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世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。 20歳でのアフリカ一周から、60歳還暦での「300日3000湯」ツアーまで、そしてその先へ・・・。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。


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Category: 旧満州走破行2004

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「旧満州走破行2004」(26)
9月29日(水)晴 漠河(その5) 第9日目

 中国最北端の北極村(漠河村)から大興安嶺山脈の山並みを縫うようにして走り、漠河県の中心地、漠河の町に戻ってきた。
「漠河→北極村」の往復は190キロ。

 町の入口では、スズキ軍団のみなさんが待ち構えていた。スズキ軍団の先導で漠河の町をパレードし、スズキの販売店での歓迎セレモニー。店には「賀曽利隆先生・熱烈歓迎」の横断幕が掲げられている。

 中国のこのような辺境の地までスズキの販売店があることに驚かされてしまうが、しばし、お店のみなさんや一緒に走ってくれたスズキ軍団のみなさんと歓談した。

 みなさんと別れると、「大興安嶺5・6火災記念館」を見学する。

 1987年5月6日14時17分、漠河の町近くの大興安嶺山脈の森林地帯で山火事が発生した。カラカラの天気がつづいていたので火はままたくまに燃え広がり、漠河の町を焼き尽くし、南の塔河に向かって延焼した。

 すさまじい山火事で28日間、燃えつづけ、250キロ南の塔河でやっと食い止めることができた。焼失面積100万ヘクタールという中国建国以来、最大の山火事になり、290人もの死者を出した。日本でいえば、四国の半分以上が燃えたことになる。原因は森林作業員のタバコの火の不始末だという。

 この山火事で大興安嶺山脈の北部一帯の森林はことごとく焼け、今の森林に若木が多いのはそのせいなのである。

「大興安嶺5・6火災記念館」にはそのときの山火事の地図が展示されているが、すさまじい勢いで延焼していったことがよくわかる。激しく燃え盛る山火事の写真も、何点も展示されている。

「大興安嶺5・6火災記念館」の見学を終え、夕暮れの漠河の町を走り、今晩の宿「漠河賓館」に到着。ホテルのレストランで満族(女真族)料理の夕食を食べた。

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漠河ではスズキ軍団のお出迎え

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スズキ軍団のみなさんとの記念撮影

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馬車が行く。その後にはトラクター

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「大興安嶺5・6火災記念館」

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山火事の延焼地図

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山火事の写真の数々

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夕暮れの漠河

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「漠河賓館」に到着

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夕食のスープ

テーマ : ツーリング    ジャンル : 車・バイク

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