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台湾往復縦断2011(8)

 2011年5月27日8時30分、台鈴工業本社前を出発。台鈴製125㏄スクーターのTEKKENに乗って台北市内を走り出す。台鈴の曽さんの乗るNEXが先導役。そのほか台鈴のみなさんが乗るスクターがフォローしてくれる。

 スクーター天国の台湾だけあって、怒涛のごとく走るスクーター軍団の流れに入って走る。その後ろから李さんの乗るサポートカーがついてくれる。

 まずは台鈴の直営店を訪問。そこではスクーターの排ガス検査の様子を見せてもらった。台湾の排ガス規制は世界一、厳しいとのことで、町を走るスクーターはすべてこのように1台1台、排ガスの検査を受けている。

 つづいてスズキの販売店をめぐった。
 どこでも大歓迎され、台湾での「カソリ人気!?」の高さを見せつけられた。

 第1店目の「益轟」では銘菓のプレゼント。
 第2店目の「建川車業」では缶入り烏龍茶のプレゼント。
 第3店目の「台金車業」ではクッキーと酒のプレゼント。

 スズキの販売店のみなさん、ほんとうに謝謝!
 突然の雨にもめげず、TEKKENを走らせ、桃園から龍潭へと向かっていった。

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台鈴の直営店を訪問

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排ガスを検査している

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排ガスの検査機

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店内にはスズキのビッグバイク「隼」

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店内に貼られたTEKKENのポスター

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「益轟」からは銘菓のプレゼント

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国道1号に入る

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「建川車業」からは缶入り烏龍茶のプレゼント

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「建川車業」を出発

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「台金車業」からのクッキー&酒のプレゼント

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突然の雨に降られながら龍潭へ
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テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(7)

「康華大飯店」の朝食を食べ、松江路を渡り、台鈴工業の本社ビルへ。

 そこでは董事長(会長)の黄さんや総経理(社長)の藤さんらが出迎えてくれた。まずはみなさんと一緒に行天宮を参拝。そこで旅の安全を祈る。

 台鈴の本社ビルに戻ると、いよいよ「台湾往復縦断」の出発だ。社員のみなさんがスズキの小旗を振って見送ってくれる中、「謝謝!!台湾」のフラッグを125㏄スクーター、「TEKKEN(鉄拳)」のリアにくくりつけ、台鈴本社前を走り出す。

 曽さんの乗るNEXが先導してくれる。そのあとをカソリのTEKKENをはじめ、台鈴の何人かの人たちの乗るスクーターがつづく。李さんはサポートカーに乗っている。

 こうして台北から南へ、高雄を目指しての「台湾往復縦断」の「往路編」が始まった。

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藤さんと2ショット

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黄さんと「行くぞ!」

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行天宮前の交差点

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台鈴の李さんが線香と供物を買ってくれる

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行天宮の供物の山

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行天宮の参詣者

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台鈴のみなさんの見送りを受ける

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これが「謝謝!!台湾」のフラッグ

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(6)

 台北の夜明け。
「康華大飯店(ゴールデンチャイナホテル)」の部屋ですばやくトイレ、シャワーをすませると、
「それ、行け!」
 とばかりに、夜明けの町に飛び出していく。
 ぼくは異国の町の朝歩きが大好きなのだ。

 ホテル前の大通り、松江路にはまだ街路灯がついている。それが歩いているうちに消えていく。この夜明けのシーンがたまらない。

 大通りから裏道に入る。
 いかにも台湾らしい光景なのだが、駐輪場にはズラズラズラッとスクーターが並んでいる。

 早朝の行天宮を参拝。ここは関帝廟で「三国志」の英雄、関羽を主神としてまつっている。華々しいというか豪華絢爛の行天宮。早朝から商売繁盛を願って多くの参拝者がやってくる。関羽は初めて算盤と帳簿を使ったとのことで、三国志の英雄もいつしか商売の神になっていった。

