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  11 ,2014

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。 20歳でのアフリカ一周から、60歳還暦での「300日3000湯」ツアーまで、そしてその先へ・・・。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。


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Author: 賀曽利隆
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Category: 南米・アンデス縦断2007-2008

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「南米・アンデス縦断」(63)
 1月15日、「ホテル・コメルシオ」のジュース、コーンフレーク、クロワッサン、コーヒーの朝食を食べ、リオガジェゴスを出発。国道3号(ルータ・トレス)を北へ。スズキDR-Z400Sを走らせる。

 季節は真夏だが、南緯52度のこのあたりだと、バイクで切り裂く風はまだ冷たい。行けども行けども、パタゴニアの荒野が際限なく広がっている。背の低い草木がまるで大地を這うようにしてはえている。

 その中を国道3号のひと筋の舗装路が貫いている。どの車も100キロ以上の高速で走っている。大型トラックや大型バスも高速で走っているので追い越しがけっこう大変だ。

 対向車には十分に注意して追い越しをかけるのだが、地平線上にポツンと見えるライト(大半の車は昼間でもライトオン)があっというまに接近し、ヒヤッとすることがある。120キロ~130キロぐらいで走行していても、140~150キロぐらいの車に追い抜かれていくこともある。どの車も、それほどの高速走行だ。

 隣国のチリでは日本車が多かったが、アルゼンチンになると日本車が少なくなり、フォルクスワーゲンやプジョー、ルノーのヨーロッパ車、フォードやシボレーのアメリカ車が圧倒的に多くなる。

 南緯50度線を越えた。

 南緯40度の世界に入ると寒さはぐっとやわらぎ、日差しが急速に強くなった。

「烈風のパタゴニア」だが、国道3号ではアンデス山麓の国道40号ほど風は強くない。 その日はリオガジェゴスから370キロのサンフリアンで泊まった。

 我々の宿は「バイアホテル」。ホテルの中庭でバイクの整備をしたあと町をプラプラ歩く。夕食は町のレストランで。まずはみなさんとビールで乾杯。これはもう毎日の儀式のようなものだ。

 そのあとサーロインステーキのチョリソーを食べた。肉の安いアルゼンチンなのでボリューム満点のチョリソーが19ペソ、日本円では700円ほどでしかない。

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「ホテル・コメルシオ」の朝食

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国道3号を北へ。パタゴニアの荒野を突っ走る!

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Category: 南米・アンデス縦断2007-2008

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「南米・アンデス縦断」(62)
 2008年1月14日、「ホテル・ティエラ・デル・フエゴ」のクロワッサンとパン、コーヒーの朝食を食べ、8時、ウシュワイアを出発。「ルータ・トレス」(国道3号)でアルゼンチンの首都、ブエノスアイレスに向かっていく。

 ウシュワイアを出ると、フェゴ島南部の山並み(アンデス山脈の南端)を越えてリオグランデへ。

 リオグランデの町を走り抜け、大平原の中を貫く国道3号の舗装路をひた走る。どの車も100キロ以上の高速で走っているので、大型トラックとすれ違うときなどものすごい風圧を受ける。そんな大平原でのピクニックランチ。360度の地平線を眺めながらカップヌードルとハム&チーズのサンドイッチを食べた。

 フェゴ島のど真ん中を国境線が南北に走っているが、アルゼンチン側での出国手続きを終え、チリ側に入た。「南米一周」(1984年~85年)での思い出が鮮やかによみがえってくる。この国境では往路でも復路でも忘れられない思い出があるのだ。

「南米一周」で、アルゼンチン側の国境事務所に着いた時には、すでに日は暮れていた。そこでは往路で通過した時に顔なじみになった若い係官たちに、
「おー、戻ってきたのか!」
 といって歓迎された。

 パスポートとカルネ(バイクの通関手帳)に出国印を押してもらい出国の手続きを終えると、湯気のたちのぼるコーヒーを入れてもらった。冷えきった体にしみ込むようなうまさ。国境の若い役人たちにはコーヒーを入れてもらっただけでなく、何と毛糸で編んだ帽子とマフラーまでもらった。さっそくマフラーを首にまいて走ったが、その温かさが身にしみた。

 夜道を走ってたどり着いたチリ側の国境事務所では、一晩、泊めてもらった。国境の仕事は夜中の12時で終了するが、一日の勤務を終えたイミグレーションや税関の係官たちとおおいに飲んだ。5リッターのワインの大ビンをあけ、チーズやハムをつまみにして飲んだのだが、あっというまに5リッターのワインを飲みつくした。

 そのあとはふらつきながら、チリ対日本の、真夜中のピンポン大会をした。チリ側の国境の役人のみなさんは誰もが気持ちのいい人たち。たっぷりと汗をかいたところで、湯の出るシャワーを浴び、ソファーの上にシュラフを敷いて寝た。時間は午前2時を過ぎていた。

 そんな思い出にひたりながらチリ側に入ったのだ。

 チリに入るとダートに変わり、ここぞとばかりにDRのアクセルを開き、大型トラックや乗用車などをゴボウ抜きにして走った。ダートといってもDRにとっては超高速ダートで100キロ以上で走れる。フェゴ島は島とは思えないほどの大きさ。大平原が際限なく広がる。ただひたすらに地平線を目指して走りつづける。その途中ではかなり規模の大きな油田を見た。

