「広州→上海2200キロ」(16)

 12月9日。空海(弘法大師)が40日近く滞在した町、霞浦では「霞浦珠杯大酒店」に泊まったが、夜が明けると、部屋の窓から町並みを見渡した。正面にはゆるやかな山並みが連なり、その麓から町中にかけては隙間なく、びっしりと家々が建ち並んでいる。高層の建物も多く見られる。郊外では新しい高層住宅が建設中だ。

 7時、ホテルのレストランでの朝食。バイキングだ。日本の肉まんとあんまんそっくりの饅頭があった。饅頭の本場の華北だと、中には何も入っていない饅頭が一般的で、それを飯がわりにして食べる。饅頭は主食的な食べ物なのである。

 それが華南になると、このようなあんの入った饅頭が一般的で、饅頭は副食的な食べ物になる。同じ中国といっても北と南では違うし、食文化も大きく違ってくる。饅頭を食べながらそんなことを考えた。 豆腐も南だと日本の絹ごしにそっくりなものがある。北では大半が木綿ごしだ。

 沖縄でよく食べられる「豆腐よう」もある。中国ではそれを「紅豆腐」といっている。豆腐のチーズといっていいような紅豆腐を粥に入れて食べるとじつにうまい。

 8時、霞浦を出発。福安に向かって前日の山道を走った。その途中、天秤棒で籠をかついで歩く農夫に出会ったが、アドレスを停めて「ニーハオ(こんにちは)」と声を掛けると、ニコッと笑い返してくれた。

 福安からは国道104号を北上し、福建省と浙江省の省境に向かっていく。山がちな風景。段々畑が見られる。茶畑や竹林も見られる。日本の山村に似た風景がつづく。

「広州→上海」の2200キロというのは、まさに爆発的な経済成長をつづける中国の最前線といったところで、その間には人口が100万人を超えるような都市が連続する。それだけに、このような山村の風景の中をアドレスで走っていると、「あー、今、中国を走っている」といった気分になり、無性にうれしくなってくる。

 12時、福建省と浙江省の省境に到着。そこには2010キロのキロポストが立っていた。ここは国道104号の起点、北京から2010キロの地点になる。

 福建省から浙江省に入り、最初の町、蒼南の食堂で昼食。サトイモ料理、豆料理。イカの卵料理を食べ、最後に麺を食べた。食後に蒼倉の町を歩いたが、こうしてプラプラと町歩きするのはいいものだ。表通りから路地裏と足の向くまま、気の向くままに歩いた。

 蒼倉を出発し、浙江省を走る。瑞安から温州までは町つづきだ。

「温州ミカン」で知られる温州は温暖な気候からその地名があるとのことだが、周辺には柑橘類の農場が見られ、それらを売る店もあった。

 19時、楽清に到着。「東海暇日賓館」に泊まった。さっそく夜の町に出る。二村さん、宋さん、楊さんと一緒に30分ほど歩いたところで食堂に入った。夕食は「清湯鍋」。羊肉のシャブシャブだが、そのほか牛、豚、玉子餃子、アヒル…と毎夜のご馳走。「広州→上海」の中国ツーリングでは、日ごとに体重が増えていく。
(霞浦→楽清 347キロ)

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霞浦の町並みを見渡す

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「霞浦珠杯大酒店」の朝食

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山道で出会った農夫

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福安の町を行く

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福建省と浙江省の省境

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スモッグに覆われた温州の中心街

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楽清での夕食。左から二村さん、宋さん、楊さん

進行報告:六大陸周遊1973-74 [完全版]

管理人です。少しずつ、進んでおります。
===
カソリさん

お世話になっております。第1章の校正&簡易校閲が完了しました。
2章までで一冊にまとめようかと思っていたのですが、思ったより分量がありますね。
99円で買いやすく陳列するには、このくらいの分量くらいが読者に負担なくていいような
気がしてきました。その分、最後に全章揃ったところで、全巻買うよりは総額が安い
一冊のまとめ(分冊ではなく大部の著の形式)で売ればよいのかと思います。
そうすれば、例えばアジアに興味があるひとは1巻だけで終われますし。

赤字で●を付けた箇所がご確認いただきたい点です。カソリさんのことですから、古い
地図もお持ちでは?地名で、グーグル検索ではどうしても出てこないものがありました。
いまから分からないもの、かえって手間がかかるものは原文を書いたときのカソリを
信じて、ママで行きましょう。
よろしくお願い申し上げます。

===
ということで、管理人は2巻の作業に移りまっす!