 松江路と交差する民権東路を歩き、そこから裏道に入り、「錦州公園」という公園を歩く。台北の公園はどこもきちんと手が入ってきれいだ。公園内のガジュマルを見ていると、台湾と沖縄の距離の近さを感じた。

 1時間半ほど歩き、「康華大飯店」前の松江路に戻ってきた。
「さー、台湾往復縦断の開始だ!」

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まだ松江路の街路灯はついている

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裏道に入っていく

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日本語の看板が目につく

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早朝の行天宮

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朝早くから参拝する人たち

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行天宮の神々

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錦州公園を歩く

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公園内のガジュマル

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ファミリーマートは「全家」

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(5)

 台北の中心街、松江路に面した台鈴工業の本社に戻ると、台鈴製125㏄スクーターの「TEKKEN(鉄拳)」を降り、今度は歩いて海鮮料理店に行く。

 台鈴の李さんの一言がうれしい。
「カソリさん、おいしいもの、食べさせてあげますからね」

 店に入ると、まずは「台湾ビール」で乾杯。軽いタッチの台湾人気質の明るさを感じさせるようなテイストだ。
 李さんと乾杯。
 台鈴のみなさんと乾杯。

 そのあとは怒涛のごとくに台湾料理の数々がテーブルに出てくる。ほんとうにすごいぞ。それを台鈴のみなさんと一緒にいただく。
 台湾ビールのあとは紹興酒だ。

 料理はうまいし、台鈴のみなさんとは昨年の「台湾一周」で一緒だったので、ものすごいなつかしさもあってあっというまにビンが空いていく。
 いやー、たまらん。

 そんなところへ台鈴工業董事長(会長)の黄さんが来てくださる。日本の上智大学に留学しただけあって、黄さんの日本語はとても上手だ。
「賀曽利さん、よく来てくれました。またこうしてお会いできてうれしいです」と歓迎された。黄さんは留学時代、小田急線の東海大学前に住んでいたので、ぼくの住む伊勢原もよく知っている。黄さんとの小田急線談義は楽しいものだった。

 台鈴工業は黄さんのお父さんが築き上げた企業集団だが、何社もの会社を今、2代目の黄さんが統率している。
 黄さんは東日本大震災では義援金の募金ではずいぶんと動いてくださった。台湾は短期間で100億円以上もの義援金を集め、すぐさま日本に送ってくれたのは新聞報道などでもよく知られている。

 ほんとうに「謝謝、台湾!(台湾よ、ありがとう!」なのだ。 

 黄さんは小池百合子議員とも親しくしているとのことで、小池議員が震災後、すぐに台湾に来てくれたことが大きいという。黄さんは小池議員の行動力を高く買っている。
「小池さんには日本初の女性首相になってもらいたいです」
 ともいっている。

 東日本大震災被災地の村井宮城県知事、佐藤福島県知事とも面識があるとのことで、とくに村井知事の見識の高さを評価していた。日本の大学に留学し、日本を、日本人を知り尽くし、日本語の堪能な黄さんならではの人脈の広さだ。

 黄さんの話は胸に残った。
 今回の大震災は明治維新、終戦に次ぐ大きな変革を日本にもたらす可能性があるという話だ。大震災をチャンスととらえる前向きな発想がすごくいいではないか。

 黄さんは今の日本の若者を心配していた。力を失くしてしまったかのように黄さんの目には映るようだ。
 その若者たちの出番が今回の大震災だという。新しい国造りに若者たちの発想で、若者たちのパワーでどんどん参画してもらいたいという。
 日本人以上に日本を想ってくれる黄さんだ。
 黄さんが戻られたあと酒宴はお開きになったが、何とも心に残る台北の夜だった。

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この店で夕食

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「台湾ビール」はうまいぞ!

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李さんと乾杯!

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台鈴のみなさんと乾杯!

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カキ鍋

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イカ料理

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牛肉料理

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海鮮グラタン

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カエル鍋

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紹興酒の登場だ!

