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世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。 20歳でのアフリカ一周から、60歳還暦での「300日3000湯」ツアーまで、そしてその先へ・・・。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。


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Author: 賀曽利隆
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Category: 旧満州走破行2004

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「旧満州走破行2004」(84)
10月18日(月)曇のち晴 瀋陽(その1) 第28日目

「商貿飯店」でクロワッサンとフランスパン、バター&ハニー、コーヒーの朝食を食べ、中国東北地方最大の都市、瀋陽の中心街を歩く。人口750万人の大都市。ここはかつての清朝の都。満州国時代の奉天だ。

 今回の「旧満州走破行」をサポートしてくれた「瀋陽市中国旅行社」の副社長、王麗華さんを訪ねる。ひとしきり今回の旅の話をしたあとは、
「瀋陽を拠点にして、北朝鮮を一周したいのですよ」
 と、「北朝鮮一周計画」を王さんに話し、協力をお願いした。

 昼食は「瀋陽市中国旅行社」の1階にあるレストランで王麗華さんにご馳走になった。

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瀋陽の中心街を歩く

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「吉野屋」を発見

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王麗華さんとしばしの歓談

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王麗華さんとの昼食

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王麗華さんとの別れ

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Category: 旧満州走破行2004

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「旧満州走破行2004」(83)
10月17日(日)晴のち曇 大連→瀋陽(その4) 第27日目

 今回の旅の出発点の瀋陽に戻ってきた。

 瀋陽北駅近くの高層ホテル「商貿飯店」に泊まり、瀋陽の目抜き通りを歩いたあと、ホテル近くの海鮮料理店「海浩灌湯包酒店」で夕食だ。

「貝三昧」の夕食。3種の貝料理とカキ鍋。そのほかシャチと肉料理、野菜料理、それと餃子と包子を食べた。

 餃子と包子はよく似ているが形が違う。それと餃子の皮の粉は発酵させていないが、包子の皮の粉は発酵させている。餃子は北で包子は南という地域の違いもある。

 夕食を食べ終わると瀋陽北駅まで行き、そこから夜の瀋陽の町を歩いた。

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海鮮料理店で夕食

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生簀のアサリ

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夕餉のテーブル

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貝料理

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貝料理

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貝料理

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カキ鍋

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シャチ

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包子

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Category: 旧満州走破行2004

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「旧満州走破行2004」(82)
10月17日(日)晴のち曇 大連→瀋陽(その3) 第27日目

 大連駅にやってきた。上野駅にそっくりな駅舎。13時発の瀋陽北駅行きの特快に乗る。その前に内蒙古自治区の赤峰行きの列車が出ていった。

 発車ベルが鳴り、瀋陽北駅行きの特快は定刻通りに大連駅を出発。大連の市街地を抜け出ると大連空港の脇を通り過ぎていく。車窓には広大な畑作地帯が広がる。収穫の終った畑。農家の平屋根の上では収穫したトウモロコシが干されている。

 稲刈りをしている畑を見る。稲穂を干している、コウリャン畑も見る。

 瀋陽北駅行きの特快は速い。ノンストップで走りつづける。先に出た赤峰行きの列車を追い抜いていく。さすが東北の幹線鉄路だけあって、複線の線路はよく整備されている。

 大平原から丘陵地帯に入り、リンゴ園を見る。山並みが遠ざかると、また大平原を行く。線路近くの道を竹を積んだ牛車が行く。山羊の群れを見る。

 14時50分、熊岳城駅を通過。平原を行く。ブドウ畑が見える。やがて前方には山並みが見えてくる。左手には高速道路。大連と瀋陽を結ぶ高速道路で片側4車線、日本では見られない8車線の高速道路だ。

 線路近くの道をトウモロコシを満載にした2頭立ての馬車が行く。山並みが遠ざかると、車窓には大平原が広がる。
 15時20分、大石橋駅を通過。
 15時35分、海城駅を通過。

 15時55分、鞍山駅に停車。大連を出発して初めての停車駅。鞍山駅を出ると、収穫した稲を脱穀しているのを見た。
 列車は地平線に囲まれた大平原をひた走る。山影はまったく見えない。