 ダートが舗装路に変わり、マゼラン海峡に到達。大型トラックや乗用車が列をつくって並んでいたが、フェリーには待たずに乗れた。

 マゼラン海峡の対岸へ。

 このあたりがマゼラン海峡の一番、幅の狭いところで、30分ほどで対岸の大陸側に到着。そこから再度、国境を越えてアルゼンチンに入り、アルゼンチン南部の中心地、リオガジェゴスに22時30分に着いた。ウシュワイアから585キロの走行距離だ。

 南緯52度のリオガジェゴス。真夏で、さらに1時間の夏時間をとっていることもあって、22時30分といっても夕方ぐらいの明るさ。「ホテル・コメルシオ」に泊まったが、24時を過ぎてやっと日が沈み、きれいな夕焼けが見られた。

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フェゴ島の国境に到着

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国境を越えてチリ側に入る

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マゼラン海峡のフェリー

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大型トラックがフェリーから降りてくる

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フェリーに乗船

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フェゴ島が遠ざかっていく

15

Category: 南米・アンデス縦断2007-2008

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「南米・アンデス縦断」(61)
 1月13日。ウシュアイア滞在の第2日目。「ホテル・ティエラ・デル・フエゴ」の朝食を食べると、国道3号(ルータ・トレス)終点の「ティエラ・デル・フェゴ・ナショナルパーク」まで行く。東京都の3分の1ほどの面積を占める広大な国立公園だ。

 その入口(ウシュアイアから22キロの地点)が国道3号の終点になっている。ラパタイア海岸の国道3号の終点表示板にはブエノスアイレスまで3063キロ、アラスカまで17848キロと書かれている。胸の躍るような数字だ。

「よーし、あと3000キロだな」
 と、今回の旅(南米・アンデス縦断)のゴール、ブエノスアイレスへの想いを新たにした。それと同時に、2003年の「アラスカ往復縦断」で立った北極海のプルドーベイの風景がなつかしく思い出されてくるのだった。

 チリ国境のティエラ・デル・フェゴ・ナショナルパークでは半日過ごした。豊かな自然を満喫し、ウシュアイアに戻ると、今度は南緯55度の世界最南の町を歩いた。

 道を行く人たちを見ていると、真夏だというのに厚手のセーターの上に、さらにジャケットやオーバーを着込んでいる人がいる。かと思うと半袖のTシャツ一枚の若者が歩いている。そのすぐ後を毛皮のコートを着た婦人が歩いている光景は世界最南の町の夏を物語っていた。

 目抜き通りをプラプラ歩き、アイスクリームの専門店に入った。店内ではストーブの火が赤々と燃えている。ストーブにあたりながらアイスクリームを食べるというのも、いかにも世界最南の町らしいではないか。

 アイスクリーム専門店に隣合った食料品店でパンとトマト、ハム、ビールを買い、「ホテル・ティエラ・デル・フエゴ」に戻ると、一人で「ウシュアイア」に乾杯した。

 夜の10時を過ぎたところで夕食にする。まだわずかに明るさの残る町に出ると、目星をつけておいたレストランに入る。日本では考えられないことだが、このレストランのオープンは夜の9時から。このあたりはまさにスペイン的。

 今度はワインで「ウシュアイア」に乾杯。夕食はスープとビーフ。ビーフというのは、厚く切ったやわらかなローストビーフの上に、とろっとしたシチューのかかったもの。それにライスが添えられている。夕食の後は、寒さに震えながら夜の町を歩いた。

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「ホテル・ティエラ・デル・フエゴ」から見るウシュアイア

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「ホテル・ティエラ・デル・フエゴ」の朝食

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ティエラ・デル・フエゴ地方の案内図

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「ティエラ・デル・フェゴ・ナショナルパーク」入口。ここが国道3号の終点

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「ティエラ・デル・フェゴ・ナショナルパーク」のラパタイア海岸

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「ティエラ・デル・フェゴ・ナショナルパーク」のロカ湖

02

Category: 南米・アンデス縦断2007-2008

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「南米・アンデス縦断」(60)
 1月12日。南緯55度の世界最南の町ウシュアイアには2日、滞在することになっているが、今日はその第1日目。午前中はバイクの整備をし、午後はビーグル水道のクルージングだ。料金は1人140ペソ(約5000円)。ウシュアイア港の観光桟橋から船に乗った。

 ビーグル水道は大西洋と太平洋を結ぶ水路になっているので大型船が入ってこられるのだが、大西洋から太平洋までは300キロ以上もある。水道の幅はウシュアイアあたりでは10キロほど。狭いところだと1キロほどでしかないという。

 クルーズ船に乗りながら、ビーグル水道に浮かぶ小島を見てまわる。シーライオン(トドやアシカの類)やペンギンの群れ、海鵜などの海鳥を間近に眺めた。

 比較的大きな島に上陸し、島を歩いた。まるでコケのような木が印象的。水道を吹き抜ける南緯55度の風は猛烈に冷たい。水道の南側はチリ領のナバリナ島、さらにその南は南米最南端のホーン岬になる。

 3時間ほどのクルージングを終えて観光桟橋に戻ると、大桟橋まで行き、停泊している2隻の大型客船を見た。そのあとウシュアイアの町をプラプラ歩き、シーフードレストランで夕食にした。

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ウシュアイアの観光桟橋

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ビーグル水道から見るウシュアイア

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シーライオンとペンギンの群れ

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おびただしい数のペンギン!

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ビーグル水道を行く

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ビーグル水道の島に上陸

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ビーグル水道の島を歩く

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ウシュアイア港にやってきた大型客船

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ウシュアイアの中心街を歩く

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夕食のシーフード