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台湾風サラミ

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カラスミ

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アヒル料理

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揚げ豆腐

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蒸籠エビ

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海鮮鍋

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台鈴董事長(会長)の黄さんが来てくださった!

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(4)

 中山公園の特設会場でのトークショーを終えると、李さんら台鈴のみなさんと一緒に台鈴工業の本社に戻る。
 その途中では「東区粉園」という店でタピオカ(キャッサバの澱粉)の入った氷菓を食べ、つづいて「清蒸肉園」という店では蒸肉団子の軽食を食べた。

 前回の「台湾一周」のときもそうだったが、李さんは1品でも多くの台湾の食べ物を食べさせようとしてくれる。その気持ちがすごくうれしい。

 松江路の台鈴工業本社に近づくと、突然、ザーッと雨が降り出した。台湾のスクター・ライダーのみなさんは慣れたもので、すぐさまポンチョ風の雨具を着て、何事もなかったかのように走り出す。ぼくも雨具を着て「TEKKEN」を走らせた。

 台鈴工業本社近くの交差点の角には日本風回転ずしの店ができていた。台鈴工業本社ビルの隣には地下鉄の新しい駅、行天宮駅が開業していた。ともにこの1年間の変化だ。

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「東区粉園」に入る

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「東区粉園」の店先

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タピオカの氷菓を食べる

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「清蒸肉園」に入る

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蒸肉団子をつくっている

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蒸肉団子を食べる

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台湾らしい突然の雨

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すばやく雨具を着て走り出すライダー

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新しくできた回転ずしの店

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地下鉄の行天宮駅も開業している



管理人たまらず心の叫び:
ああああああ! 台湾行きてええええ!!!

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ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(3)

「康華大飯店」に戻るとフロントで両替。1万円を替えたが、3300元。1元が3・03円、ほぼ3円というレートだ。

 そこへ台鈴工業の李さんが来てくれた。「台湾一周2010」では全コースを同行してくれたが、今回の「台湾往復縦断」でもはやり全コースを同行してくれるという。

 李さんと一緒に台鈴工業の本社へ。その前にはピカピカの125ccスクーター、「TEKKEN(鉄拳)」が用意されていた。

 台鈴のサポートカーをフォローして中山公園へ。中山公園は中国や台湾の各地にあるが、孫文を記念して名付けられた公園。台北の中山公園には建国の父、孫文を称える「国父記念館」がある。

 観光バスが広い駐車場を埋め尽くしていたが、その大半は大陸からのツアー客を乗せたバスだという。台湾には今、大陸からの観光客が怒涛のごとく押し寄せている。

 中山公園からは高さ508メートル、地上101階の「台北101」が見えるが、最上階の近くは雲に隠れていた。

 中山公園の一角の特設ステージでカソリのトークショーがおこなわれた。ここには台湾の新聞や雑誌社が招かれ、プレスコンファランスを兼ねていた。何誌ものバイク誌を出している青華出版の陳社長も来てくれた。

 みなさんには「謝謝台湾!」のフラッグを披露した。日本の東日本大震災ではいち早く多額の義援金を送ってくれた台湾のみなさんへの感謝の気持ちをこめたもの。このフラッグが大うけだった。

 トークショーが終ったあとはみなさんとの質疑応答。中国語は「謝謝(ありがとう)」ぐらいしか話せないカソリには洪さんという通訳がついてくれた。

 そのあとはみなさんとの楽しい歓談タイム。そこでは世界でも一番厳しいといわれる台湾のバイクの排ガス規制の話なども聞いた。

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台鈴工業の本社前でTEKKENに乗る

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「TEKKEN」のロゴ

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中山公園の駐車場

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中山公園の一角の特設会場

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カソリのトークショー開始

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「謝謝台湾!」のフラッグ

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中山公園で食べた洒落たクッキー

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ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(2)

