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カソリの峠越え(18):中国編(1) 山陰道の峠

 (『月刊オートバイ』1994年9月号 所収)

 1994年の3月中旬に伊豆の林道で転倒し、右肩の鎖骨を折った…。その後、初めて旅立った峠越えだ。
 また、オートバイに乗れるようになって、ほんとうにうれしかった。
「もう、大丈夫!」
 ということで、「インドシナ一周」(1992年~1993年)を走ったスズキRMX250Sで西へ、西へと走り、山陰を目指した。
 その第1弾目は、「京都→鳥取」の「山陰道の峠」だ。
 山陰道は京都と山陰を結ぶ街道で、現在の国道9号に相当する。

出版記念パーティー会場からの旅立ち
 山陰の峠越えに出発したのは、1994年6月18日土曜日。
 その日は『海外ツーリング完全ガイド』(イーストプレス)の出版記念パーティー。
「道祖神」の主催で、東京・高田馬場で開かれた。
 峠越えの出発前に、まずはその会場に駆けつける。ありがたいことに、100人を超える大勢のみなさんが集まってくれた。三重や大阪、兵庫といった遠方から来てくれた人が何人もいた。

『月刊オートバイ』編集部からは、大きく引き延ばしたぼくの海外ツーリングでの写真を提供してもらい、会場の何ヵ所かに飾った。
 出版記念フォーラムでは、夫婦で3年あまりをかけて世界一周した斉藤晃・則子さん、“サハラ野郎”の上村博道さん、中南米ツーリングから一時帰国した滝野沢優子さん、サハラ縦断をなしとげた松岡健一さん、昨年一緒にオーストラリアを走った“豪州軍団”の坂間克己さんに舞台に登場してもらい、みなさんからの質問に答える形で“海外ツーリング談義”を繰り広げた。

 夕方5時にはじまった出版記念パーティー&フォーラムだが、あっというまに時間がたち、8時で終了。だが、「もっと話そう!」ということになり、近くの公園にくり出し、カンビールを買い込み、ガンガン飲みながらの2次会となった(もちろん、カソリさんは峠越えに出発するので、一滴も飲みません…)。
 同好の士というのはいいものだ。
 話がいくらでも、ポンポンと飛び出し、尽きることはない。シトシトと降りつづく梅雨の雨などまったく気にならない。日付が6月19日に変わろうかという午前0時、ぼくはみなさんの見送りを受け、東京を出発するのだった。

東名・名神迷走?
 環8経由で東京ICから東名高速に入り、RMXのアクセルをググクッと開きグウォーンと加速させる。一路、西へ。雨が激しくなる。雨との闘いのようなものだ。
「雨なんかに負けるものか!」
 と、RMXのハンドルを握りながら叫んだが、元気があったのは、最初のうちだけ…。 夜通し、東名・名神を突っ走り、夜明けに京都に着くつもりでいた。

 ところが、骨折のせいでしばらく乗っていなかった悲しさ…。体が辛くてたまらない。東名を走りはじめたばかりだというのに、港北PAでRMXを止め、ひと休みする。
「10分だけ」
 と、休憩所のすみで横になると、そのまま、なんと2時間も眠ってしまった。
「クソーッ」。
 あわてて飛び起き、ふたたび、雨の東名をひた走る。
「よーし、今度こそは、京都まで一直線だ!」
 と気合を入れたのだが、御殿場に近づくと猛烈な睡魔に襲われ、ダウン…。

 足柄SAで、またしても2時間、眠ってしまった。夜明けには京都に着くはずだったのに、足柄SAで目をさますと、うっすらと夜が明けているではないか。
 降りつづく雨の中を突っ走り、静岡、浜松、岡崎、名古屋と通り、東名から名神へ。
 岐阜県に入るころから、またしても、猛烈な眠気に我慢できなくなる。
 いやになってしまうのだが、養老SAで30分眠った。さらに滋賀県に入り、多賀SAで、もう30分眠った。東京→京都間をこれほど苦労して走ったことはいままでにない。これも、骨折の後遺症なのだろう。

