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六大陸周遊1973-74 [完全版] 015

第2章 オーストラリア編

ダーウィンが出発点

 1973年9月24日、ポルトガル領ティモールのバオカオ(*バウカウ?)空港から9時45分発のTAA(トランス・オーストラリア・エアーライン)機でオーストラリア北部のダーウィンに飛んだ。機内食のサンドイッチを食べ終わるころには、ダーウィンの北のバサースト島が見えてきた。山岳地帯が途切れなくつづくインドネシアの小スンダ列島の島々を見てきた目には、どこまでも平坦で、だだっ広いバサースト島の風景はすごく新鮮に映った。これから新たな世界に足を踏み入れていくのだという気分にさせてくれた。
 やがてオーストラリア大陸の一角が見えてくる。一面の赤茶けた大地。その中にまばらな緑が見える。圧倒的な広さ。大地と空の境はぼやけ、霞んでいた。
 バオカオ(*)空港から3時間ほどで、オーストラリアのダーウィン空港に着陸した。機内では乗客全員に2種類のマラリア用の錠剤が配られた。オーストラリア政府は多額の費用を投じ、ノーザン・テリトリー(北部地方)からマラリアを撲滅するのに成功したとのことで、インドネシアからマラリアが持ち込まれるのを警戒していた。
 飛行機を降り、ターミナルビル内のイミグレーションでの入国手続きが終わり、税関へ。そこでは「キミはバリ島には行ったかね」と聞かれ、つい、正直に「イエス」と答えた。これがまずかった。バリ島に長く滞在したあとでやってくる旅行者の多くが、ハッシーシや麻薬の類をオーストラリアに持ち込むといって大きな社会問題になっていた。そのような事情があったので、税関では徹底的に荷物を調べられた。正露丸のビンの中まで調べられた。オーストラリアはインドネシアから持ち込まれる麻薬に極度に警戒の目を光らせていた。
 空港から市内へ。まずは銀行で両替だ。10USドルが6・66オーストラリアドルになった。1オーストラリアドルは約400円。米ドルよりもはるかに高い。次にスーパーマーケットの「ウールワース」に行く。ぼくは食パンとニンジン、タマネギ、トマトの野菜を買った。デビッドは食パンとコンデンスミルクを買った。
「ウールワース」の清潔な店内、豊富な商品、きちんと整頓された陳列棚を見ていると、「うーん、これがオーストラリアか…」と唸ってしまう。インドネシアの島々では小さな店や露天市で買い物したが、それとはまるで違う世界だった。
「ウールワース」で買い物を終えたところで、インドネシアのスンバワ島からずっと一緒だったイギリス人のデビッドと別れた。何度も握手を繰り返した。いつも世界地図を広げては、飽きずに眺めていたデビッド。彼の口グセは「これからも、ずっと世界をまわり続けたい!」というものだった。ぼくもまったく同じ気持ちだったので、よけいにデビッドとは気が合った。
「タカシ、また、世界のどこかで会おう!」
 デビッドはダーウィンの町中に消えていった。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

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