1
2
4
5
8
9
10
12
13
14
16
17
18
19
20
21
22
24
25
26
27
28
29
30
  09 ,2014

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。 20歳でのアフリカ一周から、60歳還暦での「300日3000湯」ツアーまで、そしてその先へ・・・。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。


著者・管理人

Author: 賀曽利隆
Twitter:@kasori3000
Administrator:ウザワ・K

カテゴリー
Amazon
ブログ内検索 by Google
広告も社会の窓。
FC2ブログランキング
このブログが面白いと思ったらたまに(あるいは頻繁に!)クリックしてくださいね(ポチっとな)。それで何が起こるのかは僕も知らんけど…。
月別アーカイブ
小さな天気予報

-天気予報コム- -FC2-
FC2カウンター
QRコード
QRコード
23

Category: 南米・アンデス縦断2007-2008

Tags: ---

Comment: 0  

「南米・アンデス縦断」(56)
 スペイン語で「砂の岬」を意味するプンタ・アレナスは、チリ・マガジャネス州の州都で人口10万人。1520年、マゼラン(マガジャネス)の率いる船隊が大西洋と太平洋をつなぐ海峡を発見した。それがマゼラン海峡だ。

 マゼラン海峡の発見以来、大型船がこの海峡を往来するようになり、プンタ・アレナスは大西洋と太平洋を結ぶ海峡の港として栄えた。町の繁栄は1914年のパナマ運河の開通までつづいた。

 ということでまずは町の中心にあるアルマス広場に行き、広場の中央に建つマゼラン像を見る。大砲に足をかけたマゼランは空を見上げている。その足下にはこの地方の先住民のアラカルフ族とテウエルチェ族。征服者と被征服者を表した銅像だ。そのあとマゼラン地域博物館を見学した。プンタ・アレナスからはフェリーでフエゴ島に渡るので、フェリー乗り場も見に行った。

 夕食はチャイニーズレストランで。ビュッフェの中華料理を食べた。

IMG_0878_201409231108553cd.jpg
0878、プンタ・アレナスの繁華街

IMG_0879_20140923110856dc2.jpg
0879、プンタ・アレナスを歩く


IMG_0881.jpg
0881、アルマス広場のマゼラン像

IMG_0882_20140923110859b8f.jpg
0882

IMG_0883_201409231109012a9.jpg
0883、夕食の中華料理

15

Category: 南米・アンデス縦断2007-2008

Tags: ---

Comment: 0  

「南米・アンデス縦断」(55)
 1月9日8時、「ホテル・チャールズ・ダーウィン」の朝食。ジュース、コーンフレーク、パン、チーズ、ハム、スクランブルエッグの朝食には、チリ産の海苔の入ったスープが出た。

 9時、出発。冷たい雨が降っている。烈風が海から吹きつけてくる漁港の岸壁に立つと、ウルティマ・エスペランサ湾の対岸には海に落ち込む氷河が見えた。フィヨルドの氷河だ。

 プエルトナタレスからは世界最南の都市、プンタアレナスに向かう。

 猛烈な西風が吹いている。この一帯にはけっこう樹木がはえているのだが、どの木もいじけたような格好で変形し、風の吹く向きに倒れている。風は強いが、雨が止み、日が差してきたので助かった。

 パタゴニアの荒野の中での昼食。道路沿いにシートを広げ、みんなで座り込み、チリ産のカップヌードルとレタス、ハム、チーズ入りのサンドイッチを食べた。

 プエルトナタレスから220キロ南下すると、マゼラン海峡が見えてきた。

 今回の「南米・アンデス縦断」の一番の目的は世界最南の町、南緯55度のウシュアイアまでバイクで走るということだが、それと同じくらいに「マゼラン海峡を見たい!」という気持ちが強くあった。

 それだけに真っ青なマゼラン海峡を見たときは、
「おー、マゼラン海峡だ!」
 と、感激の声を上げ、感動の万歳をした。

 海岸に降りると丸みを帯びた石のゴロゴロした浜辺。ここでは強風は止み、穏やかな海が広がっている。マゼラン海峡の海水を手ですくって顔を洗ったが、海水はそれほど冷たくはない。対岸にはフエゴ島が霞んで見えている。

 マゼラン海峡沿いの道を走り、南緯53度の世界最南の都市、プンタアレナスに到着。人口10万人のマゼラン海峡の港町だ。

 首都のサンチャゴから13日目、3742キロを走っての到着。サンチャゴから直接プンタアレナスにやってくるルートは空路と海路のみで、陸路だと我々がここまで走ってきたようにアルゼンチン経由になる。