 羽田発10時20分の全日空NH1185便は12時45分(日本時間の13時45分)、台北の松山空港に着陸。台北の天気は晴、気温29度。空港には台湾のスズキ、台鈴工業総経理(社長)の藤照博さんが出迎えに来てくれた。

 藤さんとは「台湾一周2010」以来、1年ぶりの再会になる。

 1996年にはスズキDJEBEL250XCで「オーストラリア2周7万2000キロ」を走ったが、藤さんはその当時のオーストラリア・スズキ社長。「オーストラリア2周」ではずいぶんとお世話になった(「オーストラリア2周」を参照)。

 こうしてまた藤さんと台北でお会いできることを心よりうれしく思った。

 今回の「台湾往復縦断」も、前回の「台湾一周」同様、台鈴工業が全面的にサポートしてくれる。使用するバイクは台鈴のニューモデル、125㏄スクーターの「TEKKEN(鉄拳)」だ。

 藤さんに案内されて台鈴工業本社前の「康華大飯店」(ゴールデン・チャイナ・ホテル)に到着。まずはレストランで牛肉麺(ビーフヌードル)の昼食をいただく。これが記念すべき「台湾往復縦断2011」の第1食目。そのあと「康華大飯店」の周辺を歩いた。

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これが機内食

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台北の上空にさしかかる

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台北の中心街へ

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「康華大飯店」に到着

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昼食の牛肉麺

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「康華大飯店」前の松江路

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スクーターの駐輪場

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スクーター大国の台湾

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(1)

 5月26日、羽田空港。
 昨年の「台湾一周」にひきつづいての「台湾往復縦断」に出発。羽田から台北の松山空港に飛ぶのだが、いやー、羽田は便利だ。

 神奈川県伊勢原市の我が家から小田急→相鉄→京急と乗り継ぎ、1時間30分で到着。成田空港とはエライ違いだ。

 羽田の国際線ターミナルはまだ新しいのでキレイ。ターミナルビル内を歩く。人気の「江戸小路」をプラプラ歩く。まだチェックインまで時間があるので、軽食コーナーの「東京スカイキッチン」で朝食。台湾風の「青菜粥」を食べたが、ほんの1杯で450円。これが羽田、いや日本。量は少なく値段は高い。
 本家本元の台湾の「青菜粥」は量は多く値段は安い。

 今回の「台湾往復縦断」でも、前回の「台湾一周」同様、台湾をおおいに食べまくるのだ。
「さー、行くぞ~、台湾へ!」

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羽田空港の国際線ターミナル

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国際線ターミナルビル内の「江戸小路」

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江戸風店構えの「江戸小路」

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広々感の漂うターミナルビル

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全日空などのカウンター

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「東京スカイキッチン」で朝食

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台湾風「青菜粥」

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ジャンル : 車・バイク

「伝説の賀曽利隆オンライン」(47)

(2003年9月18日)

「東北縦断」から帰ってきました。今回は東北の林道を徹底的に走ってきましたが、東北は「林道の宝庫」だと、あらためて実感した次第です。

 東京からスズキDJEBEL250XCを走らせ青森へ。

 下北半島に入り、本州最北端の大間崎まで行き、そこから南下しました。「かっぱの湯」や「夫婦かっぱの湯」のある奥薬研温泉を拠点にまずは佐藤平林道、易国間林道、湯ノ川林道と走りましたが、3本の林道のダートは合計55・2キロでした。

 そのあと走りつないだ林道のダート距離は次のようなもの。
 斧のような形をした下北半島の柄の部分の2本の林道のダートは合計20・5キロ。

 青森・秋田県境の峠を越える相馬田代林道とそれに連続する大摩当林道、河北林道、青森・岩手県境の峠を越える道前田山林道の4本の林道のダートは合計98・9キロ。

 奥羽山脈の秋田・岩手県境の峠を越える真昼岳林道、萱峠林道、三森山林道の3本の林道のダートの合計は53・8キロ。

 秋田・山形県境の鳥海山の峠を越える手代奥山林道がダート30・3キロ。
 宮城県の鳴子温泉を拠点に走った6本の林道のダートは合計55・1キロ。
 仙台に近い泉ヶ岳周辺の5本の林道のダートは合計50・0キロ。