 16時35分、瀋陽南駅を通過。
 16時50分、瀋陽駅に停車。

 そして17時、終点の瀋陽北駅に到着した。大連→瀋陽北駅間は375キロ。それを特快列車は4時間で走った。

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大連駅前

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大連駅の待合室

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大連駅の改札口

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瀋陽北駅行きの特快列車の車内

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流れゆく車窓の風景を眺める

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終点の瀋陽北駅に到着

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Category: 旧満州走破行2004

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「旧満州走破行2004」(81)
10月17日(日)晴のち曇 大連→瀋陽(その2) 第27日目

 旅順から大連に戻ると、「大連自然博物館」を見学。そのあと博物館近くの海岸を歩いた。岩場では多くの人たちが釣りをしていた。

 海岸近くの海鮮料理店で昼食。アナゴの入ったチマキやカマスの唐揚げ、エビ料理などの海鮮料理のほかに豚の骨つき肉や3種の野菜料理、水餃子などを食べた。最後は海鮮炒飯。それを貝汁を飲みながら食べた。旨い昼飯だった。

 これでいよいよ大連ともお別れだ…。

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「大連自然博物館」を見学

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「大連自然博物館」の展示

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大連の海岸

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岩場で釣りをする人たち

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アナゴ入りのチマキ

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カマスの唐揚げ

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水餃子

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貝汁

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「旧満州走破行2004」(80)
10月17日(日)晴のち曇 大連→瀋陽(その1) 第27日目

 翌日は大連から日露戦争(1904年~1905年)の激戦地、旅順へ。

 旅順は今でも軍港で、1996年以降、一部が解放された。市内の人口は7万人。町を路面電車が走っている。
 1950年に大連・旅順・金州が合併し、旅大市になったが、1981年に「大連市」に改称された。

 旅順の「旅順口」が日露戦争遺址として中国の史跡になっている。そこには日本軍の司令部跡や陣地跡、ロシア軍の要塞跡などが残されている。

 かの有名な203高地への登り口には観光用の籠がズラリと並んでいる。その頂上には記念塔。そこからは旅順港を見下ろす。反対側に目をやると旅順の町並みが見える。

「水師営会見所」は乃木希典とロシア軍司令官の会見場。そこには当時の写真が展示されている。

 旅順の203高地をめぐる攻防戦は激しいもので、日本軍は16000人、ロシア軍は10000人もの死者を出した。この戦いで日本軍は勝利し、その結果、ロシアの旅順艦隊は壊滅的な状態に陥り、日露戦争で日本はロシアに勝った。世界を驚かせた日本の勝利。ここは司馬遼太郎の『坂の上の雲』の舞台だ。

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日本軍の司令部跡

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日露戦争の記念碑

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旅順の町並みを見下ろす

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かつての激戦の地で果物を売っている

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203高地への観光籠

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203高地の記念塔

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ロシア軍の大砲

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水師営会見場

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乃木希典とロシア軍司令官会見の写真

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「旧満州走破行2004」(79)
10月16日(土)晴 ハルビン→大連(その4) 第27日目

 大連はマイクロバスでまわった。王さんという日本語の上手な女性ガイドが同行してくれている。中心街を観光したあとは大連の名所、老虎灘(老虎海岸)へ。老虎が海岸にうずくまって海水を飲んでいるように見える巨岩があることから「老虎灘」の名前がついたという。

 ここは新婚旅行のメッカ。次々と新婚さんがやってくる。その中心は北大橋。橋の上を歩く2人の姿をビデオ撮影するのが流行のようだ。老虎灘の一帯は「老虎灘公園」になっているが、その一角には6頭の虎のモニュメントがある。

「麗星大飯店」という老虎灘を見下ろすホテルに泊まり、「天天漁港」という海鮮料理店で夕食。豪華な海鮮料理の数々を食べたあと、その前の「○(混の食偏。以下同様)飩屋」に入る。日本の「饂飩(うどん)屋」を連想させる「○飩屋」だが、この店で出てくるのはウドンではなくワンタンだ。

 ウドンとワンタンの関係はじつに興味深い。日本では漢字で書くと共に饂飩になる。しかし、その昔は「○飩」と書いた。つまりは饂飩は中国のどこにでもある「○飩屋」の「○飩」のことなのである。

