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六大陸周遊1973-74 [完全版] 020

首都キャンベラに到着!

 ポートオーガスタからは国道1号でアデレードに向かっていく。町外れにはアンポール(オーストラリアの石油会社)の24時間営業のガソリンスタンドがあった。そこのレストランでコーヒーを飲みながらサンドイッチを食べた。このおかげで、新たな力が湧いてきた。
 その日は日曜日。平日に比べると、ヒッチハイクが難しい。ところがすごくラッキーな1日で、アデレード方向に歩きはじめると、ほとんど待たずにメルボルンまで行く車が停まってくれた。男女2人ずつの若者たちが乗る車だった。
 ぼくは首都のキャンベラに直行したかった。そのことを彼らに告げると、なんと300キロ先のアデレードではわざわざ遠回りをし、アデレード郊外の国道20号で降ろしてくれた。この国道20号はアデレードとシドニーを結ぶ最短ルートで、キャンベラは国道20号から南に入ったところにある。アデレードからキャンベラまでは1250キロだ。
 彼らのおかげで、そのあとすぐに、なんとキャンベラまで行く車に乗せてもらえた。信じられないようなラッキーさ。ディーンと奥さんのエリスが乗っていた。2人にはぼくと同じくらいの年ごろの息子がいるという。だが2人はとてもそんな年には見えない。見かけも考え方も若々しかった。
 オーストラリア最大(*最長?)の川、マレー川流域を走る。この一帯は豊かな農地で、ブドウなどの果樹園も多い。北部地方の荒涼とした原野とは、きわめて対照的だ。空気もひんやりとして湿っている。吹く風も冷たく、40度、50度という猛烈な暑さに慣れた体には、寒さがひどく身にこたえた。
 南オーストラリア州からビクトリア州に入り、きれいなミルジュラの町を過ぎると、ニューサウスウェールズ州になる。
 国道沿いの露店で夫妻はごっそりとリンゴとオレンジを買った。ディーンは「タカシ、食べたいだけ、食べなさい」と言ってくれたが、ぼくが遠慮して手を出さないでいると、すぐにこう言った。
「ここはオーストラリアだからね。日本ではないんだよ。日本式の遠慮は通じない」
 ディーンは言語学者。大阪で開かれた学会に、奥さんのエリスを連れて行った。夫妻が日本で何に一番、驚いたかというと、「日本人の何か欲しくても、すぐには欲しいといわない遠慮深い性格」だったという。
 ディーンとエリスは交替で車を運転し、夜通し走りつづけた。ワガワガという町に着いたとき、24時間営業のレストランで夫妻に夕食をご馳走になったが、遠慮なしに、腹いっぱいいただいた。
 ディーンは「あと、もうひと息でキャンベラだよ」という。ワガワガを過ぎると、国道20号はメルボルンとシドニーを結ぶ国道31号に合流し、ヤスの町を過ぎたところで、キャンベラに通じる道に入っていく。
 ニューサウスウェールズ州から連邦政府直轄のACT(オーストラリアン・キャピタル・テリトリー)に入る。やがて遠くにキャンベラの町明かりが見えてきた。ディーンは寄り道をして、小高い丘の上で車を停めてくれた。そこからはキャンベラの夜景を一望できた。
 ディーンとエリス夫妻の家に着いたのは午前3時を過ぎていた。夫妻の家でひと晩、泊めてもらう。「タカシ、自由に使いなさい」といってひと部屋、用意してくれた。きれいなベッド。真っ白なシーツ。ぼくはディーンとエリス夫妻の家で死んだように眠った。
 こうしてオーストラリアの首都キャンベラに10月1日に到着したが、ダーウィンからは4500キロ。その間で使ったのは4ドル(約1600円)だけだった。
 ディーン、エリス夫妻の家では昼近くまで寝かせてもらった。夫妻と一緒に昼食を食べ、そのあとキャンベラの中心街まで車で連れていってもらった。そこで夫妻と別れたが、エリスはぼくをギュッと抱きしめると、「タカシ、気をつけて旅をつづけるのよ」といって頰にキスしてくれた。
 じつによく整備されたキャンベラの町を歩く。驚くほどきれいな町だ。小道1本1本まで、すべて計画通りにつくられている。だがその日は休日で人通りも少なかったこともあって、何か人間くささがなく、インドネシアの雑然とした町がなつかしく思い出されるのだった。
 ユースホステルに泊まろうと思い、ドライアンドラ通りを探した。しかし、なかなか見つけられず、通りがかりの家で、トントンとカナヅチを振って日曜大工している人に聞いた。すると「ちょっと待ってなさい。もうすぐ仕事が終わるので、車で送ってあげよう。ドライアンドラ通りまでは歩いたら大変だ」と、そういってくれた。
 その人はキャンベラ大学でドイツ語を教えているロン・ホッフさんだった。彼の車でキャンベラ郊外の樹林に囲まれたユースホステルに連れていってもらったが、夕方の5時まで待たなくてはならなかった。すると、「それまで、私の家にいたらいい」といって、ふたたび彼の家に戻った。
 ロンは野生動物にすごく興味を持っている。図鑑などを見せてもらいながら、オーストラリアの動物についてのおもしろい話を聞いた。ロンの奥さんは「我が家では、日曜日とか休日には、よく中国料理を食べに行くのよ。さ、一緒に行きましょ」と言ってぼくをも誘ってくれた。こうしてホッフ夫妻と3人の子供たちと一緒に中国料理店に行った。ロンは中国語(広東語)もかなり話せる。店の主人とは中国語で楽しそうな会話をかわした。「この店のオヤジは友人で、いいヤツなんだけど、ギャンブルに狂っていてね。それだけが玉にキズなんだ」とロンは言う。
 中国料理店では何種もの料理をご馳走になった。ぼくの食べっぷりがいいといって夫妻は喜んでくれた。ホッフさん一家と過ごした時間はなんとも楽しいものだった。明るくおおらかなホッフ一家の空気は、オーストラリアそのものといった感じがした。食事が終わると、そんなホッフさん一家にユースホステルまで送ってもらい、清潔感の漂うユースホステルに泊まるのだった。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

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