1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
  06 ,2018

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。 20歳でのアフリカ一周から、60歳還暦での「300日3000湯」ツアーまで、そしてその先へ・・・。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。


著者・管理人

Author: 賀曽利隆
Twitter:@kasori3000
Administrator:ウザワ・K

カテゴリー
Amazon
ブログ内検索 by Google
広告も社会の窓。
FC2ブログランキング
このブログが面白いと思ったらたまに(あるいは頻繁に!)クリックしてくださいね(ポチっとな)。それで何が起こるのかは僕も知らんけど…。
月別アーカイブ
小さな天気予報

-天気予報コム- -FC2-
FC2カウンター
QRコード
QRコード
--

Category: スポンサー広告

Tags: ---

 

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

08

Category: カソリ本「一章瓶」

Tags: ---

Comment: 0  

『極限の旅』(山と渓谷社、1973年)その7
大洪水
 八輌の客車を引張るジーゼルカー、マンダレー行き急行列車はモンスーン期の、ビルマの穀倉地帯をひた走りに走る。一面に水をかぶった水田がどこまでも続き、田植、稲刈りをする女たち、牛を使って田を耕す男たち、かけ声をかけながら水牛を追う少年、そんなビルマの人たちが車窓から眺められた。
 列車の中ではティン・ウィンさんという人と一緒であった。温厚な感じの五十歳近い人。駅で止まるたびに、バナナの葉に盛られた口がひんまがりそうになるほどからいカレーライスや、見た目にはザクロを小さくしたようなメングティという果物、梅ぼしに似ているメンバンディー、油であげたサムザーを買ってくれる。「どうもありがとう。だけど、もうほんとうにけっこうですから」ティン・ウィンさんがあまりにも親切にしてくれるので、私は申し訳なくてそういって断ったが、彼はにこにこと笑い、気にしなさんなといわんばかりの顔つき。
 マンダレーの手前で彼は降りた。私たちは何度も固く握手をし、最初で最後の別れを惜しんだ。私の旅での出会いは、いつもこの悲しいゆきずりの人間どうしのふれあいで終わる。長い一生の間に、いったい何人のひとと会うのだろうか。そしてたった一度の出会いが一生忘れられない人となる。決して再会できぬゆきずりの人たち――。
 マンダレー――ビルマの古都。
 いたるところに小乗の仏教寺院があり、古い歴史を感じさせる。そこには、なにかほっとさせる空気があった。一段、二段、三段……と、マンダレーの丘の階段を上りはじめる。あまりにも長いので何度か大きく息をつく。階段の途中にはたくさんの仏像があり、熱心な仏教徒たちはそのたびに頭を深々と垂れた。私の数えかたに間違いがなければ、最後の石は一七二九段目であった。丘の上からの展望は絶景。全市を一望のもとに見下すことができ、遠くには川幅をぐっと広げ氾濫したイラワジ川が見渡せた。
 ビルマ貨幣はビルマ経済の不振を反映して対外的に力が弱く、インドに入国したら両替できないといわれ、マンダレーからラングーンに戻ると、持っているビルマの金、全部(といっても一五〇〇円ほど)を使うことにした。
 タクシーでラングーン見物としゃれこみ、目鼻だちのすっきりした精かんな顔つきの、ベンガル人モハメッドさん運転の一九四五年型超おんぼろタクシーに乗る。タクシーはいまにもこわれてしまいそうな音をたて、ガッタン、ガッタンとラングーンの町を走りまわった。一九四五年型といったら、いまから二十七年前である。日本では戦争末期、終戦後のガソリン不足で木炭車が走っていたそうだ。その頃の自動車を大事に大事に使っているのだ。ものが極端に少ない国、日本のように一、二年使って交換というわけにはいかないのだ。

テーマ : 海外旅行記    ジャンル : 旅行

Comments

Leave a Comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。