「南米・アンデス縦断」(50)

 1月5日。「ホテル・ポスタスル」のジュース、コーンフレーク、パン、スクランブルエッグ、ベーコン、ヨーグルトの朝食を食べ、8時出発。カラファテの町は「パルケ・ナショナル・ロス・グラシアス」(氷河国立公園)の玄関口。胸をドキドキさせて「パルケ・ナショナル・ロス・グラシアス」(氷河国立公園)のペリト・モレノ氷河に向かっていく。ペリト・モレノ氷河は我々の「パタゴニア縦断」のハイライトシーンだ。

 舗装路を行くとやがて右手にエメラルドグリーンのアルゼンチナ湖が見えてくる。湖の周辺の草地では、グアナコの群れを見る。グアナコはアンデスの家畜アルパカやリャマの起源種といわれるラクダ科の野生動物だ。

 カラファテから70キロほどいくと、「パルケ・ナショナル・ロス・グラシアス」(氷河国立公園)のゲートに到着。ここで40ペソ(約1520円)を払って中に入る。展望台に立ち、ペリト・モレノ氷河を目の前にした時の驚きといったらなかった。まさに大自然の驚異だ。

 アンデス山脈の稜線に端を発する全長350キロのペリト・モレノ氷河は、4キロもの幅となってアルゼンチナ湖に落ち込んでいる。それはまさに「氷の河」、それもとてつもない大河なのである。

 湖面の上に出た氷河先端の壁は100メートルほどの高さ。その氷の壁はあちこちで崩れ、そのたびに雷が落ちるような、もしくは大木がへし折られるような轟音をあたりにとどろかせ、そして巨大な氷の塊になって湖に落ちていく。アルゼンチナ湖の青い湖面には氷山が浮かび、夏の強い日差しを受け、美しさを通りこして不気味なほどに青白く光り輝いていた。

 この「パルケ・ナショナル・ロス・グラシアス」(氷河国立公園)には15以上もの巨大氷河があり、氷河の面積は南極、グリーンランドに次いで世界第3位とのことだが、ペリト・モレノ氷河が「パルケ・ナショナル・ロス・グラシアス」(氷河国立公園)を代表する氷河になっている。ペリト・モレノ氷河を離れたあとも、氷河の光景が目に焼きついて離れず、氷河が湖に崩れ落ちていくときの轟音はいつまでも耳に残った。

「パルケ・ナショナル・ロス・グラシアス」(氷河国立公園)からカラファテに戻ると、「ホテル・ポスタスル」に連泊した。夕食は豪華版だ。アンデスのマスとパタゴニアのウサギ料理を食べた後はフィレ、リブ、サーロインステーキとふんだんに肉料理を食べた。

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「ホテル・ポスタスル」の朝食

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右手にアルゼンチナ湖を見ながら走る

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これがペリト・モレノ氷河!

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夕食のマス料理

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肉は食べ放題!

「南米・アンデス縦断」(49)

 1月4日、「ホテル・ベルグランド」の朝食を食べ、7時前にはペリトモレノの町を出発。この日の目的地、カラファテまでは700キロ以上あるので、いつもよりも早めの出発になった。

 この日はペルーの首都リマを出発してから34日目だが、何とも辛い1日になってしまった。すでに南緯50度の世界に近づいているので、バイクで切る風は冷たい。

 ダートの国道40号を南下し、バジョカラコレスの町に向かっているときのことだ。女性ライダーのあすかさんと男性ライダーの藤田さんが相次いで転倒し、2人とも足を骨折したようだ。ペリトモレノからやってきた救急車に2人は乗せられ、大西洋岸の町、コモドロリバダビアの病院に向かった。救急車にはガイドの日系2世のヤマグチさんが同乗した。

 胸にポッカリと穴のあいたような気分を味わう。

 あすかさんとは2005年の「韓国往復縦断」を一緒に走った。藤田さんとは2003年の「南部アフリカ」と2004年~2005年の「サハラ砂漠縦断」を一緒に走った。そんな旅のシーンが次々によみがえってくる。今回は南緯55度の世界最南の町、ウシュアイアを目指そうとリマから7500キロ余を走ってここまでやってきたが、無念のリタイヤとなってしまった。2人にとってはさぞかし悔しいことだったであろう。