 京都が間近な大津SAで昼食にする。肉うどんとおにぎりの昼食を食べている時に、
「あのー、カソリさんですか?」
 と、声をかけられた。
 岐阜県の米田雄一さん。『オートバイ誌』の熱心な読者で、「峠越え」は毎号、欠かさずに読んでくれているという。いつもは、CB750Fourに乗っているとのことだが今日はクルマだ。
 東京からずっと降りっぱなしの雨と、夜中の寒さ、地獄の底に引き込まれそうな眠気に打ちのめされ、気分が滅入っているような時だったので、
「カソリさん、雨で大変だけど、ガンバッて走って下さい」
 との、米田さんの励ましの言葉がうれしかった。握手して別れたが、そのおかげで、また力が出てきた。

最初の峠は、老ノ坂峠
 京都到着は、予定していたよりも8時間おくれの、午後1時。ありがたいことに、やっと、雨が上がった。京都東ICの料金所を出たところでRMXを止める。ヘルメットをはずし、雨具を脱いでいると、通り過ぎたクルマが、バックして戻ってきた。
 クルマに乗っていたカップルの女性に声をかけられたのだ。GSXーR1100に乗っているという神戸の福井美世子さん。
 イエローのRMXを見た瞬間に、
「あ、カソリさんだ!」
 とわかったのだという。

 福井さんはなんと1992年の『月刊オートバイ』主催の「ルート大賞」を受賞したひと。彼女の書いた「紀伊半島一周ワンデーツーリング」は印象に残るものだったが、その中で登場する“バイクの師匠”が、男性の山西巌さん。XR600に乗っているという。ぼくは「ルート大賞」の審査委員長をしているので、なんとも偶然な2人との出会いにうれしくなるのだった。

 京都市内には、国道1号で入っていく。鴨川にかかる五条大橋を渡る。鴨川の流れを見ると、
「あー、京都だなあ!」
 と、実感する。
 国道1号と国道9号の分岐点を直進し、山陰道の国道9号に入っていく。
 JR丹波口駅のわきを通る。昔から“京の七口”といわれ、京都に出入りする街道の玄関は“口”と呼ばれてきたが、丹波口はそのひとつ、山陰道の京都への出入口なのだ。
 丹波口を過ぎると、西京極を通り、桂川を渡り、西山の老ノ坂峠に向かっていく。
 京都は盆地の町。周囲をぐるりと山々にとり囲まれているが、東側の山並みが東山で、北側の山並みが北山、そして西側の山並みが西山になる。

 老ノ坂峠は昔からの山陰道の要衝の地。天正10年(1582年)、亀岡城を発った明智光秀の軍勢が、備中(岡山県)に向かうとみせかけて老ノ坂峠を越え、京都・本能寺の織田信長を討ったのは有名な話。国道9号の新旧2本のトンネルが峠を貫き、すぐ西側を京都縦貫道が通っている。
 老ノ坂峠は京都市と亀岡市の境。さらに昔の国名でいうと、山城と丹波の国境になる。 峠の短いトンネルを抜け、亀岡盆地に下っていく。京都盆地はベターッと雨雲が空一面にはりついていたが、亀岡盆地に入ると、雨雲がきれ、青空が顔をのぞかせ、カーッと日差しが照りつけてきた。

中央分水嶺の観音峠
 亀岡の中心街を通り抜け、郊外で国道9号を左折し、5キロほど走り、湯ノ花温泉に寄り道をする。「容身館」(入浴料620円)の岩風呂に入る。気分さっぱり!
 湯からあがったところで、大阪から来た井上隆司さんに声をかけられた。
 井上さんは温泉が大好き。今日はクルマだが、いつもはヤマハのTT250レイドで林道を走りながら温泉に入っているという。
 湯ノ花温泉での、井上さんとの“温泉談義”。
「カソリさん、一ヵ所、いい温泉がありますよ」
 と教えてくれたのは、奈良県の大台ヶ原に近い小処温泉。国道169号から入っていくという。このようにして得られる温泉情報というのはありがたいものだ。

 亀岡から国道9号を北へ。園部を過ぎると、観音峠。標高270メートル。観音峠を境にして南側は淀川の水系で大阪湾に流れ込み、北側は由良川の水系で若狭湾に流れ込み、日本列島を太平洋側世界と日本海側世界に二分している。観音峠は、中央分水嶺の峠だ。 観音峠を越えると、もうひとつ、高原状のゆるやかな峠を越え、福知山盆地へと下っていく。日本は“峠の国”であるのと同時に“盆地の国”。峠を越えて、盆地に入っていくたびにそう思う。