 宮城・山形県境の峠を越える南蔵王不忘山林道がダート21・4キロ。
 山形・福島県境の峠を越える葡萄林道と五枚沢林道がダート13・3キロ。
 花戸林道とそれにつづく山形・新潟県境の峠を越える朝日スーパー林道のダートは合計26・8キロ。

 新潟・福島県境の峠を越える本名室谷林道がダート28・7キロ。
 小塩塩ノ岐林道など奥会津の林道6本のダートは合計81・7キロ。
 甲子鎌房林道とそれにつづく西部林道、奥西部林道のダートは29・8キロ。

 最後は福島・栃木県境の峠を越える川俣檜枝岐林道、田代山林道、安ヶ森林道の3本でしたが、ダートの合計は77・1キロ。

 ということで「大間(青森)→東京」の「東北縦断」では全部で39本の林道を走り、ダート距離の合計は612・8キロになりました。

「東京→青森」(今回はその逆ですが)というのは、このように最高におもしろく走れるダートランのゴールデンルートなのです。

 東北を走り終えたところで、次は「中国ツーリング」。9月25日に出発し、中国東北部最大の都市、瀋陽を拠点に「中国・北朝鮮国境2000キロ」を走ってきます。(了)

===
※このあと「賀曽利隆オンライン」は閉鎖されました。

テーマ : ツーリング
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「伝説の賀曽利隆オンライン」(46)

(2003年8月23日)

 ついに1500峠を達成しました。

 帯広を出発点にし、宗谷岬をゴールにしての「北海道の峠越え」をしてきたのですが、国道273号の三国峠を皮切りに、全部で15峠を越えました。
 最後は国道275号の天北峠でした。

 15峠のうち、国道273号の浮島峠、道道137号の札久留峠、同じく道道139号の瀬戸牛峠、道道49号の松山峠の4峠がぼくにとっては初めての峠で、浮島峠が1497峠目、札久留峠が1498峠目、瀬戸牛峠が1499峠目、そして松山峠が1500峠目ということになりました。

「ツーリングGO! GO!」のカメラマン、ヒラシーこと平島格さんが同行してくれました。峠上では平島さんとガッチリと握手をかわし、一緒になってぼくの1500峠達成を喜んでくれました。

 8月13日に越えた松山峠は雄武町と美深町の境で標高420メートル。2車線の道道49号で越える峠です。峠近くの美深町側には日本最北の高層湿原で知られる松山湿原があります。駐車場から徒歩30分、息を切らして山道を登ると、まったく別世界の湿原に到達しますが、つつじ沼やハイ松沼を見ながら木道を歩き、湿原の風景や湿原をとりまく道北の山並みの風景を眺めました。

 そんな松山湿原とセットになった松山峠なだけに、いい峠が1500峠目になってくれたと喜んでいます。
 最後に国道275号の天北峠を越え、峠を下った中頓別では、ピンネシリ岳を目の前にするピンネシリ温泉に入り、中頓別でひと晩泊まって宗谷岬に立ちました。

 この国道275号の天北峠と宗谷岬の間にもいくつかの峠がありますが、それらはすべて名無しの峠。天北峠が日本の名前のついている峠としては最北の峠になります。
 1500峠達成の様子は「ツーリングGO! GO!」の10月号でご覧下さい。

 ぼくがバイクでの峠越えをはじめたのは1975年3月28日。「奥武蔵の峠」を越えたのですが、第1番目の峠は飯能に近い国道299号の高麗峠でした。それ以来、28年目にして1500峠を達成したことになります。