 あすかさんと藤田さんの2人のメンバーを失ったが、我々の「南米・アンデス縦断」の旅はまだまだつづく。

 ペリトモレノから126キロのバジョカラコレスに着くと、レストランで昼食のスパゲティーを食べ、13時に出発。グレゴレス、トレスラゴスを通ってカラファテに到着したのは24時。ホテルが用意しておいてくれたサンドイッチを食べてから眠りにつくのだった。

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パタゴニアの風景

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昼食のスパゲティー

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ダートの国道40号を行く

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アンデス山麓のカルディエル湖

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アルゼンチナ湖から流れ出るサンタクルス川

「南米・アンデス縦断」(48)

 1月3日、エスケルの「ホテル・ソルデルスル」の朝食を食べ、8時に出発。ここでカソリ、とんでもないミスをしてしまった。何と国道40号を反対方向の北に走ってしまい、40キロほど行った地点でやっと間違いに気付いたのだ。トホホホ…。みなさんに平謝りで謝り、エスケルに戻った。

 10時、エスケルを再度、出発。今度は国道40を南へ。「犬が空を飛ぶ!」といわれるくらいの烈風のパタゴニアを行く。昼食はピクニックランチ。風をさえぎるものない荒野にシートを広げ、カップ麺を食べ、そのあとみんなで15分間の昼寝をした。

 このあたりのパタゴニアはアンデス山脈から離れているので地平線が見える。

 リオマヨの町を過ぎると国道40号のダートに突入。道幅は広く、路面のよく整備された高速ダート。長い土煙を巻き上げて走った。ペリトモレノの町に着いたのは21時。すでに南緯46度線を越えているので、夜の9時といっても昼間のように明るい。

「ホテル・ベルグランド」に泊まり、ホテル内のレストランで夕食。ポテトチップとサラダ付きのビフテキだ。さすが「肉食の国」アルゼンチンだけあって、ビフテキのぶ厚さには驚かされてしまう。肉は十分にやわらかかった。

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エスケルを出発

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パタゴニアの地平線

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リオマヨに到着

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リオマヨの町

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国道40号のダートに突入

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右折してペリトモレノへ

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夕食のビフテキ

「南米・アンデス縦断」(47)

「ルカチェリ・ホテル」の朝食を食べ、バリローチェを出発。パタゴニア縦貫の国道40号(ルータ・クワレンタ)に入り、南へ南へと向かっていく。

「吠える40度」といわるとおりで、南緯40度以南のパタゴニアでは四六時中、猛烈な風が吹きまくっている。国道沿いには「烈風注意!」の標識が立っている。

 パタゴニアの風というのは、太平洋側から吹きつける偏西風。水分をたっぷりと含んだ風がアンデス山脈にぶつかり、チリ側は「地上最悪の気候」といわれるほどの暴風雨、暴風雪に見舞われる。年間の降水量は5000ミリを超える。

 それにひきかえアルゼンチン側というのは、すでに雨や雪を降らせた乾いた風が、アンデス山脈を越えて吹きおろしてくる。そのためアルゼンチン側のパタゴニアは砂漠同然で、年間の降水量は300ミリを割る。同じパタゴニアとはいっても、アンデス山脈をはさんだ東と西では、まったく違う世界になっている。

 国道40号はアンデス山脈の東麓を通っているが、そのルートはアンデス山脈に近寄ったり、遠ざかったりしている。アンデス山脈から離れると、四方を地平線に囲まれた大平原になる。トゲのついた草が、地平線のかなたまで地を這うようにはえている。かわいらしい白や紫の花を咲かせている草もある。

 国道40号を通る車はほとんどない。沿線には小さな町が200キロとか300キロといった間隔でポツン、ポツンとあるだけ。気が遠くなるほどの広大な原野が延々とつづいている。その大半は牧場になっているが、ウシやヒツジの姿を見かけることはほとんどない。チリ人の「島国人気質」とは対照的に、「大陸人気質」で他人には無関心のアルゼンチン人だが、このパタゴニアだけは別。ときたますれ違う車からは、身を乗り出して手を振ってくれることがよくある。