「広州→上海2200キロ」(15)

 12月8日。8時、朝食。饅頭、油條、粥を食べる。8時30分、出発だ。

 国道104号を行く。山々が連なる。雨に濡れた峠道で事故。バイクがらみの事故だった。まだパトカーも救急車も来ていない。トラックに衝突したバイクの運転手はトラックの後輪に頭をひかれて即死。道路上には大量の血が流れていた。後ろに乗っていた女性は無傷で、大声を出して泣いていた。手を合わせ、冥福を祈って事故現場を離れたが、明日は我が身だ。

 12時、寧徳に到着。食堂で昼食。豚肉料理や豆腐料理を食べたが、イソギンチャクのスープは珍味だった。国道104号を離れ、霞浦へ。

 茶畑がつづく山道を走る。霞浦に到着すると、郊外の赤岸という村にある「空海大師記念堂」まで行く。それにしても空海は強運な人間だ。804年の第17次遣唐使船に乗ったのだが、4隻のうち2隻は嵐で沈没。空海の乗った船は沈没をまのがれ、この地に漂着した。空海は上陸の許可が下りるまでの40日間、霞浦に滞在したのだ。

 なお4隻のうち1隻だけは予定通り、寧波港に到着した。その船には最澄が乗っていた。アドレスでは4月から5月にかけて「四国八十八ヵ所めぐり」をしたので、自分の頭の中では、これで四国と中国がつながったような気分だ。次ぎの機会にはぜひとも、福州から長安(西安)までの空海の足跡をたどってみたいものだ。

 赤岸から霞浦に戻ると、町中のホテル「霞浦珠杯大酒店」に泊まった。海鮮料理の夕食のあと夜の町をプラプラ歩いたが、夜市で食べた干し柿が安くてうまかった。
(福州→霞浦 213キロ)

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連江の町並み

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国道104号の事故現場

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寧徳の町。ここで昼食

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赤岸の「空海大師記念堂」

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霞浦の夕食。海鮮麺を食べる

「広州→上海2200キロ」(14)

 12月7日。夜明けとともに同安の町歩きを開始。孔子廟の前では市民が集まって体操をしていた。きれいに掃き清められた道を歩いていく。高層ビルが何棟も建設中。裏町を歩くと、野菜や豚肉を売る店が何軒も並んでいた。

 町歩きを終えて「同安賓館」に戻る。二村さん、宋さん、揚さんと一緒にホテルの朝食を食べ、8時に出発。広州からずっとつづく国道324号を行く。

 泉州の手前の南安は石都で知られ、花崗岩や大理石の石材工場が並ぶ。
 南安には全長2キロの歴史的な石橋、安平橋がある。1138年につくられたという安平橋を途中まで歩いた。

 泉州には「中国四大橋」のひとつの洛陽橋がある。1059年に完成した石橋で、バイクでの通行は可。中国の国宝橋をアドレスV125Gで走って往復し、また戻ってきた。日本でいえば錦帯橋をバイクで往復したようなものだ。

 泉州を過ぎたところで昼食。国道沿いの食堂でタイ、タコ、キスなどの海鮮料理と牛タンを食べた。

 16時30分、福州に到着。ここは福建省の省都。国道324号は福州が起点で広州、南寧を経由し、雲南省の昆明が終点になる。全長2600キロの国道だ。

 福州からは国道104号を行く。この国道104号は北京が起点で杭州を通り、福州が終点になる。全長2450キロ。国道324号にしても国道104号にしても、日本では想像もできないような長さだ。

 ここで問題が発生。福州を流れるビン江にかかる国道104号の橋をバイクでは渡れないことがわかった。渡船にバイクを乗せて対岸に渡るしかない。渡船の最終便は17時だとのことで、何度も道を聞いて渡船乗り場に急いだ。

 間一髪で最終便に乗れたのだが、それというのも中国語を完璧に話す通訳の二村さんと、宋さん、揚さんの中国人コンビのおかげ。といっても宋さん、揚さんは中国本土からははるかに遠い新疆ウイグル自治区のウルムチの人なのだが。サポートカーはすぐに発車し、橋を渡って対岸まで行く。そこでぼくを待ってくれるのだ。

