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第19章 1000峠達成記念篇

雨の峠越えに出発

 1994年11月6日は、1000峠達成記念の日。ところが夜中から雨が降りだし、朝起きると、ザーザー降りになっている。この雨のせいで、すっかり走ろうという気をなくしてしまう。ほんとうは夜明け前に出発するつもりでいたが、
「あー、いやだなあ‥‥」
 と、グズグズしてしまい、朝食を家で食べ、やっと8時過ぎになって、神奈川県伊勢原市の自宅を出発したのだ。

 記念すべき1000峠目の峠越えの相棒は、「インドシナ一周一万キロ」を走り抜いたスズキRMX250S。不思議なもので、雨の中でもいざ走り出してしまうと、コロッと気分は変わる。
「よーし、今日は、雨の峠越えだ!」
 と、すっかりやる気になっているのだ。

 中央道へのいつものコース、丹沢の東山麓を走り、JR中央線の相模湖駅前でR20に出、相模湖ICで中央道に入る。雨の高速道を突っ走り、目的地の八ヶ岳山麓へ。雨はやむ気配もなく、情けない気分になってくる。

 というのは、“カソリの1000峠達成記念”ということで、『月刊オートバイ』の編集部のみなさんや、読者のみなさんが、ぼくの1000峠目となる峠に集まってくれることになっていたからだ。
「この雨じゃ、誰も来てくれないかな‥‥」
 と、ガッカリしてしまったが、ラッキーなことに、笹子峠の笹子トンネルを抜け、甲府盆地に下っていくと、雨は上がった!

 須玉ICで中央道を降り、R141で清里へ。JR小海線の清里駅に近い日石のGSのある交差点で国道を右折し、“クリスタルライン(牧丘町のR140までつづいている山岳ルート)”に入っていく。それを途中で左折し、道幅の狭一本道を走り、山梨・長野県境の平沢峠を越える。それがぼくにとっての999峠目。
「さー、次は1000峠だ!」
 と、気持ちがはやる。


やったー、1000峠達成!

 山梨・長野県境の平沢峠を長野側に下り、平沢の集落を通り抜け、午後1時、1000峠目の峠に到着。なんと、くす玉が割れ、大勢のみなさんが拍手してくれる。

『月刊オートバイ』のキャラクターGAL、榎本恭乃さん、川井リエさん、それとカソリ&アキエのコンビで奥鬼怒の加仁湯温泉に一緒に行った小林亜紀恵さんの美女トリオが出迎えてくれた。

『月刊オートバイ』副編集長の船山理さん、同じく副編集長で、ぼくの「峠越え」の連載を担当してくれている松澤利彦さん、「パリ・ダカ」を走った岡村浩司さん、異色のイラストレーターのワンダバダ長沢さんら、この記念イベントを盛り上げてくれたみなさん、悪天候にもかかわらず日本各地から来てくれた大勢の読者のみなさん一人一人と固い握手をかわす。胸がジーンとしてくる瞬間だ。

 1000峠達成を祝って、『月刊オートバイ』の現編集長の大林誠二さん、前編集長の福原広昌さん、前々編集長の梶田卓さん、それと、世界で初めてバイクで北極点、南極点を極めた風間深志(かつては『月刊オートバイ』の編集部員)さんがメッセージをおくってくれ、それらが代読された。みなさん、ありがとう。

 ところで、この1000峠目の峠は、八ヶ岳を目の前にし、R141の野辺山峠を足下に見下ろす眺望抜群の峠なのに、名前がついていない。地元から参加してくれたみなさんにも確認したが、やはり名無しの峠なのだ。そこで、集まったみなさん全員の同意を得て“獅子岩峠”と名付けたのだ。峠には獅子岩という大岩があるからだ。

 長野県南牧村の獅子岩峠は、R141の山梨・長野県境の野辺山峠と同じように、太平洋と日本海を分ける中央分水嶺の峠になっいる。峠の南側は釜無川・富士川の水系で、北側は千曲川・信濃川の水系になる。

 獅子岩峠では、夕暮れまでみなさんとの交歓会で盛り上がる。日が暮れたところで、峠を越え、JR小海線の野辺山駅に下っていく。最後は、一緒に中国のタクラマカン砂漠を走った“新疆軍団”のみなさんら、10人以上の人たちとR141沿いの食堂で夕食をともにする。

 夕食後、みなさんに別れを告げ、夜の野辺山峠を越え、須玉ICから中央道を走り、午後11時に自宅に戻りついたが、出発するときの気持ちの重さがうそのように、晴々とした気分。走行距離350キロの「八ヶ岳の峠」の第1弾だった。


野辺山峠を越えて、八ヶ岳の秘湯へ

 翌日は、やはり8時にわが家を出発。「八ヶ岳の峠」の第2弾に出かけるのだ。峠越えの相棒は、RMX250SからDJEBEL200にチェンジ。雲は多いが、前日よりもはるかに天気がいいのでありがたい。

 相模湖ICで中央道に入り、韮崎ICで降りる。JR中央本線の韮崎駅前を出発点にする。R141を走りはじめ、野辺山峠に向かう。中央道の須玉ICの近くにある須玉温泉「須玉の湯」(入浴料1000円)の大浴場と露天風呂の湯に入る。「八ヶ岳の峠」第2弾では、徹底的に温泉に入りまくるのだ。

