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日本列島岬めぐり:第32回 辺戸岬(へどみさき・沖縄)

 沖縄本島を南北に走る国道58号を北上し国頭(くにがみ)へ。沖縄では昔から島の北を頭や上、南を尻や下とする観念があり、本島の北半分を国のカミと考え、「国頭」と呼んだ。近世になると、国頭地方は山原(やんばる)とも呼ばれるようになった。

 国頭村の中心、辺土名(へんとな)の町並みを走り抜けて国道58号のソテツ並木を走り、本島最北端の辺土岬に到着。辺土には「遠く離れた海上の道」の意味があるという。

 辺土岬の先端には「祖国復帰闘争碑」が建っている。そこからは平べったい与論島が見える。与論島までは25キロ。復帰以前の沖縄人は、どのような思いで「日本の与論島」を眺めたことだろうか。

 アメリカ軍の占領当時、日本とアメリカ領オキナワの国境は辺土岬から14キロ北の北緯27度線であった。岬に近い最北の集落、辺土の人たちは祖国復帰を誓い、サンフランシスコ条約調印の日の4月28日になると毎年、辺土岬で大きな火を焚いた。それに呼応して与論島の人たちも火を焚いたという。

 沖縄の祖国復帰は昭和47年。その直後に建てられた祖国復帰闘争碑には、27年間に及ぶ沖縄人の苦しみの歴史が刻み込まれている。

 辺土岬は目の前の海を太平洋と東シナ海に分けている。サンゴ礁の断崖にぶち当たる波は砕け、岬の上までしぶきが飛んできた。

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

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