 それにしても、パタゴニアの風は猛烈だ。

 アンデス山脈から吹き下ろしてくる真横からの風に吹かれると、DRで道路の右端を走っていてもあっというまに左端までもっていかれ、あやうく路肩から飛び出しそうになってしまう。風が真正面から吹きつけてくると、アクセルを目いっぱいに開いてエンジンの回転を上げても、スピードが80キロから70キロ、60キロ…と、スーッと落ちてしまう。その反対に真後から吹かれると、まるで無風状態の中を走っているようで、それでいてアクセルから手を離しても80キロぐらいの速度をキープする。

 バリローチェから300キロ南のエスケルに到着。ここには我々の目指す世界最南の町、ウシュアイアまで1937キロと表示された道標が立っている。アラスカのアンカレッジまでは16360キロだ。

 エスケルの町の中心にある「ホテル・ソルデルソル」に泊まる。夕食は我々のつくった日本食。おにぎりと雑煮、それとワカメ、ナス入りの味噌汁。そのあと長谷川さん、斉藤さん、小林さんと町に繰り出し、バーでピスコサワーを飲んだ。

 すでに南緯40度線を越えた高緯度帯に入っているので、夜7時を過ぎても、8時を過ぎてもまだ明るい。地平線に近づいた夕日は金色の光を投げかけ、町を金色一色に染め上げる。自分自身の影がいよいよ長くなり、まるで宇宙からやってきた巨人のようになる。長かった夏のパタゴニアの1日も、夜の10時を過ぎると夕日が地平線のかなたに落ちて、やっと終わりを告げるのだった。

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「ルカチェリ・ホテル」の朝食

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アンデスの雪山を眺める

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昼食の「ミラネーゼ」

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パタゴニア縦貫の国道40号

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「烈風注意!」の標識

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エスケルの道標。ウシュアイアまで1937キロ

「南米・アンデス縦断」(46)

 2008年の新年をアルゼンチンのリゾート地、バリローチェで迎えた。まだ明かりの残る夜明けの町を見たあと、「ルカチェリ・ホテル」の朝食。ジュース、コーンフレーク、トースト、ハム、チーズ、ヨーグルト、フルーツポンチを食べると、バリローチェの町歩きを開始。今日は一日、この町に滞在するのだ。

 バリローチェは人口12万人。標高770メートルのアンデス山麓の町で、目の前にはナウエル・ウアビ湖が広がっている。この町にはスイス人移民が多く、町をとりまく美しい自然とあいまって「南米のスイス」といわれている。

 午前中はナウエル・ウアビ湖畔を歩いた。湖面は強い風で波立ち、湖岸には波が寄せている。湖を渡って吹いてくる風は冷たい。対岸には雪山が連なっている。抜けるような青空を映して湖は吸い寄せられるほどの青さ。目に残るアンデスの絶景だ。

 町に戻ると昼食。ガソリンスタンドのファストフード店でコカコーラを飲みながらハンバーグを食べた。午後は町を歩いた。中心街のセントロ・シビコにある「パタゴニア博物館」を見学。すでに南緯40度を越えたバリローチェはパタゴニアへの入口にもなっている。「パタゴニア博物館」の展示を見ながら、明日からの「パタゴニア縦断」に胸を躍らせた。

 夕食はメンバーの斉藤さん、小林さん、それと良輔君と一緒に、イタリア料理店に行く。斉藤さん、小林さんとは「ワイン同盟」を結んでいるので、ここではアルゼンチンのメンドサ産ワインをおおいに飲み、赤を2本、白を2本、空けた。ベジタブルスープとイカスミスパゲティー、ポテトを添えたサーモンのイタリア料理も美味だった。

 こうして「バリローチェの休日」で英気を養い、明日からの「パタゴニア縦断」に立ち向かっていく。さー、烈風のパタゴニアを越えてマゼラン海峡へ!