 日本にウドンが伝わったのは奈良時代から平安時代のことだいわれているが、それはじつはウドンではなくワンタンだった。

 日本人はウドンとワンタンを取り違えてしまい、ウドンは千何百年もの間、名前と中身の違うまま現在に至っている。

「○飩」の北京語発音は「フォントン」、上海語発音は「ユントン」、広東語発音は「ワンタン」になる。

 中国では「○飩屋」に入ってもウドンは食べられない。出てくるのはワンタンだ。「雲呑屋」の看板を掲げた店もあるが、そこでもやはり出てくるのは「わんたん」。繰り返しになるが、「○飩」というのはワンタンのことである。

 ところで「○飩」は中国南部のもので、それに対して「餃子」は中国北部のものになる。「○飩」と「餃子」は似ているが、その皮は「○飩」が四角で「餃子」は円形。「○飩」は汁ごと食べるが、「餃子」は汁なしで食べる。粉食圏の中国の食文化はおもしろい。

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大連の名所、老虎灘

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老虎灘は新婚旅行人気のスポット

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老虎灘の北大橋には次々に新婚さんがやってくる

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新婚さんのビデオ撮影

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6頭の虎のモニュメント

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老虎灘の船着場

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老虎灘のナイトクラブ

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海鮮料理の「天天漁港」で夕食

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この店でワンタンを食べる

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「旧満州走破行2004」(78)
10月16日(土)晴 ハルビン→大連(その3) 第27日目

 大連中心街の中山広場から大連港へ。ここは上海、天津に次ぐ中国第3の港。かつては石炭と木材の積み出し港だった。大連港には1920年代の写真があったが、基本的には当時とほとんど変っていない。満州国時代の港がそっくりそのまま残っているという感じだ。

 つづいて大連新港へ。ここは黒龍江省の大慶油田の積み出し港として1976年に新しく造られた港。埠頭の両側には大型タンカーが停泊していた。大慶油田は衰退し、産油量が落ちているので輸入原油を積んだ大型タンカーのようだ。

 大連港、大連新港を見たあとは南山路の旧日本人町に行く。アカシア並木の日本人町は今や大連の観光地。若いカップルの姿が目立つ。土産物などの露店が並び、街角には日本人形の像が建っている。

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大連港

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満州国時代の大連港

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南山路の旧日本人町

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旧日本人町の建物

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旧日本人町の日本人形像

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旧日本人町は大連の観光地

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「旧満州走破行2004」(77)
10月16日(土)晴 ハルビン→大連(その2) 第27日目

 ハルビン・スズキでのセレモニーが終るとハルビン空港へ。12時45分発の廈門航空廈門行きのMF8606便に乗り込んだ。この飛行機で大連に行く。

 定刻通りにハルビン空港を飛び立つと、眼下には収穫の終った広大な畑が広がっている。一面、茶褐色の大平原。黒龍江省から吉林省、遼寧省の上空を飛び、14時05分、大連空港に到着した。

 大連は遼東半島の南端に位置する港町。「アカシアの大連」で知られているが、まずは中心街の中山広場を歩いた。広場に面した大連賓館(旧大和ホテル)や中国銀行(旧横浜銀行)などの建物は満州国時代に日本人の手によって造られたもの。それらが当時のままの姿で残っている。

 大連はかつては小漁村でしかなかったが、1898年、ロシアが租借地にしてからというもの、旅順の軍港とともに貿易港として大発展をとげた。満州国時代はまさに満州の玄関口でここには満鉄の本社が置かれ、特急列車の「亜細亜号」が奉天(現瀋陽)から新京(現長春)、哈爾濱(ハルピン)へと出ていった。

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ハルビンを出発

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ハルビン近郊の平原を見下ろす

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大連空港に到着

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大連の中心街の中山広場。正面に中国銀行(旧横浜銀行)が見える

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中山広場に面した大連賓館(旧大和ホテル)

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大連賓館の内部

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大連の中心街のビル群

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58階建の世界貿易センタービル

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友好広場を望む

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旧満鉄の「亜細亜号」

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「旧満州走破行2004」(76)
10月16日(土)晴 ハルビン→大連(その1) 第27日目

