著者・管理人

Author: 賀曽利隆
Twitter:@kasori3000
Administrator:ウザワ・K

電子で復刊!
カテゴリー
Amazon
ブログ内検索 by Google
広告も社会の窓。
最近のコメント
RSSフィード
FC2ブログランキング
このブログが面白いと思ったらたまに(あるいは頻繁に!)クリックしてくださいね(ポチっとな)。それで何が起こるのかは僕も知らんけど…。
カソリお役立ちリンク
管理人推奨リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

台湾往復縦断2011(57)

 三峡から台鈴の125ccスクーター、TEKKEN(鉄拳)を走らせ、台北近郊の新荘の町に入っていく。中心街にあるスズキの販売店「金力盛車業行」を訪問。店のアド・ネオンは「歓迎・鉄人賀曽利隆」を盛んに流している。

 社長には大歓迎され、新荘の老舗店のアップルパイなどをゴソッといただいた。

 社長には4人の息子がいるとのことで、そのうちの3人と一緒にバイク店を幅広くやっている。台湾ではどこでも感じることだが、家族の結びつきがきわめて強い。

 3人の息子のうち2人は結婚していて奥さんともども来てくれた。そんな3人の息子さんたちと記念撮影だ。

 店を離れるときは「みなさんに幸多かれ!」と祈りたくなるような気持ち。台湾の「家族愛」の強さには心打たれるものがある。

taiwanjyuudan2011-057-8530
新荘の中心街

taiwanjyuudan2011-057-8516
新荘のスズキの販売店を訪問

taiwanjyuudan2011-057-8529
「歓迎・鉄人賀曽利隆」が流れている

taiwanjyuudan2011-057-8525
販売店の社長からたくさんのお土産をいただく

taiwanjyuudan2011-057-8522
販売店の3人の息子と奥さんたち
スポンサーサイト

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(56)

 台北郊外の町、三峡で昼食。李さんら台鈴のみなさんと海鮮料理の「帝一嶺饗庁」に入った。たっぷりと時間をかけて食事を楽しむのが台湾流。会話を楽しみながら食べ、出てくる料理を次々にたいらげていく。さすが食大国!

 昼食の円卓に出てきたのは次のようなもの。
  1、刺身と小魚の甘露煮、鶏肉の3点セット
  2、活エビ(まだピクピク動いている)
  3、カニ飯
  4、鶏鍋
  5、炒めたエビ、ホタテ、チンゲン菜
  6、鶏肉の串揚げ
  7、煮魚
  8、魚介類とチンゲン菜のスープ

 いやいやご馳走さま!
 満ち足りた気分で三峡を出発。台鈴の125ccスクーター、TEKKEN(鉄拳)に乗ってゴールの台北に向かった。

taiwanjyuudan2011-056-8488
三峡の海鮮料理店「帝一嶺饗庁」で昼食

taiwanjyuudan2011-056-8489
刺身と小魚の甘露煮、鶏肉の3点セット

taiwanjyuudan2011-056-8491
活エビ

taiwanjyuudan2011-056-8494
山羊肉

taiwanjyuudan2011-056-8496
カニ飯

taiwanjyuudan2011-056-8505
鶏鍋

taiwanjyuudan2011-056-8507
炒めたエビ、ホタテ、チンゲン菜

taiwanjyuudan2011-056-8510
鶏の串揚げ

taiwanjyuudan2011-056-8508
煮魚

taiwanjyuudan2011-056-8512
魚介類とチンゲン菜のスープ


管理人のウラヤマコメント:
カソリさんは前世で相当、功徳を積まれたに違いない。
ワタクシにも一皿持ってきて欲しいなぁ・・・。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(55)

 三峡ではスズキの販売店を訪問。店内には何と「歓迎 賀曽利隆先生」のポスターが額に入れられて掲げられていた。

 うれしいやら恥ずかしいやら…で、赤面するカソリ。

 店のご夫妻には大歓迎され、あたたかなもてなしを受けた。三峡名物、クロワッサン風の「三角湧黄金牛角」をいただいた。

 そこへ新竹から鄭宇倫さんが駆けつけてくれた。カソリが三峡にやってくるという情報キャッチし、すぐさま来てくれたのだという。鄭さんは2010年の「台湾一周」では2度、3度と会った人。