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バリローチェの夜明け

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バリローチェの「ルカチェリ・ホテル」の朝食

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ナウエル・ウアビ湖の湖畔を歩く

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バリローチェの中心街

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夕食のイカスミ・スパゲティー

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夕食のサーモン

「南米・アンデス縦断」(45)

 12月31日。2007年の大晦日だ。オソルノの「ワエゲール・ホテル」のジュース、コーンフレーク、パン、ハム、チーズ、ヨーグルト、フルーツポンチの朝食を食べ、8時に出発。チリ・アルゼンチン国境のアンデス山脈のプジェウエ峠(1314m)に向かっていく。オソルノの周辺にはいくつもの大きな湖があり、雪をかぶった富士山型の火山があちこちにそびえている。風光明媚なエリアだ。

 プジェウエ峠に向かっていくと、強風が吹き始める。森がザワザワ揺れている。渓流に沿って峠道を登っていくと温泉があった。温泉プールといったところで、水着を着用して湯につかった。ジャスト適温の温泉だ。

 11時、チリ側の国境事務所に到着。オソルノから108キロの地点。1時間ほどかかって出国手続きを終え、アルゼンチン側の国境事務所に向かって走る。アンデス山脈のプジェウエ峠に到達したところで昼食。カップラーメンとチーズ、ソーセージ、レタスをのせたパンを食べた。

 13時40分、アルゼンチン側の国境事務所に到着。チリ側の国境事務所から40キロほどの地点。チリとアルゼンチンの間には1時間の時差があるので、アルゼンチン時間では14時40分になる。入国手続きを終え、アルゼンチンに入ったのは16時。アンデス山麓のリゾートタウン、バリローチェに向かって下っていく。

 バリローチェはアルゼンチンでも有数の観光地で、夏は避暑でにぎわい、冬はスキーのメッカになる。冬の積雪は2、3メートルに達するという。すでに我々は南緯40度の世界に入っているので、DR-Z400Sで切る風は冷たい。大きな湖が連続し、湖畔の山々には雪が残っている。

 18時、バリローチェに到着。「ルカチェリ・ホテル」に泊まる。まずは両替。1ドルが3ペソで、1ペソは38円だ。アルゼンチンの通貨を手に入れると、斉藤さんと町を歩き、スーパーで買い物をする。ビールにワイン、パン、チーズ、生ハム…と、新年の宴会用の買い出しだ。

 ホテルに戻ると、カソリの部屋で宴会開始。あすかさん、児玉さんの女性陣が来てくれたので華やいだ宴会になった。ビールとワインをあらかた飲みつくしたところで2008年の新年を迎える。「ハッピーニューイヤー!」。花火が何発も打ち上げられる。部屋の電気を消し、しばらくは新年の花火を見た。

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オソルノの「ワエゲール・ホテル」の朝食

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オソルノからアンデス山脈のプジェウエ峠に向かう

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湖畔に立つ!

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温泉プールのような温泉

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刑流に沿って峠道を登っていく

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バリローチェ近くの湖

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バリローチェの「ルカチェリ・ホテル」に到着

「南米・アンデス縦断」(44)

 12月30日。ロス・アンヘルスの「アルカサール・ホテル」のジュース、コーンフレーク、パン、チーズ、ハム、コーヒー、ヨーグルトの朝食を食べ、8時、出発。パンアメリカンハイウエイの国道5号を南下。

 オソルノを通り、サンチャゴから南に1000キロ、のプエルトモントに到着。ベネズエラの首都カラカスからコロンビア、エクアドル、ペルー、チリとつづく南米の太平洋岸を縦貫するパンアメリカンハイウエイは、ここプエルトモントで終点になる。チリ鉄道網の終着駅でもある。

 プエルトモントからさらに南のチリ領内のパタゴニアは、アンデス山脈がそのまま海に落ち込み、フィヨルドをつくり、そこを縦貫して南端のプンタアレナスへと通じる道路はない。

 プエルトモントには漁港がある。魚市場に隣合って、魚料理を食べさせてくれる店が何軒も並んでいる。そのうちの1軒に入り、貝のスープに、タラのような白身の魚のフライを食べた。

