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  11 ,2017

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。 20歳でのアフリカ一周から、60歳還暦での「300日3000湯」ツアーまで、そしてその先へ・・・。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。


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Category: カソリ本「一章瓶」

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六大陸周遊1973-74 [完全版] 031
ナラボー平原を行く

 午前中は西オーストラリア州の中心都市、パースを歩いた。のびやかな町並み。ハンバーガーとコーヒーの昼食を食べて出発。パースの郊外に向かって歩く。きついヒッチ。交通量は多いのだが、乗せてもらえない。車に乗せてもらえるまで歩きつづけるというのがぼくのやり方なので、パースの中心街から20キロ以上も歩いた。日が暮れかかったころ、やっと大型トラックに乗せてもらえた。日が落ちると、ググググッと寒くなる。そのトラックで720キロ先のサウスオーシャンに面した港町、エスペランスまで行った。
 エスペランス到着は翌日の昼前。トラックの運転手はジャック。エスペランスに着くと、大型トラックで港を案内してくれた。西ドイツのハンブルグからの貨物船や日本のKラインの貨物船が接岸していた。
 町中でジャックと別れると、国道1号で内陸のノーズマンへ。2台の車に乗せてもらい、ノーズマンに到着すると、そこからはナラボー平原を横断する。町外れで車を待ったが、乗せてもらえないままに日が暮れた。強烈な色彩の夕焼け。ひと晩、ぐっすり眠りたくて国道沿いのブッシュの中にシュラフを敷いて寝た。だが、あまりの寒さに何度も目がさめ、ほとんどひと晩中、ウトウト状態だった。
 夜が明ける。じつについていた。シュラフをまるめ、国道1号に出るなり、最初のトラック(冷凍車)でバラドニアへ。広大なナラボー平原に入っていく。バラドニアでもほとんど待たずに、グレッグのオンボロ車に乗せてもらった。
 バラドニアを過ぎるとまもなく、約120キロ、一直線の道になる。まったくカーブがない。直線路はナラボーの大平原をズバーッと貫いている。約120キロ走って最初のコーナーにさしかかったときは、グレッグと一緒に手をたたいて喜んだ。一直線の道をただひたすらに走るというのも、変化がなく、けっこう辛いものなのだ。
 西オーストラリア州から南オーストラリア州に入ったとたんに舗装路は途切れ、ダートになる。夜遅くにセドゥナの町に着いた。この町の手前、約80キロの地点からまた舗装路になった。町中に車を停め、車内で眠った。
 翌日は日の出とともに出発。昼過ぎ、ノーズマンから1500キロのポートオーガスタに到着。ここでグレッグと別れたが、彼はさらにブリスベーンまで行く。

テーマ : ツーリング    ジャンル : 車・バイク

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