 さー、次の目標は2000峠。

 まだ、ぼくの越えていない峠をひとつでも多く捜し出し、それらをひとつづつ越えていこうと思っています。
「目指せ、2000峠!」

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「伝説の賀曽利隆オンライン」(45)

(2003年7月5日)

 中国を中心として世界で猛威をふるった新型肺炎のSARSですが、予想した以上に、急速に終息してくれました。ほんとうによかったですね。中国の北京では韓国からの観光団を迎え、盛大にSARSの終息を祝うセレモニーがおこなわれ、その様子がテレビニュースで流されていました。

 このSARS禍で中止に追い込まれたバイクツアー「中国・北朝鮮国境2000キロを行く!」ですが、
「もう大丈夫!」
 ということで、9月25日から10月4日までの日程でおこなうことになりました。最初は1年の延期も仕方ないかなあ…と、けっこう弱気になっていましたが、年内にこうして再度、トライできるようになったことをすごく感謝したい気持ちです。

 中国・東北地方最大の都市、瀋陽を出発点にし、中国と北朝鮮国境を流れる鴨緑江に面した丹東に行き、そこから北朝鮮との国境に沿って長白山、朝鮮名の白頭山を目指します。
 この山が鴨緑江の源流になりますが、1日かけて山頂まで登ります。

 山頂の天池の中央が中国と北朝鮮の国境。ぼくは2001年の「北朝鮮ツーリング」では朝鮮民族の聖山、金剛山に登りましたが、この白頭山はそれ以上の聖山。白頭山登山はおおいに期待しています。

 長白山(白頭山)からは日本海に流れ出る豆満江に沿って走ります。この川が中国と北朝鮮を分けています。そして中国内の道の尽きる所、防川が中国・北朝鮮・ロシアの3国国境。そこの展望台に立ち、豆満江の流れと3国国境地帯を見下ろします。

 今回の「中国・北朝鮮国境2000キロを行く!」は、中国側から特別な許可をもらって実現したもので、一般のツアーではまず入れないようなエリアをバイクで行くものです。料金もすごく安く設定されていますので、一人でも多くのみなさんに参加していただきたいと心より願っています。

「中国・北朝鮮国境2000キロを行く!」を皮切りに、「中国・東北地方(旧満州)ツーリング」、瀋陽からの「北朝鮮ツーリング」、さらには上海か青島、天津あたりを出発点にしての「中国一周ツーリング」あたりまでを実現できたらいいなあと思っています。 その第1弾、「中国・北朝鮮国境2000キロを行く!」を一緒に走りましょう!


(2003年7月19日)

 バイクツアーに力を入れている旅行社「道祖神」の「カソリと走ろう!」シリーズ第8弾目、「アラスカ縦断」に今日、これから出発します。

 成田発14時55分のKE(大韓航空)704便でソウルに飛び、KE087便でアラスカのアンカレッジへ。アンカレッジ到着がやはり今日の09時25分というのが、いくら日付変更線を越えるからといっても、何か不思議で、奇妙な気分です。

 アンカレッジに到着するとすぐにバイクに乗り、北に向かって走り出します。

 フェアーバンクスを通り、アラスカの大河ユーコン川を渡り、北極圏に入っていきます。そして北米大陸の道の尽きるところ、北極海に面したプルドーベイの町を目指します。 ぼくは今から30年以上も前になりますが、1971年から72年にかけての「世界一周」でアラスカに足を踏み入れました。そのときはカナダのドーソンクリークからアラスカハイウエーでアラスカのフェアーバンクスまで走りました。

 それ以来ということで、30年ぶりのアラスカにはおおいに期待しています。

 夏の「アラスカ縦断」にひきつづいて、冬(現地の夏)には「カソリと走ろう!」シリーズ第9弾目、「パタゴニア縦断」が予定されています。

 南米・チリのサンチャゴに飛び、チリ南部のオソルノの町からバイクで走り出します。アンデス山脈の峠を越えてアルゼンチンに入り、猛烈な風が吹きまくることで知られているパタゴニアを南下していきます。そしてマゼラン海峡を渡ってフェゴ島に入り、ビーグル水道に面した世界最南の町、ウシュワイアまで行きます。さらにウシュワイアからは南米大陸の道の尽きる地点を目指します。

