著者・管理人

Author: 賀曽利隆
Twitter:@kasori3000
Administrator:ウザワ・K

電子で復刊!
カテゴリー
Amazon
ブログ内検索 by Google
広告も社会の窓。
最近のコメント
RSSフィード
FC2ブログランキング
このブログが面白いと思ったらたまに(あるいは頻繁に!)クリックしてくださいね(ポチっとな)。それで何が起こるのかは僕も知らんけど…。
カソリお役立ちリンク
管理人推奨リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

六大陸周遊1973-74 [完全版] 022

ヒッチハイク編「オーストラリア一周」の開始!

 キャンベラを出発。ヒッチハイク編「オーストラリア一周」の開始だ。まずはシドニーへ。雨が降っている。雨に濡れながらキャンベラの郊外まで歩き、そこで車を待った。
 最初は80キロ先のグールバーンまで行く車に乗せてもらった。パイプオルガン奏者のデビッドの車。彼はスイスのバーゼルで5年間、音楽の勉強をした。32歳。独身。こうしていろいろな人たちに出会えるのが、ヒッチハイクの最大の魅力だ。
 きれいな田園風景の中を走る。ユーカリの林。牧場ではヒツジが群れている。グールバーンに着くと、デビッドはカトリックの教会に連れていってくれた。神父とは親しいとのことで、教会のパイプオルガンを弾いて聞かせてくれた。薄暗いドームにパイプオルガンの音色が響く。ステンドグラスを通して差し込む光りが、ムードを一段と盛り上げた。
 デビッドはグールバーンの町外れまで連れていってくれた。そこからシドニーまでは、ほとんど待たずに、テッドとシェーンの老夫婦の車に乗せてもらった。2人は1ヵ月間、キャラバンカーでオーストラリアをまわり、旅を終え、シドニーの家に帰るところだった。キャンベラから280キロのシドニーには、夜になって着いた。テッド、シェーンと別れ、夜のシドニーの町を歩き、建設中のビル内でシュラフを敷いて眠った。
 翌日の午前中はシドニーの中心街を歩いた。久しぶりに吸う大都会の空気にホッとする。東京生まれ、東京育ちの自分が、シドニーを歩きながら「都会っ子」だということを実感する。完成したばかりのオペラハウスに行き、そこからシドニー湾をまたぐハーバーブリッジを眺める。シドニーと対岸のノースシドニーを結ぶフェリーが湾内をひんぱんに行き来している。客船用の桟橋には、真っ白な大型客船が停泊していた。
 昼過ぎにシドニーを出発。電車に乗ってシドニーを離れた。中央駅からホンズバイ駅まで行き、そこから歩いて国道1号に出た。
 シドニーの北、160キロのニューカッスルまでは若い女性に乗せてもらった。30代前半のすごくきれいな人。彼女の香水の匂いに頭がクラクラしてしまう。映画のディレクターをやっているとのことで、着ているものや化粧の仕方、話し方など、彼女のセンスの良さはきわだっていた。
「タカシが次の車に乗せてもらいやすいように」といって彼女はニューカッスルに着くと、町を走り抜け、郊外まで連れていってくれた。別れるときは、思わず彼女の手をギュッと握りしめた。つかのまの淡い恋!?
 彼女のおかげで、すぐに、次の車に乗れた。テリーとロイの2人組が乗っていた。ニューカッスルから750キロ北のサウスポートまで泳ぎに行くという。2人は運転を交替しながら夜通し走りつづけ、翌、早朝にはサウスポートに着いた。
 10月初旬のシドニーはやっと春になったといったところで、雨も冷たく、夜も寒く、震えながら野宿した。ところがニューサウスウエルス州からクイーンズランド州に入り、南緯28度のサウスポートまで来ると、初夏のような陽気。寒さからはすっかり解放された。この一帯の太平洋岸はゴールドコーストと呼ばれ、オーストラリアでも屈指のリゾート地になっている。
 サウスポートからクイーンズランド州の州都、ブリスベーンまでは85キロ。その間もほとんど待たずに乗せてもらえた。オーストラリアでのヒッチハイクは楽だ。シドニーから1000キロのブリスベーンに到着したのは午前10時前。なんと1日もかからなかった。
1000キロといえば、東京からだと山口県の岩国あたりで、相当な距離になる。ところがオーストラリアだと1000キロというのは、東京から大阪どころか、名古屋ぐらいの感覚だ。オーストラリアでの距離感は、日本とはまるで違う。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

コメント

Secret

最近の記事
月別アーカイブ
小さな天気予報

-天気予報コム- -FC2-
FC2カウンター
QRコード
QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。