 ヘルメットの「生涯旅人!」のサインをすると、すごく喜んでくれた。それがうれしかった。

taiwanjyuudan2011-055-8477
三峡のスズキ販売店

taiwanjyuudan2011-055-8478
店内の額入り「歓迎 賀曽利隆先生」

taiwanjyuudan2011-055-8479
販売店のご夫妻

taiwanjyuudan2011-055-8480
三峡名物の「三角湧黄金牛角」

taiwanjyuudan2011-055-8484
新竹から駆けつけてきてくれた鄭宇倫さん

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

(管理人より)弾薬切れのため、少々お待ちください・・・

著者超多忙のため、弾薬が切れております。
管理人も怠慢だったため申し訳ございませんが、ご理解のほどよろしくお願いいたします・・・。m(_ _;)m

テーマ : 管理人からのお知らせ
ジャンル : その他

台湾往復縦断2011(54)

 復興から台北近郊の三峡へと、台鈴の125ccスクーター、TEKKEN(鉄拳)を走らせる。いよいよゴールの台北が近づいてきた。

 三峡の町に到着すると「清水祖師廟」を参拝。
 清代の乾隆34年(1769年)に創建された清水祖師廟は、台湾で最も美しい彫刻を誇る祖師廟として知られている。

 道光13年(1833年)の大地震で大きな被害を受けたが、すぐに再建された。
 1895年には進駐してきた日本軍に焼かれたが、4年後には再建された。
 まさに不死鳥のような清水祖師廟だが、信仰心の篤い台湾人を象徴しているかのような話だ。

 清水祖師廟は清水祖師をまつっている。
 清水祖師の人となりについては諸説があるが、三峡の祖師廟では、次のように紹介されている。

「本名は陳昭應。北宋の開封府の出身。福建省安渓県清水巌に祠が建てられた。公務を退いたあと清水巌に隠居していたので、清水祖師と称せられ、安渓人はその祠を祖師廟と呼ぶようになった」

 時代が下って安渓の人たちが台湾に移住してきたとき、三峡を定住地に選び、ここに守護神として清水祖師をまつった。清水祖師の霊験はあらたかで、それ以来、三峡の人々の信仰と社会活動の中心的な役割を果たしているという。

 このように三峡の清水祖師廟は実在の人物を神として崇め、まつっているのだ。

taiwanjyuudan2011-054-8457
復興から三峡への道

taiwanjyuudan2011-054-8469
清水祖師廟の彫刻

taiwanjyuudan2011-054-8461
清水祖師廟の祭壇

taiwanjyuudan2011-054-0152
清水祖師廟を参拝

taiwanjyuudan2011-054-8464
清水祖師廟の神々

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

カソリTwitterは@kasori3000

うっかりこちらで告知してないと思いますが、標題の通り賀曽利さんのツイッターアカウントは

@kasori3000

です。ぜひフォローしてあげてください。
現在、雪の震災被災地を縦断しています。

ガンバレ、カソリ!

テーマ : 管理人からのお知らせ
ジャンル : その他

台湾往復縦断2011(53)

 拉拉山から北横公路(国道7号)を走り、復興郷の中心、復興の町に到着。北横公路は大渓と宜蘭を結ぶ台湾横断のルートだが、復興が実質的な起点になるので、町には「北横」の碑が建っている。

 台鈴の125ccスクーター、TEKKENを町中に停め、「角板山公園」を歩く。復興郷は「角板山」とも称されているが、ここは見所満載だ。

 まず最初に、昭和天皇が皇太子時代に来たことがある「貴賓館」を見る。ここには第2次大戦後の一時期、蒋介石が住んでいたという。

 次に「角板山行館」を見学。ここには蒋介石の写真や資料が展示されている。

 角板山行館の脇にある「思親亭」は、蒋介石が故郷の中国・浙江省の渓口鎮に似たこの景色を夫人と一緒に眺めた所。絶景だ。足下を大漢渓が大きく湾曲して流れ、周囲の山々が谷間に落ち込んでいる。そこには40数年の歴史があるという渓口吊橋がかかっている。台湾ではよく知られた橋だ。

 蒋介石は角板山に近い大渓の慈湖に葬られたが、蒋介石逝去後の喪中の間、息子の蒋経国は慈湖から角板山行館まで来て、「思親亭」で蒋介石を偲んだという。

 角板山公園には 「夫妻樹」がある。1950年に蒋介石夫妻が植えたガジュマル。2本のガジュマルは数年後には抱き合うような形になり、それ以来、「夫妻樹」と呼ばれるようになったという。ここにはクスノキの大木もある。復興はかつてはクスノキを原料とする樟脳の集散地として栄えた。 