 福知山盆地の中心地、福知山から、県境の夜久野峠を越え、兵庫県に入る。
 川の流れが由良川の水系から円山川の水系に変わる。峠を越えると、川が変わる。
 和田山を通り、八鹿へ。ここでいったん国道9号と別れ、国道312号に入り、円山川沿いに豊岡へ。さらに円山川沿いに走り、城崎温泉まで行く。城崎温泉では「ちとせや旅館」にひと晩泊まり、外湯の共同浴場を総ナメ(全部で6湯)にした。

温泉めぐりの峠越え
 翌朝は、城崎温泉の共同浴場のひとつ、「地蔵湯」に入り、「ちとせや旅館」の朝食を食べ、8時に出発する。雨がシトシト降っている。いかにも梅雨ですといわんばかりの天気だ。
 城崎温泉の温泉街を通り抜け、雨なんかに負けるものかとRMXのアクセルをふかし、大谷川沿いに山中に入っていく。目指すのは鋳物師戻峠。梅雨の雨に濡れて、山々の緑がよけいに濃く見える。
 交通量の少ない峠道を一気に駆け登り、鋳物師戻峠に到着。何か、いかにも、いわくのありそうな峠名ではないか。

 峠を貫くトンネルに入ったところで、RMXを止めて地図を見る。交通量の少ないトンネルはありがたいもので、雨の日は、ちょっとした雨宿りの場所になるのだ。
 鋳物師戻峠を下ると竹野に出る。そこからは、但馬海岸道路を走る。すばらしい山陰海岸の風景。山陰海岸第一の絶景を眺めながら走る気分は最高だ!

 香住町の佐津で国道178号に合流。松葉ガニの本場の柴山、香住と通り、JR山陰本線の余部鉄橋の下をくぐり抜け、桃観峠を越えて浜坂町に入る。
 浜坂町の中心、浜坂では浜坂温泉の公衆温泉浴場、「ユートピア浜坂」(入浴料500円)の湯に入った。気分よく入れる町営の温泉だ。
 浜坂温泉は昭和53年、消雪用の水源を掘削中に温泉を堀当て、すごいのだがこの湯を一般家庭にも給湯しているという。ふつうの家庭でも、蛇口をひねれば温泉の湯が出てくるのだから、うらやましいかぎり。いいなあ!

 次に、JR山陰本線の浜坂駅から3キロほどの七釜温泉に行き、公衆温泉浴場(入浴料150円)の湯に入る。湯船の中では、地元のオジイサンと一緒になった。ぼくは今、オートバイで旅しているというと、オジイサンはなつかしそうに、若いころの話をきかせてくれた。
「いやー、ワシも、あのころは若かったなあー。ポンポンに乗って、鳥取の吉岡温泉までよく通ったもんだよ。なんていったかなあー、吉岡温泉で一番大きな旅館だ。そこの女中頭にぞっこんホレ込んでしまって……。べっぴんだった」
 オジイサンは、オートバイのことを盛んにポンポンといっていたが、そのポンポンに乗っていた時代こそまさにオジイサンにとっての青春だった。

 七釜温泉から湯村温泉へ。ここでも公衆温泉浴場の「薬師湯」(入浴料300円)に入った。平日の午前中ということもあって、入浴客はぼく一人。大浴場を独り占めにするのだった。
 湯村温泉からは、国道9号で鳥取へ。あいかわらず雨が降っている。県境の蒲生峠に到着。旧道で峠を越える。交通量は少ないが、2車線の舗装路だ。
 蒲生峠を越えて鳥取県に入っていく。峠を下る。うれしいことに、鳥取県に入ると雨は上がった。

 蒲生峠の峠下が、岩井温泉。ここでも公衆温泉浴場の「ゆかむり温泉」(入浴料200円)の湯に入った。
「京都→鳥取」の最後の峠は駟馳山峠。このゆるやかな峠を越え、鳥取砂丘に寄り道し、鳥取の町の中に入っていく。JR鳥取駅の前にRMXを止め、「京都→鳥取」のゴールにするのだった。

テーマ : ツーリング
ジャンル : 車・バイク

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