 ハルビンの「民族飯店」での朝食を食べ、スズキQS110に乗ってハルビンスズキへ。そこでは大歓迎を受けた。爆竹が鳴らされ、くす玉が割られた。アドバルーンには「熱烈慶祝日本友人賀曽利先生騎遊凱旋」と大書されている。

 ここでQS110を返却したが、最終的な走行距離は6216キロになった。

 QS110はじつにいいバイクだった。信じられないほどの走りの良さ。その感じたことを箇条書きにしてみた。
 1、乗りやすい。
 1、エンジンの始動性がいい。氷点下10度でも一発でかかった。
 1、ライトが明るい。ナイトランがすごく楽だった。
 1、110ccとは思えないほどの高速性能。時速90キロから100キロぐらいの巡航速度で連続走行ができた。
 1、エンジンがタフだ。
 1、タイヤの耐久性が抜群にいい。6000キロを超えてもそれほどの減りはない。
 1、ツーリングに使うのには5リッタータンクは小さい。
 1、オイルが0・8リッターでしかないので、こまめにオイル交換をした。2000キロではオイル交換をした。

 まあ、こんなところか。
 スズキQS110は日本に持って帰りたくなるほどいいバイクだった。ありがとうよ、QS110!

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ハルビンスズキに戻ってきた!

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「旧満州走破行2004」(75)
10月15日(金)晴 チャムス→ハルビン 第26日目

 チャムスのホテルのレストランで粥と饅頭の朝食を食べ、7時出発。ハルビンへと向かう。「旧満州走破行」のバイクで走るのも、今日が最後の日になってしまった。

 旅の終わりは寂しいもの。スズキQS110の軽快なエンジン音も、何とはなしに寂しげに聞こえてしまう。

 得莫利という町で昼食。松花江の川魚料理が出た。昼食のあとは町の市場を歩いた。

 いよいよ最後の行程を走り、ハルビンに到着したのは17時。町の入口でQS110を停め、同行してくれた息子の尚と握手をかわした。

 ハルビンの中心街に入っていく。真っ赤な夕日が落ちていく。夕日を浴びた高層ビルのガラスが赤々と染まっている。

 松花江近くの「民族飯店」に到着。QS110のメーターは「6207」。新車でハルビンを出発したので、全行程6207キロの「旧満州走破行」となった。

 夕食はホテル近くの餃子専門店、「東方餃子」で。

 6000キロを超える長い距離を同行してくれた東京映像社長の大滝さん、カメラマンの園部さん、山岸さん、ハルビンスズキの李さん、それと中国人スタッフとの宴会だ。おおいに食べ、おおいに飲んでハルビンの夜は更けていった。

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早朝のチャムス

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粥と饅頭の朝食

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得莫利の町で昼食

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松花江の川魚料理

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得莫利の市場を歩く

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ハルビンへ

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ハルビンに到着!

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ハルビンでの宴会

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「旧満州走破行2004」(74)
10月14日(木)晴 撫遠→チャムス(その2) 第25日目

 中国最東端の町、撫遠から二龍山経由の道でチャムスへ。二龍山の町で昼食を食べ、幅広の2車線の道をひたすらチャムスを目指してスズキQS110を走らせた。

 この一帯はビート(砂糖大根)の産地。製糖工場の前にはビートを満載にしたトラックが長蛇の列をつくっていた。

 チャムスに近づいたところでは「同三公路」に合流。同江から145キロの道標を見る。同三公路というのは黒龍江河畔の同江から大連へ、大連港からはフェリーで山東半島の煙台港に渡り、上海、広州と通り、海南島の三亜へとつづく全長6000キロ余のルート。いつの日か、その全線をバイクで走ってみたいと思っているルートだ。

 チャムスに到着したのは17時45分。撫遠から493キロ。QS110の走破性は抜群で、1日で500キロぐらいの距離は平気で走ってくれる。すごいぞ!