 最後に公園内で売られている復興郷特産の水蜜桃を食べ、復興の町を後にした。

taiwanjyuudan2011-053-8429
復興の町に到着

taiwanjyuudan2011-053-8432
角板山公園に残る「貴賓館」

taiwanjyuudan2011-053-8444
「角板山行館」を見学

taiwanjyuudan2011-053-8438
蒋介石夫妻の植えた「夫妻樹」

taiwanjyuudan2011-053-8450
「思親亭」から見下ろす風景

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(52)

 拉拉山は台湾屈指の桃の名産地。朝食を食べ終わると、「京仁山荘」のおかみさんは名産の水蜜桃を出してくれた。6月から8月にかけてが最盛期とのことで、旬の水蜜桃はまだ固く、カリカリッと青リンゴをかじるようにして食べた。トロッとした熟した桃とは違うその食感が舌に残り、忘れられない拉拉山の味覚になった。

 おかみさんの見送りを受け、「京仁山荘」を出発。拉拉山から谷間へと下り、北横公路(国道7号)に出た。
 台鈴の125ccスクーター、TEKKEN(鉄拳)を走らせ、国道7号で大渓へ。

 大漢渓にかかる巴陵大橋を渡る。この橋の上流にはつり橋の旧橋が残っている。車は通らないので橋上にTEKKENと2台のNEXを並べて撮影した。絵になるシーンだ。

 この大漢渓にかかる巴陵大橋の旧橋はちょっとした観光地になっていて、拉拉山の観光ポスターにもその写真がのっていた。ここには、やってくる観光客を案内するタイヤル族の若い女性がいた。TEKKEN、NEXの撮影のあとは、「タイヤル美人」との2ショット。これも忘れられない拉拉山の思い出になった。

taiwanjyuudan2011-052-8415
「京仁山荘」を出発。大漢渓の谷間に下っていく

taiwanjyuudan2011-052-8416
大漢渓にかかる巴陵大橋

taiwanjyuudan2011-052-8423
大漢渓の流れ

taiwanjyuudan2011-052-8424
巴陵大橋の旧橋上でTEKKEN(中央)とNEXの撮影

taiwanjyuudan2011-052-8420
巴陵大橋の旧橋上で「タイヤル美人」と2ショット!

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(51)

 拉拉山の夜明け。山々が幾重にも重なり合い、深い谷が刻まれている。谷間を走る幹線道路の北横公路(国道7号)が見下ろせる。その風景は九州山地の「三大秘境」、椎葉、米良、五家荘を思わせるもの。この一帯は山地民タイヤル族の世界だ。

「京仁山荘」の周辺を1時間ほどプラプラ歩いた。緑濃い山々。竹林もある。亜熱帯の花々が咲いている。
 拉拉山歩きを終えて「京仁山荘」の戻ると朝食。朝粥と饅頭を食べた。


taiwanjyuudan2011-051-8383
拉拉山の「京仁山荘」

taiwanjyuudan2011-051-8382
夜明けの拉拉山

taiwanjyuudan2011-051-8403
幾重にも山々が重なった拉拉山の風景

taiwanjyuudan2011-051-8387
緑豊かな拉拉山を歩く

taiwanjyuudan2011-051-8410
「京仁山荘」の朝食

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

なでしこJAPANにカソリからエール届きました。

(以下、転載します)

「なでしこ」のアメリカ戦、ドイツ戦はおおいに楽しませてもらいましたよ。

 結果はおいて、また一段と強くなった、というのがぼくの印象です。それとうれしいのは若手の台頭。澤がいなくても、十分にやれるではないですか。

 それにしてもドイツ戦は壮絶な展開になりましたね。負けはしましたが、よくぞ追いついたということで、拍手を送りましょうよ。

テーマ : 管理人からのお知らせ
ジャンル : その他

台湾往復縦断2011(50)

 拉拉山の「景仁山荘」に到着すると、台鈴のみなさんと一緒の楽しい夕食だ。

  サラミ風料理
  野菜炒め
  シイタケ料理
  白身の魚(川魚)
  揚げたエビ
  焼き豚
  タケノコ料理
  鶏肉
  イカ料理
  野菜&野草料理
  豚肉、タケノコ、シイタケ入りのスープ