 プンタアレナスでは中心街の「ホテル・イスラ・レイ・ホルヘ」に泊まった。時間はまだ14時30分。さー、プンタアレナスの町歩きの開始だ。

IMG_0872_20140915212804f27.jpg
「マゼラン海峡だ!」

IMG_0873_20140915212806021.jpg
プンタアレナスの「ホテル・イスラ・レイ・ホルヘ」

11

Category: 南米・アンデス縦断2007-2008

Tags: ---

Comment: 0  

「南米・アンデス縦断」(54)
 南緯52度のプエルト・ナタレスの町を歩く。この町はチリ南部のマガジャネス州ではプンタ・アレナスに次ぐ第2の町ということだが、人口は2万人ほど。町中をひととおり歩くと中心街から海岸へ。真夏とはいえ、ウルティマ・エスペランサ湾を渡って吹いてくる風は、身を切られるほどに冷たい。

 地図を見ると、フィヨルドのこの一帯はどこが大陸でどこが島なのか、まったくわからないほど。無数の湾、入江が入り組み、無数の水路がある。まるで迷路だ。プエルト・ナタレスが港町とはいっても、ほんとうに海とつながっているのだろうかと不思議になるほど。そんな疑問をかき消すかのように、白い大型客船が入港した。南極に行くノルウェー船。ノルウェー北部のナルビックからやって来た。これから南緯55度のウシュアイアに寄港し、南極に向かうという。

 プエルト・ナタレスの町歩きを終えると、レストランで夕食。肉をはさんだサンドイッチを食べた。コーラを飲んで3000ペソ(約600円)。

「ホテル・チャールズ・ダーウィン」に戻ると、有志一同で宴会をすることにした。予算は1人2000ペソ(約400円)。みんなでスーパーに行き、ビールやワイン、ポテトチップスなどを買い込み、ホテルの部屋で飲み会が始まった。話題はもっぱら烈風のパタゴニア。「犬が空を飛ぶ!」というパタゴニアだが、まだ誰も空を飛ぶ犬を見ていないといって大笑いした。

IMG_0864_20140911154741bfd.jpg
プエルト・ナタレスの町を歩く

IMG_0865.jpg
プエルト・ナタレスのガソリンスタンド

IMG_0866.jpg
プエルト・ナタレスに入港したノルウェー船

IMG_0867_201409111547452bd.jpg
夕食のサンドイッチ

07

Category: 南米・アンデス縦断2007-2008

Tags: ---

Comment: 0  

「南米・アンデス縦断」(53)
 1月8日。「ホステリア・ラス・トーレス」の朝食を食べ、8時、パイネ国立公園を出発。港町のプエルト・ナタレスに向かう。その途中、「ミロドン洞窟」に立ち寄った。ビジターセンターから歩くとすぐに大洞窟に入っていくが、この洞窟からは約1万年前に絶滅したといわれるミロドンの骨が発見された。洞窟の出口近くにはミロドンの復元像が建っている。

 ミロドンは巨大なナマケモノのような動物で、体長は3メートル以上もあったという。ビジターセンターにはミロドンの骨のレプリカが展示されている。

 パイネ国立公園からプエルト・ナタレスまでは150キロほど。昼過ぎには到着し、町中のレストランで魚料理の昼食。タラにライスとサラダが添えられている。食べ終わると、「ホテル・チャールズ・ダーウィン」へ。部屋に荷物を入れると町に飛び出し、南緯52度の港町、プエルト・ナタレスを歩いた。それにしても寒い。ガタガタ震えてしまうほどの寒さだった。

IMG_0852.jpg
ミロドン洞窟へ

IMG_0855.jpg
ミロドン洞窟を歩く

IMG_0857_20140906220123e37.jpg
これがミロドンの復元像

IMG_0859_201409062201242f3.jpg
昼食の魚料理

IMG_0862_20140906220126a0d.jpg
「ホテル・チャールズ・ダーウィン」に泊まる

06

Category: 南米・アンデス縦断2007-2008

Tags: ---

Comment: 0  

「南米・アンデス縦断」(52)
 1月7日。「ホステリア・ラス・トーレス」に連泊。「パイネの休日」といったところで、ジュース、パン、スクランブルエッグといった朝食を食べると、パイネ国立公園のシンボル、「トーレス・デル・パイネ」へのトレッキングコースを歩きはじめる。