 プエルトモントの漁港近くにシーフードレストランがずらりと並んでいることからもわかるように、チリ人というのは、日本人と同じようによく魚を食べる。それだけにはとどまらず、チリ人というのは日本人に似て繊細だ。島国人気質ということでも似ている。チリという国は大陸でありながら、きわめて島国的な側面を持っているのだ。

 南北に細長く、その長さは4500キロにも達する。それに比べて東西の幅は極端に狭く、200キロぐらいでしかない。世界でも類をみないほどの細長い国になっている。このように細長いチリは、北は灼熱のアタカマ砂漠、南は氷雪のパタゴニア、東は最高峰のアコンカグアなどがそびえるアンデス山脈、西は太平洋で、他の世界とは自然の障壁で大きく隔てられている。大陸国でありながら、島国同然なのである。

 それだから、よけいに日本に親近感をおぼえるのだろうか、チリには親日的な人が多い。驚かされたのは、何度となく、「日本は我が国の隣国である」と、いわれたことだ。

 なるほど地図を広げてみればわかることだが、太平洋をはさんでチリと日本は隣り同士の国になる。1960年5月24日に日本の三陸海岸を襲った大津波が、チリ沖で起きたM9・5という超巨大地震が原因だったことを申し訳なさそうにいう人もいた。

 それに対して我々日本人を考えてみると、「チリは我が国の隣国である」といえる人が、はたしてどのくらいいるのだろうか…。

 プエルトモントから100キロほどのオソルノまで戻り、町中の「ワエゲール・ホテル」に泊まった。明日はいよいよアンデス山脈の峠を越え、アルゼンチンに入るのだ。竹口さんと斉藤さん、我らの星、最年少の良輔君、それと道祖神の菊地さんと一緒に町にくり出し、チャイニーズレストランで夕食。ビールで乾杯したあと、中華料理を食べた。

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ロス・アンヘルスの「アルカサール・ホテル」の朝食

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オソルノの中心街を歩く

「南米・アンデス縦断」(43)

 12月29日。6時前に起き、1時間ほどタルカの町を歩き、7時朝食。ジュースにパン、バター、ジャム、チーズ、コーヒーという朝食を食べ、8時出発。国道5号(パンアメリカンハイウエイ)を南下。

 この日も晴天で、抜けるような青空が広がっている。左手に際限なくつづくアンデス山脈の山並みを眺めながらDR-Z400Sを走らせる。

 前日と同じように、アンデス山脈から流れ出る川を何本も渡る。アンデス山脈の主脈から太平洋までは100キロもないので、これといった大河はない。

 国道5号沿いのレストランで「ビーフ&ライス」の昼食。食べ終わったあとは、食後のコーヒーを飲みながらメンバーのみなさんとの話が弾む、これがじつに楽しい時間だ。

 チリャンを通り、16時、ロス・アンヘルスの町に到着。タルカから270キロだ。

「ロス・アンヘルス」のスペルは「LOS ANGELES」でアメリカのロサンゼルスと同じだが、スペイン語圏のチリではロス・アンヘルスになる。

 ロス・アンヘルスでは町中の「アルカザール・ホテル」に泊まった。
 部屋に荷物を入れると、すぐに町歩きを開始。このバイクを降りたあとの町歩きは楽しい。

 町の中心のアルマス広場に行き、広場の周辺を見たあと、中心街を歩く。大きな電気店の店先には何台もの中国製のバイクが並べられている。チリでは電気屋がバイクを売っている。「アルカサール・ホテル」に戻ると、みなさんと一緒にレストランへ。サラダと肉料理の夕食を食べた。

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朝食の風景

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国道5号を南下

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国道5号沿いのレストラン

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昼食の「ビーフ&ライス」

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ロス・アンヘルスの町に到着

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ロス・アンヘルスの「アルカザール・ホテル」

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ロス・アンヘルスのアルマス広場

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電気屋で売られている中国製バイク

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ロス・アンヘルスの中心街

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夕食のサラダ

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夕食の肉料理
著者・管理人

Author: 賀曽利隆
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