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六大陸周遊1973-74 [完全版] 013

ポルトガル領ティモールに入国

 国境の町バドガデ(*)には要塞があった。町中、軍人だらけ。そこではポルトガル人兵士のもとで、ティモール人兵士たちが訓練を受けていた。国境の橋を越えただけで、インドネシア語はほとんど通じなくなる。ポルトガルの植民地なのでポルトガル語が公用語だが、そのほかにいくつかの部族語がこの一帯では使われていた。そのうち、テトゥン語が一番、通用するようだった。
 ポルトガル領ティモールは植民地の構図を見事に見せていた。国を支配するポルトガル人のもとで中国人が経済の実権を握り、その下で、本来の国民であるはずのティモール人が小さくなっていた。
 バドガデ(*)に着いた翌々日、ポルトガル軍のトラックで20キロほど先のバリボーに行く。そこにポルトガル側のイミグレーションがある。バリボーのイミグレーションで入国手続きをしたが、ポルトガル人の係官は我々のパスポートをブラックリストに照合し、そのあとで入国印を押した。そのブラックリストには反植民地運動をしているような人たちが載っているのだ。
 バリボーからが、また、難関だ。35キロ先のマリアナまで、ほとんど交通量はない。イミグレーションの係官には「歩かなくてはならないだろう」と言われた。しかし、日中の暑さを考えると、なかなか足が前に出ない。デビッドと相談し、金を払ってでも、車に乗せてもらおうということになった。
 バリボーには何軒かの中国人商店がある。そのうちの一軒はジープを持っていた。その店に行き、「マリアナまで乗せてもらいたいのだが」と頼むと、1人600エスクード(約6000円)だという。高すぎる。
「よし、歩こう!」
 と決め、暑さを避けて、夕方になったら歩きはじめることにした。
 ところが、夕暮れが近づくと、急に天気が崩れた。ひんやりとした風がふきはじめ、あっという間に空は黒雲に覆われる。やがて雷鳴が聞こえてくる。雷鳴が近くなると、ザーッと雨が降りだし、稲妻が大空を切り裂くように駆けめぐる。パーッとあたりが閃光で光り輝いた瞬間、「ドカーン!」と爆弾が落ちたかのようなものすごい音がした。なんとぼくたちの目の前、10メートルも離れていない大木に雷が落ちたのだ。大木は真っ二つに裂け、モウモウと黒煙を上げている。あまりのすさまじい光景に背筋が凍りつき、ぼくたちは声も出なかった。
「マリアナまでは、なんとしても歩くゾ」
 と意気込んでいたが、この落雷を見て、その気持ちが急に萎え、
「雨が止むまで、もうすこし待とう」
 ということになった。
 ちょうどそのときに、1台のランドクルーザーがやってきた。中国人商人のもので、明日、ポルトガル領ティモールの首都、ディリまで行くという。商談成立。ぼくたちは2人で3ポンド(約2100円)で乗せてもらうことになった。さきほどのエスクードはポルトガルの通貨、ポンドはイギリスの通貨。エスクードやポンド、さらにはドルなどをごちゃ混ぜにして使っているのも、植民地らしかった。
 翌日は夜明けとともに出発。ガタガタの超悪路を行く。川には橋がかかっていないので、車の両側に噴水のように水を巻き上げて渡っていく。深い川では水没寸前だ。ポルトガルが、本国から遠く離れたティモールにはほとんどお金をかけていないことがよくわかる。
 バリボーからディリまでは、トラックだと2日かかると言われていた。だが、さすが四輪駆動のランドクルーザーだけあって、その道のりを1日で走り切った。こうして9月23日の夕方、ポルトガル領ティモールの首都、ディリに着いた。東京を発ってから34日目のことだった。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

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