 無事にビン江を渡り、車と合流し、その夜は福州郊外の連江で泊まった。夕食はホテル近くの屋台で。エビ、イカ、アサリの海鮮料理と青菜、豚の腸を食べた。

 その夜は地獄の苦しみ。「中国風邪」にやられたのだ。何しろ空気が悪い、というよりも悪すぎる。広州からずっとスモッグの連続で、バンダナで口を覆ってマスクがわりにしてアドレスで走ったが、のどの痛みにはずっと泣かされていた。

 夜中頃から熱が出始め、頭痛、鼻水、そのあとの鼻づまり。苦しくて寝られない。それでも夜明け近くにウトウトしたが、そのわずかな眠りで体は大分、楽になった。眠りの効果は偉大だ。寝ることによって人間の体はリセットされる。
(同安→連江 301キロ)

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同安の裏町の肉店

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同安を出発

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南安の安平橋を歩く

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泉州の洛陽橋をアドレスで渡る

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国道324号を行く。福州まであと175キロ

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昼食で食べたタイ

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福州のビン江の渡船乗り場

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最終便の渡船が到着

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連江の屋台で夕食

寒い部屋で校正作業を開始(管理人)

新年明けてから寒い! すでに0時を回りました。
===
 メダンはスマトラ島ではパレンバンと並ぶ大きな町。ここからスマトラ島南端のタンジュンカラン(●現・バンダールランプン、と入れる?)まではバスで行く。その距離は日本列島縦断以上で、2000キロを超える。(●本州縦断なら超えるのはありえるが、本当に「日本列島」縦断で2000km程度か? また、メダン~バンタールランプン間も(少なくとも直線距離では)2000kmを超えていないように思える。要確認)

===
ちゃんと校正作業+簡単な校閲を開始してます。でもいま見たら、第1章・2章の5/65ページでしかない・・・。
道のりは遠い。

管理人再起動(マジか)…2017

管理人です。生きておりますが、もろもろ申し訳なしのこの4年ほどであります。
今年は再起動の年として、下記をカソリに送りつけました。
決意文として、以下に転載いたします・・・(自信なくなってきたorz)。

===
賀曾利さん

あっという間に新年ですね。今年もよろしくお願い申し上げます。

さて、向き合わなければならない課題があるのから目をそらしていました。あっという間に4年ほど経過、申し訳なし。
すなわち六大陸周遊完全版の件です。いまさらファイルを見返しました。
あのときストップした原因は、(1)地図、(2)写真、(3)本文で校正を要すべきところが多かった…といったところでした。
あとがきも2013年付けでいただいていたのに、それでT社に入った時期だったこともあり、土日は子供の世話もあるし・・・いやサッカーばかりしてたからいけないのですが・・・進みませんでした。

賀曾利70歳[※本年9月]を記念して、今年中に必ず出します。
(1)(2)は割愛します。地図は賀曾利さん直筆の地図(以前いただいたもの)を画像として出します。こちらで新規にイラストデータを起こそうと思っていましたが、出すことを先にします。写真も白黒を小さめに挿入して、カラーは別途、写真集の形にします。
(3)のテキスト校正は、近々、第1~2章から指摘点を■なり●で目印つけますので、さーっと一読いただき、ご判断を頂ければと思います。

テキスト量から、以下のように考えています。
===
『六大陸周遊1973-74』目次

第一巻
1、第1章 アジア編
2、第2章 オーストラリア編

第二巻
3、第3章 アフリカ南部編
4、第4章 アフリカ東部編

第三巻
5、第5章 アフリカ北部編

第四巻
6、第6章 アフリカ赤道編
7、第7章 アフリカ西部編

第五巻
8、第8章 ヨーロッパ編
9、第9章 北アメリカ編
10、第10章 南アメリカ編
11、あとがき

各巻、Amazonで最低設定価格の99円とします。賀曾利・ウザワサイドの取り分は30円ほどになってしまいますが、現状ではKindle
Unlimited(別途ご説明します)で読む方が向いているコンテンツなので、もう陳列棚に早く出す方が全体最適だという判断です。

時間ばかりかかって恐縮ですが、よろしくお願い申し上げます。
※このメールはウザワの決意文として、ブログに掲載させていただきます!

ウザワ

===

ということで、やりますか・・・!
著者・管理人

Author: 賀曽利隆
Twitter:@kasori3000
Administrator:ウザワ・K

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