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日本列島岬めぐり:第24回 立石岬(たていしみさき・福井)

(共同通信 1990年)

 福井県は日本海に落ち込む大山塊を境に嶺北と嶺南に分かれるが、嶺南の中心が敦賀である。
 古くから北陸道の玄関口として栄えてきた。町中にある気比神宮は越前の一の宮だが、北陸道の総鎮守にもなっている。

 日本三大松原のひとつに数えられる気比の松原を歩いたあと、敦賀半島北端の立石岬に向かった。岬は若狭湾東部に突き出ており、このおかげで北西の季節風が遮られ、敦賀は昔も今も天然の良港になっている。

 江戸期から明治にかけては日本海航路の千石船、北前船が頻繁に出入りし、帆船から汽船へと時代が変わっても敦賀の繁栄はつづいた。市内で見学した「歴史民俗資料館」の昭和初期の絵図が印象深い。

 敦賀港の岸壁には大型船が何隻も接岸し、航路を示す線が樺太の大泊、真岡、ロシアの浦潮斯徳(ウラジオストック)、中国の大連、朝鮮半島の元山、清津、釜山へと延びていた。東京からはこれら外国航路の船に接続する国際特急列車が出ていた。敦賀は日本海の玄関口でもあった。

 敦賀半島の行き止まり地点は立石という漁村。このあたりは磯釣りとダイビングのメッカのようなところで、釣り人やダイバーの姿が多く見られた。

 立石の集落から立石岬の灯台まで歩いていく。高さ100メートルほどの山上にあるので、かなりきつい登りだ。山道を登りつめ、最後は石段を駆け上がって灯台に着く。古びた石造りの白い灯台で、「1881年7月20日初点灯」と英文で書かれていた。

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

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