「南米最南の地」というのは、ぼくにとっては1984年から85年にかけての「南米一周」以来のことになります。夏は北米大陸の最北の地へ、冬は南米大陸の最南の地へと、昨年の「ユーラシア大陸横断」同様に壮大なスケールのバイクツアーです。

 詳しくは「道祖神」までお問い合わせ下さい。


(2003年7月31日)

「アラスカ縦断」から帰ってきました。無事に「アンカレッジ→プルドーベイ」の往復3000キロを走りきれたことをうれしく思っています。

 我々はすごくラッキーでした。この季節だと、まずは見られない北米大陸の最高峰、マッキンリー山(6194m)を3日連続で見ることができました。抜けるような青空を背にしたマッキンリー山の雪の白さが際立っていました。

 アラスカ中央部の中心都市、フェアーバンクスを過ぎると、待望の北極海に通じるダートのダルトンハイウエーに入っていきました。アラスカの大河ユーコン川を渡り、北極圏(アークティックサークル)に突入。白夜の世界に入ると、一晩中、明るいのでキャンプの焚き火を囲んでの宴会も異様なほどに盛り上がりました。ただ、蚊の多さにはさんざん悩まされましたが…。

 極北のブルックス山脈の峠を越えると風景は一変し、針葉樹林は消え、広大なツンドラ地帯が地平線のはてまでも広がっていました。その中に延びる一本道をただひたすらに北極海を目指して走ったのです。
 夏のツンドラ地帯は一面の緑の草原で、その上に立つと、水を吸ったスポンジのようなフカフカ感でした。

 ここでの蚊のすごさは猛烈!
 人のまわりには蚊柱が立ちます。昨年のシベリア横断で見た蚊柱とは比較にならないほどで、北極圏のすごさをあらためて思いしらされました。

 アンカレッジから1500キロを走破してプルドーベイに到着。「アラスカ軍団」のメンバーの1人、藤元さんのつくってくれた「アラスカ縦断成功!」の横断幕を掲げ、我々は歓喜の声を上げました。

 ノーススロープ油田の根拠地、プルドーベイから北極海までは石油会社のバスツアーのみでいかれるのですが、我々はバスに乗って北極海の海岸へ。長く弓状に延びる砂浜に着くと、さっそく「アラスカ軍団」のメンバーの1人、北川さんと北極海に飛び込んだのです。極北の冷たい海につかりながら、
「ヤッタゼー!」
 と、思いっきり叫んでやりました。

「アラスカ縦断」の往復3000キロを走りきってアンカレッジに戻ってくると、我ら「アラスカ軍団」の大宴会は夜明け近くまでつづくのでした。

 さー、次は「中国ツーリング」。9月25日から10日間の「中国北朝鮮国境2000キロを行く!」、みなさん、ぜひとも一緒に走りましょう!

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

「伝説の賀曽利隆オンライン」(44)

(2003年6月17日)

 ずいぶん時間がかかってしまったのですが、2000年以降、現在までの3年半分の「峠越え」のデータをまとめ終えました。その結果ですが、2000年には全部で126峠を越え、そのうち14峠が初めての峠でした。2001年には全部で113峠を越え、そのうち21峠が初めての峠でした。2002年には全部で135峠を越え、そのうち36峠が初めての峠でした。それと今年になってからの分を合わせると、通算の峠は1474峠になりました。

 さっそく昨日はスズキDR-Z400Sを走らせ、善波峠→ヤビツ峠→菩提峠→土山峠→半原越→三増峠→志田峠→津久古峠と神奈川県内の8峠をめぐってきました。これら8峠はすべてが我が家の近くで今までに何度も越えているような峠なので、残念ながら1474峠に変わりはありませんが、そうすることによって、
「よーし、まずは1500峠を突破しよう!」
 という気分になりました。

