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六大陸周遊1973-74 [完全版] 003

スマトラ島横断

 8月21日、ペナン島からマレーシア航空の851便で、インドネシア・スマトラ島のメダンに飛んだ。飛行機の小さな窓から、食い入るようにして濃紺のマラッカ海峡を眺めた。一筋の長い航跡を残して、大型タンカーがシンガポールの方向に進んでいた。
 飛行機は高度を下げ、厚い雲の中に入る。グラグラグラッと大きく揺れた。雲を抜け出ると、スマトラ島の長い海岸線が見えてくる。海岸沿いの平原の向こうには、山並みが連なっている。島とは思えないような雄大な風景。スマトラ島は面積が44万平方キロ(*2014年現在、47万平方キロ。要修正?)で、日本よりもはるかに大きい。
 このスマトラ島を皮切りにジャワ島、バリ島、ロンボック島、スンバワ島、フローレス島、ティモール島と、インドネシアの大スンダ、小スンダ列島を島づたいに東へ、東へと進んでいくのだ。
 スマトラ島に渡ってまっさきに感じたことは、
「なんて涼しいんだろう」
 ということだった。
 マレー半島の暑さが厳しかったので、よけいにそう感じたのかもしれない。
 メダンはスマトラ島ではパレンバンと並ぶ大きな町。ここからスマトラ島南端のタンジュンカラン(*現・バンダールランプン、と入れる?)まではバスで行く。その距離は日本列島縦断以上で、2000キロを超える。(*本州縦断なら超えるのはありえるが、本当に日本列島縦断で2000km程度か? また、メダン~バンタールランプン間も2000kmを超えてないように思える。要確認)
 40人乗りのオンボロバスで窓ガラスはない。そのかわりにビニールで窓をカバーしている。満員の乗客。うれしいことに、ぼくの隣に若い女性が座る。名前はソフニ。バスには2人の運転手と2人の助手が乗っている。2人の運転手は交替でバスを運転し、昼夜の別なく走りつづけるという。
 スマトラ島横断のバスは人ごみをかき分けるようにしてターミナルを発車。ごちゃごちゃと家が建ち並ぶメダンの町並みを抜け出ると、一面のゴム園が広がる。ゴム園が途切れると、今度は油ヤシ園。ゴムと油ヤシの林が交互に車窓に現れた。
 マラッカ海峡沿いの平原からスマトラ島中央部の高地に入っていくと、一段と涼しくなった。肌寒いくらいだ。山間にきれいなトバ湖を見る。バスは湖畔の道を走り、中央高地の峠を越え、インド洋岸に下っていった。天気が変わり、激しい雨が降っていた。
 夜になってシボルガの町に着く。バスは夜通し走りつづける。なにしろ窮屈な座席なので、隣のソフニといやでもおうでも抱き合うな格好で寝るのが、何ともうれしいことだった。彼女の体のあたたかさがジンジン伝わってくる。
 真夜中にバスはガクンと止まった。ぬかるみに車輪をとられ、立ち往生してしまったのだ。ザーザー降りの雨の中、我々、乗客はズブ濡れになってバスを押した。
 スマトラ島横断の第2日目。
 雨はやむ気配もなく、ずっと降りつづいている。気温は20度を超えているが、寒さすら感じるほどだ。
 バスは赤道を越えた。赤道の通過地点には簡単なモニュメントがあった。北半球から南半球に入ったのだ。別に世界が変わるわけでもないが、赤道を越えたというだけで、なにか胸がドキドキしてくる。
 ブキティンギを通り、夜になってスマトラ島のインド洋岸では最大の町、パダンに着いた。ここでメダンから乗った乗客の大半が降りた。ソフニも降りた。彼女とは握手をして別れたが、ぼくのメモ帳に住所を書いてくれた。ひと晩、抱き合って寝た!?(*縦中横処理せよ)だけに、忘れられないソフニになった。
 パダンを過ぎても雨は降りつづいた。スマトラ島のマラッカ海峡側とインド洋側では雨量が全然違う。マラッカ海峡側のメダンの年間降水量は2000ミリだが、インド洋岸のパダンはその倍の4000ミリにもなる。
 スマトラ島横断の第3日目。
 バスはインド洋岸から中央高地へと、山道をあえぎあえぎ登っていく。気温はグングン下がり、海岸地帯とは10度近くも違う。夜が辛い…。狭い座席で、ほとんど身動きもできない。その中で眠るのだから、思うことは「おもいっきり足を伸ばして寝たい!」ということばかりだった。
 スマトラ島横断の第4日目。
 目がさめるとすでに山影はない。バスはスマトラ島東部の広々とした平原の中を走っていた。地平線を赤く染めて朝日が昇る。天気がよかったのは早朝だけで、じきに雲に覆われてしまう。
 南シナ海に流れ出る川を何本も渡る。どの川も水量が豊か。悠々と流れている。川では村人たちが沐浴したり、洗濯をしている。ほとんどの川には橋がかかっていないので、フェリーで渡る。そのため川を1本渡るのに、ずいぶんと時間がかかった。
 ガタガタ道を走っているときに、ちょっとした事件が起きた。悪ガキが走ってバスの後部に飛び乗り、テールランプを盗った。運転手はバスを停めると、助手と一緒になって悪ガキを追ったが、逃げられてしまった。
 スマトラ島横断の第5日目。
 メダンと並ぶ大きな町のパレンバンに近づくと、油田から噴き出すガスを燃やす炎が、あちこちで見られた。日が暮れると、夜空を焦がす炎は不気味なほどだった。日本の援助でつくられたという大きな橋を渡ってパレンバンの町に入っていく。パレンバンまで来ると、「スマトラ島横断」も、やっとゴールが見えてくる。
 スマトラ島横断の第6日目。
 今日がいよいよ最終日。熱帯の巨木、マホガニーが空を突く森林地帯を見る。だが、それもごく一部で、伐採が激しすぎた結果なのだろう、森林が草原に変わってしまったところを多く見かける。草原の中に残る巨木の切り株が、なんとも虚しく寂しげだ。西空がうっすらとピンクに染まり、スマトラ島の山々が紫色になって沈むころ、バスはスマトラ島南端のタンジュンカランに到着した。ここが終点だ。
 ずっと固い座席に座りっぱなしだったので、尻が痛くてどうしようもない。
 バスの中ではあまりよく眠れなかったので、目が腫れぼったい。
「スマトラ横断」の6日間、ほとんど歩いていないので、バスから降りると、足がふらついた。
 その夜はメダンから乗ってきたバスのバス会社、ALSの事務所で寝かせてもらった。部屋の片すみにシュラフを敷いて、思いっきり足を伸ばして眠ることができた。

テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

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