 往路ではチャムスから同江経由で撫遠まで行ったが、その距離は480キロ。二龍山経由の道はそれよりも若干、長くなるが、交通量の少ない快走路なのでより速く走れる。

 チャムスの夕食。ホテル近くの町中の食堂で食べた。
 1、焼き餃子
 2、川魚の唐揚げ
 3、ジャガイモ入りの野菜炒め
 4、満州風カツレツ
 5、豚の胃
 6、幅広米粉
 7、鶏の唐揚げ

 というもので、いつものように満腹、満腹。中国では食べて、食べて、食べまくる。
 それが中国流なのだ。

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製糖工場前に並んだトラック群

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トラックの荷台のビート

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同三公路の道標

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チャムスの食堂の調理場

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焼き餃子

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満州風カツレツ

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川魚の唐揚げ

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「旧満州走破行2004」(73)
10月14日(木)晴 撫遠→チャムス(その1) 第25日目

 撫遠のホテルで朝食を食べ、7時30分に出発。「中国石油」のスタンドでスズキQS110に給油し、二龍山経由の道でチャムスに向かう。2車線の道が一直線に延びている。交通量は極めて少ない。時折、バスとすれ違う。農業用のトラックターともすれ違う。道の両側には収穫の終った広大な畑が広がっている。

 QS110で切る風は冷たい。ハンドルを握りながらブルブル震えてしまいそうになるほどの風の冷たさ。すでに冬が間近な中国東北部だ。

 12時、撫遠から250キロの二龍山の町に到着。町中の食堂で昼食にした。

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撫遠のホテルの朝食

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チャムスへの道

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収穫の終った広大な畑が広がる

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町中の食堂で昼食

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鶏の唐揚げ

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骨つき肉

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「旧満州走破行2004」(72)
10月13日(水)晴 撫遠(その4) 第24日目

 中国最東端の地、「東極」から撫遠に戻ると、「東北田舎料理」の店で「豚肉三昧」の夕食。豚の内臓や豚の尻尾、豚の顔皮や耳皮、豚の腸、豚の骨つき肉、豚鍋をヤカンに入れてあたためた焼酎を飲みながら食べた。店のおばちゃんや調理人のあたたかさもあって酒量は増える。飾り気のない素朴さがこの店の売りだ。

 旧満州は現在の中国東北部。中国の東北は日本の東北と似たところがあって、人のあたたかさがジンジン伝わってくる。純粋の満族はほとんどいなくなったが、この地の人たちは中国人とはちょっと違う。

「日本も中国も東北はいい!」
 と思うカソリだった。

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豚を料理する

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豚の内臓

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豚の尻尾

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豚の顔皮や耳皮、腸など

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豚鍋

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「旧満州走破行2004」(71)
10月13日(水)晴 撫遠(その3) 第24日目

 中国最東端の地、黒龍江とウスリー江の合流地点の「中国東極」に立ったあと、黒龍江の川岸を歩いていく。対岸のロシア側にはロシア正教の教会が見える。東極から黒龍江の上流側にわずかに行ったところには、少数民族ホジェン族の船溜があった。ホジェン族は黒龍江とともに暮らす漁労民。川岸では黒龍江で獲れた魚を干していた。

 ホジェン族は普段はサケやマスなどを獲っているが、彼らはチョウザメの仲間の皇帝魚をも獲る。最大級の皇帝魚になると長さ8-10メートル、重さは何と2トン近くに達するという。

 乱獲がたたって今では超大物の皇帝魚は激減したとのことで、500キロぐらいが大物になっているが、それでも重さ500キロの魚といったらすごいではないか。ホジェン族はそんな黒龍江の誇り高き漁労民なのだ。

 ホジェン族と同じ民族はロシア側にも住んでいる。ナナイ族と呼ばれているが、やはりアムール川(黒龍江)の漁労民だ。

 ホジェン族は約5000人、ナナイ族は約10000人。ともに少数民族だが、2つの同じ民族は国境線という目に見えない線で分断されている。

 ホジェン族とナナイ族の例はほんの1例で、世界にはこのように国境線で分断された民族が数多くある。

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中露国境を流れる黒龍江

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漁労民ホジェン族の船溜

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黒龍江で獲れた魚を干している

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これから漁に出る漁船

テーマ : ツーリング    ジャンル : 車・バイク