 と、テーブルには次々と料理が出てくる。「食大国・台湾」の、いつものような豪華版の食事。それら10皿の料理とスープを小さな器のご飯と一緒に食べる。

 デザートは桃。

 夕食を食べ終わると、外へ出る。満天の星空。かすかな星明かりに照らされた山々の稜線が見える。はるか下の谷間にはポツン、ポツンと家の明かりが見えた。

taiwanjyuudan2011-050-8367
「景仁山荘」の夕食

taiwanjyuudan2011-050-8350
サラミ風料理

taiwanjyuudan2011-050-8354
シイタケ料理

taiwanjyuudan2011-050-8356
白身の魚(川魚)

taiwanjyuudan2011-050-8358
揚げたエビ

taiwanjyuudan2011-050-8360
焼き豚

taiwanjyuudan2011-050-8362
タケノコ料理

taiwanjyuudan2011-050-8364
鶏肉

taiwanjyuudan2011-050-8374
豚肉、タケノコ、シイタケ入りのスープ

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

本日のなでしこ決勝は22時~フジ系列です。

管理人です。
せっかくテンプレートもサッカーに変えたので(w)、告知しておきます。
応援しましょう!(本番はあくまで五輪といいたいですが)。

===
22:00 女子サッカー アルガルベカップ2012決勝戦 日本×ドイツ
(最大延長0時29分まで)