「トーレス・デル・パイネ」は直訳すると「パイネの塔」。スペイン語のトーレは英語のタワーのことで、我々の泊まった「ホステリア・ラス・トーレス」は「トーレス・デル・パイネ」に一番近いホテルということになる。

 トレッキングコースをプラプラ歩き、3本の岩峰を間近に眺める地点まで行った。

「トーレス・デル・パイネ」はまさに岩の塔だ。3本の岩峰は南からデ・アゴスティーニ塔(2850m)、セントラル塔(2800m)、モンツィーノ塔(2700m)の順に並んでいる。そこで昼食。サンドイッチを食べた。そのあとはゴロンと横になってしばしの昼寝。目が覚めると、「ホステリア・ラス・トーレス」に戻った。

 夕食はホテルのレストランで。ぶ厚いステーキを食べたが、いやー、固いこと固いこと。そう簡単には噛み切れない。それでも無理をして食べつづけたので、口が閉まらなくなるほど顎が痛くなった。ステーキに添えられているジャガイモはうまかったのだが…。

 夕食後は石井君と苦労して薪を焚き、桶風の風呂に入った。久しぶりの風呂なので、すごく気持ちいい。パタゴニア縦断でけっこう疲れが溜まっていたので、ちょうどいい骨休みになった「パイネの休日」だ。

IMG_0849.jpg
「ホステリア・ラス・トーレス」を出発

IMG_0850.jpg
「トーレス・デル・パイネ」へ!

IMG_0851.jpg
これが夕食のビーフステーキ

03

Category: 南米・アンデス縦断2007-2008

Tags: ---

Comment: 0  

「南米・アンデス縦断」(51)
 1月4日。「ホテル・ポスタル」の朝食を食べ、8時、カラファテを出発。国道40号(ルートクワレンタ)に戻ると、はてしなく延びるダート国道を南下。高速ダートで100キロ超で走る。あいかわらず強い風が吹いている。交通量はほとんどない。エスペランサの町で給油すると、そこで国道40号と分かれ、チリ国境に向かった。

 アンデス山麓のリゾート地、バリローチェからずっと走ってきた国道40号は、エスペランサからは南東方向に走り、大西洋岸のリオガジェゴスで国道3号に合流する。

 バリローチェから北の国道40号といえば、アンデス山麓を北上し、ボリビア国境に通じている。そこでボリビアの国道1号に接続し、銀山で栄えたポトシから首都のラパスに通じている。我々がボリビア国内で走ったアンデス高地のルートだ。

 このようにアルゼンチンの国道40号というのは、南緯22度のボリビア国境から南緯52度のリオガジェゴスまで、全長5000キロ余の途轍もなく長いアンデスの縦断国道になっている。

 エスペランサを出たところでピクニックランチ。強風に吹かれながら草原に座り込み、チーズやウインナー、レタスをはさんだサンドイッチを食べた。

 14時、チリ国境に到着。カラファテから300キロ。国境通過に1時間ほどかかり、16時、チリに入国した。アルゼンチンとチリには1時間の時差があるのでアルゼンチン時間では15時になる。

 国境からほどなくプエルト・ナタレスとパイネ国立公園を結ぶ道にぶつかり、世界的な観光地のパイネ国立公園に入っていく。アルゼンチンとの国境の南側に広がるパイネ国立公園は大阪府ぐらいの広さがある。国境を越えた北側はアルゼンチンのロス・グラシアス国立公園。今朝、出発したカラファテがその玄関口だ。

 パイネ国立公園の最高峰、パイネ・グランデ山(3050m)を目の前にする「ホステリア・ラス・トーレス」に泊まった。カラファテから363キロ。夕食は韓国製の激辛インスタントラーメン。石井君の炊いてくれたご飯その中に入れると、じつにうまい一品になった。そのあとは斎藤さん差し入れのチリワインを児玉さんや竹口さん、小林さん、良輔君らと一緒に飲んだ。

IMG_0830.jpg
カラファテの「ホテル・ポスタル」の朝食

IMG_0833.jpg
国道40号を南下

IMG_0834.jpg
エスペランサのガソリンスタンド

IMG_0835.jpg
エスペランサの町

IMG_0837.jpg
アルゼンチンからチリに入る

IMG_0839.jpg
アマルガ湖越しに見るパイネの山々

IMG_0847.jpg
「ホステリア・ラス・トーレス」に到着