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海道を行く(1) 若狭・丹後編

 (『ツーリングGO!GO!』2004年9月号 所収)

「よーし、若狭・丹後の海を味わい尽くしてやる!」
 若狭湾の奥、小浜湾の海を目の前にしたとき、ぼくはそう叫んだ。右手には内外海半島、左手には大島半島。2つの半島にはさまれた小浜湾は波静かな海だ。2つの半島の向こうが若狭湾になる。

 さっそく地図を広げ、若狭・丹後の海岸線をどのようにまわろうか…と考えた。若狭湾は東は越前海岸の越前岬から西は丹後半島の経ヶ岬までの広い海。日本海側では、というよりも、日本でも屈指の風光明媚な湾だ。
「カソリの選ぶ日本の名湾ベスト3」に入るほど。その若狭湾には東から西へ敦賀半島、常神半島、内外海半島、大島半島、内浦半島、大浦半島、丹後半島といくつもの半島が突き出ている。
「これが若狭湾だ!」

 ぼくはひらめいた。若狭湾の「半島めぐり」をしようと思った。小浜を出発点にして内外海半島→常神半島→敦賀半島とまわり敦賀から小浜に戻る。ここまでが「若狭湾・半島めぐり」の第1弾。次に小浜から大島半島→内浦半島→大浦半島とまわり舞鶴に出る。これが第2弾目。丹後の中心、宮津から第3弾目の丹後半島をまわるのだ。

「若狭湾・半島めぐり」の開始だ。まずは内外海半島。小浜港の「若狭フィッシャーマンズ・ワーフ」から観光船に乗って「蘇洞門」めぐりをしたあと2階の「海幸苑」で昼食。海鮮定食の「わかさ」を食べた。若狭湾の海の幸を存分に味わったところでスズキDR-Z400Sを走らせ、内外海半島に入っていく。無料化されたエンゼルラインで内外海半島の最高峰久須ヶ岳の山頂に登り、若狭湾を一望した。

 次に常神半島に入っていく。細長く延びる半島の西側の道を行く。破風崎の展望台からの眺めは絶景。右手には常神岬突端の常神岬と対岸の御神島を見る。正面には青く霞んだ丹後半島の山々。快晴の空を映した若狭湾の海はどこまでも青い。常神岬の道は常神漁港で行き止まりになる。目の前にそそりたつ常神岬の山が漁港を護る天然の一大防波堤になっている。

 来た道を引き返し、有料道路の三方五湖後レインボーラインを走る。常神半島の最高峰、梅丈岳にはリフトで登った。山頂に立ち、三方湖、水月湖、管湖、日向湖、久々湖と、足下に散らばる三方五湖を見下ろした。それぞれに色の違う三方五湖を見ていると何か不思議な気分になる。このような5湖が若狭湾のすぐそばにあるのだ。
 最後に敦賀半島に入り、立石まで行き、敦賀からR27で小浜に戻った。

 小浜では小浜湾を目の前にする国民宿舎の「小浜ロッジ」に泊まった。翌日もうれしい快晴。R27を西へ。青戸大橋を渡って大島半島に入っていく。半島の行き止まり地点は宮留。漁港前には旅館や民宿が建ち並んでいる。釣り客が多くやってくるようで、関西圏や名古屋圏ナンバーの車が目についた。
 次に内浦半島に入っていく。半島の行き止まり地点は音海漁港。岸壁では平日の早朝だというのに、何人もの人たちが釣り糸を垂れている。停まっている車を見ると、圧倒的に大阪ナンバーが多い。若狭湾の半島はどこも絶好の海釣りのポイントになっている。

 福井県から京都府に入る。海も若狭から丹後の海に変わる。舞鶴からは大浦半島に入っていく。三浜峠を越えると、前方には大浦半島北側の海岸線が見えてくる。三浜、小橋と通り、行き止まり地点の野原漁港へ。なんとも味のある漁港の風景だ。

 ここまでめぐってきた若狭湾の半島群には「半島一周」の道はない。ということで、すべての半島の行き止まり地点まで行ってみた。これがよかった。半島の行き止まり地点までいくと、我らライダーの旅心はすごく満たされる。また半島の行き止まり地点の漁村は、どこも風情があった。「文化の吹き溜まり」とでもいうのだろうか、伝統的な文化が色濃く残っている所なのだ。

 舞鶴から丹後の中心、宮津へ。そこから「若狭湾・半島めぐり」の第3弾の丹後半島がはじまる。だが、その前にどうしても行きたいところがあった。「元伊勢の里」だ。宮津でいったん海を離れ、府道9号で普甲峠を越える。峠を下って大江町に入ったところが元伊勢。奥宮の天の岩戸神社、内宮の皇大神社、外宮の豊受神社とまわった。ここには五十鈴川も流れている。江戸時代、「元伊勢参り」ということで、多くの参拝者を集めた。内宮前には昔ながらの門前の集落も残っている。

 伊勢神宮はもともとはこの地にあったものが、各地を転々として現在の伊勢の地に移ったという。丹後はかつては日本の先進地帯。大陸の進んだ文化がこの地に入ってきた。元伊勢は丹後が先進地帯だった証のひとつといえる。

 宮津に戻るとR178で丹後半島に入っていく。まずは丹後半島の付け根、「日本三景」の天橋立を見る。ビューランドの展望台で天橋立の「股のぞき」をしたあと、宮津湾とは天橋立で区切られた阿蘇海をぐるとまわり、丹後の一の宮、籠神社に参拝。この地も元伊勢で知られている。籠神社は伊勢神宮の元宮になる。
「伊根ブリ」で知られる伊根では国道沿いの食堂「かもめ」で昼食。「タイの活きづくり」やサザエの刺し身、壺焼き、珍味クラゲの刺し身を賞味した。

 丹後半島北端の経ヶ岬では、駐車場にバイクを停め、岬突端の灯台まで歩いた。そこからは丹後半島がストンと若狭湾に落ちる断崖絶壁を見る。岬の山頂の展望台にも立った。そこからはこれから走る日本海の海岸線を一望。
 経ヶ岬を過ぎると、同じ丹後の海でも、若狭湾から日本海へと変わる。間人では短い橋で城島に渡り、網野では浅茂川温泉「静の里」の湯に入った。

 夕日ヶ浦温泉近くの浜辺では、日本海に落ちていく夕日を見た。快晴の西空に落ちていく夕日は「素晴らしい!」のひと言。目をこらして西の水平線上を見つづけたが、海に沈むその瞬間まで、はっきりと見えた。これだけの夕日はそうそう見られるものではない。
 その夜は久美浜温泉の「元湯館」に泊まった。翌朝、丹後半島の西側の付け根にあたる久美浜湾から丹後・但馬国境の三原峠を越えて兵庫県に入り、「若狭・丹後の海」に別れを告げた。

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

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