「峠を越えながら日本を見てみたい!」
 ということで、ぼくがバイクでの「峠越え」を始めたのは1975年3月28日のことでした。そのシーンは今でもはっきりとおぼえていますが、国道299号の高麗峠を皮切りに正丸峠や山伏峠など奥武蔵の山々の峠を越えたのです。

 そのころぼくは東京・練馬区の石神井に住んでいましたが、毎日、遠くに眺める山並みが「奥武蔵」でした。「峠越え」をはじめたとき、まっさきに「奥武蔵」に行ったのは、
「あの山並みの向こうの世界にいってみたい!」
 という憧れが子供のころから自分の心の中に強くあったからだと思います。

「峠越え」をはじめたころは、すべての峠が初めてなので、峠の数はみるみるうちに増えていきました。数がどんどん増えていくと、じつにおもしろいものです。ところが「峠越え」でほぼ全国をまわり終えたころからは、峠の数を増やすのが難しくなりました…。

 ここでもう一度、気分をあらたにし、まだ越えていない峠にねらいをつけての「峠越え」をしようと思っています。
「めざせ、2000峠!」


(2003年6月25日)

 6月22日の日曜日、スズキDR-Z400Sを走らせ、1日がかりで「東京の峠越え」をしてきました。
 まずは国道16号の御殿峠を越えて八王子へ。八王子からは秋川街道の小峰峠を越えて五日市へ。

 JR五日市線の終点、「武蔵五日市駅」を拠点に、五日市と青梅の間の山並みを行ったり来たりして二ツ塚峠、梅ヶ谷峠、大入林道の峠と3峠を越え、国道411号の満地峠を越えて青梅へ。青梅からは吹上峠、都道193号の峠、東京・埼玉都県境の小沢峠、埼玉県内の飯能に近い山王峠を越えて青梅に戻り、最後は笹仁田峠を越えて国道16号の瑞穂に出ました。

 東京西部の五日市から青梅、さらには埼玉県の飯能にかけての一帯は、奥多摩から関東平野へと山々の落ちていくあたりで、峠の数が多く、なおかつぼくにとっては「峠越え」の盲点のようなエリアだったのです。そのため全部で11峠を越えましたが、そのうち6峠が初めて越える峠で、越えた峠の数は1480峠になりました。当面の目標の1500峠が見えてきました。

 今までに越えた峠の整理を終え、峠の数をカウントできるようになったところで、日本「中央分水嶺の峠」をあらためてピックアップしてみました。

 日本列島は本土最北端の北海道の宗谷岬から本土最南端の佐多岬まで、1本の線を境にしてきれいに2分されています。それが日本列島を日本海側と太平洋側に分ける中央分水嶺の線で、その線を越える峠が「中央分水嶺の峠」になります。この「中央分水嶺の峠」はまさに「峠の中の峠」。北海道に55峠、本州に234峠、九州に52峠ありました。全部で341峠。まだまだぼくの数えもらした峠もあると思いますので、その数はもっと多くなるでしょう。

 北海道の55峠のうち、まだ越えていない峠が23峠、本州の234峠のうち、まだ越えていない峠は49峠、九州の52峠のうち、まだ越えていない峠は20峠と、なんと341峠のうち、まだ92峠も越えていない「中央分水嶺の峠」のあることがわかりました。

 中央分水嶺の峠はほとんど越えたつもりでいたので、ちょっとショックでしたが、「いやいや、まだこれだけ、越えてない峠があるのだ」と気持ちを切り換えて、中央分水嶺の全峠踏破を目指そうという気になりました。
「日本の全峠を越えよう!」とはじめた「峠越え」ですが、一番、力を入れてきた「中央分水嶺の峠」ですらこの状態なので、日本の全峠踏破というのはまだまだ、相当先のことになりそうです。

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