1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
  11 ,2017

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。 20歳でのアフリカ一周から、60歳還暦での「300日3000湯」ツアーまで、そしてその先へ・・・。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。


著者・管理人

Author: 賀曽利隆
Twitter:@kasori3000
Administrator:ウザワ・K

カテゴリー
Amazon
ブログ内検索 by Google
広告も社会の窓。
FC2ブログランキング
このブログが面白いと思ったらたまに(あるいは頻繁に!)クリックしてくださいね(ポチっとな)。それで何が起こるのかは僕も知らんけど…。
月別アーカイブ
小さな天気予報

-天気予報コム- -FC2-
FC2カウンター
QRコード
QRコード
--

Category: スポンサー広告

Tags: ---

 

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

12

Category: 旧満州走破行2004

Tags: ---

Comment: 0  

「旧満州走破行2004」(77)
10月16日(土)晴 ハルビン→大連(その2) 第27日目

 ハルビン・スズキでのセレモニーが終るとハルビン空港へ。12時45分発の廈門航空廈門行きのMF8606便に乗り込んだ。この飛行機で大連に行く。

 定刻通りにハルビン空港を飛び立つと、眼下には収穫の終った広大な畑が広がっている。一面、茶褐色の大平原。黒龍江省から吉林省、遼寧省の上空を飛び、14時05分、大連空港に到着した。

 大連は遼東半島の南端に位置する港町。「アカシアの大連」で知られているが、まずは中心街の中山広場を歩いた。広場に面した大連賓館(旧大和ホテル)や中国銀行(旧横浜銀行)などの建物は満州国時代に日本人の手によって造られたもの。それらが当時のままの姿で残っている。

 大連はかつては小漁村でしかなかったが、1898年、ロシアが租借地にしてからというもの、旅順の軍港とともに貿易港として大発展をとげた。満州国時代はまさに満州の玄関口でここには満鉄の本社が置かれ、特急列車の「亜細亜号」が奉天(現瀋陽)から新京(現長春)、哈爾濱(ハルピン)へと出ていった。

manchuria2004-077-8172
ハルビンを出発

manchuria2004-077-8175
ハルビン近郊の平原を見下ろす

manchuria2004-077-8177
大連空港に到着

manchuria2004-077-8181
大連の中心街の中山広場。正面に中国銀行(旧横浜銀行)が見える

manchuria2004-077-8184
中山広場に面した大連賓館(旧大和ホテル)

manchuria2004-077-8178
大連賓館の内部

manchuria2004-077-8186
大連の中心街のビル群

manchuria2004-077-8189
58階建の世界貿易センタービル

manchuria2004-077-8190
友好広場を望む

manchuria2004-077-6259
旧満鉄の「亜細亜号」

テーマ : ツーリング    ジャンル : 車・バイク

Comments

Leave a Comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。