===

・・・ニッポン!!


~~~~~
管理人、翌朝追記:

あの4点目はないよなぁ・・・。海堀はそれとして、なんであんな形で縦に蹴られたのか。
まずはそこでしょ。
同点に追いついてPK負けで準優勝なら、希望が膨らむ今後だったのですが、逆に不安が噴出する内容になりました。ま、五輪には出るのだから、外野は座して見守るか・・・。

以上、お邪魔な管理人でした。シュワッ

テーマ : 管理人からのお知らせ
ジャンル : その他

台湾往復縦断2011(49)

 蒋介石の別荘「蒋公行館」のある棲蘭を出発。北部横断(横貫)公路の国道7号を行く。台鈴の125ccスクーター、TEKKEN(鉄拳)を走らせ、峠を目指して登っていく。

 パワフルなエンジンのTEKKENなので難なく峠道を登りつめ、宜蘭県と桃園県の境の名無し峠に到着。標高1090メートルの峠だ。このあたりまで来ると、さすがの雪山(3884m)を主峰とする雪山山脈も、スーッと高度を下げて低くなる。

 峠を下ったところで大渓に通じる国道7号を右に折れ、拉拉山に登っていく。

 拉拉山というのはひとつの山ではなく、この一帯を指す地域名のようだ。そこはまさに天上の世界。山上まで登ると拉拉山の町があり、展望台からは深く切れ込んだ谷を見下ろす。まわりには幾重にも重なりあって山々が連なっている。

「拉拉山(ララサン)」というのは先住民、タイヤル族のタイヤル語で「きれいな所」を意味するという。

 そんな拉拉山にある「景仁山荘」に到着。ここが我々の今晩の宿になる。
「景仁山荘」は台湾民宿協会が発行している冊子、『台湾民宿』にも載っている。

 その『台湾民宿』の区分けがおもしろい。「異国風情風」(エキゾチック・スタイル)、「懐旧復古風」(ノスタルジア・スタイル)、「原住民采風」(アボリジナル・スタイル)、「家庭温医風」(ウォームファミリー・スタイル)、「田園郷村風」(パストラルカントリー・スタイル)に分けられ、「景仁山荘」は「田園郷村風」の中に入っている。

 台湾全土で73軒の民宿が1ページ大で紹介されているが、「景仁山荘」はそのうちのひとつ。人気の宿なのだ。

taiwanjyuudan2011-049-8322
棲蘭の「蒋公行館」を出発

taiwanjyuudan2011-049-8333
北部横断(横貫)公路の峠

taiwanjyuudan2011-049-8336
拉拉山の入口

taiwanjyuudan2011-049-8339
拉拉山の町並み

taiwanjyuudan2011-049-8345
拉拉山の「京仁山荘」に到着!

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(48)

 環山の「平等国民小学校」の訪問を終えると、台鈴の125ccスクーター、TEKKEN(鉄拳)を走らせ、国道7号を北へ。名無しの峠を越えて台中県から宜蘭県に入っていく。ここは山地民タイヤル族の住む大同郷。最初の村、南山村の入口にはタイヤル族の像が建っている。

 南山村はキャベツの名産地。あたり一面に、収穫を間近にしたキャベツ畑が広がっている。山裾は茶畑。豊かさを感じさせる農村の風景だ。

 南山村からは四季村、茂安村、太平村、英土村…とタイヤル族の村々がつづき、棲蘭に到着。ここで国道7号本線の北部横断(横貫)公路とぶつかる。梨山から棲蘭までの国道7号は「甲」表示で、7号の支線ということなのだろう。

 棲蘭では蒋介石の別荘「蒋公行館」を見学する。目の前を山地から流れ出る蘭陽渓が流れ、周囲は森林公園になっている。自然度満点の「蒋公行館」だ。

 蒋介石 は1887年10月31日に清国(中国)浙江省寧波府奉化県で生まれ、1975年4月5日、台北で死んだ。満87歳だった。

 第2次大戦後の国共内戦では毛沢東率いる中国共産党軍に敗れ、1949年、息子の蒋経国らとともに台湾に移った。そのときに大陸から移り住んだ中国人は「外省人」と呼ばれ、それ以前の「本省人」とは今でも区別されている。台湾にはそのほかアミ族やタイヤル族なのどの先住民の山地民がいる。

 台鈴の李さんの案内で「蒋公行館」を見学すると、そんな蒋介石の一生、それを次いだ蒋経国の一生がよくわかる。歩き疲れたところで、蒋介石が愛用したというソファーに李さんと一緒に座り、蒋介石の生涯を偲んでみた。

 第2次大戦後、日本が分割されないですんだのは蒋介石の力によるところがきわめて大きい。もし蒋介石の影響力がなかったら、北海道は間違いなくロシア領になり、本州は東日本と西日本の東西2国に二分されていた。こうして今、ひとつの国でいられるのは蒋介石のおかげといってもいいほどで、我々日本人はそれを忘れてはいけないと思うのだ。

taiwanjyuudan2011-048-8297
南山村のタイヤル族の像

taiwanjyuudan2011-048-8293
南山村のキャベツ畑

taiwanjyuudan2011-048-8295
南山村の茶畑

taiwanjyuudan2011-048-8313
「蒋公行館」の蒋介石夫妻の写真

taiwanjyuudan2011-048-8316
蒋介石の愛用したソファーに台鈴の李さんと座る

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

台湾往復縦断2011(47)

 東西横断(横貫)公路の梨山からは国道7号を北へ。20キロほど行った環山の町で台鈴の125ccスクーター、TEKKEN(鉄拳)を停めた。この山間の小さな町にある「平等国民小学校」を訪問するのだ。

 立派な建物の小学校に到着すると、39名の全校生徒、全員が出迎えてくれた。台鈴の李さんはさまざまな文房具を校長先生に手渡す。校長先生は歓迎の言葉を述べられたあと、学校内を案内してくれた。

 環山は山地民タイヤル族の町。39名の生徒たちも全員がタイヤル族の少年少女だ。

 高学年の生徒たちは、今日のために色鮮やかな民族衣装に着替えてくれている。一緒に町の中心の広場まで行き、そこでタイヤル族の歌を聞かせてくれ、伝統的な踊りを見せてくれた。

 驚いたのはそのあとだ。

 町の年配の人たちは、きれいな声で日本語の歌を歌ってくれたのだ。ぼくにとっては初めて聞く歌だが、みなさんの日本語はとてもわかりやすいものだった。そんな歌を小学生と一緒ににって聞いたが、日本人が環山に来てくれたということで、何人かの人たちは、「懐かしい」といって涙を流した。

 そのあと校長先生の案内でタイヤル族の民族資料館を見学。木の家と石の屋根。高床式の穀物庫。館内には粟穂やトウモロコシ、ひょうたんがぶらさがり、壁には動物の毛皮が貼られていた。ここでは粟作を中心とする農耕だけでなく、狩猟も盛んにおこなわれたという。民具や織物、伝統的な衣装を見てまわった。

 小学校に戻ると、生徒たちと一緒に給食をいただいた。

「平等国民小学校」を離れるときは、校門の前で先生方と記念撮影。若い女性の先生がほとんどで、一目、TEKKENを見て気に入ってしまった。

 台鈴の李さんは、先生方に、
「このスクーター、11台、送ってー!」
 といわれて困った顔をした。「平等国民小学校」には校長先生のほかに10人の先生方がいるのだ。

 何とも忘れられない環山の「平等国民小学校」になったが、先生方が手を振ってくれる中をTEKKENに乗って走り出した。

taiwanjyuudan2011-047-8244
環山を見下ろす

taiwanjyuudan2011-047-8248
環山の「平等国民小学校」の生徒たち

taiwanjyuudan2011-047-8254
小学生たちの伝統的な踊り

taiwanjyuudan2011-047-8271
小学生たちと一緒に給食をいただく

taiwanjyuudan2011-047-8276
「平等国民小学校」の校長先生と先生方

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

最近の記事
月別アーカイブ
小さな天気予報

-天気予報コム- -FC2-
FC2カウンター
QRコード
QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。