 須玉温泉で気分をさっぱりさせたところで、R141を北へ。清里を過ぎると野辺山峠だ。八ヶ岳山麓の野辺山周辺は、全体が高原状の地形なので、野辺山峠はほとんど峠としては意識されていないが、本州を太平洋側と日本海側に二分する中央分水嶺の峠なのだ。

 山梨・長野の県境を越えるとすぐに、標高1379メートルの表示があるが、そのあたりが峠ということになる。目の前に広がる高原野菜の畑の向こうには、八ヶ岳の峰々が連なっている。

 国道のすぐ右手、JR小海線の線路わきの、標高1375メートル地点には、“日本鉄道最高地点”の大きな碑が建っている。それには“幸せの鐘”がついていて、熱々のカップルが2人で鳴らしていた。国道のわきにも、同じように“野辺山峠”の碑を建て、“分水嶺公園”をつくり、“峠の鐘”を取り付ければいいのに‥‥と、“峠のカソリ”はそう思うのだ。

 野辺山峠を越えたところで、今度は“JR線最高所駅”の野辺山駅前でDJEBELを止める。駅の高さは標高1345メートル。信州に入ったときのぼくの儀式のようなものだが、駅前の食堂でそばを食べる。いつも思うことだが、信州というのは、どこで食べても“そばのうまい国”だ。

 信州そばに満足して野辺山高原を下っていく。“市場坂”と呼ばれる急坂で、3キロほどつづくR141の最大の難所だ。坂を下りきると、日本最長の信濃川の上流、千曲川の河畔に出る。野辺山峠の峠下では、第2湯目、一軒宿の鹿ノ湯温泉(入浴料400円)の湯に入った。

 R141を松原湖入口で左折し、松原湖を見たあと、第3湯目の稲子湯温泉へ。一軒宿「稲子湯旅館」(入浴料520円)の湯につかったあと、きわめつけの秘湯、本沢温泉に向かう。林道を3キロほど走り、右折してさらに1キロほど走り、林の中にDJEBELを止め、八ヶ岳の夏沢峠に通じる山道を歩いて登っていく。落ち葉の敷きつめられた登山道をヒーヒーハーハーいいながら1時間半歩き、汗びっしょりになって、やっと第4湯目の本沢温泉に着いた。山小屋風一軒宿の温泉。今晩はここで泊まるのだ。

 宿からさらに登山道を登っていくと、雲上の露天風呂に着く。標高2150メートルの露天風呂。白濁色の硫黄泉の湯につかりながら、目の前にそそりたつ岩肌むきだしの絶壁を見上げていると、自分と自然との一体感を強く感じ、温泉が自然からの贈り物であることがよくわかるのだ。

 本沢温泉の日が落ちてからの冷え込みは強烈だ。山小屋風温泉宿の赤々と燃えるストーブにかじりつくようにして、イワナの塩焼き、イワナの骨酒つきの夕食を食べる。そのあと、木の湯船の内風呂に入り、午後9時の消灯とともに、早々と眠りにつくのだった。


麦草峠を越えて、奥蓼科温泉郷へ

 翌日は、R141からR299に入り、麦草峠を越える。峠を吹き抜けていく風は、身を切るような冷たさだ。八ヶ岳の北側を越える麦草峠は、標高2127メートル。野辺山峠と同じように、中央分水嶺の峠になっている。

 以前は日本の国道最高所の峠だったが、有料の草津志賀道路から一般国道R292になった群馬・長野県境の渋峠(2172m)にその座を奪われてしまい、現在は第2位になっている。峠の標示も、“国道最高所・麦草峠”から“メルヘン街道最高所・麦草峠”に変わっている。メルヘン街道というのは、麦草峠越えのR299の愛称だ。

 麦草峠の峠の茶屋兼山小屋の「麦草ヒュッテ」で山菜そばを食べ、茅野を目指して峠を下っていく。
 峠下では、奥蓼科温泉郷の温泉に入りまくった。どこも情緒のある山あいの温泉。ただ入浴料が高いのが、ちょっと辛い。

 第1湯目は渋川温泉。一軒宿「保科館」(入浴料800円)の露天風呂に入る。渋川の渓流のわきの露天風呂だ。第2湯目は渋川最奥の渋ノ湯温泉。2軒宿が並んでいるが、そのうちの「渋御殿湯」(入浴料800円)の湯に入る。八ヶ岳を下ってきた山男たちと一緒に入った。

 第3湯目は渋温泉。シラカバ林の中にある一軒宿「辰野旅館」(入浴料1500円)の湯に入る。第4湯目は明治温泉(入浴料800円)、第5湯目は横谷温泉(入浴料1500円)と、ともに一軒宿の温泉の湯に入り、奥蓼科温泉郷を総ナメにし、夕暮れの道を茅野へと下っていった。

 茅野からはR20(甲州街道)で富士見峠を越え、山梨県に入り、韮崎へ。JR韮崎駅前の食堂で夕食にし、韮崎ICから中央道に入り、午後10時、わが家に戻った。「八ヶ岳の峠」第2弾の走行距離は450キロだった。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

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