路

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「生涯旅人!」のサインをする

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ここが李さんのオフィス

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カソリのサイン入りのアドレス

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「康華大飯店」で点心を食べる

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チャイナエアラインのCI104便

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台湾の西海岸を一望する

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾一周2010(44)

6月23日(水)礁渓→台北(その6)

 台鈴工業の本社前に到着し、全行程1436キロの「台湾一周」を終えると、同行してくれた台鈴のみなさんと一緒に近くの食堂「百里香」で夕食にする。

「百里香小吃」と看板に書かれてあるので、日本風にいえば小料理屋といったところか。旦那と奥さんの2人でやっている店。
「カソリさんはこういうところが好きだから」
 ということで、台鈴の李さんが選んでくれた店だ。

 まずは「台湾一周」の成功を祝って「台湾ビール」で乾杯!
 いやー、じつにうまいビールだ。五臓六腑にしみわたる。肉汁たっぷりの小籠包をつまみながら「台湾ビール」をグイ、グイグイッと飲み干した。

 そのあとはテーブルの上に次々に出てくる台湾料理をいただいた。
 まずは炒青菜。毎日のように食べたが、飽きのこないシンプルな料理。朝だと朝粥によく合う炒青菜だ。

 そのあとネギと牛肉の炒め物、青菜と貝の炒め物と、中華鍋で炒めた炒めものがつづく。イカ鍋は鉄鍋で青菜とイカを炒めたもの。さらにエビフライが出た。

 ビールを飲みながら、「台湾一周」の思い出話をしながらの台鈴のみなさんとの夕食は楽しいものだった。
 これが台鈴のみなさんとの最後の食事になる。

 デザートのマンゴーを食べ終わると、スーッと胸の中を風が吹きぬけていくような寂しさを感じた。みなさん、ほんとうにいい人たちだった。

 台鈴工業の本社前に戻ると、そこでみなさんと何度も握手をかわして別れた。
「再見(さようなら)!」

 ぼくは大通り(松江路)の反対側の「泰華大飯店(ゴールデン・チャイナ・ホテル)」へ。台北に到着したとき、記者会見の会場になったホテルであり、「台湾一周」の最初の晩に泊まったホテル。それはつい1週間前のことでしかないのに、何かもうずーっと昔のことのように思われてくるのだった。

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裏町の食堂「百里香」で夕食

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「百里香」のメニュー

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台鈴のみなさんとの最後の食事

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「台湾ビール」と野菜炒め

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メチャウマの小籠包

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毎日のように食べた炒青菜

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ネギ&牛肉の炒め物

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青菜&貝の炒め物

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イカ鍋

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エビのフライ

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ビールによく合う南京豆

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デザートのマンゴー

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

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