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六大陸周遊1973-74 [完全版] 033

ヒッチハイク編「オーストラリア一周」終了!

「さー、キャンベラだ!」
 と、気分も新たにヒッチハイクを開始。国道1号を行く。1発でヒッチ成功!
 メルボルンまでは行くトラックに乗せてもらった。南オーストラリア州からビクトリア州に入り、州都のメルボルンに到着。オーストラリアでは例外的に、歴史を感じさせる都市。中心街を歩きまわったところで、フリンダー・ストリート駅から郊外電車に乗り、終点のタンデノン駅へ。近くのフットボール場の屋根の下で寝た。夜中に雨。屋根があるので雨も気にならない。屋根の下で寝られるありがたさをしみじみとかみしめた。
 翌日も国道1号を行く。一日中、雨…。おまけにヒッチもうまくいかない。辛い一日だ。何台かの車に乗り継ぎ、モーウェルの町に着いたところで、銀行で1万円を両替。あまりのレートの悪さに情けなくなる。1万円で22ドル09セント。1ドルは約455円だった。ダーウィンで両替したときは、USドルをオーストラリアドルに替えた。40USドルで26ドル65セント。1ドルは402円だった。それが日本円でオーストラリアドルに替えると、1ドルが455円になってしまう。あまりにも弱い円に泣きたくなるような思いだった。
 ビクトリア州からニューサウスウエルス州に入り、ベガの町で国道1号と別れ、キャンベラへの道に入っていく。何台もの車に乗り継ぐ。きつい勾配の山道をのぼりつめると、上は平坦な高原状の台地。スノーウィ山脈の玄関口の町、クーマへ。そこからはキャンベラまではイタリア人の運転するトラックに乗せてもらった。彼は開口一番、「オレはオーストラリア人ではない。イタリア人だ!」と胸を張って言う。かといって、今さらイタリアには戻れないとも言う。彼は21年前にユーゴスラビアとの国境の町トリエステから、新天地を求めてオーストラリアにやってきた。だが、21年ぐらいの年月では、彼をイタリア人からオーストラリア人にはできないようだ。
 11月2日午前11時、キャンベラに到着。ヒッチハイク編「オーストラリア一周」の終了だ。キャンベラを出発してから32日目のことだった。すぐにビザをもらいに南アフリカ大使館に行ったが、なんということ、まだ本国照会の返事は来ていないという。仕方がない。次のバイク編「オーストラリア一周」を終えてからもう一度、来よう、そのときはきっと大丈夫だと、落ち込んだ気分を立て直した。
 その夜はキャンベラのユースホステルに泊まった。1ヵ月ぶりの宿泊費を払っての宿泊。シャワーを浴び、洗濯をしてさっぱりした。
「キャンベラ→キャンベラ」の「オーストラリア一周・1万7464キロ」では全部で88台の車に乗せてもらった。使ったお金は22ドル。1日平均0・68ドルだった。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

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